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ピアノが弾ければそれでいい  作者: まさのり
10/13

第10話

 娘が自分の使っていた打楽器を堂々と打ち鳴らす様を見て、キスリング・メディナは周りの目を憚らず涙を流し喝采を送った。隣に座っていた妻もハンカチで目頭を押さえながら演奏を聴いていた


あの幼かったジョアンがなんと堂々と、、、


三兄妹の末娘、もしかすると甘やかして育てたのかもしれない

音楽好きな娘が、自分が嗜んでいた打楽器をやりたいとねだって来た時は随分と悩んだ。娘には、できれば正楽器と呼ばれるものを習ってほしかった。楽士団の編入の際は周囲から『親バカだ』と陰口を叩かれてるのを分かったうえで頭を下げて廻った


可愛い愛娘のためなら笑われようと構わんさ


無事に楽士団に入団してからも裏方の仕事ばかりをしていると伝え聞いたときは胸が痛んだ


辛い思いをしているんじゃないか?周りから馬鹿にされているんじゃないか?


だが、しかしだ。ある日、娘から届いた一通の手紙


『父上、母上、研鑽会に打楽器奏者として出演することになりました。笑われることになるかもしれませんが、私の初舞台です。ご都合つきましたら、是非いらしてください』


ジョアン?何を言っている?全ての予定をキャンセルしてでも聴きに行くとも!アルマとサリュウ(ジョアンの兄たち)も連れてな!


さすがに領主一家が揃って領地を空けることは叶わず、長男を残して来たが、、、


王都に着いたのは公演の前日。緊張しているであろう娘を労おうと思っていたが、公演の準備と直前練習で邸宅には帰って来ないと聞いてヤキモキした。公演が終わり、邸宅に戻り娘を待っていたが、娘はまたも帰ってこない!!侍女長が言うには今度は楽士団の打ち上げがあるとのことだ!!


ハンナ!?そういうことは早く教えてくれ!!まさか何処ぞの男と・・・!


昼前になっても帰って来ない娘に、内心穏やかではないが、メディナ家の当主が慌てる様を家人に見せるわけにもいかず、平静なふりをしながらお茶を飲む。


眼前の机の上には、朝一番に買ってこさせた新聞の数々


『音楽史に残る演奏会』

『新たな音楽形態の幕開け』

『音楽における新時代の足音を聴いた』


文化紙面で踊る見出しはどれも昨日の公演のことに触れており、好評の文言が織り成されている。中には『王宮楽士団初の打楽器奏者ジョアン・メディナ女士』と挿絵付きのものまであった


いつの間にか立派な大人になってたんだな


しみじみと誌面に目を落とす。自然と目頭が熱くなる。それを見ている妻は苦笑する。と、


「ただいま戻りました!」


玄関から娘の元気な声。キスリングはおもわず玄関に駆け出した


※※※※※※※※※※※

篝火を焚く、日が昇るにはまだ早すぎる時刻の王城門前、門を守る衛兵の前に停まる、いいささか古風な馬車の前に老齢の執事が佇んでいた


「おい、開門までにはまだ時間があるのに、あの馬車、いつからあそこにいるんだ?」

交代の衛兵がこれから休みを取る仲間に声を掛ける


「夜中からずっといるよ、あの執事さんもずっとあのまま待っているよ」

あくびをしながら宿舎に帰ろうとする衛兵が答える


「はあ!?」


どこか無骨さを感じる執事は微動だにせず、ただ立って待っていた


※※※※※※※※※※※

早朝、刻知らせの塔に響くアイマールの調べ

ベートーヴェン作曲、『エリーゼのために』

奏者はジョアンさんだ。根っからの努力家で、聡太のレッスンに耐え、聡太が考える『人前で弾ける』レベルに達していた


『やっぱり才能があるんだろうな〜。リズム感とか抜群にいいし』

とは聡太の感想だ。2年目にして取れた長期休暇中の『刻知らせ』の代役をジョアンさんが引き受けてくれた


最終音を弾き終わり、音の余韻が消える。と、同時に展開されていた『拡音』の魔法も消えた


「ぷひゅー、、」

と、息を吹き、ジョアンの肩から力が抜けた


ソータ、サラ、テレサは拍手をしながら

「よかったですよ!ジョアンさん!」

「すてきでした!」

「コリュートス!」

と、それぞれが賛辞を贈る


ジョアンは、はにかむ様に笑顔を見せ

「いやー、緊張した。以前にしていた『刻知らせ』では感じなかった緊張感だ」


「凄いな!嬢ちゃん!見直したよ!」

おじさん魔法士、ライドさんも近寄り声をかける


「代役でこれから暫くまたお世話になります」

ジョアンさんが手を差し出すと、ライドさんは、ガシッと握手を交わす


「ああ!よろしくな!」

ニカッと笑うライドさんだった


※※※


刻知らせの塔を降りる聡太たち。以前に比べて聡太の足取りは軽い

『テレサさんとの、体力づくりの成果かな?』

なんて、聡太が思っていると


「ソータ殿、サラ君。今日から帰省するんだろう?準備はもういいのかい?」


問いかけるジョアンに


「はい!荷物らしい荷物は持ってきてないので」

サラが元気に答える


「あの、、、テレサさんはホントに良いんですか?無理について来なくても、、」

申し訳なさそうな聡太の言葉に


「何を言う。私の務めだからな。だめだと言われてもついていくぞ?それともソータ殿は私がついていくとマズい事でもあるのかな?」

ちょっと意地悪そうに言うテレサさんの顔に


ホント、、、凄いな、エルフ、ドキッとする


「そんな事ありませんよ。来てくれて心強いです」


「我が家にテレサさんが来ると手紙で伝えたら、みんなビックリしてました!」

フンスフンスとサラも答える


「そう言ってくれると、こちらもありがたいよ」


「そういえば、第1席殿のところには寄っていくのかい?」

ジョアンさんが尋ねる。そうなのだ。かつて第1席のシャープナルさんとの約束で『革命』を聴かせる約束を果たしていない聡太たち。帰省のついでに是非寄ってくれとアイヴァンさん。俺たちの帰省に合わせて休暇を取ってくれた


「はい!シャープナルさんのところで何泊かする予定です!」

ザックリな予定です。やはりエルフは長命だからか?こういった予定は時間的にザックリ決める傾向が見えます


「そうか、シャープナル伯爵が居を構えるヴィナルーンはアイマール発祥の地だからな。サラ君たちには見どころも多いだろうな」


「へー!そうだったんですか!」

思わず声を上げた聡太


「ソータ殿は知らなかったかい?そもそもアイマールはシャープナル伯の先祖が発明したものだ」

ジョアンさんの言葉に


「なにそれ!アツイ!!」


「「「・・・アツイ?」」」

聡太の言葉に首を傾げる3人だった


※※※※※※※※※※※


朝食を食べ、身支度を整えると聡太、サラはテレサと落ち合い、王城門へ歩いて向かう。サラはリュック一つだけの出で立ちだ。女の子にしては荷物が少な過ぎるかな?と思っていたが、テレサさんの荷物も同じくらいだったのでビックリした。テレサさん曰く

「行軍訓練では一ヶ月くらいならこの程度の荷物で十分なのでな」

とのこと。さすが!剣の勇士と双剣の勇士の末裔!清々しいくらいに男前です!


歩きながら他愛のない会話を三人でしていると、だんだんと近づく王城門。すると、突然にサラが走り出した!


「ちょっ、、!どうしたんだ!サラ君!」

テレサさんは慌てて声をかけたが、聡太は王城門の向こう側に佇む人影を確認するとテレサに告げる


「ああ、やっぱり、、テレサさん?大丈夫ですから、俺達はこのままゆっくり歩いて行きましょう」


まだ遠く、小さく見える白髪のエルフ。その者にサラは駆け寄り、飛びついていた


※※※

「お務め、御苦労様でございます。ソータ殿」


「お久しぶりです。セバスさん!お元気そうで何よりです」


サラとは再会の挨拶を存分にしたであろうセバスさんが遅れて到着した聡太に挨拶を交わす


「テレサ・キャスパール様でございますね?私はヴィンセント家の執事を務めておりますセバスと申します。この度は我がヴィンセント家への御訪問、誠に誉れと存じ上げます」

セバスさんが礼を尽くした姿勢で挨拶をすると


「ああ、そんなに形式張らないでくれ。こちらこそ身内での水入らずの時間を邪魔して心苦しい限りだが、宜しく頼む」

少し申し訳なさそうに答えるテレサさんだった


※※※※※※※※※※※

馬車に揺られる四人。ふと感じたことを聡太が口にする


「セバスさん?この馬車って前と何か違いません?」


「ふふ、お気付きですか?車輪廻りと座席を手直しいたしたのですよ」


「ですよね?乗り心地が全然違ってます」


「サラお嬢様のお陰で、我がヴィンセント家にも少しばかり余裕ができましたので、、馬車ごと新しいものに買い換える話もあったのですが、奥方様が『この馬車は我が家に幸運を運んでくるもの』と仰られまして、、、新しいものに買い換えるより高くついてしまいました」


「家のみんなは?元気にしてる?」

少し心配顔のサラ


「ええ、もちろん。皆お嬢様が帰ってくるのを楽しみにしておりますよ」

ニコリと微笑みを返すセバス


「そう、よかった」

胸を撫でおろすサラ


このコはホントに、、、

聡太はサラが楽士団から支払われる給金のほとんどを実家に仕送りしていることを知っている。手元に残すのはいつもほんの僅かばかりだ。サラらしいと言えばそれまでなんだけど、もう少し自分を顧みて欲しいと師匠は考える。結局貴族練成会で得た褒賞金でもサラが個人的に使うことは無かった


「それはそうと、、、ハルザ・ホールトン子爵令息はお見送りには来られていなかったのですね?一度ご挨拶をと思っておりましたが、、、大変、、、、、、残念です」

穏やかな口調にしては、殺気にも似た雰囲気を醸し出すセバスさん


バッと聡太に顔を向けるサラ!サッと顔を背ける聡太!


やめて下さい。サラさん

『おまえ、チクっただろ!?』

みたいな顔でこちらを見ないで下さい。怖いです


隣では口を押さえて笑いを堪えるテレサさんだった


※※※※※※※※※※※

中央に大きな川が流れ、周りを森に囲まれる古い街並みのヴィナルーンは、王都から大公領に向かう道からは少し外れる位置にあった


穏やかな風景を馬車から眺める。王都からは3日の距離、比較的のんびりと馬車を走らせてきた


セバスさん曰く

「奥方様より路銀は十分に預かっております。私としましては早く領地にお嬢様をお届けしたいのですが、上役様邸への訪問で、無理に急いでお嬢様が体調を崩されてもいけませんし、、、」

とのことだ


「シャープナルさんの家はどんなとこなんでしょうね?」

外の景色を眺めながらサラは独り言のようにつぶやく


「シャープナル家は元々楽器工房から興った家だったはずだ。初代当主がアイマールを発明し、自らアイマールで演奏を行っていたところ、時の領主にその腕前を認められ、準貴族位を与えられたのが貴族になったきっかけだったと記憶しているな。武勲を挙げて貴族位を賜ったわけではないので今でも領地を持たない貴族家だ。メディナ家のような邸宅ではないと思うぞ」

それに応えてテレサさんが事前知識を与えてくれた。暗に『あまり期待しては失礼になるかもよ〜』と諭してくれる


「なるほど!でも凄いですね!つまり歴代のシャープナルさんたちがアイマールの腕前だけで伯爵位まで上り詰めたってことですよね?」


「ああ、初代の準男爵位から6代かけて今の伯爵位まで賜ったそうだ」


「へー、へー!なんだか我が家に似てます!ヴィンセント家は曾祖父が戦で手柄を挙げて準男爵位を頂いて、祖父の代でも戦での功績を認められて男爵位と領地を頂いたんです」


「そうか、ヴィンセント家もかつての帝国との大戦に参戦していたのだな」

ん?ちょっとテレサさんの表情に陰が、、


「お嬢様、もうじきシャープナル邸に着きます。ご準備を」

セバスさんの声に一同は目線を馬車の進む先に移した


※※※


「やあやあ!よく来てくれたね」

穏やかな笑みで迎えてくれるアイヴァン・シャープナルさん。長い白髪と整えられた長い髭。某ファンタジー映画の、主人公を導く白い魔法使いのようだ


『こんなおじいちゃんだったら、友達に自慢しちゃうなぁ』

と聡太が思う


シャープナル邸は木々に囲まれた静かな場所にあった。どことなくヴィンセント家の森の別荘を思い出す


すでにセバスさんと御者さんは離れの部屋に案内され、俺とサラ、テレサさんの3人がアイヴァンさんと挨拶を交わす

「馬車に揺られて疲れただろう?部屋に案内するよ。まずはくつろいでくれ。話は夕食を食べてからにしよう」


※※※


アイヴァンさんの家族も交えての夕食会、食卓には豪華とはいえないが趣向を凝らした料理が並んだ


「お口に合ったならいいのだけれど、、、」

アイヴァンさんの奥さんのクロナさんが穏やかに問いかける


「どの料理もとても美味しいです!」

サラは料理に合わせたワインを飲みながら上機嫌で答える。隣のテレサさんも頷きを返す


「よかったわ。料理番と張り切って献立を考えたのよ」

穏やかな笑みを見せるクロナさん


聡太も食事に関しては同意見だが、それよりも食卓を囲む面々を見てビックリしていた


『奥さんも、二人の子供も凄く若い!!頑張ったな〜、アイヴァンさん』

私の子供たちだよ、と紹介された子供たちは下手をするとサラの弟のクリス君より幼く見える


「ソータくん?食事が終わったら、少しアイマールを弾いてみないかい?」

そんな聡太の様子に気付いたのか、アイヴァンさんは口を拭きながら聡太に声をかける


「ええ、いいですね」


「ちちうえ、今日のレッスンは?」「レッスーは?」


「今日はお客様が来ているからね?お客様が滞在中はレッスンはお休みだ」


「サラ君とテレサさんも同席してもらおうかな?」


貴方あなた、、」


「大丈夫だよ。この二方も事情は知っているはずだ。楽譜書庫から、『前世作集』の1巻、2巻を持ってきてくれるかい?」


「「「?」」」

最後のアイヴァンさんと奥さんとのやりとりに若干の違和感を覚えた3人だった


※※※

本邸から出て離れの建物に入る一行。ここはアイヴァンさんがアイマールの練習や作曲をしたり、子供たちにレッスンをしている場所だそうだ。アイヴァンさん曰く、音が漏れても周りに迷惑がかからないほど人けが無いから内緒話をする時もここを使うそうだ


「さて、、まずは私の演奏を聴いてもらえるかな?」

本邸を出る前に奥さんから受け取った楽譜を持ち、アイマールに着くアイヴァンさん。その周りに俺とサラ、テレサさんが囲むように見守る。アイヴァンさんがパラリと開いた楽譜に3人は少し驚いた


『燃えた跡がある、、、』


「曾祖父の代で火事をおこしてしまってね、、、貴重な初代からの資料の大半を焼失してしまったんだ」


パラパラと、損傷の激しい箇所は慎重に、、ところどこ焼けて無くなっている楽譜をめくっていく


「うん、これにしよう」


アイヴァンさんがアイマールを弾きだす、、、と


『え??』

聡太は驚愕する。驚きのあまり体に震えがきた


特徴的な曲の入り、突然の転調、、、曲の入りとは裏腹な華やかさを見せ始める


『なんでこの曲をシャープナルさんが知ってるんだ!?』


しかし、突然に演奏は止まる。シャープナルさんは深く息を吐くと


「残念だが、これ以上は楽譜が焼けて弾けないんだ。・・・ソータ君、君はこの曲の続きを知ってるんじゃないかな?」


「・・・・、知ってます」


「かろうじて、『6番』と読めるんだが、、曲名も知っているかい?知っているなら教えてほしいんだが」


「・・・ショパン作曲、『ポロネーズ 第6番 『英雄』』、、という曲です」


「そうか!、、、、そうか、、そういう曲名だったんだな、、、ソータ君、、やはり君はこの世界の人ではないんだろう?」


その一言でサラは目を見開き、テレサさんの目は鋭くなった


※※※

テレサさんが帯剣していなくてよかった。あれば斬り掛かっていたかもしてない。それでもテレサさんの目は周囲を素早く物色する。まるで武器となるものを探すかのように


「テレサさん」

目で大丈夫だと伝える。これで直ぐに動き出すことはないだろうが、テレサさんは警戒を解かない


「どうしてそう思うんですか?」

シャープナルさんに向き問いかける聡太


「我がシャープナル家の成り立ちにも君の世界の人が関わっているからさ、、、それよりも曲の続きを聴かせてくれないかな?ああ!それと『革命』だ!残念な事に、我が家には『前世作集』に曲名がかろうじて残っているのみでね」


「その『前世作集』ってのは何なんですか?」


「我が家の初代がこの世界に来る前に作曲したものだと伝えられている。、、、初代はこの世界に来た時、名を『ショパン』と名乗ったそうだよ」


「馬鹿な!!!」

聡太は思わず声を上げた。思わず手が震える


聡太の驚き様から、シャープナルさんは気を使ってくれた


「ああ、食後のお茶がまだだったね。済まない。興奮して気が急いてしまった。まずはお茶でも飲んで落ち着いて話をしよう」


※※※

リビングの様な部屋に移動すると、シャープナルさんはお茶の準備に部屋を出た


3人はソファーに座る


「ししょー、、大丈夫ですか?」

サラが不安気に声をかけた


「、、うん。大丈夫だよ。ごめん、心配させちゃったね」


「ソータ殿、、、」


「テレサさんもすいません。取り乱してしまいました」


「いいんだ、気にしないでくれ、、」


「そんなはずはないんです。私の世界で彼は、、ショパンは39歳の若さで肺結核で亡くなったはずです」


「そう、彼がこの世界に来た時、とても弱っていたそうだよ」

そこにお茶を持ったシャープナルさんが戻ってきた。なにぶん素人なもので口に合うかは分からないが、なんて言いながらテーブルにお茶の入ったカップを並べ、ソファーに座ると


「さて、何から話そうか」


※※※※※※※※※※※

シャープナルさんが静かに語り出す


「かつてこの家はアイマール楽器工房と呼ばれていた。アイマールを作る工房という意味ではなく、アイマール家が運営する工房で、クレスポやオルテガを作ったり、修理することで慎ましやかに生計を立てていた。

2つの月が同時に輝くある夜、工房の一人娘が月を見に、夜の散歩を楽しんでいた。すると、森で見慣れない小柄な男が倒れているのを見つける。

娘は男を家に連れ帰り、甲斐甲斐しく介抱した。肺に重い病気を持っているらしく、男は中々回復しなかったが、娘が毎日『活性』の魔法や『回復』の魔法をかけ続けた結果、見事回復する事が出来た


男は最初言葉が分からなかったが、『識語』の魔法をかけると驚くほど早く言語を覚えた。体調も回復し、言葉も理解するようになった男は工房の仕事を手伝うようになった。たぶん恩返しの意味もあったんじゃないかな?しかし職人たちの仕事を手伝う傍ら、空いた時間に夢中になって何かを作っていたそうだ。


男が工房の手伝いを始めてから7年後、男はある楽器を完成させる。それがアイマールだ。アイマール工房で作られた楽器という意味でその名をつけられた。


男はアイマールが完成すると、その演奏と作曲に没頭するようになった。見事な腕前で、直ぐに噂になったらしくてね、時の領主の耳にも入ったそうだ。領主の前でアイマールの演奏を行った後、気に入られた男は準男爵の爵位を賜った。爵位を受け、家名を登録する際、男は当時すでに工房の一人娘と結婚していた。男は妻と考えた家名を登録する。『ショパン』と『アイマール』の家名を合わせた『シャープナル』、、、それが我が家の家名の由来だよ。男は爵位を受けた後はオルブト・シャープナルと名乗った」


聡太は静かに聞いていたが、口を開く

「その人は、その後どうなったんですか?」


「初代シャープナルは体調は回復したが、急激に老化が進んだそうだ。まるで時の女神に呪われたかのようにね。初代は90歳の若さで亡くなったそうだ。妻が『活性』、『回復』の魔法をかけ続けたそうだが、、、」


「・・・当時の私の世界の人にしては大往生じゃないですか。寿命ですよ」


「そうか、やはり君の世界の人は短命なのだね?それで我が家の呪いも説明がつく」


「「「呪い?」」」


「我が家に生まれた子供のうち、初代の身体特徴を受け継いだ、耳の小さい者は短命なんだ」

そう言うと、アイヴァンさんは髪をかき分け自分の耳を見せた


「「「あ、、、」」」

アイヴァンさんの耳はエルフにしては小さいものだった


「私は何歳くらいに見えるかい?」


「失礼ですが、、700歳くらいかと、、」

サラが口を開く


「今年で250歳だよ」


「なんと!!」

驚きの声を上げたのはテレサさんだった


「まさか年下とは、、、!」


「耳が小さく生まれたものは急激に歳をとるんだ。私の子どもたちが生まれた時、耳が普通の耳だった時はホントに嬉しかったよ、、、でもね?寿命は徐々に延びているようなんだ。同じく耳が短く生まれた2代目は120歳の若さで亡くなったそうだから」


「すいません、、、にわかには信じられない話です」

つまり、アイヴァンさんはショパンの末裔と言うことか?


「あの、、『シャープナル伯練習曲集』って出してますよね?あれは初代のシャープナルさんが?」


「ああ、あれは私の父がね?初代の功績を我が家の中で留めていくのはあまりにも勿体ないと言ってね。初代がこの世界に来た後で作曲した『後世作集』からと、2代目が作曲したものを中心に編纂したものだよ。『後世曲集』は幾つか無傷で残ったからね。まあ、難易度が高すぎるとあまり売れてないのだがね」

ふふふ、と自嘲気味に話すアイヴァンさん


しかし、それとは反対に聡太は驚きを隠せない


『ということは、、、サラとあの小さな練習部屋で弾いたあの曲たちは、、、俺達の世界で知られていないショパンの新作だっていうのか!!』

せっかく落ち着いてきたというのに、またもワナワナしだす。曲を弾いたときのあの手応え、曲の特徴は、ショパン作曲と聞くと、、、なるほど納得がいくものだった


「ソータ君のその反応を見ると、我が家の初代様はそちらの世界でも有名な方だったようだね」


「シャープナル家の初代が、私の知っているショパンであるなら、、ですがね」


「話が長くなってしまったね?今日はもうお開きにしようか。明日、一緒に我が家の墓所に行かないかい?実は初代の墓石には暗号が記されているんだ。初代が亡くなる前に、自分の墓石に記してほしいと刻まれたものだ。一体何を示すのか分からず、我が家に伝わる謎のひとつなんだ。子どもたちは宝の場所を示してる、なんて言ってるよ」


その夜はそのまま本邸に戻り、床についた。しかし、聡太は悶々としてなかなか寝付けなかった


※※※

朝食をとると、シャープナルさんに連れられて森の中にあるシャープナル家の墓所に向かった。木漏れ日の中、森を歩くこと半刻ほど、ぽっかりと森が開けた場所にいくつもの墓石が並んでいた。その中でひときわ古い墓石の前にアイヴァンさんが立つ


「これが初代様と隣が奥さんのレトラさんの墓だよ」

暗号が刻まれているとされる初代シャープナルの墓は苔生こけむしていた。その苔をアイヴァンさんが手で落としていく。暗号とされているものが聡太に見やすくするためだろう


「ここに書かれているものが暗号とされているものだよ。なんて書いてあるか分かるかい?」

アイヴァンさんが墓石正面を空けて聡太に場所をゆずる。墓石に刻まれた暗号を見て聡太は目をカッと見開く


ああ、そういうことだったんだ


この世界に来た時、ピアノと全く同じ作りのアイマールを不思議に思ったこともあった


貴方はこの世界に来て、ピアノが無いことに悲しんだんですね?


悲しんで、悲しんで、、ついには自分で作っちゃったんですね、、、


想像の中で、歴史資料の写真でしか顔を知らないその男が、汗を流しながら必死にピアノを作ろうとしている様が思い浮かぶ


大変だったでしょうに、、、私もピアノが好きだと自負してますが、、、貴方には負けますよ、、


あ!

いつかサラと交わした会話が頭をよぎる


※※※

「『オルブト』って音楽記号の一つなんですよ。『ごく強く』って意味の」


「へー、俺の世界で言う『フォルテッシモ』のことなんだ」

※※※


オルブトはフォルテッシモの意味、俺達の世界でffエフ・エフと記される


だからか、、、だからオルブト・シャープナルと名乗ったのか?


そこに後ろから声がかかる

「ソータ君、何かわかったかい?」


「アイヴァンさん、これは暗号なんかじゃありませんよ。この人の名前を書いているんです、、、


フレデリック(f)・フランソワ(f)・ショパン


私の世界で、『ピアノの詩人』と謳われた、稀代の天才ピアニストにして作曲家の名前。そのフルネームですよ」

いつの間にか聡太は涙を流していた


※※※※※※※※※※※

アイヴァンさんが欲したのは焼失した『前世作集』の復刻だった。しかし、流石にショパンの作曲全てを知る訳では無い事を伝えると


「それでも構わないよ。知っているだけでも構わない。是非教えてほしい」

と請われたので、ひとまず『英雄』、『革命』、『幻想即興曲』の3曲を弾いた。隣で物凄い形相で空楽譜に曲を書き写すシャープナルさん。結局シャープナル邸に3泊した後、ヴィンセント領へ出発することになった


馬車に乗る際、

「また休みが取れた時は立ち寄ってくれるかい?」

と願うアイヴァンさんに


「はい!是非寄らせて下さい」

と伝えると


「ああ、今から次の休みが楽しみでならないよ」

と喜んでくれた。こちらとしても、ショパンの末裔に自分が弾くショパンの曲を聴いてもらえるなんて体験、滅多にできないよね!


※※※※※※※※※※※※

ヴィンセント家へ向かう馬車の中、なんでだろ?皆の様子がおかしいです。サラは何か思い詰めた顔をしています


「サラ?みんなも、、、どうしたの?」

あまりにも気になって聞いちゃいました


「ししょー、、ししょーは、、、あとどれくらい生きられるんですか?」

思い詰めた顔でサラが聞いてきた


「え?」


「だってシャープナルさんが言ってたじゃないですか!時の女神の呪いのようだって」


「え?呪いだなんて、そんな大層なもんじゃないよ。普通に寿命がサラたちに比べて短いだけだよ?んーとね、、、」

頭の中で計算する。俺のじいちゃんが享年86歳だからザックリ同じくらいの80歳まで生きるとして、、、


「あと50年くらいは生きられるかな?、、、、え!?」

目の前のサラの目からはボロボロと涙がこぼれ始めた

テレサさんもセバスさんも悲痛な顔をしている


突然サラがしがみついて泣き出した

「駄目です!ししょー!死なないで下さい!まだまだいっぱい教えてほしい事があるんです!!いっぱい聞きたい事があるんです!!いっぱい!!、、いっぱい、、、ゔゔゔ〜!!」

どうしてこんな雰囲気になっているか分からずオロオロする聡太に


「ソータ殿、私たちとってソータ殿の若さで後50年しか生きられないということは、重病者の余命宣告のようなものなのです」

セバスさんが教えてくれました


※※※※※※※※※※

馬車の外は一面の麦畑、黄金色の絨毯が風に吹かれ波立っていた


ヴィンセント領内に入り、その様子を車窓から眺めていると、不思議とサラも落ち着いたようだった。他の2人もつられて落ち着いて、車内の会話に笑い声も戻った


『よかった〜、、あんなたまれない雰囲気、堪えられないよ』

ほっと胸を撫でおろす聡太


セバスさんがこの2年で起こった領地の変化を説明してくれた

「お嬢様のご要望通り、街道の整備、農機具の更新と領民への分配、農耕馬、農耕牛の貸し出しを行った結果、農耕作業の効率化ができました。それに伴い税収も上がって来ております。街道の整備は大きな都市の業者を使いましたが、その労働力のほとんどは領内の民が担い、現金収入を得たことで領民たちに余裕が出来たことが噂になり、周辺地より民の流入も顕著になって来ております。民が増えたこと、街道が整備された事で、商人たちも領内へ来やすくなりました。現在は小さいながらも商館が立ち始めております」


「すごい!商館が出来るの?」

興奮気味にサラは話を聞いていた


「すごいな、サラ君は領主としての才もあるようだ」

テレサさんも笑顔で褒め称える


「よかった〜」

サラはへにゃりと笑った。それを見るセバスさんも誇らしげだ


「あ!」

サラは前方に見えるヴィンセント邸に目をやると、馬車の窓を開け放ち、身を乗り出して手を振りだした


「みんなー!ただいまー!!」

邸宅の前には家人一同が出迎えに待っていた


※※※

「テレサ・キャスパール様。この度のご来訪、ヴィンセント家および家人一同光栄の極みと存じます」

奥方様が恭しく礼を示し、テレサさんに歓迎の意を伝える。本当ならまず娘を抱擁し、ねぎらってやりたいとこであるのだが


「歓待を感謝いたします。ヴィンセント男爵夫人。ただ、これ以上の形式張ったお振る舞いは不要です。私はサラ嬢とソータ殿の護衛として来ておりますので」


「はい、存じ上げております」

頭を上げるとニコリと微笑む奥方様


「ただ申し訳ないのですが、こういった場の振る舞いを子供たちに見せるいい機会ですので」


「ははは、これは私が使われた方でしたか。さすがサラ嬢の母上様だ」


言葉を交わす母と女性騎士の後ろで、男の子が一人緊張して挨拶するのを待っていた


「クリス?どうしたの?そんなに緊張しちゃって」


「あ、、ねえさま。おかえりなさい。あのさ、、あの人ってキャスパール家の人なんだよね?」


「ただいま!うん、そうだよ?」


「剣の勇士の?『王の右側に立つ者』の?」


「うん、そうだね」

姉に確認すると、クリスの顔がはわわ〜となる


「クリス?あなたも挨拶なさい?」

奥方様からクリス君に声がかかる


「お!お初にお目にかかります!今は亡きヴィンセント男爵が一子クリス・ヴィンセントと申します」

ギクシャクと礼を尽くしての挨拶をする。クリス君の年頃ならここまでやる必要はないはずなのだが


ふふ、と目を細めるテレサさん

『そうか、これがヴィンセント家の教育方針なのだな、、ならば』


「丁重な挨拶痛み入る!私は王国第二騎士団団長にして王国北西部領主、ベルタン・キャスパールが一子。王国第二騎士団副団長を務めるテレサ・キャスパールと申す!以後、おみしりおきを!」

対騎士としての礼を見せるテレサさん


目を見開くクリス君、、と聡太

「「か、かっこいい」」

二人の言葉が重なった


励みになりますので、評価いただければ幸いです。

9話、10話と、幕間話が続きました。次もちょっと幕間話が入って最終エピソードに入る予定です。

何方かは存じませんが、読み返してくれている方もいらっしゃるようです。ありがとうございます

もうしばらくお付き合いいただければ幸いです

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