あるカウントダウン
ある日の午後。快晴の空。ただしビル群に遮られ影と、そして人混みの中を歩いていた男はふと妙だと感じた。
「重 箱の隅をつつくような言い方するなよぉ」
「く さっ!」
「ハチ! あ、ハエだったわ」
「なな! なぁなぁなぁってば。もういいじゃーん」
この人混みだ。周りの人の会話が自然と耳に入る。
すれ違うその瞬間にほんの一語、強調されるように。あとは遠ざかるため尻すぼみに。だから会話の前後も内容も把握できない。それはどうでもいいのだが、しかし、どこか妙なのだ。ただ、いまいちその何かが分からない。
「六 万もすんの!?」
「ゴ ミかよ」
――カウントダウンだ。
集中し、それに気づいた男はどこか感動を覚えた。こんなこともあるものだなぁ、と。次いで、それに気づくとは我ながらやるなぁ、と感心した。だまし絵に気づいたときのような。しかし……
「よん でるよ」
――ゼロになったら……どうなる?
「参 考になった?」
「に くいよ」
遅れてきた嫌な予感に男は咄嗟に耳を塞いだ。これで安心というわけではないと早足で人混みを抜けようとする。
肩をぶつけ、怪訝な顔、また怒鳴られても止まろうとはしなかった。なりふり構わず……だが、転んだ。
怯えからか、両手で耳を塞いでいたためバランスを崩したのか、あるいはその不審な様子に逃げるスリかなにかかと通行人から思われ、足を引っかけられたか。
周囲の人々がなんだなんだと足を止め、男をジッと見つめる。
「い ったいなんなの?」「ち が出てるわ、あの人」
「あ、あ、よ、寄るな、誰も寄るな! 喋るな! しゃべ――」
「ゼロ だぁ」
立ち上がろうとした男は確かにそう聞いた。頭上から。
男を取り囲む人々で形成された円は悲鳴に靡くように、見る見るうちにその形が崩れていった。