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ピアノが弾ければそれでいい  作者: まさのり
9/11

第9話

後の歴史書にはこう記されている


現在のカリスト王国の支配領域を決定付けた、いわゆる三賢王時代(夫に譲位した女王イゾルデを含め、四賢王時代とする説もあり)の中で、特筆すべきはやはり女王イゾルデの子、アルドレット・カリスト王であろう。永く燻っていた隣国との武力衝突を平定し、版図を広げた武王として知られるが、同時に寡黙で、あまり感情を外に出さない王として知られている。周囲に対しては柔和な対応をしつつも、国事に関することには厳格にことを進める姿勢は名君の名にふさわしい人物であったが、寡黙な人柄ということもあり、その人間性に関してはベールに包まれた部分が多い


ここでアルドレット王が珍しく周囲の人々を困らせたエピソードがあるので紹介したい


ある時、王都で開催される演劇公演で、その演目が『大公子と8勇士の冒険』であると伝え聞いたアルドレット王は、珍しく浮かれた様子で側近に「公演に行く。観劇を優先したスケジュールを立てるように」と指示を出した


周囲の者たちは驚いた。寡黙な王が、国事に関わること以外でスケジュール調整を頼むことなどなかったからだ。ましてや演劇を見に行きたいなどとは


しかし、この話には理由があると筆者は考える。アルドレット王は初代王に対し並々ならぬ畏敬の念を持っていた。王位を受継ぐ際に、肖像画を描かせる慣例がカリスト王室にはあるのだが、アルドレット王は初代王に敬意を表し、左腕を書かせなかった逸話が残っている。筆者は彼にとって初代王はヒーローだったのだと考える。その初代王が主人公の演劇の開催。アルドレット王を突き動かしたのは、彼が珍しく見せた、わがままだったのではないだろうか


かくて迎えた公演初日、王都演劇場の前には王族の馬車が止まり、周囲の者たちはひれ伏した。馬車からはアルドレット王と、嫁ぎ先から帰省していた王の双子の姉、ルルセラ殿下が降りて来たことに更に周囲は驚いたという


しかし、ここで事件が起こる。公演が始まり、登場人物の大公子達が魔王の居城のある島に到着し、魔族たちとの戦いが始まったところで王達が席を立ってしまった


周囲は慌てた。何の不手際があったのか皆目見当がつかなかったからだ。公演主がどれほど慌てたかに至っては言うまでもない。この事件をきっかけに、公演は初日にして公演延期になってしまった


公演主は王が席を立った理由を手を尽くし探った。するとルルセラ殿下が「陛下は伴奏の音楽が気に入らなかったようだ。まったくもって迫力、緊迫感に欠ける」と漏らしていたという情報を得た


音楽だと?


公演主は途方に暮れた。残念なことに公演主は音楽に関しては不得手であり、劇中の音楽もある程度名の通った楽士に任せたものだったし、楽団も王都で募集をかけた寄せ集めであった

 途方に暮れる公演主、しかし、公演主自身の出自から光明が差し込む。東部出身の公演主が、王都に居を構える故郷の顔役とも言える家門を頼りにしたところ、ある人物を紹介された。その人物は、幼少の王に演目と同じ『大公子と8勇士の冒険』を読み聞かせた人物だという。その人物こそ当時、王宮楽士団団長を務めていたサラ・ホールトン子爵夫人であった


サラ夫人は話を聞くと快く音楽担当を引き受けた。王宮楽士団の総力を使い、およそ一ヶ月の練習期間を費やした後、公演は再開されることになる


再公演初日、なんとまたしてもアルドレット王とルルセラ殿下がお忍びで来場する。サラ夫人の呼び掛けに応えたものだった


かくて幕は開かれ、劇が終わった時、今度はアルドレット王とルルセラ殿下はスタンディングオベーションを送った


周囲の者たちは胸を撫で下ろしたという。この時、「まことに素晴らしい劇であった」と王からの一言を貰い、話題となった公演はロングランを記録する。

そして今日、どの国にあってもこの演目が上演される際に必ず使われる楽曲たちが、まさにこの時お披露目され、今も変わらず演奏されている。読者の一部はお気付きであろう。出自不明の作曲者名が連なるあの名曲たちだ


賢王、武王と讃えられるアルドレット王が垣間見せた人間性が、後に伝わる名曲を世に送り出した事はあまり知られていないことである


歴史書『各国歴代王達の変遷史』コラムより

※※※※※※※※※※※


季節は巡り、サラと王都に出仕してから2年が経ちました。早いもんです。色々ありました


まず、あれからすぐ王妃殿下に泣きつかれました


「私が子供たちに『読み聞かせ』するから、伴奏をたのむ」


なんでまた?!ってなりましたが、テレサさんの目が怖くて快諾?することに、、、今度の伴奏はサラに担当してもらいました


どうやら、王子、王女は『読み聞かせ』を伴奏ありきで認識してるみたいで、普通に物語を読み出した王妃に「「かあさま、アイマール弾く人がいないよ?」」と物申したそうです・・・



『大公子と6勇士の戦い』・・・大公子と6勇士がそれぞれ軍を率いて、各地で暴れる魔王軍残党と戦うお話


『片腕の王と6将の建国』・・・王女と結婚した大公子が、6勇士とともに周辺の諸侯達を平定し、新たな国を建国するお話


映画『ロード・◯ブ・ザ・◯ング』の劇中曲、ゲーム『ゼ◯ダの伝説』作中曲などを使用しました


それぞれ長いお話でした。さらっと流しましたが、準備が大変だったんです!王妃が『読み聞かせ』の打ち合わせに楽士団の練習棟まで出向いてくるんですよ!楽士団がてんやわんやになりました。こちらが王宮に出向くって言ったんですが、『子供達には読み聞かせる時まで秘密にしときたい』って言ってですね。。楽士団長が毎回正装で迎えるですが、挨拶もそこそこでスッと素通りする王妃に毎回歯がゆい思いをしたそうで、、、その矛先がサラと俺に向きました。あの野郎、ネチネチと面倒くさい、、、


「私も子供たちを汗だくにしたい!」

王妃の意気込みは凄く、サラに語り部指導も受けました。あまりに足繁く通うもので、気になった王までお忍びでやって来たり、、、


王子、王女に『読み聞かせ』で使用した曲が聞きたいとせがまれて、王妃がアイマールレッスンを受けに来たり、、、


王妃の『読み聞かせ』も連続でするってわけでなく、合間に他の楽士の『読み聞かせ』を入れたんですが、、、王子、王女が普通の『読み聞かせ』では満足しなくなっており、、すぐに読み手交代。サラと俺は思いのほか早く読み手として王宮奥殿に戻ることになりました


読んだ本は『怪盗オラージュ』って本。何を読むかを決めるため図書館に出向いたときにこの本を見つけて、「わああ!」ってサラがなりました。サラが子供の頃に大好きだった本らしい。内容は、王都に住む貧乏男爵家の幼い末娘オラージュが祖母から古いダガーを譲り受けるとこから始まります。このダガー、魔法のダガーでして、引き抜くと超人的な身体能力を持った大人に変身しちゃいます。そして、王都で暗躍する悪の組織から金を巻き上げて、貧しい人々に配るって話。なんだかプリ◯ュアとかセー◯ー厶ー◯みたいなテイストを感じます。女の子向けですよね?王女殿下がドハマリしました。週に1回のペースで1ヶ月『読み聞かせ』しました。毎回の『読み聞かせ』始めにアニメ『キャッ◯アイ』よりオープニング曲『キャッ◯アイ』を、変身後の悪の組織との戦いでアニメ『ル◯ン三世』より『ル◯ン三世のテーマ78』を使いました。ちょっと年代が古いのは豪華客船に乗ってくるセレブさん達の年齢層が影響してます。ゲームでもそうなんですがね


王宮の庭で小枝を手に、王子をバシバシ叩く王女が侍女さん達に目撃され問題になりました。なんでも『キャッ◯アイ』『ル◯ン三世』を鼻歌で歌いながら決めポーズをかましてたらしいです


侍女さん達に睨まれました、、、


俺の生活サイクルも変化が。朝の『刻知らせ』のあとにテレサさんとの剣術の訓練が加わりました。体力作りのためです


木剣を振ったり、打ち込み稽古をするんです。これが結構ツラいんです。が、テレサさんが手取り足取り教えてくれます。まんざらでもありません。だって何だかいい匂いがするんだもん。えへへ


やっぱりテレサさん、凄いです。手がね?凄いんですよ。一体何回、何千、何万回剣を振ったらこんな手になるんだろうとしみじみ考えさせられました。だからですかね?お手本に振ってもらった剣の一振りが、、すごく美しかった


楽士団の仕事としても、期間限定で一つ追加されたものがあります


そのきっかけは遡ること1年前。年に1回の楽士団全体研鑽会が行われた時のこと


※※※※※※※※※※※


全体研鑽会は、その年に各パートが進めた活動報告や研究発表を行うもので、各パート長が主体となって報告をするもの。第8席のサラ、第9席の俺には「ふーん」くらいの会合。それも終盤に差し掛かり、次回のテーマについて話し合われた時、、、


「さて、次回までの各パートの研究テーマ決めを行うが、何か提案はあるかな?」

団長の言葉に各パート長が答えていく、、、と、


「いつもと変わらないつまらないテーマだな、、そうだ、アイマール第9席のソータ殿。君からの意見を聞かせていただきたい。王妃殿下の覚えめでたい君ならば、我々には発想もできないアイディアを出せるだろう?」

ニヤニヤしながら団長がソータを指名した


「団長、ソータ君は楽団に入団して間もない新人です。彼に研究テーマを聞くのはいささか酷なことだと、、、」

アイマールパート第一席のシャープナルさんが庇ってくれようとしたんですが、


「君には聞いてないよ。さあ、ソータ君、ぜひ君の意見を聞かせてくれ」

団長はシャープナルさんには目線を移さず、俺の方にネットリとした視線を送る


『ははーん、楽士団全体の場で恥をかかせたいってことか。最近の嫌がらせの集大成ってかんじ?』

隣のサラが心配そうにこちらを見る


うーん、、『すいません。特に思いつきません』って答えてもいいんだけど、、『ししょー』としてはなんか一言物申すかな?


「、、、では、テーマとして『合奏における打楽器の有用性』を提案します。これには楽士団の各パートの協力が必要になりますが、、、」


楽士団のほとんどを集めた講堂にざわめきが起きる


「はっ?!蛮楽器を合奏に使うだと?、、、ぷっ、、クフフ、、、いささか突飛な提案だが、、果たして賛同するパートがいるかな?」

団長が嘲るように会議場を見渡すと、


「クレスポパートは協力する」

一人のおじさんが手を挙げた


『え?!ライドさん(『刻知らせ』でお世話になってるおじさん魔法士さんの名)?!、、、に、そっくりさん?』

知り合いにそっくりな顔を見て驚く聡太


「なんだ?クレスポパートが協力するのか?じゃあオルテガパートも協力する」


「なっ?!」

続々に協力の声が上がる事に団長が驚く。蛮楽器と揶揄される打楽器との合奏に協力する者などいないと踏んでいたようだ。しかし、結局ほとんどのパートが協力を表明してくれた。協力を渋ったのはルーニーパートと呼ばれるパート。団長がかつて第一席を務めていたパートだった


「・・・いいでしょう。それでは来年は楽士団共通研究テーマの発表会として研鑽会を開催しましょう。テーマは『合奏における打楽器の有用性』とします。テーマ責任者はソータ君、君でいいな?」


「はい、それでお願いします」

言い出しっぺが逃げるわけにはいかんよね


「よろしい。では本年の全体研鑽会は以上とする。解散」


ガヤガヤと席を立つ楽士達。団長は席を離れる前に聡太に一瞥を喰らわす。目があった聡太に『逃げるなよ?』、声は聞こえないが、口の動きでわかった


そんな中、こちらに近寄ってくる人が数名


「ソータ楽士、少し良いか?」

おじさん魔法士そっくりな顔が声をかけてきた


※※※


「あ、先程はありがとうございました。えっと、、、」

相手の名前もわからずアタフタする聡太


「トルドだ、トルド・ベックマン。クレスポパートの第一席を務めている」

気さくに握手を求められた時に気づく

『ベックマンって、、』

かつておじさん魔法士と『そういや、まだ名乗ってなかったな?ライド・ベックマンだ』と言って握手を交わしたことを思い出す


「あ!じゃあ!」


「はは、兄がいつも世話になっているらしいね?」


「そんな!こちらこそお世話になってます!」


「君がサラ楽士だね?君のことも兄から良く聞かされているよ?」


「わ!わ!、はじめまして。サラ・ヴィンセントです」

サラはこういった交流の場に慣れてないので少しぎこちない。うーん、『ししょー』としてはこういった場にも慣れていくようにしないといけないかな?


「打楽器との合奏なんて、今まで演ったことがなくてね。年甲斐もなくワクワクしているよ。練習はどれくらいの頻度でやるつもりだい?」

後ろに控えていた数名もフンフンと聞いている。各パートの長達だった。聡太はそれぞれに週間のスケジュールを聞いていく


「なるほど、では週2回だけ集まって練習しましょう。その他の日は各パートでパート練習を行ってください。来週から順次パート毎の楽譜を渡せると思います。楽譜が揃ったら合同練習を始めましょう・・・と、その前に、、」

聡太は各パートの楽器を見せてほしいとお願いした。クレスポパートのトルドさんをはじめ、各パート長が一瞬訝しげな顔をするが、各自、自分のパートの楽器を持ってきてくれた


トルドさんの楽器ケースを見て思わず

「ああ!」

聡太が声を上げる

『クレスポってこれのことだったんだ、、、』


特徴的な流線型、聡太の世界ではこの楽器が誕生してからほとんど形が変わらない奇跡の楽器をトルドさんがケースから取り出す


「・・・ヴァイオリンだ」


※※※

「さて、どうかな?上手くいきそうかい?、、、正直言って打楽器の音と私達の楽器の音が重なるイメージが出来ないんだが、、」


「ああ、俺たちもクレスポパートがやるって言うから参加を表明したが、正直不安でたまらないんだが、、、」

オルテガ(ヴィオラ)パート長のユハンさんが声を上げる。他のパート長も表情に不安が見える。と、そこに、


「あの、、、僕たちも参加して良いですか?」

声をかけてきた5人の男女


「おや?君たちはルーニーパートじゃないか?いいのかい?パート長はこのことをしってるのかな?」

トルドさんの言葉に


「はい、僕たちパート末席の5人ならと、、許可は貰ってます」

ルーニーパート長は体裁を考えた判断をしたようだ。大体的に参加を表明すると団長の不況を買うが、参加しないと他パートから不況を買う。なので実力的に下位の者を参加させて体裁を保つ判断をしたってとこ。しかし、苦笑いの若者が持つ楽器を見て聡太は安堵した


『ああ、良かった、、この楽器が少しでも参加してくれて』


世界一難しい木管楽器といわれるダブルリードを持つ楽器、オーボエだった


※※※

聡太はそれぞれの楽器を確認したあと、ちょっと音を出して貰い、音を確認


『うん!集まってくれた人達はしっかりとした実力があるようだ!さすが!なんだかんだ言っても王宮楽士団!』

聡太はうんうんと頷くと皆に一言


「うん!大丈夫です!もう俺には成功するイメージしかありません」

そもそも打楽器が全く無い音楽ってのがいびつだと感じる


「しかし、肝心の打楽器奏者をどうするんだい?」


「それについては俺たち楽士団には天才打楽器奏者がいます」


「「「「「「「?」」」」」」」

皆が誰のこと?みたいな顔をしている中、


「君たち!まだ居るのかい?そろそろ講堂を閉めようと思うんだが?」

研鑽会中、事務作業に専念していたジョアンさんがやってきた


ちょうどいいね


そのジョアンさんに今までの事を説明し、、、打楽器奏者のお願いをする、、、



「・・・・・・ぅうえええええ?!!!」

講堂にジョアンさんの声が木霊した


※※※


まるでこの世の終わりが来たかのような顔をするジョアンさんにサラが気さくに声をかけている。「きっと大丈夫ですよ!」との言葉に「は、はは、」と乾いた笑い声を返すジョアンさん


他のパート長達は退室して、隣にいるのはトルドさんだ


「しかし、兄の言うように君たちと居ると退屈しなくて良さそうだな」

笑いを噛み殺してそう言うトルドさん。今は二人だけ。なので聡太は今まで疑問に思った事をぶつけてみた


「あの、さっきは参加表明を真っ先にしてくれて、、改めてありがとうございました。あれがなかったらみんな参加を表明しなかったかもしれません。でも、、、よかったんですか?貴方も団長に睨まれるかも、、、」


「、、、そうかも知れないね。しかし、私は君たちに恩を感じているのでね?それで第一席を離れることになったとしても、しょうがないさ」


「?、俺たち何かしましたっけ?」


「・・・兄がね、本当に楽しそうに君たちの事を話すんだ。最近ではずっとしまい込んでいたオルテガを出して弾いたりしている。朝の『刻知らせ』の曲だってね?」


「え?!ライドさん楽器が弾けるんですか?」


「、、、音楽の才能はね、、兄のほうがあったんだ。兄も若い頃は楽士団を志望していた。、、、でもね、我がベックマン家は代々魔法士を生み出した家系でね。先祖の中には魔法士団長を務めていた方が何人かいる。兄か私のどちらかが家の伝統を継がなければならなかったんだ。そんな時、突然兄はオルテガをしまい込んで魔法士の道を歩み始めた」

話すトルドさんは寂しそうだ


「たぶん、兄は楽士の道を私に譲ってくれたんだと思う」

しみじみと呟く


「そんな兄の、またオルテガを弾く姿が見れて本当に嬉しいんだ、、、そのお礼だ」

思いがけず知ったライドさんの過去。『刻知らせ』で真剣に魔法を展開する姿、演奏中うっかり声を出したテレサさんに本気で怒った姿を思い出し、、、なんだか納得しました


トルドさん曰く、『魔法士としても優秀だけど、兄のオルテガは凄いんだよ?』とのこと。いつか聞いてみたいな


講堂を出て、トルドさんに挨拶した

「これからよろしくお願いします。頼りにしてますね?コンマス(コンサートマスター)!」


「こんます?」

不思議そうな顔をするトルドさんでした

※※※※※※※※※※※


正装したエルフさんたち。皆の顔にいい緊張感が垣間見える。いいよね。みんな見た目が麗しくて。ま、俺はフード被ってるからなんでもいいんですが


ついにやって来ました。全体研鑽会当日。毎年行われている楽士団の行事なのですが、今年は団長のお取り計らいで、王都大講堂で!一部一般開放して!!王侯貴族も招いて!!!音楽評論誌所属の評論家も何人も呼んで!!!!、、、執り行う事になりました

団長、よっぽど俺を晒し者にしたいらしい


俺が指揮者をやるだけで十分晒し者になってる気分なんですがね

俺の人生で指揮をする日が来るなんて思ってもみなかった。ホントは楽士団に4人いる指揮者パートの方に頼みたかったんですが、『こんな曲の指揮などやれる自信がない』と全員に断られました。まあ、打楽器を含む合奏経験がないんだからしょうがないと、俺がすることに、、、


ここまで来るのに色々あったな~


ふと、隅の方で深呼吸を繰り返すジョアンさんが目に留まる

『うん、緊張はしてるみたいだけど目に力がある。大丈夫そうだ』


※※※

各パートの楽譜書きをサラとジョアンさんと3人で徹夜を繰り返し、各パートへ配り終え、初の合同練習の日。合同練習室、ずらりと前に並ぶは管楽器のパート、その後ろに控えるのは弦楽器、、、バティストゥータ(ティンパニ)をひっそりと隅に置き、居心地悪そうに佇むジョアンさん


うん!駄目だね!!


「よーし!配置を変えますよー!弦楽器パート!みんな前段へ!舞台左手からクレスポパート!トルドさん!貴方はコンマスなので左手最前列!客席、指揮者に一番近いところです!舞台右手にいくほど低音域のパートになるように!管楽器パート!中段へ!中段前列左手ランパード(クラリネット)パート!中段前列右手はルーニー(オーボエ)パート!あ!ごめん!!もうちょっと詰めてくれますか?!、、、」

配置の指示を次々と出し、最後に


「バティストゥータ(ティンパニ)!」

びくぅっとするジョアンさん


「舞台上段の中央へ!」

早速アワアワするジョアンさんだったっけ


※※※


交響曲で各楽器の楽譜をなんで分かるのかって?


普通にわかりませんよ!


でもね、たった一曲だけ交響曲で分かるのがあったんです


船上ピアニスト時代、ピアノ協奏曲を演った時、本番でちょっとアドリブを入れて、マネジャーのヨシュアに怒られましてね、、、一ヶ月近く全ての仕事を干されたんです。最初の4,5日間は『休養だー』なんて余裕だったんですが、1週間を過ぎる頃、もう暇で死にそうになりました。そこで精神を落ち着かせるためにやってたことが、その時船上楽団で練習していた交響曲をピアノで再現する事。全パートの楽譜をピアノで弾いて、録音して、パソコンで重ね合わせるって言う一人楽団!!病んでますよね?いやーあれは辛かった。でもあの経験が今に活かせるとはね


船上楽団の練習の時もこっそりと見学してたから、ヨシュアの覇気が籠もる指揮もよく覚えている。身振り手振りをコピーするだけになっちゃうけど、できる事に全力を尽くそう


お?舞台では団長の挨拶が始まった


※※※

恭しく頭を垂れる団長

「皆様、本日は王宮楽士団の研鑽会にご来場いただき、ありがとうございます。我ら楽士団が今年一年取り組んできたテーマは合奏に置ける蛮楽器、、いや、失礼。『合奏に置ける打楽器の有用性』です。いささか突飛なテーマではあり、結果も見えているようにも思えますが、、」

会場の一部からは笑い声も聞こえてきた。やはり固定概念ってのがあるようだ


「なにぶん世間を知らない狭領地貴族家から出仕した楽士の発案ですので、暖かい心でご評価下さると幸いです」

笑い声も混じっての拍手。団長は舞台袖に退場した後、その拍手の中、楽士達は入場した。楽士達の顔には気合が乗る!練習を重ね、ものになった時は皆に震えが来た『この曲は凄い!』。そして共通認識が楽士達に芽生えた『これが打楽器の持つ力か!』と


各自が席につき、各パート毎に楽器の音を確認する。音の確認が終わった後の暫しの静寂。そこに指揮者の聡太が入場した


※※※

会場に一礼した後、楽士達へ振り向く。コンマスのトルドさんに目線を移す

トルドさんは各パートリーダーに目を遣る。各パートリーダーから頷きが返ってきた


『準備は万端だ、行こう!』

トルドさんが頷く


聡太は目を瞑る。思い起こすはヨシュアの所作。圧倒的な存在感、オーケストラの統率者


指揮棒を上げ、構えた聡太が目を開ける。フードの合間から見えたその視線、覇気に楽士団員はピリッと体に電流が流れたように感じた


※※※


曲の冒頭、弦楽器で表現する揺れるような音の波

その波は次第に大きく、早くなっていく。それは新しい時代の到来に直面した、人の心の不安を表しているかのよう


そして管楽器の音色とともに打ち鳴らされる打楽器による珠玉の一音。まるで新たな時代の足音のように力強く!


行け!ジョアンさん!古い固定概念なんて踏み越えてやれ!!

少し誇張し過ぎかもしれないが、この世界の概念を打ち壊す大事な一音。睨みつけるように指揮棒を確認したしたジョアンは聡太の指揮に応える。聴衆を圧倒する音圧が響く


ドヴォルザーク作曲、交響曲第9番、第4楽章「新世界より」


舞台袖で見守るサラ。今回は裏方に徹した。ししょーがやろうとしていることを精一杯支えようと頑張った。舞台上ではルーニー(オーボエ)によるソロ。今のルーニーパートは8人だ。思い起こすはある日の合同練習の出来事


※※※

合同練習後、練習室を片付けしていたサラの耳に入ってきたのは言い争うような語気の強い言葉だった


「おい!わかってやってるのか?!」

まるで殴りかかるな勢いの3人の前には、ルーニーパートの若手5人が萎縮して立っていた


「何やってるんですか!嫌がらせはやめてください!」

咄嗟に間に割って入るサラ。何かしら嫌がらせをしていると思われる3人をキッと睨む。少女の気迫にたじろぐ3人、、、しかし、


「サ、、サラ楽士!違うんです!」

庇ったはずの後から、声が上がった


詰め寄った3人はルーニーパートの上席者だった。ちょっとした好奇心。蛮楽器との合奏なんて珍妙なものを少し覗いてみようと練習室を訪れた。しかしそこで目にしたのは自分たちの想像を遥かに超える次元のもの。中心にいるフードを被った小柄な男は様々な要求を各パートに飛ばす。その要求を各パートリーダーである第一席者が汲み取りパート員たち伝える、、、しかし、明らかにルーニーパートの反応が鈍い!音の質や響きも第一席を含めた上席を揃えた他パートに比べて明らかに劣っている!

歯痒い思いをしながら練習を見守る3人は、少し覗いてみるつもりが、結局最後まで練習を見続けていた


そして、練習が終わり、散開する皆を横目にルーニーパートの若手5人に思わず詰め寄ってしまった。


「〜、〜!、、、くっ!、邪魔をした!」

小走りに去って行った3人。しかし、よっぽど気になったのか、それからも3人は合同練習を見に来た。そして練習後に若手5人に対して、「あの指示はこういった意味だ、あそこはしっかり音が出ていない」と個別のディスカッションを行なっていく。それを見ていたサラはある日、

「あの、、、、これ。良かったら」

とルーニーパートの楽譜を渡した


それからルーニーパートの第3席、第6席、第10席が練習に加わった


「びっくりするほど音が変わりましたね。ありがとうございます」

聡太は新たに加わったルーニーパートの3人に声をかけた。

「、、、ルーニーパートが他パートの足を引っ張るのを黙って見ていられなかっただけだ。だからあくまで若い5人のサポートと思ってくれ。、、、特にソロはあの5人の中から選んでやってほしい」


「わかりました。そうします」


「安心してくれ、本番までに俺たちがあいつらを仕上げてみせるよ」


ジロリと若手5人を見つめると、その視線を感じ、びくぅっとする若者が一人。その若者がソロ演奏を担当していた


※※※

評論家の一人は圧倒されていた

『なんだ?この迫力と音の響きは?』

自分がおかしくなったのか?思わず周りに座っている他の評論家の顔色を伺ってしまう、、、どうやら他の評論家たちも同じように衝撃を受けているようだ


音楽評論誌から評論を依頼された時は呆気にとられた。打楽器を合奏に使うなどとは!王宮楽士団も焼きが回ったものだ

打楽器の音で他の楽器の音が殺される

昔からそう言われてきた。結果は見えている。しかし、王宮楽士団との付き合いもある。頑張ったけどやっぱり無理だよね〜といった健闘を讃えつつも否定的な記事を、『さて、角が立たないようにするにはどうしたものか』と演奏前から思案していた、のだが


『これは論評を全部考え直さねばならないようだ』

評論家は、まずは何も考えず素直に聴こうと椅子に座り直した


※※※


曲のクライマックス、最後の盛り上がりにはバティストゥータの響きでお膳立てし、最終的には弦楽器、管楽器が響き渡り、、、聡太の指揮で音が消える


途端、会場に響き渡る喝采!唸るような拍手!!


肩で息をしながらジョアンが会場を見渡すと打楽器奏者の自分が夢まで見た光景が目の前に広がる!


『あぁ、、、やってよかった』


※※※

思えば、練習ではソータから褒められたことより怒られたことのほうが多かったよう感じる


「ジョアン!!なんでここで打楽器の音がそんなに聞こえないんだ!!」


「ジョアン!!誰に気を使ってるんだ!!もっと音で前に出てこい!!!」


「ジョアン!!やる気がないなら荷物をまとめて実家に帰れ!!」

(これらは船上楽団で聡太がヨシュアに言われた言葉をそのまま記憶に任せてジョアンに言ってしまったもの)


『馬鹿に、、、馬鹿にするな!!』

そう思って必死に練習についていった。そうして得られたこの光景


「ああ、、、幸せだ、、、」

そう呟いた時、


「ジョアン楽士、はやく!次の準備を!」


「あ!すまない!すぐ行くよ」

他パートの方からの声にジョアンはいそいそとバティを舞台袖に運び出した


※※※


会場にサラの声が響く

「ご来場の皆様、これより次の曲の準備を致しますので、しばらくお待ちくださいますよう、お願いいたします」


アナウンスが終わり、ふう、と一息。そこに弦楽器パートの一団がガヤガヤと舞台袖にはけてきた


「お疲れ様でした」


「ああ、おつかれ!どうだった?」


「凄くよかったです!」


「ハハ!それならよかった!」

トルドさんの顔にも笑顔が戻った


「しかし、この2曲目にも参加したかったものだ」


「ふふ、トルドさん、ししょーに『我々も参加させてくれ』って何度も詰め寄ってましたもんね?」


「ああ、それだけ魅力的な曲だよ、この曲は」


二人は舞台を見る。そろそろ準備が整いそうだ


※※※

会場にいる有識者の間にざわめきが起こる。視線の先に、見たこともない打楽器が運び込まれた


『王妃殿下、見てるかな?使わせてもらいますよ!』

聡太は『読み聞かせ』での褒美で作ってもらった楽器を見る


バス・ドラム、タムタム、フロアタム、スネア、ハイハット、クラッシュ・シンバル、ライド・シンバルで構成されたこの楽器。王妃に説明した時はなかなか通じなくて、東部より打楽器職人さんを何人も呼んで何度も打ち合わせしてようやくできた物だ。楽器名?『ドラム』ですよ!

これ一台あればいろんな曲が出来るよ。ジャズなんかもいいかな〜。サラとジョアンさんのセッションか〜、なんか楽しそうだ! しかし、ジョアンさんの才能には随分助けられた。ドラムなんてやったことないから、記憶の中のドラマーの動きを『うーんとね、こんな感じで打ってたよ』と言ったら、『なるほど!こんな感じか?!』って推測と経験でものにしていった。スゴイ!打楽器の天才!


さて、楽器の配置替えも終わり、打楽器奏者もジョアンさんの同郷の人達も加えて増えました。いつもの仲間に囲まれて、ジョアンさんの表情も明るい。いいねいいね、2曲目はこの雰囲気が大事よ

他の管楽器パートのメンバーも自然と顔が明るくなる。打楽器奏者と練習で合奏を繰り返し、自然と雰囲気に馴染んでしまった


準備も出来たし、さあ、行こうか!


会場は自然と静寂に包まれる。指揮者の雰囲気から曲が始まることが予感されたからだ


「ワン、ツー、スリー、フォウ!!」

奏者には理解出来ない言葉と思いますが、この曲の出だしはこれじゃないと俺がしっくりこない。この曲ね?俺が中学時代の吹奏楽部でやってた曲なんです!夏の野球大会の応援でもよく使われる曲で、「太鼓を打ち鳴らし、踊り狂うさま」って意味を持つ曲名!顧問の先生が踊るように指揮をしていた姿が思い出される!


踊り狂うぜ!!くらえ!!


ラファエル・エルナンデス作曲、「エル・クンバンチェロ」


導入、ジョズエ(ボンゴ)、ナバス(コンガ)、ぺぺ(シェイカー)、そしてドラムの打楽器だけのリズムが刻まれる。原曲通りなら「エル・クンバンチェロ〜!」の掛け声から始まるんですが、この世界では聴衆が「?」ってなるので省略します。吹奏楽部でもそうやってたしね!

ぺぺ(シェイカー)の()は早くも笑顔で踊るようにぺぺを振る!こっちまで楽しい気分になっちゃうぞ!

そこに管楽器が重なって華やかなオープニングとなる!ドラムのジョアンさんはちょっと目がいっちゃって、トランス状態に入ったかな?

ま、いいか?ある程度、自由にやってもいいって伝えてるし!


ノリノリのリズム、奏者が楽しみながら演奏していると聴いている方も分かる音の重なりが会場を包みこんだ


※※※※※※※※※※

苦虫を噛み潰したような顔の団長が

「皆、昨日はよくやった。各方面よりお褒めの言葉を頂いている」

ほんっとーに不本意ながらって表情でお褒めの言葉を話している

研鑽会から一夜明け、参加した各パート長と、ルーニーパートの第23席の若手(ソロを担当した)、そして俺とサラ、ジョアンさんが団長室に呼び出されました。お褒めの言葉をいただけるらしいと。でもね、、、皆顔色が悪い。なんでかって?研鑽会のあと、打ち上げでみんな朝方まで飲んでしまったからですよ!今朝の『刻知らせ』大丈夫だったかな?ちゃんと出来てた?ほとんど記憶にない。ああ!トルドさん!気を抜くと寝てしまうよ!起きて起きて!

長々と話す団長の言葉はほとんど耳に入りませんでした


※※※

部屋を出て歩き出した時、サラに声をかけた

「サラ、仕事も一区切りだし、そろそろ準備しとこうか?」


「わ!そうですね!手紙も出さないといけませんね」


「ん?サラ君たちはまだ何かあるのかい?」

ジョアンさんがあくびをしながら聞いてきた


「はい!今年は休暇を貰って、領地に帰ろうかと!」


手紙が届いたら、喜んで迎えに来てくれるんだろうなぁ


聡太はガタイの良い白髪エルフがにっこり笑うのが目に浮かんだ

励みなりますので、評価いただけると幸いです

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