第1話
5,6話で完結させる予定です
話の中で出てくる曲は他サイトで聴けるものが多いですので、ぜひ聴いてみて下さい
あどけなさの残る少女が渾身の演奏を見せる。その表情は鬼気迫るものがあり、全身全霊をピアノに叩きつける演奏と相まって聴衆を圧倒する。「鐘」の意味を持つこの曲は二人の鬼才によって生み出された。跳躍の連続するこの曲は最高ランクの難易度を誇る。曲はクライマックスにさしかかる。ここまでで正直いくつかミスはあった。しかしそれを補って余りある表現力と音の輝き、舞台袖で見守る『ししょー』としては100点をつけてあげたい。あ、なんだ?目が潤んでまともに見てられないぞ。くそう、見届けなければ。
振り絞るように最期の一音、曲が終わり残された静寂。少女は肩で息をしながら席を立ち、聴衆に向かい一礼、しかし聴衆は静寂のまま。不安で目が泳ぐ。思わずチラと舞台袖の『ししょー』に目をやる。舞台袖の『ししょー』は渾身のガッツポーズを弟子に見せた。まるで世界の舞台で勝利したかのように。
少女はへにゃりと笑った。
ああ、いい笑顔だ。全て出しきったんだね?
さぁ、次は俺の番だ。師匠としては弟子に恥ずかしくない演奏をしなきゃな
フードをグイと深く被る。その中の眼光は鋭く研ぎ澄まされ、ピアニストというよりは試合前の格闘家のようだった
※※※※※※※※※※※※※※
スウェーデン船籍の超豪華客船甲板の上で但馬聡太はタバコをふかしていた。輝く大洋に日が沈もうとしている。もうすぐ夜のディナータイムが始まる。今日は船内レストランでBGMを奏でることになっている。客の語らいを邪魔しないくらいの、それでいて耳には音が届くように、、、なかなか難しいがビアノを弾いて28年、4歳からピアノを弾いてきたからそれくらいの事を考えながらビアノを弾けるくらいには技術を磨いてきた。
音大に通い、留学に漕ぎ着けた時分は、何とか名の有るコンクールで受賞したいと躍起になっていた。しかしピアノに打ち込むほどに受賞者が奏でる音と自分の音の違いに絶望感を抱いたものだ。審査員、指導者達からは判を押されたように同じ総評を受けた。
技術は目を見張るほど高い、ただ感情の無い機械のようだ
「あれを言われるのは堪えたなぁ」
思わず呟く。
自分でもわかっていたのだ、受賞者達の音はキラキラと煌めき聞き手の胸の奥まで届く。自分の音にはそれがない。でも何がそうさせているのかは未だに分からなかった。
一時はピアノを辞めようと就職活動を始めた、だがそんな時たまたま電話が掛かってきた留学時代の友人から聞いた船上ピアニスト募集の話。留学生活時代の最後の2年はそいつとルームシェアをしていた。
『いろんな曲を正確に弾けたり、即興でアレンジしたりできるお前には合ってるんじゃないかな』
お互いコンクールに出ては目の前に見えない壁が有ることを痛感させられ、、それでもスポットライトが当たるステージ上で自分が演奏する姿を諦めきれず悶々とした生活を共に送った。そんな友人は自分の未来絵図を早々に書き換えた。エージェント、自分が出せない煌めく音の持ち主のサポートになったのだ。嫌というほど違いを感じた音だ。その音の持ち主を聞き分けるのはさほど苦労はしなかったらしい。今では3人の若手有望株ピアニストの専属エージェントだ。
ピアノが弾けて飯を食っていければそれでいい
そう思ってしまった。あれほどもう辞めようと思ってたのに。
やっぱり俺、ピアノ弾くのが好きなんだろな
船に乗ると長い航海では1年近く船上に居ることになる。その上演奏をする曲目は多岐にわたる。ジャズバンドに組込まれることもあるし、クラシックのピアノ協奏曲を演ることもあれば、酔っ払ったセレブたちのリクエストに答えるため流行りの曲をやらされることもある。セレブの子供やアニオタのリクエストでアニソンを弾くのはザラだ。自由時間は弾ける曲を増やすことに費やされた。、、映画見たり、配信見たり、アニメ見たり、、ゲームやったり、、、
くそ、アニオタめ。どんな国にも存在してやがる。あ、アニオタならまだマシか。ゲーオタに比べれば。〇〇ってゲームの△△の場面の音楽弾いてよってリクエストのためにいい歳こいてゲーム機を船上から発注したときは、自分が船に引き篭もりになってるのだと実感させられた。寄港地で荷物の受け取りするの、けっこう手配がメンドかった。アニメは通信機器さえ揃えればなんとかなった。船内ネットサービスでもけっこう見れるしね。
ま、DQシリーズ、FFシリーズは尊い。あとク○ノシリーズも良い、泣いた。すぎ○ま先生、菅野○子先生は偉大だ。メロディーラインにキラキラ輝きが見える。魔法がかかってるみたい。、、、ええ、どっぷりとハマリましたとも。だって今までピアノしかしてこなかったんですもの。耐性がありませんでした。。
『ピッ、、、ソータ。入ってるか?そろそろミーティングの時間だ、、ピッ』
「ピッ、、ソータです。了解しました。これから向かいます。、、ピッ」
個人個人に渡されている無線を通じ、マネジャーからのお呼び出しだ。この人怖いんだよね。船内音楽関係の総責任者でもあり、オーケストラの時は指揮者にもなる。ピアノ協奏曲のときにちょーっびりアレンジ入れたらスゴイ目で睨まれた。、、、あれは人を殺したことのあるヤツの目だよ。フランス人はもっとアバウトなイメージがあるけど、ヤツは除外されるべきだな。もはや人外、魔王覇気。
ふー、と一息つくとタバコを消した。ふと洋上に目をやると、行手に厚い雲が見える。
あれ?なんだか天気が荒れそうだな
※※※※※※
ジーンズにパーカー、履物はサンダルと聡太はラフな格好でミーティングルームに入って行く
「ハイ、ソータ。今日は遅刻しなかったのね」
入口付近の席に座っていたハンナに声をかけられる。スウェット姿、スッピンのこの女性、シンガー/コーラスパートに属している。所謂歌い手さんだ
今は、髪もボサボサでスウェット姿で場末のくたびれた飲み屋のママさんのような見た目だけど、この人、ピシッと化粧してドレスを着るとスゴイんです。それこそセレブのオジサマたちにウジャウジャ言い寄られるくらいに
船内キャバレーで俺が伴奏したとき、堂々と、艶やかに歌い上げるその姿に俺までドキッとしたもんだ。声の色気がハンパないんだよな
「近くのデッキでタバコを吸ってたからね」
「あら、ゲームじゃなかったんだ?」
「やってたゲームをクリアして余韻に浸ってたの」
「なにそれ?結局ゲーム絡みなんじゃない」
他愛のない会話をしているうちに、続々と船内楽団メンバーが
揃い出す。暫くして一人の男性がミーティングルームに入ってくると、部屋の雰囲気がピリッとする。マネジャーのヨシュアだ。
「揃ってるか?、、、ミーティング始めよう」
※※※※※※※※※※
「・・・・で行こうか。金管楽器、サックスパートは昼のクラシック演奏会からの引き続きで申し訳ないが、頑張って欲しい。ジャズにサックスは欠かせんからな。今日レストランのディナータイム担当はソータだな?曲目はどんなので行くんだ?」
「70年代ポップの曲をスローテンポで行こうかと思います」
「ああ、いいね。出来るだけムーディにアレンジしてくれ、それと客からの要望には極力答えるように」
良かった。この人、クラシック以外はけっこう融通がきくんだよね。元々指揮者を目指していたらしい。俺はこの人の指揮好きだけどな。なんていうか、勉強になる。気迫が。人を動かすってのは気迫がいるんだなぁと。俺よりちょっと歳が上なだけだけど、それ以上の差を感じる。
「・・・、じゃあ各自準備を進めてくれ、あ、そうだ。連絡事項があった。ブリッジからの連絡で、船の行手に低気圧があるんだが、この何時間かでずいぶん発達したそうだ。進行方向を調整するそうだが最悪直撃もあるらしい。そうなった場合は客を船室に戻すから、今日の俺達の仕事はそこまでだ。その後は自由時間でいいぞ。はい、これでミーティング終わり。解散だ」
ガタガタと席を立つ音を残し、メンバー達が部屋を出ていく。
さて、タキシードに着替えて、今日の職場に行こうかね。
※※※※※※※※※※※※
ディナータイムのレストランは子供を連れた客、老夫婦の客が多い。それに食事中だ、ゆっくりと会話の雑音にならないようにピアノを弾いていく。少しすると食事を終えた一人の老婦人が近づいてきた。曲の区切りを待ってくれていたようだ
「カー○ンターズ、スゴク良かったわ」
「ありがとうございます、マダム」
「私達の子供が好きで、よくレコードをかけてたのを思い出したわ。すごく懐かしかった。ねえ、もう一度『ク○ス トゥ ○ー』を弾いてくださらないかしら?」
「お安い御用です、マダム」
近くの空いた椅子を遅れてやって来た旦那さんが持って来た。二人はピアノの近くに椅子を並べると並んで座る。二人は寄り添う手を握り合って曲を待つ
なんだか雰囲気のいいご夫婦だなぁ。リクエストまでしてくるってことは、この曲に思い出やその時の家族の情景がこめられてるんだろなぁ。・・・よし、ここまで食事中の会話の邪魔にならないように音を少し落として演奏してたけど、この曲は二人のために心込めていかせてもらいます。
くらってください
カー○ンターズ『ク○ス トゥ ○ー』
1970年に発表されたこの曲はカー○ンターズが初めてビルボード1位を獲った曲だ。曲を通じて落ち着いたテンポで歌い上げられる『あなたの傍にいたい』という心情は聞く人によって様々に捉えられるだろう。恋に焦がれる人、失恋に心を沈める人、そして子どもたちが巣立ち離れて暮らす人も(子供を思うと言えない心情だろうけどね)、、かな?
日本では音楽の授業や英語の授業にまで使用され、発表から50年以上経った今でもコマーシャルソングに使用されることもある名曲の一つ。
あ、婦人が歌詞を口ずさんでる。旦那さんと微笑み合いながら歌っている姿は、積み重ねた年輪のせいかな?こちらの心まで暖かくなるな
曲が終わると老夫婦は立ち上がって拍手してくれた。
「ありがとう、わがまま聞いてくれて。すごくいい演奏だったわ」
「恐れ入ります、マダム」
ちょうどその時、船内放送が響いた。
「船長よりお客様に連絡いたします。本船は現在、次の寄港地カンクンに向けて順調に航行中です。しかしこれから暫くすると進行方向上に発達した低気圧が横切る可能性があります。お客様には大変ご迷惑をおかけしますが、安全確保のため、これより船室での待機をお願いいたします。お食事のお済みでないお客様はルームサービスをご利用ください。なお、本日予定されていた催し物、船内他サービスも船内クルーの安全確保のため、ルームサービスを除き中止とさせていただきます。悪しからずご了承お願いいたします。」
船内放送が終わった後、ウェイター、ウェイトレスが客が残る席を周り始めた。どうやら船室に戻ることを促しているようだ。お酒を飲んでいる客以外は概ね席を立つようだ。
「あら、今日はいつもより早めに食事を済ませて良かったわ。素敵なピアノも聴けたし、ね?あなた?」
「ああ、そうだね」
「恐れ入ります、どうぞ船室までお気をつけて」
老夫婦を見送ると、ピアノの仕舞作業にかかる。癖というか、験担ぎというか、頑張って音を出してくれたピアノを終わりに丹念に拭いてあげないと次に弾くとき拗ねちゃうような気がして、、鍵盤を中心に手を触れたところを拭いていきます。
※※※※※※※※※※※※
ピアノの仕舞作業が終わった頃にはレストラン内には客は一人もいなくなっていた。
「ふー、けっこう時間かけちゃったな」
ピカピカに輝くピアノに「じゃまた宜しくね」と声をかけ聡太も自室へ戻ろうとする。
おっとと、と少しバランスを崩す。波のうねりで船が傾いた。
「わ、この船で揺れを感じたのは初めてじゃないかな?」
聡太は少し足早に自室に向かった。
自室に戻り、タキシードからジャージに着替えると、タバコを手にデッキに向かう。仕事終わりの一服はルーティンっていうやつかな。部屋でも吸えるが借りている部屋にタバコの臭いを付けるのは心苦しい。ので、デッキで屋根と灰皿が備え付けられている場所が聡太の喫煙場所だ。部屋から歩くと客室を迂回して遠回りしていくのでちょっと時間がかかる。
船内からデッキを隔てる扉を開くと外は台風並の荒れ模様。
ありゃ、これは濡れるのを覚悟しなきゃ駄目だな
意を決し、外部デッキの通路を歩く。大きくうねる波にもまれ船体も大きく揺れる。
わわ!こりゃちょっと無理かも!?
外部デッキ通路に設置されている手摺にしがみつき、行手を確認。目的の喫煙所まではあと20メートルってとこかな?でも風に巻き上げられた波しぶきと雨が容赦なくデッキに降り注ぐ。ほんの数分前まではここまでではなったが、状況は刻々と悪くなっているようだ。
こりゃホントに命がけになっちまうな。今日は大人しく部屋に戻ったほうが良さそうだ。
手摺にしがみつきながら方向を変え、部屋に戻ろうとした時、ふと船外に目をやる。波は大きく、ややもすれば船体の高さを越えるんじゃないかと錯覚するほど。
え?何だあれ?
聡太は思わず手摺から海の方に上半身を乗り出し、手摺の真下に注目してしまった。船体の右舷、そこには無数の渦巻きが出来ていた。海流と激しい風雨、そこに船体が生み出す流れがぶつかり渦ができたのだろうか?
でもでも何だか渦の中心が淡く光って見えるのは何故だろ?夜光虫?いくつもの光る渦が船の横に出来ている。幻想的な光景、、
思わず見入ってしまう聡太。その時、ひときわ強い風が吹きすさぶ!
「しまっ、、、!」
聡太の体は船体の傾きと同時に風に煽られ、手摺の外に浮かぶ。今まで耳に聞こえていた風切り音、水しぶきが打ち据える音が無音となる感覚。掴まっていた手摺がゆっくり遠ざかるのをただ眺めるしかなく、、、
『ああ、、、今日くらいは部屋でタバコを吸ってもよかったな』
聡太は光る渦に飲み込まれていった。
※※※※※※※※※※※※※
森の中を続く道、ガタゴトと古びた馬車が走る。いささか古風な馬車ではあるが、大事に使っているのだろう、よく手入れされていた。
御者が一人、供の護衛も連れず進む馬車の中には14,5の年頃の少女が一人と老齢ではあるが体躯の良い白髪の執事が一人乗っていた。少女の方は馬車の揺れから乗り物酔いを起こしているようで具合が悪そうだった。
「お嬢様、サラお嬢様」
「っ!、セバス、、、ごめんなさい。少し、寝てしまいました」
「いえ、お休みのところ申し訳ありません。この先に小さな里がございます。そこで少し休みを取りましょう。そこなら横になるベッドも借りれましょう。この馬車は少し揺れが大きいので、、」
「仕方ないです。お祖父様の頃に、設しつらえた馬車ですもの。それに当家には、領地の道を整備する余裕など、ないのですし、、」
サラと呼ばれた少女は貴族の令嬢にしては馬車と同じく古風な装いをしていた。サラサラな金髪も少し短くカットされている。
セバスと呼ばれた執事は思う。
『まだお若いのに、気丈なお方だ。御髪も同じ年頃の御令嬢ならもっと長くなびかせてるだろうに、、、領民と共に農作業を手伝うには邪魔だと切ってしまわれた。御当主さまがご存命なら、、、』
セバスはグッと目を閉じると少女を慮おもんばかる。
少しでも揺れが少なくなるよう、セバスは御者にゆっくりと進むようて手合図を出したのだった。目指す別邸までは後半日ほど、
※※※※※※※※※※※
若草が夜風に揺れて聡太の頬をくすぐる。鳥の鳴き声、これはフクロウ?鳴き声が遠くから聞こえる。
『、、、あ、、、生きてる、、、』
ボゥっと目を開ける聡太。船から投げ出され海に落ちた以降の記憶はない。ただ死を覚悟した瞬間までははっきりと覚えていた。ゆっくりと体を起こしてみる。
『いてて、、』
体の節々に筋肉痛に似た痛み、だが腕や肩を回して確認したが折れているような痛みはなかった。改めて座りなおす。
「助かった〜」
思わず大きく息を吐く。何はともあれ生きていることに感謝。ジャージのポケットを見ると膨らみがある。
『タバコ、濡れてダメになったかな?』
ゴソゴソとポケットを探ってタバコを取り出すと、
『お!やった!そんなに濡れてないぞ!』
海に落ちたにしては奇跡ともいえる事に素直に喜び、これまた奇跡的に濡れてないライターでタバコに火をつける。深い一服。ふーっと煙を吹き、なんとなく空を見上げる。空には煌々と月が輝く。
「うえ?」
聡太は固まった。
目の前には薄黄色に輝く月と、もう一つ薄蒼く輝く月の2つがあった。
※※※※※※※※※※
助かったと思った時期もありました。
だいたい可怪しかった。だって俺海に落ちたのよ?なのに目を覚ました時は森の中なのよ。あんまり濡れてなかったし。月が2つあったし。、、、夜が明けて太陽が一つだった時はホッとしたわ。2つとかだったら今ごろ干からびてるよ。
もう2日も森を彷徨ってます。水は朝露しか飲めてません。食べ物はありません。・・・・森だから何かあると思います?無理ですよ、だって見たことない植物と動物たちだったもの。怖くて食べれません、、、大きなネズミみたいなのと遭遇した時は逃げました。痛い目見るやつ?そんな気がしました。
それでも限界はある、空腹は極限です。目眩してきてます。次遭遇したら襲いかかろうと覚悟は決めた。
「これは巷ちまたで有名な異世界転生ってやつなのかな?」
でもでも俺、神様とか出会ってませんよ?「ステータス!」って叫んでも何も起こりません!チート能力何処!やっぱり元の世界では死んだのかなぁ?嫌だなぁ、次のクラシック公演でピアノ協奏曲やるはずだったのに、、練習してたのに、、、演りたかったなぁ。ラフマニノフ、、
「あいて!」
藪を踏み分けながら歩みを進めていた時に、木の根に躓きズベーんとコケる。その拍子にちょっとした段差を転げ落ちた。
「あばばば!、、、いてて、、、あ、、、、ああ!」
眼の前に道がある!!舗装とかしてないけど、絶対に人為的に作られた道だ!!近くに人がいるかもしれない!
周りをキョロキョロしていると、遠くからゴトゴト音が近づいたきた。
たぶん人がいる!馬の蹄の音もする!!
無意識に音がする方向へ走り出す。
見えた!馬車だ!!此方に向かって来る!
大きく両手を振り走り寄る
「お願いします!助けてください!お願いします!お願い、、」
あ、眼の前が暗くなってく、、
聡太は急に血の気が引くのを感じ、気を失った。
※※※※※※※※※※
ガタタン!!と馬車は急停車する。
「キャッ!」
中にいたサラの体が浮き、あわや壁面に打ち付けられるところをセバスが体を張って食い止める。
「何事だ!お嬢様にもしものことがあったらどうするつもりだ!」
穏やかだった表情が一変、鬼の形相で御者を叱りつけるセバス。
「す、すいません!急に馬車の前に変なやつが訳の分からない言葉で走り込んできて!!」
今度は鬼の形相を一変させ、セバスは穏やかな表情でサラに顔を向ける。
「お嬢様、少々お待ち下さい。外の様子を確かめてまいります」
セバスは苛立った。先程立ち寄った里で休みをとり、サラの顔色も良くなったばかりだというのに!このところ仕える男爵家には不幸が続いた。そのことが起因し窮地に立たされた男爵家の存続をこの幼さが残る少女の双肩にかかっていること自体やりきれない気持ちでいっぱいだった。せめてこの道中くらいは外の景色でも見ながらリラックスして欲しかった。
馬車の扉を開け、外に出たセバスは馬の前に倒れ伏す奇妙な格好の男に近づいた。
「おい、君、、、む!」
セバスは男に違和感を感じる。倒れ伏すその男は、横顔からして成人男性だ。しかし、
『小さい』
身体的特徴として体つきが一回り小さい、そして耳が短い!セバスは男を下手に起こさぬよう慎重に観察する
「セバス、どうしたのですか?」
後から馬車を降りてきたサラが声をかける
「お嬢様!どうか馬車にお戻りを」
振り返るセバス、だがすでにサラの目には倒れた男の容姿が映っていた
「この方は?」
「わかりません。それに普通のものでは無いようです。どうかお近づきになりませんよう」
「しかし、このままにはしておけません。どんな者であれ我が領地で倒れた者をそのままにしておくわけにはいきません。馬車に乗せてください」
「おやめ下さいお嬢様!後で立ち寄った里に遣いを出します。里の者に保護させましょう?」
「それでは明日までここに置き去りにすることになります。それならこのまま一緒に別邸へ連れて様子を見ます。その後で里の者を呼んでもいいでしょう。さあ、馬車へ乗せてください」
「・・・・、わかりました。」
セバスは自分の上着を脱ぐと、倒れた者を包んで担ぐ。それはそのものの姿を隠すように
※※※※※※※※※
ゆっくりと進む馬車の中、サラは斜向かいに座りセバスにもたれかかる男をじぃっとみていた
「不思議な風体ですね」
「はい、このようにえたいの知れない者をお嬢様に近づけたくはなかったのですが」
「セバス、、、いつも気苦労をかけてすみません」
「いえ!そのようなことは」
少女が生まれた時から仕える従者は、少女が他者を慮るまで成長したことに人知れず喜びを噛みしめる。この男は元々執事として仕えていたわけでは無い。先々代の頃からこの男爵家に仕え、戦働きで頭角を表したが、大きな戦で利き手に深手を負ってしまう。もうこれ以上は役には立てぬと暇乞いをしたところ、遺留を求められ執事見習いとなった。それ以降、先代の幼少期から身辺の世話係をし、先代が跡を継ぐ頃には夫人とともに屋敷の管理とこの少女の世話をしていた。おこがましいと思いながらも、少女のことを自分の孫のように愛おしく感じていた。
「領地が農耕で忙しい時に、私のためにセバスまで家を離れさせてしまいました」
「家には他の者もおります。お嬢様には他のことをお考えにならず存分に練習していただきたく、、」
「そうですね、、我が男爵家の存続のためですものね、、」
「くっ、、申し訳ございません!」
「セバス?」
「このように家の大事に相応の師も見つける事ができませんでした。私の力が足りなかったばかりに!」
渋面を隠すように頭を下げるセバスにサラは柔らかく微笑む。
「いいえ、セバスが国中の楽士に便りを出し、少しでも脈がありそうな方には直接出向いてお願いをしていたこと、知っていますよ?やるだけやったのです。セバスに責はありません。後は持ち合わせの楽譜で少しでも難易度の高いものを練習しましょう。私もやるだけはやってみます」
サラの気丈な笑顔が覚悟の程を物語る
「お、お嬢様、、、」
セバスはグッと目元を拭い、一呼吸とり息を整える。スッと上げた顔はいつもの穏やかな顔。
「別邸に着き次第、アイマールの調律を済ませましょう。半日も頂ければ良いのですが?」
「ええ、お願いします。頼りにしてますよ?」
「はい、お任せ下さい。ところでお嬢様、この者なのですが、、」
未だ目を開けない聡太はセバスの隣で馬車の揺れに身を任せている
「随分と遠い地から来たようですね」
「はい、ですので今のうちに『識語の魔法』をかけておこうかと、、」
「そうですね、そのほうが目覚めた後に意思の疎通が容易くなるでしょう」
「では、、、」
セバスは聡太の額に手をかざす。短い呪文を唱えると、その手が淡い光を帯びる。その光はスルスルと聡太の額から入っていった。
「むっ!!」
「どうしました?セバス」
「いえ、、この者なのですが、、、魔法に全く抵抗レジストしませんでした。普通、赤子でも、魔力があれば少しはレジストするのですが、、」
「まあ、、」
サラとセバスは眠る聡太を不思議そうに見つめた
※※※※※※※※※※※※※
あ、頭痛い、、
夢うつつの聡太は鈍い頭痛を感じていた。ひどい風邪をひいたような感覚。深い眠りと浅い覚醒を繰り返していた。
何度か人に水を飲ましてもらったような、、何か喋りかけられたけど、、最初全く言葉が分からなかった、、でもでもなんでだろ?少し解って来たような、、、さっきは「何か食べたい物はあるか」って白髪のおじさんが言ってた気がする・・・・
あれ、遠くからピアノの音、聞いたことのない曲だ、、、中世?ルネッサンス期?少し宗教音楽の名残りがあるような旋律だ、、、あ、音がキラキラしてる、、でもでも、何だか寂しい?悔しい?悲しい?そんな音。こんなにキレイな音なのにどうして?
「は?」
聡太は目を覚ました。感じていた頭痛はもうない。ゆっくりと体を起こしあたりを見ると、カーテンの隙間から差し込む月明かりで暗がりでも辛うじて様子が伺えた。
ベッドで寝てたんだ、、
中世ヨーロッパ風の部屋、簡素ではあるがよく掃除されているようだ、埃っぽくない。これなら留学時代に住んでいたアパートメントより豪華なくらいだ。、、あ、ベッドのサイドキャビネットにコップと水差しがある。誰か分かりませんが、お気遣いに感謝です。と、思っていると「グゥ~」と腹の虫が鳴いた
腹減った〜、もうどれくらい食べてないんだろ?
フラフラとベッドから出ると扉の前でちょっと考える。
やっぱり失礼だよね?勝手にあるき回るの。真夜中っぽいし、迷惑だよね?
そうと解っていても聡太の空腹は限界だった。
ごめんなさい!
と心で謝りドアをそっと開け部屋を出た。
※※※※※※※※※※※※※※
だめでした。部屋を出た途端白髪のおじさんに掴まりました。ものすごい冷徹な目で睨まれ「何をしている?」と問いただされたのですが、答えたのは腹の虫多重奏でした。
はぁ、
とおじさんは溜め息をつくと「付いて来い」と言ってここに来ました。様子からすると多分厨房です。小さな机を勧められると、「待っていろ」と言われ今座ってます。
白髪のおじさんが戻ってくると手には大きな皿に注がれたスープと大きなパンが載ったトレーを持ってます!!
「夜も遅いからスープは冷めているが、温めると時間がかかると思ってな、、これでいいか?」
「ありがとうございます!!」
「おい、あまり大きな声を出すな!お嬢様が起きてしまう」
と、言われる前にはガツガツとパンとスープを食べ始めた聡太を苦笑してセバスは見つめる。セバスは聡太が一通り食べ終わるのを待って問いかける
「私はセバスという。ヴィンセント男爵家に仕える執事をしている。お前は?」
「聡太です。但馬聡太といいます。船上ピアニストです。あ、、助けてくださって有り難うございます」
聡太はグイと腕で口元を拭くとペコリと頭を下げた。
「船上ピア、、?よくわからんが、随分遠くから来たようだな?詳しいことは朝になってから聞くとしよう。お前を助けたお嬢様も気にしていたのでな」
「そうなんですか、、え!」
「な、何だ?大きな声を出すなといったろう?」
食べ物ばかりに気を取られていたが、お腹も一心地つき相手をしっかりと見た聡太は思わずつぶやく
「エ、、、エルフだ」
耳が長く、耳目秀麗。歳はとっているが顔立ちは精悍なイケメンがそこにいた。想像のエルフと違ってガッチリした体つきだった。
※※※※※※※※※※※※※
「おはようございます、お嬢様」
ノックし、扉の外でセバスは声をかける。侍女がいれば部屋に入り声をかけるのだが、今回は連れてきていない。
「おはよう、セバス。もう着替えていますから部屋に入ってもいいですよ?」
「失礼します」と声をかけセバスは部屋に入る
「お嬢様、朝食の準備が整いました。どうぞ食堂へ」
「有り難う。セバス一人なのにご苦労様でした」
「いえ、滅相もありません。それと、あの者が目を覚ましました。ソータという名だそうです」
「まあ!それはよかった。一緒に食事でもしながらお話は聞けるかしら?」
「お嬢様!それは!」
「いいではないですか。一人で食事するのは寂しいわ。セバス、あなたも一緒に、ね?」
「わかりました。用意いたします。しかし私は何卒ご容赦を、執事ともあろうものが主上とともに食事したとあれば、先代、先々代に顔向け出来ません」
「そうですか、、ね?セバス、もし私が今回の貴族審査で落ちてしまったら、残念会として一緒に食事をしてくれませんか?」
「お嬢様!」
「もしも、もしもの話です」
「お嬢様、、」
※※※※※※※※※※※※
どうも、朝からセバスさんが部屋に飛び込んできて服を引ひっ剥ぺがされた聡太です。ついでに体を洗うことが出来ました。桶に水を汲まれただけのものですが、さっぱりしました!
着慣れない服を貰い、身なりを整えるとセバスさんに連れられて食堂へ
長いテーブルの先にはまだ幼さが残る少女が待っていました。
「初めまして、私はサラ、サラ ヴィンセントといいます」
「あ、初めまして。ソータです。但馬聡太といいます」
わあ、やっぱりエルフだ!まだ若いのに幻想的な美しさ、でも俺よりもちょっと背が高い、、
「どうぞ、お座りになって下さい」
テーブルにつくとセバスが朝食の皿を用意する。豪華な食事ではない、むしろ質素ではあるが、手の込んだ料理が並ぶ。
「さて、食事をしながらでいいですが、あなたはどこからやって来たのですか?」
「う~んとですね、」
聡太はスプーンで煮込まれた野菜を転がしながら考える。
何て答えればいいのかな?うーん、ウソは付きたくないなあ。信じてもらえるかわからんけど、命を救ってくれた人たちだからなあ
「、、異世界からです」
「へ?」
やはり突拍子も無い話ですよね?返事が「へ?」でしたもの。今までの毅然とした対応が吹っ飛んでしまいました。こちらが年相応の反応なのかな?
とにかく喋りました。ここに来るまでの話。来てから馬車を見つけて走り寄るまでの話。そして自分がピアニストだということ。そして何とかして元の世界に帰る方法を探さないとと考えていること。サラと名乗った娘はポカンと聞いていて、セバスさんは怪訝な顔をしています。
「と、とにかくソータさんはピアノと云う楽器の奏者なのですね?それがどんな楽器かはよくわかりませんが、、」
「え?」
「ん?」
「ピアノ、有りますよね?だって寝ている間に聞こえましたよ?タッタータタタタータタタタって、弾いてたのはサラさん?」
聡太は目覚める前に聞いた曲を口ずさんだ
「まさか、、ピアノとはアイマールのこと?」
「アイマール?」
「ソータさん、良ければ後で見てもらいたいものがあります」
「は、はい」
モゴモゴと野菜を頬張りながら聡太は答えた
※※※※※※※※※※※※※※
「ああ!ピアノだ!」
年甲斐もなくキャッキャッとはしゃぐ聡太。食事の後すぐに別室に招かれ、そこに鎮座するピアノと対面する。
こんなところで会えるとは!ああ〜!数日離れただけなのに、この愛おしさ!
「・・・・弾けますか?」
問いかけるサラは何か緊張感をはらむ
席に座った聡太は鍵盤とフットペダルを確認、ちょっと音を出してみる
『ああ、同じだ!ちゃんと調律もされてる』
「弾けます。弾いていいですか?」
「ええ、何か弾いて下さい」
「そうですね、、、では」
聡太は何を弾こうか考えた。この世界に来て初めて弾く曲、この世界に来たときの衝撃、2つの月。この曲にしよう、そう考えたとき、今まで感じたこともない感覚に気がつく。頭の中に楽譜がクッキリと浮かぶ!
な、なんだ?今までこんなことなかったけど!これならアレンジしなくても正確に弾ける!
聴いて下さい
ベートーヴェン作曲、「月光」、第3楽章
楽聖と謳われたベートーヴェンの30代前半の作品、有名なのは第1楽章でその曲調が『湖面に月光が煌めき、そこを浮かび揺れる小舟を表すかのよう』と評されたため「月光」の名がついたという逸話がある。しかし第3楽章は違う。情熱的な荒々しさを内包した曲調だ。あの輝く2つの月を見たときの衝撃を表現するのにふさわしい。
それになにより、今は静かに弾くよりバチバチに弾きたい気分だった。難易度が高いとされるこの第3楽章、気合が入ります!
ああ、ベートーヴェン!やっぱりスゴイ!!この曲を創っているときにはすでに耳が聴こえなくなっていく症状がで始めていたという。そんな中でこんな曲作れます?楽譜から気迫を感じます
ノリノリで弾く聡太の傍らで、サラとセバスは絶句していた。この速いテンポに多彩な音の連なり、聞いたこともないリズムを刻んでいた
「お嬢様、これは、、」
「聞いたこともありません、、新作、、ですよね?」
サラは体に震えを感じていた。演奏もさることながら楽曲自体から感じる重厚な威容に感動すら感じた。このようなことは初めてだった。
曲が終わり暫し静寂。
「あ、、」
サラは拍手を忘れたと、我にかえる。拍手をしようと手を構えようとすると、、次の曲が始まった。
一曲弾いてわかりました。弾き足りません。体が、指が、欲しています。そしてあれも弾いてみたいな、と思うとまた楽譜が頭に浮かんできます!どうしたんだ!?俺の頭!確かに一度は見てますが、そんなに記憶力良かったっけ俺!?
ショパン、リスト、ラヴェル、、高難易度の曲とされるものを次々に弾いてしまいます。
「ふう」
正味5曲を弾き終わり、ようやく満足した聡太はスッキリした顔で二人に振り返る。肩で息をしながら席を立つと二人に一礼。ピアニストとしての矜持がそうさせたのか、風格のある一礼だった。
『あれ?』
二人は固まっている
『良くなかったのかな?』
ふと『技術は目を見張るほど高い、ただ感情の無い機械のよう』と評された時を思い出し、体が強張る。
サラは固まったまま突っ立っていた。が、一歩前に出る。と、2歩!3歩!!4歩!!!ガシイッ!!!
ズン!ズン!ズン!ガシイッ!と聡太の両手を握りしめるサラ
「スゴかったです!スゴくスゴかったです!!ホントです!!アイマールでこんな演奏が出来るなんて知りませんでした!!」
ふしゅーと鼻息を鳴らし興奮冷めやらぬご様子。どうやら気に入ってくれたようでよかった。
「お気に召したようで、私も嬉しいです」
ニコと聡太に笑みが溢れる
ああ、ベートーヴェンさん、ショパンさん、リストさん、ラヴェルさん、貴方達はホントに天才でした。
異世界の、初めて聴いた人たちをも魅了する楽曲を遺してくれたこと、ピアニストの端くれとして素直に鼻が高いです。
先程弾いた曲を生み出した、会ったこともない巨匠達に想いを馳せる聡太。
「その、先程の曲はあなたが作曲したのです?」
「え?いえ!先程の曲は私達の世界で楽聖とか、天才とか、魔術師と謳われた方たちが遺した曲です」
「そう、ですか。なるほどソータさんが言った異世界から来たという話も納得できるというものですね」
「はい、先程の曲は全て私達が知るものとは一線を画すものだったと思います」
「セバス、審査会に新曲でエントリーするには作曲家と一緒にエントリーするのでしたか?」
「はい、そのような決まりがあります」
「ええと、、」
サラは、暫し思案する
「ソータさん、よければ、、一曲私に教えてくれませんか?」
「え?あ、ああ、いいですよ。個人レッスンもしたことがありますし、自分の世界に帰る方法を探しながらで良ければ、、ですが、、、あ、その間、御面倒をおかけしますが、、よろしいですか?」
「ソータ殿、お嬢様がおっしゃっているのはそうではないのだ。六ヶ月後に行われる貴族練成会で師匠としてともに参加して欲しいとおっしゃっているのだ」
セバスが割って入る
あれ?なんか急に殿あつかいですよセバスさん?
「と、とにかくコンテストみたいの出るんですね?六ヶ月ですか、、急ですね、こちらの曲も聴いてみないと、どんな曲がいいのかな?」
「あ!それなら先程の曲で、、その、、タタタ、タタタン、タタタ、タタタンって言う曲がやりたいです!スゴくキレイな曲でした!」
サラは、フンスフンスと鼻息が荒く、
しかし、口ずさんだメロディを聴いて、、聡太の顔色が変わる。
「、、、無理です」
「え?で、でも六ヶ月あります。私頑張りますし、それに!」
「、、、、、!たった六ヶ月で!、、あまり舐めてもらっては困ります!!、、、、、『はっ!』」
つい語気を強めてしまった。サラは少し悲しげな表情になってしまった
「すいません、ピアノが弾けてちょっと興奮していたみたいです、この話は頭を冷やしてからにさせて下さい」
そう言うと一礼し、自分にあてがわれた部屋に戻った
ベッドにドスッと座るとちょっと反省する
『あんな言い方はなかったな、そうだ、音を減らしてアレンジを加えれば、、、どんなコンテストかわからないけど、許してくれるくらいのレベルにはなるかも』
サラが口ずさんだ曲は
パガニーニ/リスト作曲 『ラ・カンパネラ』
現存する楽曲の中でも最高難易度の曲の一つ、改編を行い難易度を下げて今の最高難易度になったと言われる曲だ。じゃあ改編を行わなかったら?
かつてのピアニストは手記に『演奏不可能』と残したそうだ
自分自身、この曲を納得いくまでにするのに数年かけた。何故できないのか悔しくて泣いたこともある。その分弾けたときの達成感は記憶に残っている。
と物思いにふけっていると
コンコン
「はい!」
カチャリと扉が開いてセバスがやって来た。
「ソータ殿、少しよろしいか?」
※※※※※※※※※※※※
セバスは部屋に入ると傍らの椅子に座った。そして静かに語りだした。
「実はヴィンセント男爵家は今、取り潰しの危機にあるのだ。先代が不慮の死を遂げられてな。普通なら後継者が先代と共に領地運営を行うことで認められ、そのまま家は存続されるのだが、お嬢様も弟君の若様もまだ成人すらしておらんのでな、、このままでは爵位を剥奪される、、」
「その、、お二方が成人するまで待てないのですか?」
「『能力の無いものに貴族たる資格なし』がこの王国では原則だ。子供がなんの教育もされず統治の立場に立つことは許されないのだ。子供がきちんと教育をされている事を家として証明しなければならない。そしてその判断をする機関が貴族審査会だ」
「証明?といいますと?」
「貴族審査会が認めるのは、武芸と教養だ。その教養に認められる一項目にアイマールがある。ソータ殿がピアノと言ったものだ。年に一回、各領都で貴族錬成大会か開かれる。本来は有力貴族の家門のものが家の威信をかけて技量を競い合うものだ。そこが貴族審査会の審査対象となる」
「それが六ヶ月後にあると、、来年では駄目なんですか?」
「領主が何らかの理由で統治能力を失った場合、かつ子供が幼く即時に統治を代行できない場合、子供が後に統治者に成長するまで家の存続猶予を与えるに値するか判断するのは、領主が統治能力を失った日から一年以内だ」
「き、厳しいですね」
「統治するものが腐敗していては国が成り立たないだろう?」
「え?待って、じゃあサラさんのお父さんが亡くなったのは?」
「、、、5ヶ月前だ」
「うわ、、」
あの子、そんな事を胸に秘めて、家まで背負わされて、ピアノに向かい合ってたのか
「酷なことを言うようですが、、それならもっと早く動き出したほうがよかったのでは?」
「は!動き出していたさ!なにせ練成会での発表は新作が有利だからな!新作を作れる楽士を抱えられる財力もしめされる!例年練成会の上位入賞者は皆新作を発表していた!探したさ!国中の楽士に依頼した!、、、しかし男爵家で提示出来る報奨金では駆け出しの楽士でさえ首を縦に振らせることができなかった、、」
ああ、あのときの音、悲しげな、悔しげな音はそういったことか、、、
「先程のお嬢様の様子、あのキラキラした目をしたお嬢様は久々に見た。もともとお嬢様はアイマールを弾くのがお好きな方だ」
セバスはスッと席を立つと、ガバっと床に膝をついた。土下座だ、まさに額を床につけての土下座
「頼む!ソータ殿!お嬢様に力を貸してくれないか!?報酬は後で私がなんとかする!だから、、、お頼み申す!」
歯を食いしばり懇願するエルフの大男。
・・・神様には合わなかったけど、ここに来た理由ってこれなのかもしれない
それに
「セバスさん、もういいよ、顔を上げて下さい、、、、、やってやろうじゃないの!!!」
あんなキレイな音を出せる子が、悲しげな音を出すだけの人生だなんて、許されないよ!
「ソータ殿?」
顔だけを上げ、聡太を見上げるセバス
「まずは、本人と話をしてみます」
一言残して、聡太は部屋を出た。
※※※※※※※※※※※※※
サラはアイマールに向かい、俯いていた。
父を亡くし、悲しむ間もなく自分にのしかかってきた我が家の危機。押しつぶされそうだった。逃げてしまいたかった。しかし、サラはこの地が好きだった。父や祖父と、大切な家族と過ごしたこの地を、そこに住む人々が大好きだった。
逃げるわけにはいかなかった。
言葉遣いを気にし始めた。もう子供ではいられない。後継者として、せめて弟が大きくなるまでこの家を守らねばならなかった。大人に見られなきゃ!母はそんな私に泣きながら誤った。『ゴメンね、ゴメンね』と、そんな母に笑顔で答えた、『母様、大丈夫よ?私、がんばるから、できるだけのことはするから!』
「でも、、もう頑張れないかな、、、」
目から涙が溢れそうになる。なかなか行く手に光が見えない。頑張っても頑張っても暗闇でもがいているかのようだ。気丈に振る舞うにも限界はある
「先程サラさんが口ずさんだ曲」
唐突にサラの背後から声がした。サラは慌てて目元を擦り涙を消す
「名を『ラ・カンパネラ』といいます。二人の鬼才が生み出した曲でしてね?非常に高い技術を要します。私自身もこの曲を弾ききるのに数年かけました」
「そ、そうなんですね、その、、先程はその事も知らずに、、」
「どう感じました?」
「え?」
「曲を聴いて、どう感じました?」
「その、、何だか、胸に響くような!スゴく!!、、いいなぁ、、と」
終わりの方は尻窄みになりながら、手をこねこね、モゴモゴ答えるサラ
「弾きたいですか?」
「え、、あ、はい、、、はい!弾いてみたいです!」
「そうですか、、私はコンクール用のレッスンはしたことがありません。おそらく厳しくすると思います。言葉遣いも荒くなります。構いませんか?」
「うぇ?は、はい頑張ります」
「そうですか、、、ではレッスンを始めましょう!まずは楽譜に落とすところから始めます。空楽譜を持ってきて下さい」
「い?今から始めるんですか?」
「当たり前だ!時間ないよ!」
「は、、はい!ししょー!!」
ボテボテと部屋を走り出るサラ、暫くすると「セバス!セバス!空楽譜ない?今すぐいるの!」元気な声が聞こえてきた
これが俺の愛弟子、サラが生まれた瞬間だった