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美少女ハザード

作者: ネコタツ

ギャグ成分多めです。気楽に読んでください。

「お兄ちゃ~~~~ん! 待ってよ~~~~!」


「お兄ちゃん、だぁ~いすきぃ~!」


 大勢の美少女が人気声優顔負けの甘ったるい声を上げながら追いかけてくる。


 俺、輪島(わじま)ミキヒサはクラスメイトで幼馴染でもある崎森(さきもり)ユカ、中村ケンスケの二人と共にあの美少女たちから全力で逃げている真っ最中だ。


 男にとって夢のようなシチュエーションなのになぜ逃げているのかって?


 捕まったら一巻の終わりだからだ。

 

「もうあんなに増えてやがる!」


「クソ! なんて数の美少女だ!」


 その数はゆうに百人は超えているだろう。


 可愛くて小さな顔につぶらな瞳。つるっつるな肌と扇情的で丸みを帯びたボディライン。顔つきや髪型に違いはあれど、普通なら滅多にお目にかかれないようなハイレベル女子ばかりだ。


 しかも、なぜか全員ビキニだし。


 露出度が高くてとってもセンシティブ。


「くっ……! ボインが! ボインがすごい!」


「胸に見とれてんじゃないわよ! この馬鹿!」


 上下に揺れる豊かな女性の象徴に視線は釘付け。抗えない男の本能に心が揺れそうになるも、ユカの一喝でどうにか持ちこたえる。


 反対に彼女の貧相な胸は決して揺れることはない。


「ミキヒサ! 変なこと考えてないで足動かしなさい!」


「わかってるよ!」


 全力で逃げ続け、寂れた商店街の一角でどうにかやつらを撒くことができた。


「はぁ……はぁ……なんとか逃げ切れたな……」


 身体は酸素を求めて何度も大きく呼吸していた。


「はぁ……はぁ……もう駄目……あたし動けない……」


 ユカはその場に座り込んでしまった。ケンスケにも疲れの色が見える。


 俺たちはしばらくここで休憩することにした。


「あの美少女ゾンビ、着々と数を増やしてるな」


 先ほどの美少女たちの甘い声と豊満なバストを思い出して、にやつきそうになるのを我慢しながら俺は言った。


 そう、彼女らは一見すると同じ人間だが、実は人間じゃない。


 自らの意思を持たず、本能の赴くままに人を襲う。仲間を増やすことしか考えていない。


 ゾンビだ。



————————



 時は数日前に遡る。


 始まりは俺たちの通う高校だった。何の前触れもなくそいつらはグラウンドにいたんだ。


 最初はほんの数人だった。


 教室の窓から眺めたら水着の美少女がいたものだから不審には感じたものの、そんなことより初めて生で見る巨乳、巨尻に魅了されてどちらかと言えば眼福だった。


 美少女たちは「お兄ちゃ〜ん」と声を上げながらグラウンドを彷徨いていた。


 この時こいつらを見ていた誰しもが「誰かの妹かな?」程度にしか考えなかっただろう。


 そこに何人かの男子生徒が興味本位で近づくと、彼女らは嬉しそうに抱きついてきて、その柔らかそうな肉体を惜しみなく押しつけてきた。


 男子たちはさぞやいい思いをしたことだろう。しまいには舌を入れるほどの深い口づけまでしてもらっていた。


 ところがだ。


 キスをしてもらっていた男子たちの身体から突如として濃い煙が立ちこみ始め、見ているものの視界から姿を隠してしまう。煙が晴れてもなおそこには男子の姿はなく、そして……


 美少女の数が増えていた。


 もちろん消えた男子生徒の人数分だ。


 何が起こったのかはすぐに分かった。校内がややざわつき始めたことから、ただ事ではないことを誰しもが理解していたことだろう。


 それでも少し様子を見ようと教室から眺めていると、近づいていく生徒たちが一人、また一人と美少女に変えられていく。


 彼女たちは少しづつ、しかし確実に数を増やしながら校舎に近づいていた。


 そして彼女たちが校舎内に侵入したところで、ついに学校がパニックになった。


 俺はユカとケンスケを連れてすぐに高校から出ていき、自宅に帰って待機。逃走の準備をしつつネットニュースやSNSで事の成り行きを見守った。


 SNSでは全国各地から謎の美少女たちの話題が上がっていた。


 俺たちの高校だけでなく、日本国内で美少女ゾンビが同時多発していたのだ。


 しばらくして町中があっという間に美少女だらけになっていた。


 安全な場所などないと悟った俺たちは町を出て遠くに行った。


 だが、凄まじい勢いで増えていくやつらの脅威はどこまで行っても続いていた。むしろ日を追うごとに増していった。


 誰が、何のために、どうやって美少女ゾンビを作り出したかはわからない。


 だがこれだけは言える。


 もう俺たち以外で生き残っているやつがいるかどうかさえ怪しい。


 日本は滅亡の危機に瀕していた。



————————



「いつまでもここにいるわけにはいかないな。どこへ逃げるか決めないと」


 今はまだ美少女ゾンビが来ていないが、ずっと隠れていられるところではないのは確かだ。 


「でもこれからどうしたらいいの? 数は増え続けてるし、そのうちどこにも逃げ場がなくなっちゃうかも」


 不安を口にするユカ。


 彼女の言う通りやつらは今もなお爆発的にその数を増やしている。いずれは日本全土を埋め尽くすだろう。そうなれば国外に出る手段も考えなければならなくなる。


 ちなみに一度、一番近い空港には行ってみたのだが、そこはすでに美少女の巣窟になっていた。


 他の空港もそうなっていたらかなり絶望的だ。仮に無事なところがあってもパイロットが生き残っているは怪しい。


 なら航路はどうだと考えるが、これも船を扱える人間がいるかわからないし、自力で船を動かそうにも俺たち三人にそんな技術を持った人間はいない。


 ……え、どうやって国を出たらいいんだ。


 日本が島国であることが災いしている。


 俺が考え込んでいると、ずっと口を閉ざしていたケンスケが声を上げた。


「もういっそ俺たちもあそこに飛び込むか?」


「はあ!? いきなり何言いだすんだよ!」


 思わず飛び上がってしまった。


 あそことは言わずもがな、美少女ゾンビの群れのことだ。


 そんなことをしても自我のないゾンビになるだけなのに。


 本当にいきなり何を言い出すんだ。悪い冗談はやめてほしい。


「でもよ~ミキヒサ。あんなにいっぱいのおっぱい、見てるだけなんて拷問にも等しいぞ」


「それは……そうだけど……」


 そう言われると否定できない自分がいる。おっぱいが嫌いな男なんていない。俺も例外じゃない。


 あの美少女ゾンビの恐ろしいところは、人間が自ら進んで仲間になりに行ってしまうことだ。


 男ならハーレムの中に飛び込みたい。女なら私もあんな美少女になりたい。そんな思いが生き残りたいという思いを上回ってしまう。


 爆発的に数を増やしている理由も異常な身体能力や特殊な能力などで人間を捕まえているのではなく、ただ人間たちが自分から近づいて行ってるだけなのだ。


 きっとケンスケも美少女ハーレムへの憧れからああ言ってしまったに違いない。憧れは止められないからな。


 かくいう俺もその憧れに心が引っ張られそうになっている。


「くそぉ~! あの中に飛び込みてぇ~。ボインの妹たちとキャッキャウフフしてぇよ~」


 あの柔らかそうなマシュマロに包まれる感覚、一回でもいいから味わいてぇ~。死んでもいいから味わってみてぇ~。


「あんたたち馬鹿じゃないの!? あいつらに捕まったら美少女にされてキャッキャウフフどころじゃないでしょうが! あんたもああなりたいの?」


「はっ! そうだった……」


「ったくもう……」


 ユカが頭を抱えてやれやれとため息をついた。とても呆れている、のと同時にちょっと怒っているのがわかった。


「ミキヒサは胸が大きくて妹系の可愛い女の子が好みだもんね~」


「急にどうしたんだよ。というか、俺は別にそういうわけじゃないんだけどさ」


「じゃあどんなタイプが好みなのよ」


「それは……」


 言葉を詰まらせて答えることができなかった。


 そういうのはあまり人には言いたくなかった。特にユカには言えなかった。


「フンだ! どうせあたしは見た目も性格も可愛くないし、胸だって小さいですよ~だ」


 ユカは不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。


 そこまで自分を卑下しなくていいのに。どうしちゃったんだよ。


「なあ……」


「おい、何か聞こえないか?」


 なんだケンスケ。俺は今ユカと話をしようとしているのに……って。


 言われてみれば何か聞こえるような。


 耳を澄ましてみるとかすかに甘ったるい声が聞こえてきて……。


「やつらが近くに来ているのか?」


「だろうな。というか、さっき撒いた連中がまだ徘徊しているのかもしれない」


 とっくに諦めて遠くへ行ったものとばかり……。 まさか、俺たちのことを探してるなんてことはないよな?


 いやいや、それはない。やつらには知性がないんだ。特定の人間を標的にしているなんてことはないはず。


 だが近くにいることだけは確かなようだ。偶然にしろ必然にしろ。


 そうするとここに来るのも時間の問題か。


「この町からも早く離れた方がいいわね」


「え~休憩が足りないんだけど」


「文句言わない! ほら、立ちなさい!」


 襟首ひっつかまれて無理やり立たされたケンスケを見て、俺もおもむろに立ち上がった。


 しかし逃げるにしてもだ。やつらがうろついている正確な位置がわからない。今はまだ漠然と遠くで声が聞こえているだけだ。


 複数個所に点在していることも考えられる。包囲網を敷かれていたら最悪だ。


 俺たちは闇雲に走ったりはせず、常に物陰に隠れて警戒しながら移動した。


 …………。


 甘ったるい声から遠ざかるように歩いた俺たちはやがて噴水のある広場にたどり着いた。


 いつもなら涼みに来る人や、泉のそばで待ち合わせをしている人たちで賑わっていそうな場所だが、やはりそこには人っ子一人いない。せいぜい賑やかなのはいまだに激しく噴きあがっている噴水くらいだ。


 が、逆に賑やかじゃないのが今はありがたい。それすなわち、やつらがいないということだからだ。


 女三人寄れば姦しいと言うが、やつらは基本的にやかましい。だから声のしない方へ行けば出会うことはない。数日間逃げ続けた俺たちの見解だ。

 

 それが勘違いであるということをこの場で思い知らされるわけなのだが。

 

「あっ! お兄ちゃん!」


 三人して身体が反射的に跳ねた。


 そんなバカなという驚愕、自分たちの見解が正しいという油断からだ。


 広場には騒ぐ声が聞こえてこなかったからてっきり誰もいないものとばかり。


 どこから声がしたかわからず辺りを見渡すと、声の主はポツンと一本生えているスギの木の裏からひょっこり顔を出していた。ついでに胸と尻もはみ出していた。


 迂闊だった。隠れてこそこそする個体なんて見たことがなかったからこっちが覗き見されるという発想が頭から抜け落ちていた。


 こいつら常にはしゃぎながら行動しているわけじゃなかったのか。


 あざといだけの相手だと思っていたが意外と手強い。


「くっそ! なんであいつあんなところにいるんだよ!」


「文句言ってもしょうがないでしょ! 二人とも気をつけて! あいつらどこから来るかわからないんだから!」

 

 そうだ。今はやつらの動きを把握し、退路を見極めることが先決だ。


 今はまだ一人しかいないが、これから仲間を呼んだらどこからともなくわらわらと集まってくる。一人いると思ったら百人いると思った方がいい。


「みんな~! お兄ちゃんがいたよ~!」


 一人の美少女が声を上げると泉の中から大量の美少女が飛び出してきた。


 少し予想外なところから出てきた。隠れていた美少女が一人だけではなかったことにも驚きだが、ずっと潜水していたのかこいつら。仮にもゾンビだから呼吸を必要としていないのだろうか。


 出てきた美少女は二……四……六……ざっと二十人くらいか。


 思ったより少ない。他の美少女がやってくる気配はまだないし、これなら楽に逃げられそうだ。


「出てきたわね! 二人とも! あっちから逃げるわよ!」


「おい待て。なんか様子がおかしいぞ」


 ケンスケが逃げようとするユカを引き留めた。


 こいつの言うとおり、飛び出してきた美少女ゾンビたちの様子が少しおかしい。

 

 ……追いかけてこない?


 見つけ次第すぐに「お兄ちゃん」と呼んで追いかけてくるのがやつらの性質だったはず。だがそうしてくる個体は一人もいない。


 俺たちに気づいていないのか?


 それはない。やつらはみんなこっちを見て微笑んだり、手を振ったりしてしている。そもそも俺たちを見つけたからここに集まってきたんだ。


 だが追いかけようとしてこない。どういうことだ。

 

 それに格好だ。


 水着の上にTシャツを着ているじゃないか。


 白、水色、薄桃色、薄黄色。色はそれぞれ違うがどれも薄い。


 水から出てきた美少女たちは当然濡れているのでTシャツはぴったりと体に張り付いており、肌色と水着の色がくっきりと浮かんでいる。これまでにない新鮮なセクシーさに俺の視線は釘付けだ。いや実に素晴らしい。


 加えてやつらの手にはカラフルなおもちゃの銃。


 水場で銃と言えば水鉄砲だ。


 あいつらそれで何をするつもりなんだ?


「それ~!」


「きゃ~! やったな~! え~い!」


 俺の疑問に答えるように。


 美少女たちは俺たちにではなく互いに銃口を向け合って引き金を引いていた。


 放たれる水、弾ける飛沫。体にかかる度に可愛い悲鳴を上げる彼女たちを照りつける太陽が魅惑的に輝かせる。


「これは……!」


 水着の美少女たちが水鉄砲を撃ちあって和気あいあいとしている……だと……!


「……っ!」


 俺は理解した。俺たちは今、罠を張られているのだと。


 そこに広がっているのは魅惑の楽園(パラダイス)


 男なら誰しもが飛び込みたい衝動に駆られる必中必殺の領域。


 本能をくすぐられる感覚。内なる獣が引きずり出されそうだ。


 しかし、同時に恐ろしい事実を知らされてしまっている。


 やつらは成長するということを。ただの知性がないゾンビどもではないということを。


 今までは「お兄ちゃ~ん」って追いかけてくるだけだったのに、こんな(トラップ)じみたことをするなんて。


 なんてことだ……。


 あいつら知性をつけてきたぞ。


 まずい。


 これは非常にまずい。


 目の前に天国が広がっていて心が動かない男がいようか。いや、いない。


 こんな光景を見せつけられたら、俺ごときじゃこれ以上は理性がもたな——


「お兄ちゃんもこっち来て楽しいことしようよ~」


「いま行きまぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!!」


 これは俺じゃない。


 俺も危うく一歩踏み出しかけたけど、それよりも早く隣の男が歓声を上げて駆けだしたのだ。


 そう——


 先に心が折れたのはケンスケの方だった。


「ケンスケェェェェェェェェ!!!!」


 あいつ、自分から美少女の群れに飛び込んでいきやがった。


 うらやま……じゃなかった。


「バカヤロォォォォ! 自分が美少女になっちまったら、ハーレムもクソもねーだろうが!」


 叫んで呼び戻そうとするも、時すでにおすし。


 全身を柔らかそうな感触に包まれたあいつは、天国に上っていくような顔で美少女の波に埋もれていった。


 俺はケンスケを追うように手を伸ばし、ようやく一歩を踏み出したが、ユカに襟首を掴まれてすごい勢いで楽園から遠ざけられた。


「何してるのよ! 早く逃げないとあたしたちも捕まっちゃう!」


「でもケンスケが!」


「ケンスケは死んだの! 忘れなさい!」


「無情!」


 苦楽を共にした幼馴染を失ったのに切り替え早すぎでは? 実はあいつ嫌われてたのか?


 動揺が収まらない中、ユカに力強く引っ張られながら広場を後にする俺。

 

 振り返ったままの顔を戻せないのは親友を失ったことに対する未練か、はたまた女体の山に埋もれていった親友への憧憬か。


 さよならケンスケ。ユカが忘れても俺は忘れないよ。


 こうしてついに二人だけになってしまった。

 

 広場から離れることはできたが、依然として危機的状況には変わりない。


 仲間の呼びかけに応じて集まった美少女たちが次々と追いかけてくる。


 あっちに逃げてもこっちに逃げてもどこへ逃げても美少女に見つかる。


 しかも美少女ゾンビにはある変化が起きていた。


 着ているものが水着だけではなくなっているのだ。

 

 セーラー服やメイド服、バニーガールと多様な衣装に身を包むようになっていた。 


 しかもセーラー服やメイド服なんかは上下とも丈が非常に短く、へそどころか下乳やパンツまで丸見えと公序良俗違反も甚だしい過激なものになっている。

 

 あんな格好で大胆に誘惑してくるものだから俺の身体は興奮しっぱなしだ。まだ服を着ているだけ有情とも言えるけど、そのうち下手すれば裸で誘ってくるようになるかもしれない。そうなったら今度こそ俺の理性がもたないぞ。


「ミキヒサ……ちょっと待って……もう限界……」


 気づいたらユカが息を切らして立ち止まっていた。


 ここで立ち止まっているわけにはいかないのだが。


 今は一時的にやつらの追跡から逃れられているが、お兄ちゃんを探す声はそこかしこから上がっている。見つかるのは時間の問題だ。


 それでもユカはその場から頑として動こうとはしなかった。


「ていうか何ニヤつきながら走ってんのよ。きもいんだけど」


「え、そんな変な顔になってた?」


 妄想しながら走っていたらつい顔に出てしまったらしい。


 ユカは不機嫌そうだった。そりゃ一緒にいる男が裸の女の妄想して鼻の下伸ばしてたらそうなるか。

 

「いい加減にしてよ。ずっとあいつらのことばっか考えて、あたしのこと全然見てくれないじゃない。そんなに大きい胸が好きなの?」


「なっ……! 今そんなことは関係ないだろ」


「関係あるわよ!」


 一際大きな声を出されて、つい驚いてしまう。


「男なんてみんなそうじゃない! 胸が大きくて可愛い子ばっかり好きになって。あたしだってなれるならなりたいよ!」


 俺を睨むその瞳には涙が浮かんでいた。


 なんだよ。


 俺が胸の大きい女を見てしまうのと、お前が男に好まれる身体になりたいかどうかは関係ないだろ。なんでその怒りを俺にぶつけるんだよ。


 理不尽な怒られ方をしている気がして、何か言い返してやりたかったのだが、怒りと悲しみが混ざったような表情と震える腕を見ると何も言い返せなかった。


 そこに「お兄ちゃん」と呼ぶ声。


 遠くから美少女たちがこちらに向かって来ていた。

 

 さっきの大声で居場所がばれてしまったのかもしれない。

 

 俺は逃げるようユカに声をかけようとした。


 しかし、その前にユカは美少女たちのいる方向に身体を向ける。


 そして……。


「何やってるんだ。そっちにはやつらが——」


「あたしだって……」


「ユカ?」


「あたしだってボインの美少女になりたいのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「ユカァァァァァァァァ!!!!」


 あろうことかケンスケに続いてユカまで美少女の群れへと全力疾走していった。


 嘘だろ……。あいつまで自分から飛び込んで行っちまうなんて……。


 え、どうしたらいいんだ?


 助ける? そうだ助けなきゃ。今ならまだ間に合うかもしれない。


 でもどうやって? それに助けに行ったら俺までやられてしまう。


 じゃあ、逃げなきゃ。


 逃げる……逃げる?


 逃げてどうする?


 ユカもケンスケもいないんだぞ。この先逃げ延びたところで俺に何が残るんだ?


 ならユカを助けなきゃ。


 でも助けに行ったら……。


 でも逃げたって……。


 助ける。


 逃げる。


 どっち?


 どっち?


 どっち?


 どっちどっちどっちどっちどっちどっちどっちどっちどっちどっちどっちどっちどっちどっち。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 訳が分からなくなって、全力で走り出した。


 余計な考えに支配されないよう、ただ手足を動かし続けた。


 美少女も風も音も置き去りするほどの勢いで。


 走って、走って、ただがむしゃらに走った。


 どれくらい走っただろう。


 記憶も時間も飛ぶくらい我を忘れて。


 気づいたら俺は何かの建物の屋上にたどり着いていた。


「はぁ……はぁ……」


 息をするのが苦しい。足取りも重い。全身から力が抜けていくような感覚。


 肉体的な疲労よりも精神的な疲労からフェンスに背を預けて座り込んだ。


 息を深く吸い込んで、深く吐き出す。ようやく落ち着いた。


 どうやら本能が選んだのは逃げることだったようだ。


 それが正しかったのかはわからないが、結果的にユカを失いながらも生き延びることができた。


 だが……。


 一人になってしまった……。


 いや、


 独り……か……。


 正真正銘の独りぼっち。支えてくれる仲間はもういない。


 逃げてる意味、あるのかな……。


 心はすっかり折れていた。失意のどん底に落ちた俺に這い上がる理由もなく、立ち上がる気力さえ湧かない。


 たとえ逃げ延びてもずっと独りだ。そんな人生、生きていても俺にとっては無意味だ。雀の涙ほどの価値さえない。


 俺も……最後にたくさんの美少女に囲まれて……幸せな気持ちで美少女になろうかな……。


 それも、悪くないな……。


 すべてを諦めようとしたその時、屋上の扉が開いた。


「あっ! お兄ちゃん見いつけた!」


 やってきたのは一人の美少女ゾンビだった。


 うちの学生服によく似た衣装を着ているが、やはり丈が短すぎて少々過激だ。


 たった一人か、という落胆。最期はハーレムエンドにしたかったんだけどな。


 まあ。いいや。

 

 やれやれ。そんなに俺のことが好きなのか。一人だけで来やがってしょうがないやつだ。お兄ちゃんが可愛がってやる。


 これからたっぷり気持ちいいことをするんだと思ったらカラになっていた気力が全快し、噓みたいにすんなりと立ち上がることができた。


 性欲は実に素直だった。


 だが、俺はその美少女ゾンビを見て絶句した。


 体つきや声はもちろん違うが、その顔には知っている人物の面影があった。


「ねえ、見てお兄ちゃん。あたしこんなに可愛くなったよ。お肌だってスベスベだし、お胸だってこんなにおっきくなったんだよ」


「ユカ……なのか……?」


 美少女ゾンビに向かって、幼馴染の名前を呼ぶ。


 間違いないユカだ。俺にはわかる。ずっと一緒にいたんだ。少しでも面影があるなら間違えるはずがない。


 ああ、可愛いよ。すごく可愛い。こんなに綺麗になっちまいやがって。


 俺なんかじゃ不釣り合いなくらいに。


 今すぐにでも食べてしまいたいくらいに。


 でも……


「お兄ちゃん。あたしとい~〜~~っぱい、イチャイチャしよ?」


「なんで……」


 目元がなんだか熱い。


 ユカがショックで茫然とする俺を抱きしめて、その柔らかい肉体で優しく包み込む。


「なんでだよ……」


 声が震える。視界が潤む。


 ユカの唇が俺の唇に近づいてくる。


「いつものお前はどこ行ったんだよ……」


 小さい頃からの幼馴染。高校生になっても変わらない幼馴染。


 気が強くて、胸が小さくて、エロいこと考えてたらすぐに怒る。


 でも話しやすくて、面倒見が良くて、何よりいつも一緒にいて楽しいことも苦しいことも共有してくれる。


「俺、そんなお前のことが好きだったのに……」


「す……き……?」





 ……え?





 ユカの動きが……止まった?


 唇と唇が触れ合うすんでのところで。


 もしかして俺の言葉が届いているのか?


 まだゾンビになりたてだから、ユカの意識が少しだけ残っているとか?


 さっきの言動もそうだ。まるで変わった自分を俺に見せたがるような素振り。


 ここへ一人で来れたのも、幼馴染である俺のことをよく知っていればこそ。


 なんでもいい。俺の言葉がまだ届くというのなら、やるべきことはただ一つだ。


 彼女の肩を掴み、大きくてつぶらな瞳をまっすぐ見つめた。


「そうだよ! ずっと好きだったんだ! たしかにお前は世間が思う理想の美少女じゃなかったかもしれない。でもお前は俺にとっては可愛い女の子だったんだ。ずっと昔から可愛い女の子だったんだ! ボインの美少女になんかならなくったって、初めて会ったときからずっとずっとお前は可愛かったんだ!」


 振られるのが怖かった。


 好きな人が自分のことをなんとも思っていないとわかるのが怖かった。


 けれどそんなことはどうだっていい。


 伝えなければ。


 俺の想いを。美少女ゾンビになる前に。

 

 伝えなければ。


 胸の中に秘め続けていたユカへの想いを。


「俺はずっと、崎森ユカのことが好きでした!」


 何年も抱き続けてきた好意を。


 ずっとしまったままになっていた感情を。


 この瞬間に全てを懸けて。


 ありったけを解放した。


 告白を聞いたユカは呆然としていた。


 流れ込んできた情報が処理しきれなくて思考回路が停止してしまっているかのような。


 言葉の意味は伝わっているのだろう。ただし身を結ぶかはわからない。

 

 でもいいんだ。


 やるべきことはやった。悔いはない。


 少しして表情に変化が訪れた。


 その顔は今にも泣きだしそうだった。


「ホントに……?」


 震える声で、ユカは言葉を紡ぐ。


「ホントに、あんなあたしでも……好き……?」


「あんなお前だから好きなんだ。あんなお前じゃなかったら、ずっと一緒になんていられなかったと思う。きっと好きになんてなれなかったと思う」


 それを聞いたユカの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「あたしも……ミキヒサのことが好き……。ずっと前から……好きだった……!」


 その言葉は紛れもないユカのものだった。美少女ゾンビとしての習性や本能などではなく、ユカ本人の想い、気持ち。


 彼女の自我が完全に復活したのだ。


「でも……振られるのが怖くて……ずっと言えなくて……」


「そう、だったんだ……」


 自分の外見がコンプレックスだったのも。


 俺が他の女の子に見惚れているのを怒っていたのも。


 ずっと俺のことが好きだったから。


 でも告白が失敗して、幼馴染の関係が壊れるのが怖かった。


 その気持ち、すごくよくわかる。


 二人してずっと同じ気持ちを抱いていたんだな。


 馬鹿だなあ、俺たち。互いの気持ちなんてこれっぽっちもわかってなくて。


 愛おしさのあまり、俺は彼女のことを抱きしめた。


 とても華奢で強く抱きしめることはできなかったから、精いっぱい優しく抱きしめた。


 ユカは俺の胸に顔をうずめて嗚咽を漏らした。


「好きならさっさと告白しなさいよ、ばかぁ……」


「ごめんな。勇気が出なくて……」


「うぅ……ばか……ばかぁ……」


 女の子を泣かせてしまった自分を情けなく思う。


 気づいてやれなくて、ほんとにごめんな。


 反面、彼女のことが愛おしくて愛おしくてたまらなかった。


 ユカのためならどんな困難にだって立ち向かっていける。それほどの愛を自分の中に感じていた。



 その時、



 俺たちの身体が淡い光を放ち始めた。


 ほのかに温かくて、穏やかな気持ちになれる優しい光だ。


 俺にはわかる。 


 この優しくて温かな光は俺たちの愛の光なのだと。


 そうか。これが愛。このどこまでも心が満たされる、満たされ続ける高揚感。


 彼女を愛おしいと思えば思うほど、光はより強く輝きを放ち、大きく広がっていく。


 町も山も美少女も、すべてを飲み込んで広がっていく。


 そして愛の光はどこまでもどこまでも広がり続け、


 やがて地平のかなたまで包み込んでいった……。



————————



 結局、あの美少女ゾンビを誰が何の目的で、どうやって作ったのかはわからずじまいだった。


 愛の光が広がった後、やつらは一人残らず消え去り、美少女ゾンビにされた人たちは元の姿に戻っていた。


 それどころか何事もなかったかのようにみんないつも通りの生活を送っていて、この出来事が質の悪い夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。


 テレビにもネットにも新聞にも、美少女ゾンビの話題は一切上がってこない。やつらに関する書き込みも跡形もなく消えている。


 でも俺とユカだけはちゃんと覚えていた。一人だけじゃ自信なかったけど、二人覚えていたのだから夢ではなく現実にあったことなんだと確信している。


 光が収まった後、俺たちはなぜか自宅の前にいて抱き合ったままでいたから通りすがりの人に奇異な目で見られてしまった。


 俺たちの顔はそれはもう真っ赤。頭が沸騰しそうな思いだった。


 混乱と疲労でわけがわからなくなった俺たちは気持ちを整理するために明日の約束だけして、今日はそこで解散した。その日の夜は心臓の音が妙に耳障りであまり眠れなかった。


 翌日も世の中は何も変わらない朝を迎えていた。


 世間を騒がせているのは美少女でもなくゾンビでもなく、政治家や芸能人だ。


 会社員はスーツを着て、学生は制服を着て、それぞれが行くべきところへ向かう。


 世界は今日も平和で穏やかな日常を繰り返す。


 で、俺たちもいつものように学校へ行くわけなのだが。


 俺たちだけはいつもと少し違う朝を迎えていた。


「お、お待たせミキヒサ……」


「お、おう。じゃあ、行こっか」


 遅れてやってきたユカは赤い頬を隠すように少し顔を伏せていた。俺も俺で顔を逸らし、彼女と目を合わせられないまま二人並んで歩きだした。


 昨日した約束というのはこれだ。

 

 今まで別々で登校していた俺たちだったが、今日は待ち合わせをして一緒に行くことになった。


 正直なんてことはないと高を括っていた。俺たちは幼馴染だ。友達としてのつきあいは長かったわけだし、一緒に下校したことだってあったのだから登校も問題ないと思っていた。


 のだが……。


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


 間が持たねえ……。


 いつもはそんなことないのに。なんか適当な話題だして、俺が軽口叩いて、ユカがどつく。今までの関係はそんなものだったのに。


 昨日あんなことがあって、お互いの想いを伝えあって、俺たちの関係は大きく変わった。


 そのせいで何を話したらいいかわからない。


「あたしたち、つきあってる……で、いいんだよね?」


「お、おう……。そうだな……」


 おずおずとされるとこっちまで戸惑ってしまう。


 今日のユカはとてもしおらしい。いつもの強気な面が鳴りを潜めているような。


 その横顔は完全に恋する乙女の顔だ。


 お前、そんなに可愛い顔ができたのかよ。


「えへへ……ねえ、ミーくん」


「ど、どうしたんだよ急に昔の呼び方なんかして」


「だってこの方が恋人っぽくていいんだもん」


 俺が照れ臭そうに顔を逸らすと、ユカはしてやったりといった風に笑っていた。


 なんだかからかわれた気分だ。


 くそぉ。やられっぱなしなのも癪だ。こうなったらこっちも仕返ししてやる。


「だったら、もっと恋人っぽいことしないか?」


「え?」


 俺は有無を言わさずユカの唇を奪った。

面白いって言ってくれたらうれしいなって。

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