第14話
城壁港湾都市レイノルズに後少しというところで第2騎士団は幕営していた。伝え聞いた第4騎士団、東部領合同軍の状況ほどではなく、敵の伏兵に悩まされながらも最小限の被害に抑えつつ、ここまで来ることができた
敵伏兵の目的は明らかだった。こちらの戦力を少しずつ削る事。決して深入りしてくることなく、一撃、二撃を加えては離脱を繰り返す。途中、何度かの襲撃を受けたものの徐々に襲撃回数は減った。進軍ルートを都度変更したのが功を奏したのだろう。団長の素早い判断がなければ今頃どうなっていたか
しかし
「被害は甚大だな」
テレサは思わず呟く
「テレサです。失礼します」
水と食料を持ち、団長のいる天幕に入る。そこには甲冑を脱ぎ、横たわるベルタンがいた。傍には腹心のエルロンと、魔法士数人が毒に『分解』、身体に『活性』の魔法をかける。ベルタンは伏兵の放った毒矢を腰に受け、高熱を出していた
「テレサか、、状況はどうだ?」
横たわったままにテレサに報告をもとめる
「ご安心を、静かなものです。明日の夕方にも第4騎士団、東部領軍と合流できそうです」
「そうか、、テレサ、お前の頬の傷の手当てはどうした?不養生していては傷が残るぞ?」
襲撃を受けた際、流れ矢が左頬を抉っていた。簡素な当て布を傷口に当てているのをベルタンは見つめる
「かすり傷です。今は私より重傷者の治療に魔法士を当てています。私の顔の傷など些事ですよ」
実際はかすり傷と言うわけでは無かった。頬の筋肉まで傷が達していたため、自分で傷口を縫い、止血に煙草の葉を使っていた
「、、、母さんが悲しむ。それにあの楽士殿も嘆くのではないか?」
軍事行動中にしては珍しく、ベルタンが父の顔を見せる。熱にうなされ、いつものような厳格さが鳴りをひそめる
「な!?なぜここでソータの事が出てくるのですか!?」
面食らった顔で慌てるテレサ、そこに
「えーっと、、ご家族の御歓談のところもうしわけないんっすけど、、、」
突然物陰からの声にとっさに抜剣するテレサ。エルロンはベルタンを庇うように侵入者との間に割って入り抜剣する
『いったい何時入ってきたんだ!?』
テレサは戦慄する、が、
侵入者はスッと片膝をつくと
「バスコルト家の者っす。言伝を伝えに来ました。さっき話題に上がってた楽士殿からっすよ」
※※※※※※※※※※※
丸1日が明け、早朝。第4騎士団、東部領軍と合流した第2騎士団はレイノルズの西城門前に布陣した。第4騎士団、東部領軍は度重なる敵襲に苦しみ、出立時の4分の1の落伍者を出しながらも決戦の地、西城門前に轡を並べた
城門前には帝国軍が両翼を拡げた陣を敷く。城門の両脇にそびえる尖塔の物見台、城壁の上には多数の帝国兵が見られる。城壁前の軍勢が王国軍の足止めをしたところを尖塔、城壁の上から弓による攻撃をするつもりだろう
「テレサ副団長殿」
帝国軍の布陣を眺めるテレサに、ガシャガシャと鎧を鳴らし、背後から第4騎士団団長が声をかける
「お久しぶりです。サラトガ団長殿」
壮年ではあるが父のベルタンと比べるとまだまだ若く、ガッシリとした体躯の男、サラトガ・グラムス侯は厳つい顔に似合わず屈託のない笑顔を見せていた
「参陣が遅れて済まなかったな。ベルタン侯の具合はいかがかな?」
「幸い命に別状はなさそうなのですが、矢傷より受けた毒のため高熱が下がりません。なんとか陣には立てそうなのですが、、」
「そうか、今代の剣聖とも云われるベルタン侯の腕前を間近に見られると思っておったが、残念だ。そうすると貴殿が将兵を率いるのだな?」
「はい、若輩の身に余りますが、軍規と思って我慢して下さい」
本来なら『ベルタン伯』と言わなければならないのだが、このサラトガという男、非常に頑固なところがあり、自分が納得していないという理由で、未だにこの呼び方をしていた。テレサも何度か指摘したが一向に変えるつもりはないらしく、もはや聞き流していた
「ははは!何を仰るか?剣を学んで数年でベルタン候より一本取ったと聞き及んでおるよ!」
「え?一体誰がそんな事を、、、はっ!?」
カッと目を見開くテレサ
「ベルタン侯御本人より聞いた話なのだが、、、ん?テレサ殿?」
サラトガは自分の背後に視線を注ぐテレサに気付き、自分も振り返る
布陣した平地の背後にある丘陵地。その小高い丘の上に翻る第一騎士団の団旗
「おお!あれは第一騎士団旗!、隣にあるのは団長旗ではないか!女王陛下が来られているのか!!いったいいつの間に!?」
第一騎士団旗の隣に翻る団長旗にサラトガは興奮する。しかし、テレサの目を釘付けにしたのは並べられた兵団旗や各団旗の、さらにその端に翻る一回り小さな旗。他の団旗に比べると目を凝らさないと見えないその旗は、王国の紋様に添えられた音符マーク。王宮楽士団の団旗だった
「はは、まさか、ほんとに来るとは」
フードを被った男の笑顔を思い浮かべ、テレサはやれやれといった笑みを見せた
※※※※※※※※※※※
「状況を報告せよ!」
丘の上、素早く陣を敷く指示を出した後、イゾルデは眼下に広がる戦場の状況確認を急がせた
「いまだ両軍の動き見られず!開戦前です!!」
「よし!!!、、間に合ったか、、」
死に物狂いで駆け抜けた山中、小休憩を挟みながらの強行軍だったが、行軍中に歌が途絶えることはなかった。それどころかいつしか兵たちさえも口ずさんでいた
「「「「いよっっしゃああああ!!!」」」」
開戦前に着いた事を確認して将兵たちも雄叫びをあげる。
「騒ぐな!まだ何も成し遂げてないぞ!!準備を始めるぞ!!工兵!組み立てを始めよ!他の兵団員は周辺の岩の切り出しだ!騎士団は散開して周辺の索敵、警戒を行え!!急げ!!」
「「「「はっ!!!」」」」
指示を出すイゾルデの視界の端では、ほかの準備を始める一団があった。フードを被った男がその一団の中央で指示を出していた
『まさか、これほどの強行軍で士気を落とさず、たどり着けるとはな、、』
信じられないことのように心で呟いた
※※※
「ししょー!、間に合ったみたいです!」
「うん!!」
サラの言葉に力強く頷く
他の楽団員は荷台車から楽器を取り出し調律を始める。アイマールとドラムは、その大きさから兵団が設置を手伝ってくれた
ファブレガスパートはセラフィエラさんが中心にミーティング中だ。各自水筒をあおり、喉を潤しながら『うん、うん』と頷きを返している
※※※
「これは益々無様な姿は見せられませんな!」
ガッハッハと豪快に笑うサラトガ。テレサに振り向き
「さあ!指揮官殿!!全軍進軍の下命を!!」
持っていた戦槌を掲げ、目を爛々とさせ進軍を強請る、が
「いえ、、左方の軍をやや上げて鶴翼陣を敷きます」
「な!?守勢の陣を敷くと!?」
「はい、まだ攻勢をかける時ではありません」
テレサは天幕で伝えられた言葉を思い出す
※※※
第2騎士団団長の天幕に現れた青年は簡潔に伝えた
「『テレサさん、時間がないので手短に伝えます。もうすぐそちらに着きます。勝負の潮目は私達が作ります。それまで決して攻勢に出ないでください。攻勢に出る合図は歌です。覚えていますか?テレサさんを送った歌です』とのことです、、、確かに伝えたっすよ?」
飄々と青年が聡太のモノマネ風にテレサに伝えた
「え?」
ポカンとするテレサ
「え?覚えられなかったっすか?んー、じゃあもう一回言うっすよ?」
「い、いや、大丈夫だ。ただあまりの事で考えが追いつかないだけだ」
「まあ、そうっすよね。どうやら楽士殿は貴女を助けに来たいがために王妃殿下まで説得したみたいっすよ?」
「は?」
目を丸くするテレサ
ハハハと熱に臥せるベルタンが力なく笑う
「確かに突拍子の無いことをする男のようだ。まったく、、その胆力は楽士にしておくには惜しい」
※※※
いち早く準備を終えた楽士団。向い合せに設置されたアイマール。片方には聡太が座り、もう片方にサラが座る。サラと周りの各パート員は音の確認をしている。ファブレガスパート員は崖の縁に並び、眼下にレイノルズを見下ろす
その中にあって聡太は一人目を瞑り、思いを巡らせていた
『この策が成ったら、後世で俺はきっと鬼か悪魔のように伝えられるだろうな、、、でも、、覚悟の上だ』
城攻めでは攻め手は守り手の3倍の兵力を必要とする。それが聡太が読んできた軍記物から得られた知識だ。諸葛亮孔明の兵法をまとめたものや、もっと前に書かれた孫子の兵法でも似たような記述がある
その兵力差を埋めるため、王妃に作ってもらった物もあるのだが、それだけでは決め手に欠けると聡太は考えていた。なので、
『この歌でレイノルズに住む人達を立ち上がらせる』
レイノルズは25万人の住む中核都市。その中の1割でも立ち上がらせる事ができれば戦況を大きく変えることができる。占領地住人の反乱は聡太の知る軍記物の中で、最も占領軍に打撃を与える事項だ
ふうー、と息を吐き、心を落ち着かせる
『俺は、テレサさん一人のために何万人もの命を天秤にかけた、、、』
自分がこれから行うことを直視し、飲み込む決意を固める
※※※
セラフィエラ率いるファブレガスパートの面々は静かにその時を待つ。それぞれここに来るまでの出来事が脳裏に蘇る
『気を使わず、歌い続けてくれ!歌を聴いている間は疲れを忘れる!』
『荷台車を押すのが俺たちの仕事だ!あんた達はあんた達の仕事をしててくれ!』
急坂に差し掛かり、荷台車を引く馬も中々言うことを聞いてくれなくなった時、自分達だけが荷台車に乗っているのが忍びなく、思わず荷台車を降りようとした自分達に掛けられた言葉
松明が照らすのは、泥と汗に塗れた見ず知らずの兵士達の顔
自分達に出来るのは、ただ歌うだけ。ただそれだけ
だったら!それにすべての力を出し切らなきゃ!
小休憩の時にかけられた言葉
『ありがとう、歌が聞こえている間は力が湧いたよ』
その言葉が深く心に突き刺さり、意識が変わる
声が枯れようが、喉が潰れようが、歌い続ける!
ファブレガスパートの面々に、出陣当時の弛緩した表情は無い
歌は神や精霊に捧げるもの。そう教わり歌ってきた。いかに美しく歌うかに心血を注いできた。しかし、今は目の前にいる人達に全身全霊を込めて歌を捧げる。何かが変わるかもしれない。思いが届くかもしれない
少なくとも、『ありがとう』と言ってくれた兵士たちには何かが届いた
その経験がファブレガスパートメンバーの面構えに現れる
そこにアイマールに座る戦場楽士団長から『GO』サインの手拍子が飛んできた
楽士団を取り囲むように配置された魔法士達が一斉に『拡音』の魔法を展開した
※※※
ここに来るまでに汗だくになったジョアンは団服の上着を脱ぎ捨て、内服の袖も肩口までまくり上げる。ソータの手拍子を確認すると、思いを込めたドラムの一音。そこに込められたのは怒りか?、悲しみか?
たった一音のドラムの音に、思いが乗り凄みが増す。そのドラムの音を気迫のこもる声楽が彩る
打楽器とコーラスからなる曲の入り。オープニングの緩やかなメロディラインは一転して激しい曲調に変わる
抑圧された者たちの反抗の歌
俯き、目を瞑り、耳を手で塞ぐ者たちの顔を上げさせる歌
そしてその者たちの怒りを発露させる歌
そんなイメージを込めてこの曲を選んだ
頼む!奮い立ってくれ!!!
聡太が思いを込めて歌い出す
アニメ『進〇の巨人』より第1シーズン主題歌
『紅〇の〇矢』(Lin〇ed Hori〇on &2017)
※※※
突如戦場に流れる歌に両軍の将兵は暫し呆気にとられる
帝国兵たちの間に嘲笑が広がる
あいつら守勢の陣形を取ったと思ったら歌い出したぞ?
優雅なもんだな?戦場にまで楽団を連れてきて。やる気あんのか?
王国兵の中にも動揺がひろがるが、
「全軍そのままの位置で待機だ!!敵軍の動きに注視せよ!!」
指揮を執るテレサが兵士の気を引き締める
『この歌は、、我々に歌っているものじゃない、、、ソータ、何を?』
※※※
・
・
・
いったい、何回リピートして歌ったのだろうか
ファブレガスパートの歌声に掠れ声が混じりだす。ソロパートを弾くトルドさんの指先から血が滲む
「どうした!トルド!もうバテたのか!?音にキレがなくなってるぞ!」
『拡音』の魔法に雑音が交じるのも厭わず、振り向き、弟に激を飛ばすライドさんの鼻からは血がつたう。魔力が尽きようとしているのだ。
サラも歯を食いしばって演奏を続ける。もう何度も音が飛んでいる。指がつったまま演奏をしていた
ジョアンも髪を振り乱し、死に物狂いにドラムを叩く。左手のスティックは団服のスカーフで縛り付けた。もう握力も限界に近い
聡太も枯れた声をそのままに力の限り歌い、演奏する
『さすがにみんな限界か?』
聡太がそう思った時、物見の兵が声を上げた
「レイノルズ城壁内、各所から煙が上がってます!!」
※※※※※※※※※※※※
レイノルズ城壁内の集合住宅の一室。労働者階級の者たちが集まる集合住宅に男が家族と共にいた。昨日から帝国兵から、外出禁止の通達が出ていた。男は妻と幼い息子と食卓に座り息を潜めるように静かにしていた。本来なら娘も座っているはずだが、今は自室に籠り、ここ数日は顔を見ていない
娘は水を汲みに共用井戸に出たところを、酔っ払った帝国兵に見つかり、暴行され、凌辱された
『王国軍がすぐそこまで来ているらしいぞ』
外出禁止になる前に仕事仲間と帝国兵の目を気にしながら小声で交わした会話
『早く!こいつらを追い出してくれ!』
心で念じてから数日経っても、未だに悪夢は続いている。
そこに不意に歌が聞こえてきた
無言でいると否応なく歌詞が耳に入ってくる
その歌は何度も何度も繰り返される
歌は問いかける
悔しくないのか?何故立ち上がらないのか?と
『、、、俺なんかが立ち向かったところで何になるっていうんだ!』
そう自分に言い聞かせていた。そこに
ガチャリと娘の寝室の扉が開く。そこにはブルブルと震えて立つ娘がいた
「どうしたんだ?まだ寝てなきゃだめじゃないか」
男は席を立ち、震える娘に近づく
何度も殴られたのだろう。娘の右目は瞼が腫れ上がり、目尻には血溜まりが。鼻は折れ、腫れ上がり、歯は折れ、欠けていた。首には絞められた手の跡が残る
「ぐううう!」
まるで獣のように唸る娘の震える手にはペーパーナイフが握られる
「ゔゔゔゔゔゔ!」
充血した目からは涙が止めどなく溢れる。その瞳に宿るのは怒りか?
父である男に、娘の憤りが伝わってくる
「そんなもの持ってどうするっていうんだ?さあ、部屋に戻って寝てなさい」
力の限り握りしめられた娘の手からペーパーナイフを剥がすと、男は優しく娘の頭を抱く
「怖かっただろう?痛かったな?大丈夫だ、もうすぐこの嫌な夢も終わる。だからもう少し休みなさい」
男の妻が泣き声を上げる娘をなだめながら寝室に連れていく。幼い息子は母に寄り添い「ねーちゃん、だいじょぶ?」と不安顔だ
男は暖炉脇に置いてある薪割り用のナタを手にすると外に通じる扉に手をかける。それに気づく男の妻
「あんた?そんなもの持って何処に行くんだい?」
「ちょっと散歩だ、、、、、エリン、子どもたちのこと頼んだぞ?」
男は妻に微笑むと部屋を出ていった
※※※
男が扉を出て、下に降りる階段にさしかかると、そこには先客がいた。手にフライパンを持った老婆だった。集合住宅に住む者は皆顔見知りだ。男もこの老婆の身の上話しを耳にしていた
「ばーさん、そんな物持って何処行くんだ?」
驚いた表情で男は老婆に話しかける
「なに、、、ちょっと文句の一つでも言ってやろうとおもってね?」
ヒヒヒっと笑う老婆
「おいおい、無茶するなよ?短い老い先がさらに短くなるぞ」
心配してくれてありがとよ、と老婆の言葉を背に男は階段を降りていった
※※※
外に出ると、周りにチラホラと見知った顔が見える。皆、何かを覚悟した顔をしていた。そこに
「おい!お前らそこで何をしている!?外出禁止令を知らんのか!」
巡回していた完全武装の帝国兵が3人、こちらに近づいてきた
「お前ら!聞こえんのか!、、むっ?」
ナタを手に立つ男の後ろに、いつの間にか数人の男女が並び立っていた。それぞれの手には鎌やら包丁やら角材が握られている。帝国兵はそんなもので自分達の装甲が破れるとは思わず
「なんだあ?お前ら、痛い目をみたいらしいなあ!?」
語気を強め、嫌な笑みを見せる帝国兵。男には醜悪な面構えに映る
『、、、こんな奴らに娘は、、娘は!!』
おそらく娘を襲った兵とは違うだろう。しかし、男にとって帝国兵自体が怒りをぶつける対象だった
「うわあああ!!この街から出ていけよ!!この野郎!!!」
奇声を上げ襲いかかる男に後ろにいた者たちも続く!
「なんだ!お前達こんな事してただじゃ、、ぐあああ!」
怒りをあらわにした民衆の勢いを帝国兵3人では抑えきれず、袋叩きにされた
それを部屋の窓から遠目で見ていた者も部屋から飛び出してきた。何かに突き動かされるように男たちの集まりに加わる
「おい!彼奴等の宿泊所を燃やすぞ!」
誰かが叫ぶ
「ちょっとまて!落ち着け!あそこはレントさんの宿屋だぞ!?」
男は思わず叫ぶ
「レントさんはもう死んだよ!」
「は?、、、なんで?」
「出されたメシが不味いからってよ!家族全員なぶり殺しにされて、今は広場に吊るされているよ!!」
「な、なんてことを、、、あ、、あ!、、あ!!、あいつらー!!!」
うねる怒りと共に群衆が走り出す
走る男の視界の端に、老婆が見えた。立ち上がることも出来ないほどボロボロになった帝国兵にフライパンを打ち振るう
「息子を返せ!!!孫を返せ!!!このろくでなしども!!!」
涙を流し、フライパンを振るう老婆の顔は、普段見る穏やかな表情からは考えられないほどの形相だった
※※※※※※※※※※※
「どうなっている!?」
王妃が叫ぶ
「レイノルズ城壁内、反乱が起きていると思われます!!」
物見の兵が答える
『応えた!応えてくれた!!』
物見の声を聞き、歌のリピートを止めた聡太、バッと王妃に顔を向ける
「殿下!!」
「わかっている!!準備は整ったぞ!!投石準備!!岩弾を装填せよ!!」
※※※
カタパルトと呼ばれる投石機、用法によりいくつかの種類が生まれた。その中で攻城戦用に使われたのがトレビュシェットと呼ばれるものだ。中世ヨーロッパで使用され、大砲が開発されるまで攻城戦の主力として使われた
ヨーロッパ留学中、博物館廻りをした時に、その歴史や構造の解説、そして、、、現代の技術を使えばこういう構造となる、そういった解説を見ていた
魔法のある世界では科学技術の進歩は遅れる。そう聡太は確信する。それほど魔法は汎用性が高い。城の城門を攻める時も攻城槌を持った兵を魔法で強化する方が手っ取り早い。長射程の弓を開発するより、魔法で弓と兵を魔法で強化する方が手っ取り早い
王妃に投石機の製造を頼んだ時の反応からも、この世界の常識が垣間見えた
「石を投げつける?そんな物が役に立つのか?強化の魔法でしのがれるのではないか?」
『そう考えるでしょうね。でも、私達の世界には魔法がないんです。だから魔法に代わる力、科学を求めたんですよ』
もちろん、そのまま使うつもりは無い。この世界の技術、『魔法』を存分に使うつもりだ
※※※
4台並んだ重心移動機構付き回転式トレビュシェット。現代の技術を利用した構造を持つこのトレビュシェットは、中世の物が持っていた命中率の低さを克服していた。その投石動作はまるで野球のピッチングのようだ。王妃に頼んだのは10台だったが、間に合ったのは6台だった。そのうち2台は王城近郊の森で行った試射の段階で強度不足で崩壊した
「1番機、2番機は右側の尖塔を狙え!3番機、4番機は左側の尖塔だ!!」
王妃は騎馬突撃の驚異となる尖塔からの攻撃の芽を摘むつもりのようだ
魔法士が一斉に投石体制に入ったトレビュシェットに向けて魔法をかける。カウンターウェイトには『重化』の魔法。投射される岩弾には『軽化』の魔法と『潤滑』の魔法、構造全体に『強化』の魔法。魔法を使い、通常の物理現象以上の力を発揮させる
「1番機2番機準備完了!」
「3番機4番機同じく完了!」
各隊の兵から報告が上がり
「放てー!!!」
王妃の号令の直後、ピシャーン!!!と破裂音が響いた
※※※※※※※※※※※
レイノルズの執政官庁舎はガニメデ帝国軍により接収され、今は占領軍の司令庁舎として使われていた。その中の一室では、レイノルズ城壁西門に布陣したカリスト王国軍への対処に関する会議が行われていた。部屋の周りには魔法士が配置され、『防音』の魔法がかけられる
中で行われている会議の内容を外に漏らさないためだ。ガニメデ帝国宰相ブルーナは、城塞都市レイノルズ内にカリスト王国の間者がいることを察知していた
ガチャリ!と突如扉が開けられ高級武官が部屋にはいってきた。『防音』の魔法をかけられていたため、ノックの音も中には届かないためだ
「まだ会議中よ?」
不機嫌そうにブルーナは武官を睨む
「緊急の報告です。住民が反乱を起こしました」
「そう、ならさっさと鎮圧の兵を出しなさい。どうせ限定的なんでしょう?」
ある程度の反乱は想定内だった。しかし
「いえ、都市の各地で、同時多発的に起こっています」
「なんですって?」
思わず立ち上がる。同時多発的というのが引っかかる。煽動者がいる可能性があるからだ
「会議は中断します。壁内にいる兵達を庁舎前に集めなさい!分散していてはダメよ、相手は所詮烏合の衆なんだから、、、」
歩きながら話すブルーナは扉を出たところで立ち止まる
「、、、なに?この歌は?」
今まで『防音』の魔法で気づかなかった歌声を初めて認識し、戦慄する
「は!王国軍の後方、丘陵地帯より流れてきているようです!」
扉の脇にいた衛兵が答える
「何故そのままにしているのよ!!」
「え?いや、ただの歌ですので、、」
ブルーナの脳裏にかつて自分を『姫様』と呼んだ老女の言葉が蘇る
※※※
「姫様、奴らの歌にご注意くださいませ」
「歌?」
「そうです。歌です。かつて奴らが偉大な魔王様を討った時、歌を使ったそうです。どのような効果があるのかは分かりませんが、たしかに歌声が聞こえたと記されています。どうかご注意を」
※※※
「もういいわ!私が自分で確認します!」
ブルーナは幾人かの武官を連れて庁舎屋上に向けて走り出す。その最中も歌は聞こえ、その歌詞に歯噛みする
『くっ!この歌は民衆に向けて歌われているのか!』
ブルーナが屋上の扉を開け、バルコニーに出ると、市街の至る所から煙が上がる光景が目に入る
『これほどの反乱、城壁内の鎮圧にどれほどの兵を割けばいいか?』
親指の爪を噛みながらブルーナは考えを巡らせる。そこに
ダッカーーーン!!!
耳を覆いたくなるような破壊音。咄嗟に音がした方に顔を向けると、西城門脇の尖塔二つが轟音を立てながら崩れ去った
※※※
両軍の将兵が目を疑う。今まで威圧の象徴ともいえる威容で聳え立っていた尖塔二つが音を立て崩れゆく
ハッ、といち早く我に返り、部下に指示を出したのは帝国軍指揮官。魔法士に対して怒鳴りつけるように号令をかける
「魔法士団!!何をしている!!城門に幾重にも『強化』の魔法をかけよ!!」
何をされたか分からない。しかし何らかの攻撃を受けたのは明らかだった
※※※
想像以上の破壊力、しかし、丘の上で敵軍の動きを見て取った王妃に些かの後悔の念
『しまった、、先に城門へ攻撃するべきだったか、、門の防御を固められてしまった』
しかし
「王妃殿下!!」
声のする方に目をやると、フードを被った男がこちらを見つめ、大きな頷きを見せた
『大丈夫です!!』
その目には確信が宿る。それを見た王妃は迷いを捨てる
「次弾を準備せよ!!目標は全台レイノルズ西城門だ!!!」
号令を受け、各台が方向を微調整する。魔法士たちが魔法を展開!
「全台射出準備完了!!」
兵士の声を聞き、王妃が叫ぶ
「放てーー!!!」
ピシャーーン!!
またも射出の瞬間に炸裂音が響く
※※※
聡太は試射の段階で1台目の投石機が崩壊したと聞き、自身も確認しに森へ行った。2台目の試射に立ち会い、2台目も崩壊する様子を見て身震いする。射出の瞬間、『ブンッ!』とか『ビュッ!』と言った風切り音ではなく、炸裂音を聞いたためだ
『魔法すげえ!!リリース部分が音速を超えている!!』
その音は物体が音速を超えた時に起きる現象だった。熟練者の扱うムチの先端からこの音が出るのも音速を超えた証拠だ。2台目も1台目と同様に、メインフレームが砕け散った
「構造部の『強化』の魔法をもっと重ねかけてください!射出される岩にも『潤滑』の魔法を!!」
空気抵抗で急減速するか岩が破壊される!聡太は魔法士たちに叫んでいた
※※※
遠目から見ても城門には幾重にも魔法がかけられていた。しかし、聡太は不安を感じていなかった
投石される岩の重さは少なくとも200〜300キロはある。『軽化』の魔法で軽くなっているが、打ち出されて50メートルも離れると魔法の範囲を超え、元の質量になる。音速に近い初速で飛び、『潤滑』の魔法で空気抵抗を軽減し、おそらく亜音速のスピードで対象に当たる
どれほどのエネルギーだと思う?
「ニュートン力学なめんなよ!!」
聡太はヨーロッパ留学中に知った、歴代王族と同じ墓地に埋葬されたイギリス科学会の偉人の名前を叫んだ
※※※
驚愕、その言葉が戦場を支配する
大きな轟音を立て吹き飛ばされた城門
土煙が晴れ、崩れ去った城門があらわになる
瓦礫の向こうに市街が見える
そこに歌が流れた
今まで流れていた歌とは違う。その事にテレサが気づいた
それは出陣の前にソータが涙を流しながら歌った歌
歌い終わり、自分のぐしゃぐしゃの顔に気づき、慌てて顔をぬぐう様を思い出し
『忘れるはずがないだろう?今度は泣いてくれるなよ!』
ここが攻勢のかけ時と悟り、テレサは号令をかける!
「騎士団前へ!!兵団は騎士団の後方へ!!東部領騎士隊は兵団へ合流せよ!!」
号令を聞き、素早く動く兵士達
「我らはこれよりレイノルズ城壁内へ突入し、捕らわれた王国民を解放する!!敵は浮き足立っている!!この機を逃すな!!!」
「私を切っ先に鋒矢の陣形をとれ!!」
そういうテレサの後ろに戦槌を担いだガタイの良い騎士がつく
「背後は任せられよ!指揮官殿は前のみ見ておられよ!」
「感謝する!全体並あーし(足)!!」
振り返らずにテレサは馬を駆る。周りの騎士たちはそれに合わせて徐々に陣形を整える。それはまさにテレサを切っ先に1本の矢を作るが如く
陣形が整った事を肌で感じたテレサは速度を上げていく
「駆けあーし(足)!!!」
徐々に近づく敵陣、先頭のテレサの視界に味方は一人もおらず。まるでたった一人で立ち向かっているような感覚さえ覚える。しかし
『不思議だな、、近くにお前を感じるよ』
後ろから聞こえる歌声がテレサを包む
「剣構えよー!!!全速突貫!!!心〇を〇げよ!!!」
「「「「「うおおおお!!!心〇を〇げよ!!!!」」」」」
歌声は兵士達心にも響いていた
※※※
聡太は歌いながら眼下の戦況を見ていた
『あああ!?あの先頭の騎士ってテレサさんじゃないかな?なんであんなところにいるんだ!?』
枯れた声を張り上げながら歌う聡太。演奏者もみなボロボロ、歌い手も出ない声を振り絞る
その最中、騎士たちが形作る1本の矢が帝国軍の陣形を貫いた
ここまでに割愛して書けなかった事柄をつらつら書いてみます
『大公子と8勇士の冒険』、他2部作
弓の勇士と槍の勇士が崩れ去る大橋から落ちる時、弓の勇士を助けたのは槍の勇士です。落ちていく弓の勇士を見た槍の勇士は、渾身の槍の投擲で見事弓の勇士のマントを射抜き、弓の勇士を崖に縫い付けました。弓の勇士が最後に見た槍の勇士の姿は、笑顔を見せながら落ちていく槍の勇士でした。
この時、弓の勇士のお腹には既に槍の勇士との子供がいます。なので、弓の勇士の家系は残ります。弓の勇士の子供は一人でしたが、その子は2人の子供を残します。そのうちの一人は弓が下手で、周囲から残念な子みたいな待遇を受けます。が、おばあちゃんの弓の勇士が『それなら、、』と槍を渡します。隔世遺伝だったんですねー。槍の才能を開花させたその子は、時の国王、ラニールの子に認められ、槍の勇士の家名を受け継ぐ事になりました。なので、槍の勇士の家名は残る事になりました。しかし、勇士の家系では一つ家格の落ちる伯爵位です。弓の勇士の家系で有力な分家筋のあつかい
魔王を斃され、島ごと精霊に封印された魔族。エルフのいる大陸の各地で戦っていた魔族は、もはや本軍からの補給は無いと悟ります。そこでエルフが住む大陸に取り残された魔王軍は生き残りをかけ集結します。この地で魔族の国を築く為に。
大公子は各地で魔王軍残党と戦いを繰り広げ、狭隘な渓谷での一大決戦に勝利し、エルフの世を盤石のものとします。
魔族との戦いを終えたエルフ達は、次にエルフ達の覇権を争う戦いに突入します。その戦いの中、大公子の国は滅亡してしまいます。炎に包まれる城から王女を救い出した大公子は、付近の友好的な村や市街に潜伏しながら軍閥として各地で戦いを繰り広げます。自分たちが住む場所を作るために、、
周辺諸侯の平定を終えた大公子は建国を宣言します。なので、大公子ラニール・カリストが初代国王なのです
カリスト王国建国までが三部作。全部書くと長いなーと思い、他二部作は全割愛しました
イングリス・クロフォード、エルロン・マーシャル
この二人、キャスパール家の遠い分家筋になります。剣の勇士と双剣の勇士の間には3人の子供がいます。そのうちの1人がクロフォード家に嫁ぎ、1人がマーシャル家を興します。もともとマーシャルは土地の名前という設定を考えてました
二人ともベルタンの先代より仕えています。ルパートの側近で瀕死のルパートを背負い、戦場を駆け離脱し、キャスパール家まで運んだのはエルロンです。因みにエルロンはセバスのことを覚えており、『いつか礼を言わねばな』と思っています。ルパート死去後、全ての事後処理が終わった時に、責任を取るため自刃しようとするエルロンを止めたのはイングリス。その時のイングリスが冷静に説得したことを覚えており、『俺よりも冷静な判断をするイングリス』との見解を持つようになります。二人とも子供がおり、そのうち一組が幼なじみで、結婚してます。イングリス、エルロンは義兄弟です
幕間話で書こうとしましたが、重い割にあまり主軸の話に関係ないなー、と思い全割愛しました。
ブルーナ・ワラキアム
この人はもっと早い段階で登場する予定でしたが、ジョアンさんの話が当初予定より長くなり、、割愛。少女が小舟一艘で海に漕ぎ出し、結界に焼かれながらも外の世界に出て、そのあとも泥水をすすりながら生き抜く話は出来ませんでした
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