目覚め
余の名前はサタナキア……サタナキア・ルシフェル、魔王サタナエル・ルシフェルの娘である。
余の父、今代の魔王は人族の勇者によって打ち倒された。
それ故に魔王国は滅びたと、余はそう思っておる。
ちなみに勇者はその功績が認められ、〝聖王〟として君臨しておるらしい……まったく忌々しい。
しかし余の死に様はなんとも惨たらしいものになってしまったな。
得体の知れぬものに食われるなど……この世のどのような死に方に比べて最も悲惨としか言いようがあるまい。
しかし……死んだというのになんとも心地の良い感触に包まれておるような気がする。
死後の世界とは、斯様に心地の良いものであったか?
そう思い恐る恐る目を開けてみると、先ず見知らぬ天井が視界に入った。
どうやら余は死んではおらぬかったらしい。
上体を起こし周囲を見渡してみると、簡素な部屋の中であったが、拘束はされてはおらぬかった。
余の視線の先では一人の女給がせっせと何かの支度をしている。
しかし余が起きたことに気づいたのか、その顔をこちらへと向けてきた。
その顔は目も口もなく、ただ闇のように漆黒であった。
「ぎゃわ────?!」
驚きの余り思わず後ろに倒れてしまい、そのまま寝台から転げ落ちてしまった。
先程の女給がそれを見ていて、慌てたようにこちらへと駆け寄ってくる。
「ち、近寄るでないわ!」
記憶の中でも最後の方に映ったあの得体の知れぬものを彷彿とさせるかのような女給に寄るなと叫ぶ。
すると表情は分からなかったが、女給は何処かショックを受けたような反応をしていた……と思う。
「変な悲鳴が聞こえてきたから来てみれば……起きたみてぇだな?」
部屋のドアが開かれ、そこに一人の男が姿を現す。
男は見るも明らか人族であったので、余は最大限の警戒心を顕にした。
「そう警戒しなさんなって言っても無理か。そりゃあ一旦は人間に奴隷にされてたもんな」
男はそう言いながら余の前へとしゃがみ込む。
そして隣で困惑していた女給に目を向けたあと、そ奴を指さしながらこう言った。
「安心しろ、コイツは俺の使い魔だ。もう一体みてぇに飲み込んだりなんかしねぇからよ」
「あれはお主の差し金じゃったのか?!」
思わず胸ぐらを掴んで揺さぶりそうになったところで、余はある違和感に気づく。
見れば奴隷となった際に付けられていた枷が外されておった。
手首だけではなく、首や足首の枷も外されていた。
「枷が……」
「枷?あぁ邪魔だから壊した」
「壊した?!」
余に付けられていた枷は魔力を封じるだけでなく、オリハルコン製でしかも無理矢理外そうとすれば術で起爆する仕組みであったはず……それを壊したなどと、余はとても信じることか出来なかった。
「壊せるわけがなかろう!オリハルコン製じゃぞ?!どうやって壊したと言うのじゃ!」
「いやぁ、力を込めたら簡単に……なぁ?」
気が遠くなりそうだった。
枷を付けた者でさえ手順を踏まねば外せぬというのに、この男は手順無視でそれを壊したらしい。
よく無事であったな余の身体……。
と言うか待て────この男、先程〝自分の使い魔〟と言っておったか?
「そうじゃった!貴様ァ!貴様の使い魔とやらのせいで余は死んだかと思ったのじゃぞ?!」
「いやぁすまんすまん。俺もまさか飲み込んで来るとは思わんかったからさぁ、あっはっはっ」
「何を笑っておるか!」
余に揺さぶられながらも男は笑いながらそう答えた。
すると奴の後ろにいたあの女給がその頭を強く叩く。
「────っで!んだよぉ、叩くことねえじゃんかよぉ?」
男は頭を擦りながら女給にそう抗議する。
すると、女給は言葉を発していないというのに、どうやら男は会話が成り立っているようだった。
「え?なに?〝ちゃんと説明してやれ〟って?説明も何も俺のお陰でこうして助かって……分かった分かった。謝りゃいーんだろ?だからその振り上げた拳を下げ────いっでぇ!」
次はゲンコツが落とされる。
〝こやつ、使い魔に嫌われとるのではなかろうか?〟と思ってしまう光景であったが、油断することは無かった。
確かに、手段はアレであれ、あの奴隷商人達から救い出してくれて、しかも拘束も解いてくれた事には感謝するが、それでも目の前にいる男が余の味方であるとは言いきれぬ。
「まぁ確かに、説明せにゃ納得してくれるわけねぇしな。え〜と、何処から説明したものか……とりあえず俺の名前は朧 叢雲。こっちだとムラクモ・オボロって名乗った方がどちらが名前か分かりやすいか。そんで俺はこことは違う世界から来た〝転生者〟ってやつだ。とりあえずここまでは理解出来たか?」
「うむ……まったく理解出来ん」
〝テンセイシャ〟などという珍妙な話は聞いたことも無い。
その事を伝えるとムラクモという男は〝あれ?〟と首を傾げておった。
そこでまた女給の平手打ちがムラクモの頭に炸裂する。
「なに?〝いきなりそんな事を言われても理解できる人はいない〟って?んな事言ったって真実だから仕方ねぇだろ」
「先程から疑問に思っておったが……そやつと会話が出来ておるのか?」
「そりゃ勿論────って、そうか……コイツらは俺としか意思疎通出来なかったんだったな。まぁコイツらの事もちゃんと説明して……いや、その前に客が来たな」
ムラクモが女給に目配せすると、女給は静かにドアの方へと歩き、そしてガチャリとそのドアを開いた。
すると今まさにノックをしようとしたのか、鎧を身にまとった男が手を挙げた状態でそこに立っておった。
「よく気付きましたな?」
「そろそろ来る頃だと思ってたからな」
「なるほど……して、その娘が例の?」
「おう、魔王の娘サタナキアだ」
新たに現れた人族の男は自らを〝ガイウス〟と名乗り、この街の騎士団長である事と、余の事はムラクモから聞いていると話した。
そして徐ろに剣を抜くと、その切っ先をムラクモの首筋へと向ける。
「いきなり剣を抜くとは物騒だな、ガイウス殿?」
「聞きたいことがありますので。ムラクモ殿、その娘を保護してどうなさるおつもりかな?もしや……その娘を使って世界を滅ぼそうと画策しているつもりではあるまいな?」
ガイウスの疑問は当然の事じゃろう……魔王の娘たる余を保護するなど正気の沙汰ではない。
そこには必ず何かしらの思惑があるとしか思えぬ。
しかしムラクモはそんなガイウスの疑問に対し、呆けた顔でこう返した。
「世界を滅ぼす?なんで?」
「でなければ魔王の娘を保護するなど有り得ぬでしょう?私とてこの街を護る騎士……この街に害を与える存在は看過できぬので」
「あ〜……まぁ確かにそうだな。だが安心しろガイウス殿。もし世界を滅ぼす気なら、俺一人でとっくにやってらァ。それよりもその剣、納めてくれねぇかな?」
「魔王の娘を保護した理由を話してくれれば納めますよ」
「ちゃんと説明するから、先ずは剣を納めろって」
「説明が先です」
「ガイウス殿……今度はその腕ごとへし折られたいか?」
その瞬間、室内の空気が一気に凍りついた。
座っていることすら苦しいと感じる程に重くのしかかる気迫……これは〝殺意〟か?
ガイウスも剣を向けたままぶわっと冷や汗を吹き出しており、余は自身の意志ではなくガタガタと震えだしていた。
「……分かりました。流石に腕をへし折られるのは勘弁願いたいですからな」
ガイウスはそう言うとムラクモの言葉に従い剣を納める。
その横では女給が〝やれやれ〟といった様子で首を横へと振っていた。
「分かってくれりゃあいいんだよ。さて、ガイウス殿も剣を納めてくれた事だし、しかし俺の口から説明するには些か信憑性にも説得力にも欠けるな。つー事で諸々の説明はコイツに任せるとする……本当は呼びたかねぇけど(ボソッ)」
ムラクモは言葉の最後に何やらボソッと呟いたかと思うと、何処からか一枚の丸い鏡を取り出し、それを寝台の横にあった台へと置いた。
そして何やら数回手を組んだ後、その鏡の縁を撫でる。
すると鏡が光を放ち、そこから一人の女が姿を現した。
その女は何やら不機嫌で、ムラクモを視界に捉えるや否や凄い勢いで捲し立て始めた。
「ようやく連絡を寄越したと思ったらどういう状況?!魔王の娘は見つけ出せたの?!それとももう保護したの?!と言うか私、貴方をここに送り出す前に定期的に連絡を寄越して欲しいって頼んでたわよね?!」
「だーーうっせぇな!ンな捲し立てんなや騒々しい」
「貴方が定期的に連絡を寄越してくれてたら捲し立てる事なんてしてないわよ!」
何やらムラクモと親しい人物のようだったが、それよりも余はその女からとてつもない神性の気配を感じていた。
故に余は恐る恐るムラクモに問いかける。
「何やらその女が神性存在のような気がするのじゃが……その女は何者じゃ?」
すると余の存在に気付いたのか、女は余を見るなり目を輝かせて、そして突然勢いよく抱きついてきた。
「のわっ?!」
「あ〜ん♡ようやく会えたわ、私の愛しい愛しい娘♡」
「む、娘?!余は偉大なる父様の娘で、お主の娘では無いわ!」
激しく抵抗するも女はどこにそんな力があるのか振りほどこうとしても振り解けない。
するとそれを見ていたムラクモがうんざりした様子でこう話した。
「え〜と、そうは見えねぇとは思うが、そちらはこの世界の創造主にしてこの世界の神話系の主神であるヤハウェー本人だ」
「「……は?」」
余とガイウスの声が重なる。
恐る恐る〝創造神ヤハウェー〟だという女に目を向けるも、どうにもそうは見えぬ。
なので確認の為にもう一度ムラクモに顔を向けたが、奴は頷いて肯定するばかりであった。
ガイウスについては思考が追いつかないのか固まっていた。
「はぁぁぁぁぁぁ?!」
あまりに有り得ぬ事実に、余がこのような声を上げてしまったのは仕方の無い事だと思う。




