第20話 (短いエピローグ)
橋枝君は目がさめた。
椅子に座らされている。そこはデスパート社のあのフロアだった。まわりに立っているのは役員連中だ。戻ってきたんだと橋枝君は思った。現実に戻ってきたのだ。目の前にはデスクチェアに座っている渚さんがいた。
渚さんはパソコンのモニターを眺めている。モニターには都市が大規模な災害を受けたあとのような瓦礫の山が映っていた。渚さんはマウスを動かしてその瓦礫だらけの風景をひたすら移動させているのだった。眉間に皺をよせ複雑な表情。橋枝君にはとても読み解けそうにない。
しばらくして、足だけでゆっくりとチェアを橋枝君のほうに向ける。橋枝君と向かいあうと、渚さんはにっこり微笑んだ。橋枝君のヴァーチャルな世界でのヴァーチャルな苦労をねぎらってくれているようなヴァーチャルではない優しい笑顔。橋枝君はほれぼれとその笑顔にみとれる。
やっぱりこれがほんとうの渚さんなのだと橋枝君はつくづく思う。あのヴァーチャルな渚さんはやはりデータの捏造された渚さんだったのである。ほんとうの渚さんはこんな風に愛くるしい笑顔を浮かべることのできる女性なのだ。不穏な気配を漂わせている役員連中に取りかこまれていることさえ忘れて、橋枝君はにたにたしながら何度も頷いた。
渚さんの表情が変わった。いきおいよく右手を頭上に振りかざす。渚さんの右手が橋枝君の頬に落ちてくるのには、おそらくほんの数秒しかかからないだろう。しかし世の男の子というのはいつだって、そのわずかな時間のあいだに実に多くのことを学ぶものなのである。




