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ピアノが弾ければそれでいい  作者: まさのり
2/11

第2話

 「よし、少し休憩しようか」


「はい!ししょー!有り難うございました!」


座ったまま一礼し、サラはアイマールの鍵盤蓋を閉じると、そこにオデコを当て、、そのまま仮眠を取り始めた。


「ソータ殿、その、、前にも言ったがもう少し優しく教えていただくことはできないだろうか?」


セバスはヒョイとサラを抱えあげると、近くのソファーに寝かせる。抱え上げても起きないくらい深い眠り。サラが練習途中の休憩でそのまま仮眠を取るのは最近ではよくあることになっていた。


まあ、そんなときはまぁまぁサラ自身納得した練習が出来たときなんですがね。お?サラの手がピクピクと小刻みに動いている


「致しません」


「くぅっ」


セバスさん、すいませんがそんな余裕はないんです。貴族練成会まで後1ヶ月しかないんです。それにサラ本人もその事は最初に自覚してくれていた



初めて楽譜に曲を落としたとき


※※※※※※※※※※※※


「じゃあ、弾いてみるから音を楽譜に落としてくれ」


「はい!ししょー!」


「お嬢様、それでは」


「うん!セバスもよろしくね!」


「ちょっ、ちょっと今何しようとしてるの?」


「はぇ?『知覚向上』の魔法をかけてもらおうかと・・・」


「魔法!なにそれ?そんなんあるの!?」


「魔法ですから、、そりゃ普通にありますよ?」


でたー!!異世界あるある!!!



「じゃ、『ファイヤーボール!』みたいなのあるの?火の玉が出るみたいなの!」


「え?、、あはは!そんなのあるわけないじゃないですか!流石に無からなにも生み出せませんよ!」


どうやらこの世界の魔法は、存在する力を大きくしたり、小さくしたりするものらしい。で、『知覚向上』の魔法ってのは視覚、聴覚などを敏感にするもので、音をよく聞き取りたいサラがセバスさんに頼んでかけてもらおうとしてたもの。だそうだ


ちなみに力や反射速度などの身体的能力を向上させる魔法もあるらしいが、教養分野の練成会での使用は御法度だそうだ



「じゃ、弾いてみるからね?」 



サラに目をやり準備を確認。サラはコクリと頷く。どうやら準備万端のようだ









「はい、どうだった?」


音を聞き取れるようにゆっくりめに弾いた。のだが


「、、、すいません、ししょー、、もう一度お願いします」


「ああ、いいよ、じゃあもう一回」


というやり取りを五、六回後


「出来た、と思います」


「お、すごいね?もう出来たの?ちょっと見せて」


もっと時間がかかるかと思っていたけど、そんなに時間はかからなかった


やっぱり、、思ったとおりだ。楽譜の書き方がこの世界では全然違う。流石にここまで一緒じゃないだろうと、まず確認したかった事だったが、やって正解だったな、、、、さて


頭の中に浮かぶ楽譜と照合する。そうしていくと、なんとなくこちらの楽譜の書き方が見えてきた




「あ、、ここ、違ってるかな?と、ここも」




ちょいちょい手直しては再確認、手直ししては再確認を繰り返し、、、数時間後、、出来ました!異世界版『ラ・カンパネラ』の楽譜!


歴史に名を残す名曲を間違って伝えるわけにはいかないもんね


「さ、これを、、」


サラに楽譜を手渡す。手書きで、しかも書き直したりしてキレイな楽譜じゃないけど間違いなく『ラ・カンパネラ』の楽譜




サラは「わぁ!」と喜び、改めて譜面に目を落とす、、と




段々と顔が険しくなっていく、、、なっていって、、青い顔して聞いてきた


「ししょー、、これ、、、、、、どうやって弾いてたんですか?」


ああ!よかった!その感覚がある!!つまり譜面を見ながら頭の中で鍵盤上に指を動かしてたんだね!これはある程度習熟していることを表す。これは大きいよ


「これを6ヶ月で弾けるようになろう」


「これを、、、6ヶ月で、、、、、6ヶ月しか無い、、」


「さ、楽譜を持って横に座って。まずは弾いてみせるから、楽譜を見ながら指の運び方を確認していってみよう」


「は、はい!ししょー!」


最初から数小節見たときにはサラの目がグルグルしていた




※※※※※※※※※※※※


「それにしても早いものですな、もう5ヶ月経ちましたか」


休憩は30分、寝ているサラを起こさないよう別室でタバコを吹かしていると、お茶を持ったセバスがやって来た


(この世界でもタバコがありました!)


「あ、いつもありがとうございます。ええ、セバスさんにはホントにお世話になりました。サラがここまでやってこれたのはセバスさんのサポートがあってこそです。」


「私ではお嬢様を陰ながら支えることくらいしかできませんので、、、」


それが大きかった!サラの心が折れそうになったとき必ずセバスさんが必死に支えてくれた


レッスン開始から2ヶ月間は正に修羅場だった



※※※※※※※※※※※※※


「んー、、、ダメだな、ちょっと休憩しよう」


「ししょー、もうちょっとだけお願いします」


「いや、だめだ。疲れてるからこのまま続けても意味ないよ。休憩しよう」


「は、はいししょー、、すいません」


パタンと扉が閉まり、残されたサラ。と、みるみる大粒の涙がこぼれ落ちる


「う、、ううう、、、、うううう!」


我慢していたのだろう、とめどなく涙が流れ落ち、ついには顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた。


「お嬢様、ここにいては折角の休憩でお体を休めることが出来ません。さ、お茶を用意いたしましたのでどうぞこちらへ」


そんなときはセバスさんが必ず傍にいてくれた


「で、でぎない、、、ゆび、、、、うごがない、、、、ま、、まに、、あわない、、、ゔゔゔ〜!!!」



「そうでございましたか?私めには随分進歩が見受けられましたが?ソータ殿が弾いた曲に少しずつ近づいているように聞こえましたよ」


「ううう〜!、、う、、うう、、、、、、、ヒグっ、、ほんどに?」


まるで泣きじゃくる幼子のような顔のサラ、セバスはポケットからハンカチを取り出すとサラの顔を優しく拭う



「ええ、私めがお嬢様に嘘を言ったことがございましたか?」



「、、ない」


ニコリと微笑むセバス。つたう涙はもうほとんどなく、



「お茶、、甘い、、、ジャム入れてもいい?」


「ええ、用意いたしましょう」



「ほんと?はしたなくない?ししょーも居る?顔、変じゃない?」


サラはセバスに促されて別室にあるき出す



「大丈夫です、ソータ殿はタバコを吸いに外に出たようですよ、今のうちにお顔を洗いますか?」


(と、いうやり取りを聡太は扉の外で聞いていて、足音を気にしながら慌てて外に出ていた)




「、、そうする」


※※※※※※※※※※※※※


「私の方こそソータ殿に大変感謝しております。年相応、と言っては主上に失礼に当たるかもしれませんが、ここに来られてからお嬢様がはつらつとされております。背伸びをせずありのままでおられる姿を見ることが出来て、大変幸せです」


「ははは、またまた。いつだったか『私はかつて戦働きでお仕えしていたものでございます。ここに剣がありましたら貴方を八つ裂きにして差し上げました』って言ってましたよね?」


「はて?私めがそんな事を言いましたでしょうか?」


きれいな所作で淹れたお茶をスッとソータに差し出すセバス


「ソータ殿、お嬢様の出来は今何割ほどでしょうか?」


「厳しく言って8割、贔屓目に見て9割ってとこですね。、、ってこのやり取りも久々ですね」


「はは、前は2割、贔屓目に見て3割と言われましたか、、」


※※※※※※※※※※※



「ソータ殿、少しお時間を頂いてよろしいか?」


レッスンを初めて2ヶ月ほどが経った時のことだった。夕食後の練習が終わり、サラが寝付いた後でセバスが聡太の部屋にやって来た



「最近お嬢様がなかなか寝付くことができずにおられます。目を瞑ってしばらくすると手が動き出します。寝ていてもアイマールと向かい合っているかのようです・・・」


「ああ、なるほど、、やっぱりね、、」


「やはり?ソータ殿はお嬢様がそのような状態であると予測しておられて、それでもなお、あのような練習をさせているのですか?」


セバスさんは鋭い目で睨みつける。しかしそんな目線気にしないかのように聡太は答える


「セバスさん、それはサラの才能の一つなのかもしれません」


驚異的な持続的成長。練習を通じて聡太が感じていたサラの特徴だ


普通、練習してれば段々とうまくなっていくかと言われたら聡太はノーと答える。聡太がもつ成長のイメージは階段状だ。ある程度うまくなったら躓き、足踏みし、なにかのキッカケでポンと伸びる。そこから段々とうまくなるとまた壁にぶつかり、足踏みする。それを繰り返し、振り返ってみると徐々に成長しているように見える。それが普通、と聡太は考えていた。しかしサラは違う、ジワリジワリとうまくなっていく。そう見える


聡太にしたら異常な成長だ、昨日の練習で出来てなかったことが、今日は段々できるようになり、明後日くらいには普通にできるようになっている。絶対に壁に当たって足踏みする過程があるはずなのにと思っていたが、、、


『寝ている間にその過程を頭の中で行っていたとすると、、辻褄が合うかな?』


「?」


セバスは何いってんだ?という顔で聡太をみる


「何にせよ、今はこのままレッスンを続けて行くつもりです。セバスさんには今まで通りサラに寄り添ってサポートをお願いします」


「くっ…、後、どれくらい続きそうなのだ?この状態が!、、いつまで続くんだ!」


もう見ていられないと言わんばかりのセバス


「そうですね、、今の出来は、、、、2割、贔屓目に言って3割、、といったところです」


「なっ!、、たったそれだけ、、」


その言葉を聞き、今度は聡太の目が鋭くなる


「たった?セバスさん、馬鹿言ってもらっちゃ困ります。私はこの2ヶ月で2割から3割までできるようになっているといったのですよ。私が数年かかったこの曲で、たった2ヶ月でです」


「じゃあお嬢様は?」


「驚異的です」


煌めく音を持つ『努力』の天才。異世界物ならスキル持ちってとこかな。それが聡太がもったサラのイメージだ



※※※※※※※※※※※※


「そうですか、後残すところ1・2割といったところですか、」


「はい、詰めの作業みたいなもんです。後は弾き込む作業ですよ。今はまだ一生懸命譜面を追いかけているだけの音ですが、そのうち音たちが体に染み込み、自分のものになります。その時、サラの持つ音で表現することが出来ると思いますよ。それがサラの『ラ・カンパネラ』です」


「そうですか、でしたら私は楽しみにその時を待ちましょう。頼りにしておりますよ?『師匠』様」


「さて、そろそろサラを起こしましょうか」


『師匠、、、か』


※※※※※※※※※※※※※


いつの頃だったか?朝のレッスンが終わり、セバスが昼食の支度をしている厨房へ飲み物を貰いに聡太がやって来た


「ソータ殿?すみませんが昼食は今しばらくお時間をいただきたく、、」


「ああ、いえ、ただ喉が乾いたのでなにか飲み物を貰おうかと」


「でしたら昼食にだす果実水がございます。飲み過ぎますと昼に出すものがなくなってしまいますが」


「じゃあ一杯だけもらえますか?」


「ええ、少々お待ち下さい」


聡太は備え付の小さな席に座る


「そういえば、サラは私の事を『ししょー』と呼ぶのはなにか意味があるんですか?私の世界では『先生』とか呼ぶんですが、、」


フフっと微笑してセバスは答える


「たぶん憧れがあるのではと」


「憧れ?」


「アイマールを嗜む令嬢には普通、小さな頃から専属の師が着くものなのです。その師は年代ごとに交代したりして、令嬢が成人する頃には最初に着いた師は、実力をつけ弟子とした令嬢に新曲を贈ったりするのです。そういう師と弟子の関係をお嬢様は憧れておりました」


「サラには師匠がいなかったんですか?」


「我が男爵家にはそのように余裕はありませんでしたので、


、もっぱら奥方様がお嬢様にアイマールの手ほどきをされておりました。お嬢様も同年代の令嬢の話を伝え聞く事もございます。知り合いの令嬢が手紙で『私の師匠が、誰の師匠が』と書かれておりますと、『いいなぁ、いいなぁ』とおっしゃっていたものです」




憧れ、、か




憧れてた『師匠』がしょーもない人物だったら申し訳ないなぁ


果実水を飲みながら身の引き締まる思いを感じた聡太だった


「お師匠様と共に練成会に出られるなんて、お嬢様にとっては大変喜ばしい事と」


「その一緒に出る設定って何の意味があるんですかね?」


「有力な楽士を抱えられる家の財力を示す事もありますが、楽士の重複を避ける意味合いもございます。楽士の重複が許されては有力楽士だけに何曲も練成会で発表機会が与えられることになりますので」


「あー、そういうこと?」


「それに楽士自身の演奏機会もありますので、その実力を世間に知らしめるよい機会となるのです。その機会を多くの楽士に与える意味もございます」


「え?じゃあ俺も演奏するの?」


「そういうことでございます」


あちゃ〜!こりゃますますしっかりしなきゃ!下手したら弟子の顔をつぶしちゃうじゃない!



※※※※※※※※※※※※※


ここから練成会が行われる領都に行くには馬車で一週間かかるという。移動時間を考えるとここでのレッスンを切り上げるかどうかの判断をしなければ。聡太も焦りを感じていたとき。




その時は突然にやって来た。弾き込みを続けてどれほど経ったろうか?もはやサラは楽譜を見てはいない。細かなところまですでに自分に染み込んでいた。


そして、、サラの奏でる音が輝きを放ちだす


煌めく音が織りなす『ラ・カンパネラ』


ああ、鐘が鳴り響く


そのクライマックスはさながら連なる鐘が掻き鳴らされているかのような荘厳さ、かつ豪華さだ


最期の一音を弾ききったサラの目はトランス状態。しかし何かしらの手応えを感じたようだ。ハッと我に返ると振り向き『ししょー』の顔を確認する。


俺の弾いた曲とは別物だ


聡太はかつてコンクールに出場したとき、その受賞者達が奏でだすその音の違いに絶望した。が、今のこの感情は喜びか?


ニカッと笑顔を見せると部屋に響き渡る拍手を送る。その数二人。聡太の後ろでセバスが涙を流しながら拍手を送っていた


サラは席を立つと、恥ずかしそうに二人の聴衆に一礼し


へにゃりと笑った


セバスさん!間に合いましたよ!無言で目線をセバスに送ると、流れる涙もそのままにセバスはうなずき返した



※※※※※※※※※※※※


大きな都市だった。馬車に揺られること7日間、大公領都『ビオ・サ・バール』。ヴィンセント男爵家が属する大公領の都だけあって活気あふれる都市だ。


途中ヴィンセント男爵家に寄り、荷物を入れ替えた。サラの出場用ドレス(母親が若い時に着ていた物らしい)や聡太用のフード(セバスさん曰く、俺はあまり姿を見せないほうが良いとのこと)、路銀も幾ばくか補充してのすぐに出発。母親と弟と短い挨拶を交わすと馬車より身を乗り出し大きく手を振り「いってきまーす!」と叫ぶサラをほっこりと見守った聡太とセバス、しかし今はとても機嫌の悪そうな目つきをしていた。



「ちょっと見てみなさいな?あの格好なに?いつの時代のものかしら?」


「笑っては失礼よ?取り潰し寸前の、、ほらなんて言ったかしら?あの男爵家。あれでも必死に装って来てるのですから、、ぷっ!」



「セバスさん、、、あの見てくれだけ綺麗な品のないアバズレ共は何なのですか?外見と内面を生まれ間違えた奴らですか?」


「ソータ殿、あれは有力侯爵、伯爵の御令嬢達です。無礼な物言いはお控え下さい。ただし、ソータ殿のご意見には全く同意するものでございます」


練成会出場者控え室


アイマール練成会の当日朝に到着し、そのままセバスさんが手続きを済ませる。本当は前日入りしたかったのだが、あまり急ぐと馬車の揺れが酷くなりサラの体調が悪くなるとまずい。道中ゆっくりと揺られて来た


当のサラはすでに集中していた。ソファーに座り鼻歌交じりに指を動かしている。もう何度も頭の中で弾いてるんだろうな


「ほら、あのフードの方、あれが男爵家の師匠だそうですよ」


「どちらで修行された方でしょうか?見たこともありませんな」


「あの話、聞かれましたか?男爵家が師を探していた話」


「ああ、私の弟子にも話が来たようで、全く、節操のない様子に弟子も困っていましたよ」


「本当に、あんな少額で師につく者がいるわけ無いと思っていましたが、ふっ、、どうやらいたようですな?楽士の中にも節操の無いものが」


プークスクスと世間話を繰り広げる


アバズレ共の周りにいるのは、その師匠か?


あ、今俺を見て鼻でわらったな!ていうか、聞こえるように言ってるだろ?お前ら


セバスがゆっくりと立ち上がる。聡太はとっさにセバスの腕を掴む


「セバスさん?」


「少しは物言いに行こうかと、、あまりに目に余るので」


「いいんですよ、言わせておきましょう」


隣に座るサラの集中を邪魔したくない。幸い耳に入ってないようだ


「くっ、ここに剣がありましたら、、」


渋々座るセバス


「私はピアニストですから、、、見てて下さい、演奏で八つ裂きにして差し上げます」



フードをグイと深く被りなおす聡太。その奥の眼光の鋭さにセバスは驚いた


ガチャリと扉が開きタキシード姿の男性が入ってきた


「次の5組の方たちは舞台袖で待機をお願いします」


セバスは緊張した顔になった。


「サラ?行こうか」


聡太が声を掛けるとサラはふっと顔を上げ


「はい!」


しっかりと返事を返す


いいね、気合の入った表情だ


※※※※※※※※※※※※


綺麗な曲だな


舞台袖の簡素な席に座り、他の出場者の演奏を聞き、聡太は感想する。やはり中世かルネッサンス期のような雰囲気を持つ曲調。こちらの世界では神への感謝、自然への讃歌の意味合いで作曲されるものが殆どらしい。今聞いている曲も『川のせせらぎ〜水飛沫に輝く乙女〜』という曲らしい。


なんだろう?甘ったるい。旋律に気迫も気概も感じられない。綺麗にまとめられた曲。作曲したことのない俺が言っちゃ駄目なんだろうけど、、天才達が遺した曲を弾いてきた身としては、コンクールの自由曲にこの曲は選ばないかな?と


「さすが、オクレール殿の作曲ですな。聞いていて心が洗われる心地がします」


「先程の演奏では令嬢の愛らしさも相まって曲が輝いて聞こえましたな?」


「いや、まさしく!」


師匠達の小声の会話が耳に入る、と、同時に満場の拍手が聞こえてきた。どうやら前の組が終わったようだ。次は俺たちの番、少しの幕間の後、サラは舞台へ上がらなければならない



ふと見ると横に座るサラの手が震えている



ですよね?緊張しないなんてありえませんよね?


「サラ?」


声をかけながらサラの手を握る


「ししょー?」


「緊張するよね?失敗しちゃうんじゃないかって思っちゃうよね?でもね、大丈夫」


「この手がどれだけ努力を積み重ねたか、俺は知っています。この手がどれだけ涙を拭ってきたか、俺は知っています。この手にどれだけのものが宿っているか、俺は知っています」


「ししょー」


「だから大丈夫!この手はサラの未来をきっと切り開くよ!さあ!行っておいで!!」


「はい!!」


すくっと立ち上がると舞台へ向かうサラ。とりあえず、手の震えはなくなった。師匠としての仕事はできたかな?


※※※※※※※※※※※


「続いては、ヴィンセント男爵家より御令嬢サラ・ヴィンセント様、師は、ソータ様。サラ・ヴィンセント様の演奏は、、ぱ、パガニーニ様、リスト様作曲、ら、ら?、失礼しました『ラ・カンパネラ』です」


場内アナウンスの後、サラがアイマールの前で一礼すると席に座り高さを調整する


聴衆達がざわめく


「なんていう曲だった?作曲者も全く聞いたことのない名前だったぞ?」


「取り潰し寸前の男爵家につく楽士なぞそれくらいのものだろう?しかし、師が直接作曲していないのに、このような場でよく恥ずかしげもなく弾けるものだな」


押し殺した笑い声の中、サラの戦いは始まった。


そして物語は冒頭に遡る




あどけなさの残る少女が渾身の演奏を見せる。その表情は鬼気迫るものがあり、全身全霊をピアノに叩きつける演奏と相まって聴衆を圧倒する。「鐘」の意味を持つこの曲は二人の鬼才によって生み出された。跳躍の連続するこの曲は最高ランクの難易度を誇る。曲はクライマックスにさしかかる。ここまでで正直いくつかミスはあった。しかしそれを補って余りある表現力と音の輝き、舞台袖で見守る『ししょー』としては100点をつけてあげたい。あ、なんだ?目が潤んでまともに見てられないぞ。くそう、見届けなければ。


振り絞るように最期の一音、曲が終わり残された静寂。少女は肩で息をしながら席を立ち、聴衆に向かい一礼、しかし聴衆は静寂のまま。不安で目が泳ぐ。思わずチラと舞台袖の『ししょー』に目をやる。舞台袖の『ししょー』は渾身のガッツポーズを弟子に見せた。まるで世界の舞台で勝利したかのように。


少女はへにゃりと笑った。



ああ、いい笑顔だ。全て出しきったんだね?



さぁ、次は俺の番だ。師匠としては弟子に恥ずかしくない演奏をしなきゃな



フードをグイと深く被る。その中の眼光は鋭く研ぎ澄まされ、ピアニストというよりは試合前の格闘家のようだった。


サラは静寂の中、反対側の舞台袖へ歩き出す。と、たった一人、立上り、拍手を送る人がいた。


セバスさんかな?と思い舞台袖からチラリと会場を覗く。違う。拍手の主は会場中央の最上段、貴賓席と呼ばれる席の更に上から


「んな?大公妃殿下!?」


同じく舞台袖から覗き見ていた師匠の一人が驚きの声を上げた


※※※※※※※※※※


会場にざわめきが生まれる。大公領で行われる錬成大会、武芸の総責任者は大公、成人した大公子だが、教養の、特にアイマールの総責任者はこの大公妃だった。大公妃になる前は自身も稀代のアイマール奏者としての名を持っていた


聡太はざわめきの中入場し、聴衆に一礼。席に座る


「皆様、お静まり下さい。続いてはヴィンセント男爵家の師、ソータ様。曲はショパン様作曲、か、、、」



「?」


アナウンスが一度止まることに聴衆は疑問を感じた




「、、、『革命』」




一瞬の静寂の後、怒号が飛び交った


「なんと無礼な!!」


「恐れ多くも大公妃殿下の御前で!!」


「このような場でようも体制批判が出来たものだな!!」


会場は収拾がつかなくなりそうになったその時



「静まりなさい!!」


最上段からの正に支配者の一喝。思わずそちらの方を見てしまった。


『威厳』がそこにいた。


再度立上り、大公妃に対して一礼をする


さすがにあの喧騒の中で演奏は出来なかった。聡太本心のお礼


サラの次に何を弾こうか考えてたら、この曲が浮かびました



サラの懸命な姿勢、何度も挫けそうになって、それでも食らいついてきた。こんな若いのに、いろんなものを背負わされて


そんなサラの戦いを間近で見てて浮かんだ曲



俺も全力でいきます


ショパン作曲 『革命』


エチュード第12番のこの曲、そうエチュードなんです。エチュード?と言われましたら日本語では「練習曲」と訳されます。


さすが!1800年代前期ロマン派において「ピアノの詩人」と謳われた天才!こんな難易度の練習曲だなんて!すいません若い時に恨みました。


そしてサラの弾いた『ラ・カンパネラ』はリスト編纂の「パガニーニによる大練習曲」におさめられています。そしてパガニーニはバイオリンで弾いたといいます


恐るべし、天才達。常軌を逸してます


ちなみにショパンがこの曲を作曲したときはただエチュード第12番と呼ばれていて、後にこの曲を弾いたリストが『革命』と名付けたという逸話があります。ほんとかどうかはわかりませんが、天才と天才は引かれるものがあるのかもね


『ラ・カンパネラ』が右手の高い技術を要するのに対して『革命』は左手の高い技術を要します。


チラと舞台袖のサラが視界に入る。目がキラキラしてますな?次はこれを練習してみる?


そう思っていると、あの別邸でサラとセバスさんと3人で過ごした時間が頭をよぎって、、なんだか幸せな時間だったような気がして


名残惜しさを感じて


最後の1音を弾き終わったとき


すごく寂しかった


※※※※※※※※※※※※


ガタゴトと揺れる馬車の中、サラは窓の外を眺めていた。


錬成会の結果は全ての発表会終了後、審査員全員の意見をまとめ、各家に書面で通達されるらしい。ヴィンセント男爵家にはそれに貴族審査会の通達も同封されるとのことだ


発表会後、1日だけ領都観光を行った3人はその後すぐに帰路についた。セバスさん曰く、帰りの路銀が心もとないそうだ



は!となにかを思い出したようにサラがこちらを向く


「ししょー、審査会で弾いたあの曲っていつ練習してたんですか?」


「え?ああ、サラが寝た後でね、セバスさんに『防音の魔法』をかけてもらって、、」


「お嬢様の睡眠を邪魔するわけには参りませんでしたので」


「そうだったんですか、私、びっくりしました。ショパンさんの曲?スゴかったです!」


「ショパンって人はね、短命だったんだけど多くの曲を残して、その殆どがピアノ曲だったんだ。『ピアノの詩人』と謳われた人なんだよ。あ、こちら風でいうと『アイマールの詩人』かな?曲を弾くとどれだけの才能を持った方だったのか、恐ろしいくらいだね」


「凄いなぁ、まだまだいっぱいすごい曲があるんだなぁ」


「しかし、あの曲名を聞いたときは肝を冷やしました」


「セバスさん、曲を変えるか、曲名を偽ってくれといってましたもんね」


ピアニストの端くれとして、そんな冒涜は出来ません


ははは、と3人の笑い声が、揺れる馬車の中から聞こえていた



※※※※※※※※※※※※


ここは大公城のとある一室、アイマールを担当する錬成会審査員と貴族審査会が集まり審議をしていた。、、、否!怒られていた!


上座に座る大公妃はすこぶる機嫌が悪かった。


「大公妃殿下、確かにおっしゃる曲は奇をてらったものとしてはなかなかの出来であったかと思います。技術としても、まぁそこそこだったかと思います。しかし芸術面で考えますと、、、」


「あの2曲が芸術的でないと申すか?」


「!い、いえ!決してそのような、、、」


「私はな、震えたのだよ。あの2曲を思い出すと今も鳥肌が立つ。ルーロイド卿、すまんがそなたの作曲したものでこれほど衝撃を覚えたことはない。それだけではない、いまだかつて聞いた曲でこれほど震えたものはない!」


静まり返る部屋、ふぅ、と一息つくと大公妃はチラリと従者に目をやる。その意を汲んでか、従者は数枚の紙を持って来た。


大公妃はその紙を机上にポンと置く


「これはな、提出された2曲の楽譜だ」


審査員達は2曲の楽譜に目を通す、、と、顔から媚びへつらう笑みは消える。審査員達は誰も名の通った作曲家であり、アイマール奏者であった。


「そなた等、先程そこそこの技術と申したな?、、、弾けるか?、、、この2曲が」


大公妃よりルーロイド卿と呼ばれた、おそらく最高齢の審査員は楽譜に目を落としたまま震えていた


「私には弾く自信が無い。どう弾いていたか想像することも出来ん」


「大公妃、ロザリンドの名の下、審査結果の再考を厳命す!」


一言残し、大公妃は部屋を出た


※※※※※※※※※※※


ここは男爵邸のリビング、男爵邸にお邪魔してもう2週間が経ちました。その間、、、特に何もしてません。手につかないって言ったほうがいいかな?


サラの母、皆が「奥方様」と呼ぶ方は、ちょっと抜けたところのある可愛らしい方で、突然やって来た訳のわからんフード男を歓迎してくれた。もちろんセバスさんが今までの経緯を話してくれたこともあるんですが、、、


サラは弟さんと庭で遊んでいます。仲良きことは良きことかな


今までのピアノ漬けの、いやアイマール漬けの日々が嘘のようです。


あれ?セバスさんが走って庭にいるサラ達に駆け寄っている


二言三言会話を交わすと、皆で屋敷に入ってくる


ついに来たかも!


※※※※※※※※※※


リビングに皆が集められる。セバスさんが改めて


「お嬢様、貴族審査会の審査結果、並びに貴族錬成会の審査結果が届きました」


と、手に持っていた封筒を「どうぞ」とサラに渡そうとする。と、


「セバス、あなたが開いて読んで下さい」


サラは微笑んだ


セバスは困惑し周りを見渡すと、奥方様もコクンと頷く。


そ、それではとセバスは封筒の封蝋を割ると、中の手紙を出した


「この度、貴族審査会は、大公領都で行われた貴族錬成会でのサラ・ヴィンセント嬢の活躍を鑑み、、、」


セバスさんの頬にハラリハラリと涙がつたう


「ヴィンセント家の貴族資格十分と判断したことをここに通達する!」


わっ!と皆が歓声を上げる。サラは奥方様と弟さんと抱き合い喜んでいた


「よっしゃ!!!」


思わず声が出た。自分のコンクールでもないがめちゃくちゃ嬉しい!!


涙を拭うセバスさんに寄り、一言かける


「やりましたね!わ!」


「ソータ殿!」


セバスさんが抱きついて来た


「ありがとう、ありがとう、うおぉぉ、、」


デカイエルフおじさんに抱きつかれ苦笑する


「お、おちついて、、わ!」


今度は背後から衝撃を感じる!サラだ!飛びついて来やがった


「ししょー!!ありがとうございました!!」


ああ、自分の仕事でこんなに喜んでもらえるなんて、、


もみくちゃにされる聡太の足元にはもう一通の手紙があった


『この度行われた貴族錬成会の結果をここに通達する。


厳正な審査を行った結果、サラ・ヴィンセントおよびその師ソータに最優秀として金賞を授与する。授与にあたり以下二点について命ずる


一、両名は領都で行われる受賞式に参加すること


ニ、両名は王都で開催される錬成会王都大会に大公領の代表として参加すること


なお、錬成会王都大会におけるアイマール発表会は、例年通り王宮楽士団の入団審査を兼ねるものとする』


やっと落ち着いた後でこの手紙に気づき、ヴィンセント家はまた大騒動になったのだった


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