プロローグ②
書き始める前はうだうだと悩んでいましたが、書き始めると案外すらすら筆が進む不思議。
なぜこんな状況に陥っているのか。それはほんの少し前に遡る。
~数日前~
「いやあ、このメンバーで釣り旅行に行くのもひょっとすると最後だなぁ」
細身で眼鏡をかけた華奢な少女円田宙が誰へともなく呟く。
「はあ、結局最後までこのメンバーか...」
長い脚が目立つ長身の浅黒い青年山元剛之がそうぼやく。
「仕方ねぇだろ、あいつらは入学準備で来れねぇんだ」
そしてその言葉に沿う返事を返したのが、俺こと青海祥浩だ。
「それに最後かもしれねぇんだ。勝手知ったる仲間のほうがやり易くていいじゃねえか」
俺たちは、田舎町の中高一貫校を一昨日卒業した。卒業すればみな散り散りになって、在学中のようにつるんで遊ぶこともできなくなる。そこで、在学中に所属していた釣り部のメンバーで、卒業旅行を兼ねた釣り旅行に行こうという話になったのだが.....
「お前、本気で大学の準備に手間取ってると思ってんの?」
山元が呆れたように言った。
「あいつらはもうとっくに準備なんて終わらせてるよ。来てないのは単純に着たくなかったからだ」
「むっ....」
「大学の入学準備なんて体のいい言い訳使っちゃいるけどね、今頃アイツら、馬の飼い主に貢いでるだろうぜ」
アイツら、というのは今まで釣り部に所属してはいたが活動はしていなかった連中...まあいわゆる幽霊部員の話だ。なぜだかこの釣り部という部活は、新入生が入ってくるたびに鼻持ちならない部員が大勢入ってきては、ひとしきりほかの部員を冷やかしてはすぐに幽霊部員に転身する、という負の伝統があるのだ。今回卒業した人間にもその類の人間がいた。形だけでも部員だったので、誘ってはみたが...という話である。
「...知ってるよ。それでも責めて、そうだと思い込ませてくれたっていいじゃねぇか」
「なんだ、自分を選んでもらえなくて馬に嫉妬してるの?可愛いなぁ~、青海くん」
「お前、後で覚えとけよ」 「ごっめーん、もう忘れちゃった☆」 「こンの野郎...」
「まあまあ二人とも」円田が間に入る。
「苛立ってるのははわかるけど、いつまでもあんな奴らのことを考えるのは一回しかない人生の貴重な時間を無駄にしていると僕は思うんだけどな」
「それは」「まあ...」
「青海」円田が続ける。
「アイツらが来たところで、良くてすぐに別行動しだすか、悪ければ僕らの邪魔をしてくるかだったと思うよ。そんなことなら、最初から勝手知ったる僕らだけできたほうがいい。他ならぬ君自身が行っていたことじゃないのかい?」
「うっ...」
「山元」「...なにさ」
「僕はさ、この旅行を結構楽しみにしてるんだ。だけど、この旅ののメインイベンターの一人たる君がカリカリしてちゃあ楽しいものも楽しめないよ?せっかく気の置けない君たちとのプライベートをアイツらに台無しにされるなんて、僕はごめんだな」
「お前...」 「君はそうじゃないのかい?」 「...そう、だね。ごめん」
「はい、喧嘩はおしまい。飛行機に乗り遅れちゃうよ」
~ホテルにて~
「...お前、アジングロッドだけで何本持ってきたんだ?本当に全部使い分けられんのか?」
「お前こそ、そんなゴツいタックルばっかりそろえてよかったの?ボウズになっても知らないよ」
「言ってろ、小物釣り野郎」 「そっくりそのまま返すよ、ヘボギャンブラー君」
「二人とも??」 『すまん/ごめん』 「まったく....」
今俺たちがいるのは、九州は長崎における釣りの聖地、壱岐島。
小さいものはアジから、大きいものはヒラマサまで、釣り人を魅了してやまないターゲットで溢れる釣り人にとってのオ○ルブルー。人生で一度は行ってみたいと思っている釣り人は数知れない。
アルバイトしか収入源のない学生という身分にでは格安の航空券でも往復はできないほどだったが、親を拝み倒して何とか3人全員が聖地巡礼に向かう運びとなったのだ。
それぞれの持ってきたタックルの量が、今回の遠征への気合いを物語っている。
「...にしても、やっぱ円田のタックルは次元が違ぇな」
「それはマジでそう」
「えぇ~?そうかなぁ」
俺と山元が目を向けているのは、灘学院高等学校釣り部の紅一点、円田のタックルだ。好きな釣種で極端に偏っている男衆と違い、彼女はアジングロッドやシーバスロッドなど、汎用性の高いタックルをそろえているが、俺たちが目を奪われているのはタックルの違いではない。
「フラッグシップばっか...」「だね...」
そう、彼女の持つ竿やリールは、総じて最高級品なのだ。
一般市民の家で生まれた俺たちとは違い、彼女は由緒正しい財閥の家出身なのだ。彼女は家庭の内訳のほとんどを男が占める男所帯に生まれ、父親から溺愛されているそうだ。そのせいか、彼女が欲しいといったものはすべて買い与えてくれるらしく、彼女のタックルはすべて大手釣り具メーカーのフラッグシップで構成されているのだ。
「うっわ、ステ○の4000XG...俺のバイト代3か月分だ...」
「みてよ、ラグ○の宵○華・弐だ。俺の憧れの.....」
前述したとおり、俺たちは一般家庭に生まれた学生である。そして、この釣りという趣味は、非常に金を喰うという最大の欠点がある。そのため釣りにハマった学生は、必死にバイトをして、昼食を我慢して金を貯めてまで休日の釣りに備えるのだ。...円田のようなやつを除いては。
そのため多くの学生にとって、竿やリールは高級品。1タックル総額で3万円でも高いのに、単品で10万円近いフラッグシップは遠い雲の上の存在なのだ。...円田のようなやつを除いては。
「ま、、まあ、釣りに大事なのは腕だからさっ」円田が焦ったように言う。
「...おう」 「...そうだね。」
無駄に心に傷を負いながら明日の準備をしたのであった。
~7日後~
「この旅行も今日で最後だなぁ。」 円田が一週間前と同じようなことを言う。
「ああ、楽しかった。」山元はひどく満足げだ。というのも、彼は3日めの夜、自己記録となる45cmのアジを釣り上げたのだ。そしてかくいう俺はというと...
「早く釣ってよ~、青海く~ん」
「うっせぇ、こっから怒涛の追い上げが始まンだよ」
.....未だボウズなのであった。
「フライトまであと6時間だよ~?」
「わかってらぁ。」
「あのとき素直にアジングやればよかったのに」
「...うっせ。」
「でも、やっぱり全員が釣って帰りたいよねぇ、ここまで来たら。」円田が言う。
「お前まで急かすんじゃねぇよ...」
しかし、何度繰り返そうと、俺の煽るダイビングペンシルに魚がつく様子はない。
「...こりゃいよいよボウズかもな、、、」
「どうしたんだよ、お前らしくもない」山元が珍しく、その細い目を瞠っていった。
「いつものお前なら、最後の1投まで釣る気でいるだろうに」
「...いや、この釣りは受験と似てるなぁ、と思ってよ」
「...なんで?」
「結果が出ないことのほうが多いのに、最後まで諦められないところが、だな」
そう、俺は志望していた大学に、ほとんど軒並み落ちていたのだ。
「でも、滑り止めは受かってるんだろう?」
「所詮は滑り止めさ」俺は吐き捨てるように言った。
「本当にやりたかったことは何もできやしねぇ。俺はきっと、地元のあのドブ川に鮎を戻してやると思っていたのに」
「このまま学びたくもねぇことを学ぶために親に金を払わせて、だらだらとくだらない職について機械のように生きるなら、、、」
「いっそのことバカでけぇマグロかなんかと格闘して、海にでも引きずり込まれちまえば楽なんじゃねぇかと、、、思っちまうよな。」
自分で作ったいたたまれない空気の中で黙々と竿を煽っていると、、、
「お、おい、ナブラナブラ!!」
「マジかよ!!!」
「最後の最後にチャンスが!!」
目の前で、特大のナブラが起こった。きっとこれは、神が俺を見かねて作ってくれた最後のチャンス。
「喰っったっっっ!!!!」俺のダイビングペンシルに魚が飛びついた。
「と、飛んでもねえ力だ。」方功が三日月のようにしなり、ドラグがギャリギャリと悲鳴を上げる。
「竿を立てて!!」円田が叫ぶ。「もっとゴリ巻け!!」山元ががなり立てる。
「ググウゥゥッッッ」腕がはちきれそうになるが、何とか踏ん張って耐える。
引っ張る力が弱まったかと思うと、また走る。リールを巻いて寄ってきたかと思えば、また沖に向かいだす。
それをどれだけ繰り返したか...
水中で魚の魚体がギラリと光った。「キハダだ!!」山元が叫ぶ。2m近くありそうだ。
俺は残り僅かな腕力で、竿を立てて糸を巻き取った。魚に空気を吸わせて浮き上がらせればこっちのものだ。
魚が水面で水飛沫をあげる。俺は勝利を確信して、水のそばに近寄ったそのとき....
魚が最後の抵抗に出て、思い切り海底に向かって突ッ走った。
俺は咄嗟にそれに耐えようと踏ん張ったが、、、度重なる使用でガタがきていたのだろう、ウェーダーのスパイクソールがはがれ、俺は海に引きずり込まれた。
『青海!!!!!』二人の焦った顔を遠めに見た俺は、
⦅ああ、フラグを見事に回収しちまったなぁ...⦆と思いながら意識を沈めていった。
う~ん、書いていて思いましたが、釣りをやっていない人にとってはひどく不親切な小説になってきていますね...注釈が欲しい方がいましたら、連絡をお願いします。