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一等賞になれなかった俺

作者: 徳永夏樹

 最初は本当にただの後輩だった。それが恋に変わるまで、いや気付くまでかなり時間が掛かった。

 店長もチーフもいい人だから労働基準法って本当に存在するのか?って思うぐらい働いて疲れた顔をしている二人の力に少しでもなりたいと思って、新しく入ったバイトには優しく明るい俺で接して、人間関係はいいバイト先だと思ってもらって長く働いて欲しいって思ってた。楓ちゃんもその一人。

「平林君、今日から働いてもらう柳さん。柳さん、指導係の平林君」

「柳です。よろしくお願いします」

 誰から見ても緊張しているその姿に俺の先輩魂に火が点いた。

「平林です。柳さん下の名前は?」

 俺がニッコリ笑って気さくに話し掛けたら大体の人は優しそうな人がいて良かったって感じになるんだけど、柳さんの表情は全く変わらなかった。もしかしたらたまにいる俺みたいなタイプ苦手な子かも。

「かえでです」

「漢字一文字で楓?」

「そうです」

 俺は(そう)だから漢字だけ見たら似ている。でもそれを言うと変に運命とか感じさせちゃうのかな?って思って言わなかった。ポニーテールにした黒髪に眉の下でキレイに揃えられた前髪。横の髪は落ちてこない様にピンで留められている。少し丸みを帯びたどんぐりみたいな目に薄めの化粧、何か委員長ってあだ名が似合いそうな感じだなって思った。最初の印象はそんな感じ。


「ここメッチャいいじゃん」

 今日は彼女の華乃(かの)とデート。これは自慢だけど十四歳から今まで彼女がいなかった期間の方が短い。華乃とは大学で知り合って何となく気が合うから付き合い始めて三か月。可愛いし、お似合いだって言われるけど俺は華乃が次に言うであろう言葉が嫌いだった。

「映えそう」

 ご飯を食べる場所を選ぶ基準はSNS映えするかどうか。俺はそれを意識して店を探す。でも本当はたまにはラーメンとか食べようって言って欲しい。華乃はラーメンの味が嫌なんじゃなくてインスタ映えしないのが嫌らしい。

「美味しそうに食べてる人見ると私も幸せな気持ちになれるんで」

 昨日、楓ちゃんになんでここで働こうと思ったのか聞いた時に返ってきた言葉を思い出す。

「オシャレなカフェとか高い物じゃなくて全国どこにでもあるお店で、数百円で得られる満腹と幸せっていう所が好きです」

 いい考え方だなって思った。いい子だなとも思った。俺は年上とも年下とも付き合った事があるけど、皆ファミレスなんてみたいな感じだった。そもそも俺がバイトしてるって言ってるのにそんな発言してくるって今思えばあり得ないんだよな。

「写真撮るから待ってて」

 料理が届いたらまず写真。料理だけの写真かと思っていたけど、インスタにアップされた写真を見たら料理と共に俺の胸元辺りまで写されていた。休日に彼氏とオシャレなカフェでデートっていう事を匂わせたいらしい。それを見ている内に俺ってリア充アピールの為の道具なんじゃね?って思う様になってしまった。それでも華乃と別れない俺はきっと可愛い彼女がいる自分に満足しているからだ。結局俺も華乃と同類なのだ。でもちゃんと好きって感情はある。

「もう食べられない」

 これは俺が二番目に嫌いな言葉。写真を撮る為に頼んだ料理は大抵残される。食べられないのは最初から分かり切っているのに映えの為だけに食べきれない量を注文する。確かにテーブルいっぱいに乗せられた料理は見栄えがいい。最初の一回だったら分かる。でもそれを何回もされると食べきれる量を注文しろって思う。思うけど、俺は黙って食べる。残すのは俺のポリシーに反する。まだ結婚とか考えてないから我慢出来るならして、いい関係を保っておけばいい。

「颯の食べっぷりっていいよね」

 そんな事を言われると悪い気がしない。俺が食べなければもしかしたら華乃もちょっとは量を調整するかもしれないけど、結局は俺が食べてしまうのが大量注文の原因の一つかもしれない。

「いっぱい頼んじゃったの私だから私も払うよ」

 これは華乃の好きな所。俺が伝票を手に取ると大体はこう言ってくれる。払ってもらって当たり前って思わない所は好き。そしてちゃんといっぱい注文した自覚を持ってるって所に安心する。

「でも最終食ったの俺だから。でも映画代払ってくれたら嬉しい」

 食べ過ぎた感はあるけど、料理は美味かった。だから払う事に文句はない。それに俺は華乃よりもバイトしてるし、やっぱりカッコつけたい。でも華乃にデート代を全部払ってもらうのは対等じゃない感じで嫌だと以前に言われてるからそう言う。細かく割り勘するより順番に払い合う方が俺は好きだ。だったら最初からそう言えばいいんだけど、私も払うって華乃の気遣いを見たくてわざとそうしてる。嫌だなって思う所が二回あってもいいなが一回あれば嫌の二回を帳消しにしてくれる。


 映画館でも映えの為のポップコーンのペアセット。そこに映画の半券を持って一緒に写真を撮る。これはSNS用じゃなくてプライベート用。俺はSNSに写真をアップされるのが好きじゃない。だから顔が写ってるのはあげないでって頼んでる。俺も一応一通りはSNSをやってるけど、いかに自分の生活が充実してるかを競い合う場みたいな感じがしてなんか嫌なんだよな。でもやってないと周りからガンガン勧められるからとりあえずアカウント作って料理の写真とか適当にあげてる。華乃があげた写真と同じシチュエーションで違う角度から撮った写真をあげれば完璧。華乃もそれで喜ぶし、共通の友達は俺達の写真で今日はデートだったんだなって話題の提供になる。

「今日も楽しかった。ありがとね」

 ちゃんとお礼を言ってくれる所も好き。そしてピンクのグロスを塗った弾力のある唇に吸い込まれそうになる。でも人目があるから我慢。こういう欲求がある限り俺はこんな恋愛を続けていくんだろうなって思う。


「平林さんって何歳なんですか?」

 忙しくなる前に休憩は数人まとめてっていうのがここでの決まり。イレギュラーで急に混んだ時は呼び出されるけど、あんまりそんな事はない。楓ちゃんの指導係の俺は必然的に一緒に休憩に行く事になる。何か話さないと気まずいと思ったのかあんまり興味なさそうな口調で楓ちゃんが聞いていた。

「今年二十歳になる。俺の事は平林君って呼んで。後タメ口で大丈夫だから」

「一個上なんだ。もうちょっと上かと思ってた」

 躊躇う事なくタメ口にしてくれた楓ちゃんを意外に思った。見た目からもっと控えめな感じかと思ってた。下の名前を呼び捨てでもいいよって言ったらそうしそうな感じ。

「俺ってそんなに老けてる?」

「ゴメン、そういう意味じゃない。雰囲気が落ち着いてるから。話し方とかたたずまいとかそういう所でそう思ったの」

 その発言で何となく楓ちゃんって人を表面だけで判断しない人なんだろうなって思った。俺の評価は大体二通りに分かれる。明るくて優しい爽やか系イケメンか大した顔じゃないのに調子に乗ってる奴。後者は僻みだから気にしなくていいよとは言われるけど。だから雰囲気とかそういう所に触れられるってのは新鮮だった。お世辞でもなんでもそんな言葉が出てくるっていうのは普段からそういう所で人を見ているのだろう。

「ちゃんと俺、先輩出来てんだ」

「うん、すごくいい先輩」

 そう言って楓ちゃんは初めて笑顔を見せてくれた。ときめいたりしないけど、可愛い笑顔だった。笑ったらまだ高校生のあどけなさが残って見えた。この時は後輩って言うより妹みたいな感じだなって思った。


 それからの毎日は特に何の変化もなく過ぎて行った。相変わらず映えを意識した店で華乃とデートしてバイトと大学に行く。そんな感じ。唯一変化と言えるのは楓ちゃんが独り立ちして俺の指導係の役目は終わった事ぐらい。これは変化って言うよりただ時間経過か。楓ちゃんも仕事に慣れてお客さんに対しても自然に笑顔が出る様になった時事件が起こった。

「ちゃんと一万円出しただろうが」

 店中に響く怒鳴り声が聞こえて俺はしまったと思って急いでレジへと向かった。ハゲて腹が出ててそれでいて人に怒鳴るっていい所無さそうなおっさん。おっさんの前には下を向く楓ちゃんの姿。俺が行くよりも先に店長が駆けつけていたから俺は楓ちゃんの腕を引っ張って裏に連れて行った。もっと質が悪い人だったら俺が楓ちゃんを連れて行く事に文句を言われただろう。そうじゃなかった事に俺は安心して裏で息を吐いた。

「ゴメンね」

「なんで平林君が謝るの?」

 下を向いていたから勝手に泣きそうになってるもんだと思ってたけど、楓ちゃんの表情は至って冷静だった。目も別に潤んではいない。

「あのお客さん入って来た時にちょっと危ない感じがしたから言おうと思ったんだけど、タイミング逃しちゃって」

「危ないって?」

「何かクレームつけそうだなって。たまにいるから」

 それがここの離職率の高さに繋がっている。どこにでもクレーマーっているんだろうけど、嫌な思いをした所で働き続けるのはやっぱり嫌らしい。一番直近で辞めた子は「素面の状態であり得ないぐらいクレームつけたり、ナンパみたいな事をされるならここよりも時給が高くてお酒が入ってるからって納得出来る居酒屋の方がいい」と言って辞めて行った。確かにその通りだよなって思った。たまに俺も客だからって調子にのんなよって思う事はある。

「でもこういう事って接客業してたら避けては通れないよね?」

「それはそうだけど、嫌な思いはしたくないでしょ?」

「進んではしたくないけど、それも含めてのバイトかなって思ってるから。心配してくれてありがとう。まだホールに戻らない方がいいかな?」

「さっきのって五千円札出したのに一万円出したって言い張ってるって事だよね?」

「そう」

「なら大丈夫。昔似たようなクレームが頻発した時にお札トレイがしっかり映る防犯カメラつけたみたいだから。多分店長がそれを言って大人しく帰ったと思うよ」

「じゃあお客さんまだ多いし私戻るね」

 なんでも無かったかの様に楓ちゃんはホールへと戻って行った。芯が強くてしっかりしてるんだなって思った。本心は分からないけど、表情も声もいつも通りだった。俺なんかより数倍しっかり者だ。俺はこの日楓ちゃんを尊敬した。そして楓ちゃんの事を人として好きだなって思う様になった。この日は楓ちゃんにとっての事件じゃなくて俺にとって事件が起きた日だった。まさか年下にこんな感情を抱くなんて。でもまだ恋愛感情は芽生えていない。


 海に行きたいって華乃が言ったからレンタカーを借りてドライブデート。まだ五月だから海は寒いよって言ったけど、泳ぐ訳じゃないからいいって言われた。季節外れの海ってワードがいいんだろうな。高三の時に免許を取ったけど頻繁に運転をする訳じゃない。久しぶりの運転だからかなり神経を使う。

「会ったら話そうと思ってたんだけど、私バイト辞めたんだ」

「えっ、なんで?あのカフェ気に入ってたじゃん」

「そうなんだけど、ここ数か月よく来る人でちょっとした事ですっごい怒鳴る人がいるの。で、その人の前ではどんな些細なミスも許されないって感じで緊張するから余計にミスが出やすくなって」

「華乃もそうなった?」

「そうなの。それでもうなんでこれぐらいの事でいっぱいお客さんもバイト仲間もいる前でこんなに怒られないといけないんだろうって。きっとここで働く限りまた同じ事があるんだなって思ったら耐えられなくなっちゃって」

 やっぱりそうだよな。バイトなんだから華乃の考え方が一般的なんだよ。当たり前の様に受け入れる楓ちゃんって一体何者なんだよって感じだ。

「まぁ、また別の所探せばいいよ」

「うん、それで探してたらさ、今度颯が働いてるファミレスの近くにパフェ専門店が出来るみたいなの。そこに応募しようと思って。良かったら颯もどう?」

「俺は今の所が気に入ってるから」

「ファミレスなんかよりいいと思うけどな」

 悪気なく言ったんだと思う。でもなんかって言われたくない。ってかなんで彼氏が働いてる所をそんな下に見る様な発言出来るんだよ。って運転で神経がすり減っているせいかやけに腹が立つ。

「じゃあオープンしたら食べに来て」

「まだ働くって決まった訳じゃないだろ」

 自分でも分かるぐらい嫌な言い方になってしまった。華乃もそれを感じ取って車内に嫌な空気が流れる。ドライブデートの欠点だ。閉鎖空間に二人きりだから空気が悪くなっても中々それを変える事が出来ない。そして逃げ場もない。

「ゴメン、嫌な言い方した。ちょっとどこかで休憩してもいい?久しぶりに運転したから疲れたかも」

 華乃の発言に腹が立った事は言わない。でも腹が立ったのは俺だけじゃなくてファミレスで働いてる全国の皆さんに失礼だろって気持ちもあった。

「そうだよね。気付かなくてゴメンね」

 本当に何もない道を走っていたから休憩出来る様な場所はない。たまたまあった自販機でジュースを買って車で飲む。華乃はいつも通りスマホを取り出す。

「それも写真撮るんだ?」

「ストーリーにあげようと思って。海に向かう途中の一息」

 華乃は笑って言ったけど、俺は笑顔を返す気になれなかった。楓ちゃんはきっと一々SNSにあげる様な事はしないんだろうな。って俺なんで華乃と楓ちゃんを比べてんだよって自分でビックリした。

「それ美味い?」

 華乃は新発売って文字に目が無い。今華乃が飲んでるのはハチミツ梅ソーダ。全く映えそうにないネーミングとパッケージだ。

「美味しいよ」

「どんな味?」

 飲む?ってこっちを向いた華乃にキスをする。これはドライブデートのいい所。いくらでもスキンシップが取れる。

「うん、ハチミツと梅の味」

「まんまだね」

「それ以外の感想ある?」

「ないかな」

「元気出たし、行くか」

 楓ちゃんならこんな風にキスしたら怒るだろうなってまた楓ちゃん。恋愛感情の好きじゃなくてもこんな風に考えたりするんだなって新しい発見。


「思ったより寒くないね」

 運転する事二時間、ようやく海に着いた。車を降りて思いっきり背伸びして深呼吸。海の匂いを体内いっぱいに取り込んでようやくリラックス。

「そうだな。でも思ったより人いるんだな」

 駐車場には俺たちの車以外に十台近く停まっていた。皆泳げない海の何に魅力を感じて来るんだろう?って思ったけど、果てしなく広がる海を目にする内にただ眺めるだけでいいなって思った。さすがに俺もこれは写真を撮る。そして珍しく華乃を誘って一緒に写真を撮る。腰に手を回していかにもラブラブみたいな写真。そして俺がそんなノリだって分かったから華乃もほっぺにキスしてきたりとリア充を楽しむ。間違いなく充実はしている。でも俺が本当にこれを望んでいるのかは自分でも分からない。何となく最近こんな生活に疲れている気もする。俺も歳を取ったって事か。

「颯、見てみて」

 華乃はベタに砂浜に俺と自分の名前を書いてハートで囲んだ。きっとこれが一番やりたかったのだろう。もう公園の砂場でもよくね?とか思った事は内緒。華乃があれだけ楽しそうなんだから俺はそれでいいって思わなきゃ。

「そこに書いたら波に消されるんじゃない?」

「それがいいんだよ」

 華乃が書いた文字が波に一瞬で消される。そしてその様子も華乃はちゃんとスマホで撮っていた。この瞬間、俺の気持ちも消された気がした。何かあった訳じゃない。多分、小さい事が積み重なって今崩れた。そんな感じ。さっきまでいかにもカップルって写真を撮ってた俺と今の俺が同一人物だとは思えなかった。この感じなんなんだろう。はっきりしなくて気持ち悪い。


「運転お疲れ様。ありがとうね」

 レンタカーを返して華乃が自販機で買ったミルクティーを渡してくれた。俺は本当は炭酸の方が好きなんだけど、高校生の時にミルクティーを飲んでる俺が可愛いって言われた事があって癖で誰かと一緒の時はミルクティーを飲む。

「晩ご飯食べて行く?疲れちゃった?」

「ううん、食べてく。でも店どうする?」

「たまにはラーメン食べに行こう」

 なんで今日に限ってそういう事言うんだよってまた華乃の事を好きになる。俺って単純だ。華乃はもしかしたら何かを感じてそう提案してくれたのかもしれない。

「でもいいの?」

 映えないよって言葉は飲み込んだ。さすがにそれは嫌味だって自覚はある。

「だって颯疲れたでしょ?それならパッと食べられるラーメンの方がいいかなって。お礼にしたら安すぎるかな?」

「ありがとう。ってか車代は華乃も出してくれたんだから別にお礼とかいいって言いたいけど、華乃にラーメン奢ってもらえるとか貴重だからありがたく奢ってもらう」

 喜び過ぎだろって自分でツッコみたくなるぐらい俺のテンションは高い。たかだかラーメンかもしれないけど、華乃が気を遣ってラーメン行こうって言ってくれた気持ちが嬉しい。今は俺の彼女最高だろって言いふらしたい気分だ。情緒不安定過ぎて自分が心配になる。


「うん、美味しい」

 一応俺も気を遣って木の内装がオシャレな塩ラーメンの店を選んだ。ラーメンもトッピングはチャーシューと玉子ってシンプルな物だったけど、透き通ったスープは美しく、華乃は喜んでスマホを取り出していた。

「今まで食べなかったの損してたかも。これからもたまには来よう」

 そう言った華乃の笑顔に嘘はなさそうだった。でもそれは味なのか映えなのかどっちで損をしていたのかは分からない。

「そうだね」

 これからかって思わず箸を止めてしまった。なんか今日は俺がもう一人いるみたいな感覚になる。

「どうしたの?」

「玉子なくなったら寂しいなって思ってさ」

「なにそれ。私のあげる」

 笑って華乃は一口かじった玉子を俺のどんぶりに移してくれた。俺はこういうデートが好きだなって思う。

「華乃の家行っていい?」

 俺達は二人とも一人暮らしだからよくお互いの家に泊まる。多分、今日は俺を気遣って華乃から言って来ないだろうなって思って俺から言った。華乃の家には最低限の必需品を置いてあるからいきなり行っても困る事はない。

「いいよ」

「甘い物買って行こ。どっかホールケーキとか売ってないかな?なんかそのままフォークで食べたい気分」

「颯ってホントに甘いの好きだよね。私太るからそんなに食べないよ」

 そう言いながらも結局食べるのは分かってる。確かに甘い物は好きで今はケーキを食べたい気分だけど、バカな事をして気持ちを紛らわせたいって気持ちも少しはある。俺は華乃が好きだからってもう一人の俺を必死に抑え込もうとしている感じ。


 残念ながらホールケーキは買えなかったからコンビニでカゴ一杯の甘い物を買った。そんなに絶対に食べないでしょって華乃に言われたけど、お菓子パーティってインスタに投稿したらいいじゃんって言ったらそれはいいねって一緒になってカゴに商品を入れ始めた。

「そう言えばさ、私が応募したパフェ専門店夜の十二時までやるんだよ」

「パフェなのに?」

「うん、パフェなのに十二時」

「それって需要あんの?」

「あるから開けるんじゃない?だから颯も私がいなくてもバイト終わりに甘い物食べたくなったら行けばいいよ」

 私がいなくてもっていうのは昼の事を思い出してそう言ったのだろう。あの時はその前の発言があったとしてももっと言い方あったよなって反省した。

「夜はちょっと寒いね」

 風が吹いて華乃から甘い匂いが漂ってくる。俺はこの華乃の雰囲気に合ってる匂いが好き。今日は海に行くからカジュアルスタイルだけど、いつも大学にいる時以上にオシャレしてデートに来てくれる。それが当たり前だと思ってたけど、ちゃんと褒めるべきなんだよなって思う。なんで今更こんな事思うんだろ?華乃に対する気持ちに不安が見えて来たから華乃のいい所を口に出す事で華乃の事が好きだって改めて感じたいのかもしれない。リア充アピールの為の道具とか不貞腐れてないでちゃんと華乃と横に並んでいたい。SNS重視の所は嫌だけど、それは華乃に限った事じゃなくて俺達の世代がそうだから受け入れるしかない。俺は華乃を手放してはいけない。思い込もうとしてるんじゃなくて本気でそう思った。


「えっ、すごーい」

 俺の方が早いからって先にシャワーを浴びさせてもらって、華乃を待ってる間に買ってきた物を映えそうな感じで並べてみた。我ながらいい感じだと思っていたけど、華乃が飛び上がらんばかりのリアクションを見せてくれて俺は満足した。二人で写真を撮って食べ始める。太っちゃうねっていいながらも食べる華乃が可愛くてキスをする。そして背もたれにしていたベッドに華乃を乗せる。こういう時直ぐに行動に移せるワンルームっていいなって思う。

「手ベトベトだよ」

 そう言って手のひらを見せて来たから指を舐める。体を合わせる事で好きでたまらないって気持ちになる。そうしないと思わないのかって話しだけど、今日の俺からしたらそうやって純粋に好きって感じられるのは安心する。


「ねぇ、別れよっか」

 夏休み前日、夏休みの予定を聞いても濁す華乃と直接会って夏休み旅行でも行く?って聞いた俺に対する答えだった。想像していなかった言葉に俺は言葉が出てこなかった。

「颯、私以外に好きな人いるでしょ?」

「えっ?」

 俺にそんな人はいない。俺がそう思ってるのに華乃は一体何を見てそう思ったのだろう。海に行った日からはたまにもう一人の俺が出てくる事があったけど、それでも上手くいっていたはずだ。それに俺は華乃が好きで、別れようって言葉にショックを受けている。

「もしかして自覚ない?」

「俺の話しだよね?」

 華乃に好きな人が出来たって話しなら分かるけど、華乃から俺に好きな人が出来たから別れようって言われるのは意味が分からない。

「そうだよ。他に誰の話しするの?」

 そう言って華乃は笑った。そのまま冗談だよって言ってくれないかなって思ったけど、続けて華乃の口から出て来た言葉はそうじゃなかった。

「私とのデートの時、別の人の事考えなかった?」

「それは……」

 覚えがあった。楓ちゃんだったらこれは嫌だろうなとかこういうの好きそうとか考える事はあった。

「自分で気づいてないみたいだけど、颯はその子の事が好きなんだよ」

「いや、それはない」

 楓ちゃんがバイトを始めて三か月ちょっと。尊敬する事はあったけど好きになる要素はなかった。

「私と付き合ってるからってきっとその子への気持ちに無理やり蓋をしてるんだよ。変な言い方だけど、颯は無意識だけど自覚してるんだよ」

「なんでそう感じたの?」

「キスとセックスの回数が増えたから。後、服とかやたら褒めて来る様になったし。海に行った日からかな?あの日から純粋な好きって感情以外を感じる様になった」

 確かにあの日の俺は自分の感情がおかしかった。でもまさかそれが華乃に伝わってるなんて思いもしなかった。

「最初はさ、嫌な事でもあったのかなって思ってたんだけど、それが二か月続くとさすがに気付くよ。いつ颯から言われるんだろうって思ってたけど全然言わないから」

「でも俺は華乃が好きだよ」

「ありがとう。でも颯は自覚すべき」

「他に好きな子がいる事を?」

「そう。これは私の想像だけどさ、きっと今までと違う好きなんだよ」

「違う好きってどういう事?」

 全部華乃に説明させるのは悪いなって思ったけど、このままだったら俺は納得出来ない。

「私達って何となくノリで付き合ったじゃん?で、私も颯も今までもそうだったと思うんだよ。ってか私はそうだった。この人カッコいいな。性格も悪くないし付き合ってみようかなって」

 確かに俺もそうだった。可愛くてノリが合えばオッケーみたいな感じ。

「颯は今ゆっくりその人の事好きになってるんだよ。本当にちょっとずつ好きが積み重なっていってる。今までは短距離だったけど、今は長距離。そんな感じかな」

 その例えは分かりやすかった。確かに今まではスタートダッシュで決めにいっていた。でもだからと言って俺が楓ちゃんの事好きっていうのは自分でも納得がいかない。もういっその事華乃に好きな人が出来たから別れようって言われた方が楽だった。

「颯が納得出来なくても私はこれ以上颯とは付き合えない」

 そう言われてしまえば俺は何も言えない。

「今度、その子連れてパフェ食べに来てよ」

 華乃は先月オープンしたパフェ専門店でバイトを始めた。別れて気持ちの距離は離れたのに物理的な距離が近くなるのはなんか皮肉だ。

「じゃあね」

 なんて言葉をかければいいのか分からなくて黙って頷いた。感謝すべきなのか謝罪すべきなのか。きっとどっちも伝えなければならなかった。でもどっちも言えなかった。それは次会った時に伝えようって決めた。


「平林君、最近元気ないよね」

 華乃と別れてから一週間、俺も楓ちゃんも夏休みだから珍しく昼から一緒にシフトに入っていた。楓ちゃんと会ってもやっぱり好きって思わない。もしかしたら別の人?って思ったけど、それこそ心当たりがなさすぎる。

「夏休みだから生活習慣乱れてメッチャ眠いんだよね」

 彼女と別れたからって言う必要はないかって思って言わなかった。華乃と別れたって事より言われた事についての悩みの方が大きいんだけど。

「楓ちゃんって休みでも規則正しい生活送ってそうだよね」

「次の日予定なかったら結構だらしないよ。寝不足のままバイトに来てなにか迷惑掛けたら申し訳ないなって思うし」

 やっぱり委員長タイプだよなって思う。今まで俺が好きになったタイプとは真逆と言ってもいい。でもSNS映えにうんざりしてたから真逆のタイプに惹かれたって事もあるのか?やっぱり答えなんて出ない。そもそも好きってキスしたいとか身体の関係持ちたいとかそういう事じゃないの?俺は楓ちゃんに触れたいって思った事は一度もない。とにかく元気ないとか思われない様にいつもの平林颯に戻ろう。


 華乃と別れたって周りに知られた俺の元には合コンと女の子から二人で遊びに行こうという誘いがいっぱい来た。でも華乃に言われた事が気になってたから全部断った。そしたら一部から好きな人出来たってマジなんだって言われた。そりゃ話すよな。なんで別れたの?って聞かれるもんなって俺はその事には何も思わなかったけど、『もうヤッた?』『華乃以上とか俺にも紹介して』ってメッセージにはムカついた。でも俺も今まではそんなノリで聞いてたんだから同類だし、ムカつく権利なんてないんだよな。そんな事を考えてたら(ひいらぎ)から電話がかかって来た。柊は下の名前で俺と名前の漢字が似てるから仲良くなった。柊が女だったら間違いなく運命だねって付き合っていた事だろう。

「電話なんて珍しいな」

「華乃ちゃんと別れたってマジ?」

「マジだよ」

「なら俺の頼みを聞いてくれ」

 柊も華乃の事好きだったのかって思ってたら

「春休み海外旅行いかね?」

と思いもよらぬ誘いを受けた。

「海外?ってかなんで春休み?」

「なんか海外行きたいなーって思って。思ったはいいけど、金がないから春休み」

「それは別に俺に彼女がいても別に関係ないだろ」

「いや、気軽さが違うからさ」

「海外ってどこに行くんだよ?」

「すっげーでっけー夢見れそうな所」

 何ともバカっぽい答えだけど、分かる。カジノで大金稼ぎたいとかそういう事じゃなくて日本の規模じゃ実現不可能だろうってぐらい金と労力をかけた何かを見たいって事だ。

「じゃあその時の予算次第って事な」

「あぁ、そうしよう。じゃあな」

 電話を切られて俺は思わず笑ってしまった。華乃と別れた事に関しては慰めも気遣いもなかった。なんかスッキリした。俺にまた彼女が出来るとか考えずに誘って来る柊の単純さと今まで見た事のない世界を見に行くって楽しみで俺の悩みなんてちっぽけなんだなって。俺も単純だ。


 スッキリしたのに俺は四カ月間も彼女を作らなかった。十四歳から考えると彼女いない最長期間を更新した。まぁ、さすがに流れで関係を持ったりとかはあったけど。俺は柊との海外旅行を楽しみにしていたのにそろそろ行く国決めようぜって言ったら「ゴメン、彼女とフロリダのディズニー行く事になった」って全く悪びれた様子を見せずに言われた。柊に彼女が出来たのは二か月前。まさかの展開に俺は笑った。幸せそうな柊の顔を見てたら文句の一つも出て来なかった。せっかく金貯めたから就活終わったら一人で色んな国に行こうって決めた。

 そして遂に俺の楓ちゃんへの気持ちが明らかになった。俺が休憩室に行くと先に休憩していた楓ちゃんが働いてる時とは違う表情でスマホを見ていた。あれって好きな奴に見せる顔だよなって今までの経験から思った。楓ちゃんにあんな顔させる奴ってどんな奴なんだろうって思ってたら何か胸がムカムカしてきて、これってやきもち?いや、親心みたいなもんだろって思ったけど、どんな奴なのか気になるし、その顔俺に向けてくれよって思った。そう思って俺って楓ちゃんの事好きなんだってマジで驚いた。気付くまで何か月掛かってんだよって自分にムカついた。気付いた時にはもう楓ちゃんには好きな奴、もしくは彼氏がいてって俺マヌケ過ぎ。それを華乃が教えてくれていたのに俺は認めようとしなかった。こんな恋があるなんて俺は知らなかった。短距離じゃなくて長距離。華乃の言葉がしっくり来る。こんな事ならって思うけど、好きって確証がないのに告白なんて出来ない。まさか俺がこんな恋をするなんて。そこそこ大きいため息を吐いたのに楓ちゃんはスマホに夢中だ。


 季節は流れて俺は大学三年になった。当たり前だけど楓ちゃんとは何も進展がない。バレンタイン欲しいアピールを散々したのに義理チョコすらくれなかった。でも楓ちゃんはクリスマスもバレンタインもシフトに入っていたから彼氏はいないっぽい。まぁ、日をずらして会ってる可能性もあるんだけど、まだギリギリ俺にも可能性が残っていると信じたい。彼氏いるの?って聞いてもいいんだけど、もしも俺の気持ちに気付かれたら楓ちゃんの恋のジャマをしちゃうんじゃないかって恋愛話は一切してこなかった。そんな考えは俺の自惚れだって分かってる。俺の気持ちを知った所で楓ちゃんの気持ちが変わるとは思えなかった。でも僅かでも楓ちゃんの心を乱してしまう可能性があるなら俺は黙って楓ちゃんの幸せを願って見ているしかないって思った。今までだったら彼氏がいようが好きになってもらったもん勝ちだって思ってたけど、楓ちゃんって純粋そうだし困らせたくなかった。これが思いやりなんだなって俺は恋愛マニュアルの最初のページに載っていそうな事を今更学んでいた。。

「いらっしゃいませ」

 入って来たお客さんに爽やかスマイルで挨拶をする。いかにも新入社員ですって感じの女性。多分、この人俺の事カッコいいって思ってくれたなって表情で分かる。前までなら好感を持ってもらえたら純粋に喜んでいたのに今はなんで楓ちゃんはって思ってしまう。


「平林君、最近いっつもいるね」

 最近の楓ちゃんは表情が柔らかくなった。立候補した堅物委員長から皆に推薦されて委員長になったみたいな。自分で例えてなんだそれって思ったけど、今の楓ちゃんには親しみやすさを感じる。

「就活終わったらパーッと遊ぼうと思って」

「へー、いいね。何するの?」

「海外旅行。まだ行く所決めてないけど、とにかく金貯めとくかって思ってさ」

「楽しそうだね」

 一緒に行く?って普段なら冗談交じりで言うけど、本気で拒絶されたらヘコむから言わない。楓ちゃんが握っていたスマホに何かメッセージが届いたらしく会話はそれで終わり。メッセージを見た楓ちゃんは口元を抑えて喜びを押し殺そうとしていた。でももう喜びが漏れ出ていて俺にも伝染してくる。それだけあからさまだから聞いてもいいかと思って

「なにかいいお知らせ?」

って聞いたらうんって一言で返された。ツッコんで聞くのは野暮だよなと思ってそれで会話は終わり。あんな嬉しそうな顔見てたら思わず触れたくなる。両手で顔を挟んでこっち向いてって言いたい。そういう欲求が出て来たって事はやっぱり俺は楓ちゃんの事が好きなんだって思い知らされる。そしてゆっくりとそういう欲求が出てくるパターンもあるんだなって初めて知った。


「なんか最近メッチャテンション高くない?」

 ただ立っているだけなのに鼻歌を歌いだしそうなぐらい最近の楓ちゃんのテンションは高くて思わず聞かずにはいられなかった。

「そうかな?」

 本当に自覚がないのかごまかしているのか判断が出来ない。でも今日の俺はここでは引かない。

「明らかにテンション高いし、何か肌の調子も良くない?」

 そう言ったらそこに気付くんだって驚いた顔をしたから何かしら努力をしているみたいだ。女の子が自分磨きをする時ってやっぱり恋だよなって分かっていた事だけどちょっと胸が痛んだ。胸が痛んでこんな感情になるってやっぱり楓ちゃんの事好きなんだよなってまた思う。何回思うんだよって思うけど、楓ちゃんの事が好きって俺にとっては大事件だから何十回でも思う。これが追いかける恋ってやつか。二十歳を過ぎてからこんな恋をするなんて思ってもなかった。

「来月から色々予定あるからそれでかな」

 何となくこれ以上は聞かないでねって線引きされた気がする。楓ちゃんって俺の事嫌いではないと思うけど、プライベートな話になると一歩下がる。あくまで先輩と後輩。もしくは本当は俺の事うっとうしいと思ってるけど、先輩だからしょうがなくって感じ。これって楓ちゃんに好きな奴いなくても相当ハードル高い。いつもならそんな面倒な想いは直ぐに捨てるのになんで俺はこんなにも楓ちゃんに惹かれてるんだろう。


 誰かに相談したいと思ったけど、付き合った人数とか経験人数でマウント取り合ってる奴らに話すなんて馬鹿にされるのは目に見えてるから絶対に嫌だし、奥手な奴なんて俺の知り合いにはいないし、いた所で相談しても無駄だ。もういっその事気持ち伝えた方がいいんじゃないかって思った。今なら俺の気持ちを伝えた事で楓ちゃんの他の奴への想いが揺らぐ事はないだろうって考えるのは自分勝手過ぎか。付き合えなくても俺の気持ちを知って欲しい。今まで望みゼロで告白する奴の気持ちが分からなかったけど、今なら分かる。自分の気持ちを知ってもらえるだけで幸せなんだって。


 四月から常連になってくれたOLさん。注文の後、まだ何か言いたそうな雰囲気でこの雰囲気なんか久しぶりに感じるなって思ってたら

「迷惑なのは分かってるんですけど、これ」

と可愛い猫のキャラクターが描かれた封筒を差し出された。

「ありがとうございます」

 自然な笑顔でお礼を言った。ラブレターなんて初めて貰った。もしかしたらラブレターじゃないかもしれないけど、手紙も初めてだ。直ぐに読みたいけど休憩まで我慢。


 休憩になると休憩室に行くのももどかしくて廊下で手紙を読み始める。そこには俺の外見だけじゃなくて、他のお客さんやバイト仲間に対する気遣いを見て優しい人だと思ったって書かれていて嬉しかった。そして驚くべき事に雰囲気が好きだって書いてくれていて楓ちゃんと同じ様な感覚なんだろうなって思った。絶対に素敵な人。これは俺もちゃんと誠意と敬意を持って返事しないといけない。そう思っていたら楓ちゃんが出勤してくるのが見えたからどんな反応をするのか見たくて話しかける。

「楓ちゃん、これ何だと思う?」

「可愛い封筒だね。平林君そういうの好きだったんだ」

 俺に気持ちはないのは分かってるけど、どうでもいいから早くどいてと言わんばかりの態度はちょっとショックだ。

「私、先に着替えてくるから」

 そんなに急がなくてもまだ遅刻にはならない。だから俺は嫌がられるのを承知で

「ラブレターだよ。俺生まれて初めてもらった」

 と楓ちゃんの目の前で見せた。嬉しかったのは間違いないから俺のテンションは高めだ。だからか楓ちゃんは余計に迷惑そうな顔をして先に着替えてくるからと更衣室に入ってしまった。

 あんなに迷惑そうな顔をしていたのに着替えて出て来た楓ちゃんは急に興味を示した感じで、誰から貰ったの?とかキレイな人?って聞いてきた。本当にただ着替えに行きたかったからあんな態度だったのかって思ってたら最後に

「ラブレターって嬉しい物?」

って聞いて来て、それが聞きたかったのかってガッカリするよりも分かりやすくて寧ろ清々しいって思った。だから俺は素直に嬉しかった気持ちを話した。

「そろそろ時間ヤバいから行くね。ラブレター良かったね」

 そう言った楓ちゃんの顔には私もラブレターを書こうって書いてあった。俺は今日楓ちゃんについて二つ新しい事を知った。楓ちゃんに彼氏はいない事、もうすぐ告白する事。一つは朗報で、一つは悲報だ。


 ラブレターの話しをしてから一週間ちょっと。楓ちゃんって本当に分かりやすいなって思うぐらいテンションが低い。悲しみ背負ってますって雰囲気が伝わってくる。

「楓ちゃん、最近テンション低くない?この前までメッチャ高かったのに」

 もしかして振られたのかな?って探りを入れる為にも聞いてみた。もしもそうなら喜んではいけないけど、俺にもチャンスがあるという事だ。

「楽しみが終わったから」

 普通ならこれで振られたって判断はしない。でも楓ちゃんは俺にオープンで話さないから分からない。確かめたいって気持ちが強くなる。そんな事を考えてたらチーフが楓ちゃんに残業を出来ないか聞いて、楓ちゃんはそれを承諾した。そしてチーフは今までそんな事を言った事がなかったのに

「帰り道不安なら平林君に送って貰ったらいいから」

と言った。チーフはバイトの事をよく見ている。隠してたつもりだけどこれは俺の気持ちバレてるなって内心苦笑いした。

「俺?」

 それでも何で俺?って雰囲気を出しておく。喜び勇んで送って行くって言っても楓ちゃんは絶対に嫌がる。

「柳さんに一時間残業してもらったら上がり時間一緒でしょ?」

「まぁ、そうっすね。じゃあ着替えたら更衣室前で待ってて」

「駅まで十分だし大丈夫だよ。それに今まで残業しても一人で帰ってたんだし」

 そりゃそう言うよなって反応。でも今日の俺は強気で行く。チーフのアシストを無駄にしたくないって気持ちからそう思った。

「その十分でなんかあったら俺が嫌だから待ってろよ」

 ちょっと強めの口調で言った。大体の女子ならもしかして私の事?って思ってくれそうだけど、楓ちゃんはあんまり断るのも悪いかって感じで

「分かった」

って言っただけだった。楓ちゃんがレジに向かうとチーフが出来ないウインクでもしようとしたのか両目をつぶって良かったなって顔をしてきた。いたたまれなくなった俺は急いでその場から離れた。

 もう楓ちゃんの恋のジャマをしたくないって気持ちを尊重し続けるのはしんどくなってきた。好きな人の幸せを願うのが一番だと思ってたけど、これ程好きが溢れたらそれが難しいんだって初めて知った。今までちょっといいなって思ったらキスしてそのまま家に連れて帰って関係性を深めて来たけど、それってすごい上辺だけの好きなんだなって思った。まぁ、そんな関係からちゃんとした愛に発展する場合もあるんだけど、俺は違った。楓ちゃんを好きになるまでそれが当たり前だと思ってた。でも今は付き合った人数とか経験人数でマウント取るってカッコ悪い事なんだって思う。


「いやー、疲れた。せっかくだからお茶でもしていく?」

 飲みに行こうって誘っても断られるのは目に見えたからダメ元でお茶に誘ってみる。

「おごりならいいよ」

 えっ、マジで?って出そうになったのを何とか抑えて任せとけって駅と反対方向へ方向転換する。

「ここ来てみたかったんだけど、男一人じゃ入りにくくてさ」

 来たのは例のパフェ専門店。本当は華乃がいるから来れなかったんだけど。この時間だしそもそも華乃がいるタイミングで来る方が難しいよなって思いながら入ったけど、しっかりと華乃はいた。しかも一つしか空いていないレジに立っていてどうやっても避けられそうにない。そんな事思うなら来なければいい話しだけど、パフェの誘惑には勝てなかった。

「私、ストロベリーパフェね」

 そう言うと楓ちゃんはさっさと席に座りに行った。

「久しぶりだね」

 いらっしゃいませの代わりに華乃はそう言った。大学ではたまに顔を合わせるけど、一週間に二回会えば多いレベルだ。

「うん、やっと来れた。おすすめどれ?」

「チョコレートケーキバナナパフェ」

「なにそれ、メッチャ美味そう。俺それにしよう。それとストロベリーパフェ」

「彼女?」

 後ろにお客さんが並んでいない事を確認してから華乃が聞いてきた。そこはやっぱり聞いて来るよな。

「バイトの後輩」

「可愛い子だね」

 華乃から見たら楓ちゃんって地味なタイプって思うんだろうなって思ってたからそう言ってくれて素直に嬉しい。とりあえず褒めないとって思ってるならいい子そうだねって言葉になるって俺は勝手に思ってる。

「お待たせしました」

 レジ横の受け取り口にパフェが置かれたので

「じゃあ、また」

と言って楓ちゃんの元へと向かった。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 パフェを前に楓ちゃんは嬉しそうな顔をした。きっと俺も同じぐらい嬉しそうな顔をしている。細身のグラスに入ったパフェは遅い時間から食べるにもちょうどいい大きさだ。思ったより甘くなかったけどそれはそれで美味い。

「平林君ってモテる?」

 パフェの力なのか今まで聞かれた事のない事を聞いてきた。一歩前進だ。

「自分で言うのもなんだけど、モテなくはない」

 そこは素直に答えておく。モテないって言った所で多分疑われるし。

「だよね」

「いきなりなに?」

 なんでそんな話しをしてきたのか気になって聞いたけど、流されるよなと思って聞いた問いかけに楓ちゃんはちゃんと返してくれた。

「いや、私をここに誘うって事は彼女いないって事だよねって思って」

 もうここしかないって思った。

「だって好きな子は全然俺の方見てくれないから」

 サラッと何でもない感じで言ったけど、内心はバクバクしていた。ちょっと会話の流れもおかしくね?いや、合ってる?頭もパニックになっていた。もうマジで恋愛初心者みたいだ俺。

「へー、平林君好きな人いるんだ」

 アピールはしてなかったけど、チーフが気付いたんだから本人が気付いていてもおかしくはない。でもやっぱりと言うか楓ちゃんには全く届いてなかった。そしてそう言った楓ちゃんの言葉には好きな人いるのに私とパフェ食べてていいの?って問いが含まれてる気がした。

「いるよ。目の前に」

 冗談だと思われない様に真面目な顔と口調で言う。どんなタイミングの告白だよって思ったけど、今を逃してはダメだって思ったからしょうがない。

「えっ、平林君私の事好きなの!?」

 そんなに広くない店内に楓ちゃんの声が響いた。俺も自分自身でそれぐらいビックリしたから気持ちは分かる。とりあえず、平静を装う為にパフェを食べる。華乃に背を向ける形で良かったと心から思った。見なくても華乃が笑ってるのは分かる。

「なんで?」

「なんでって好きって感情が生まれたから」

「あっ、ゴメン。そっちじゃなくてなんで今ここで言ったの?」

 あっ、そっちか。ちょっとカッコつけて言ったのにメッチャ恥ずい。

「雰囲気ある所でカッコつけて告白しても答えはノーでしょ?」

「まぁ、それは」

 やっぱりそうだよな。俺人生で初めて振られた。分かってたし覚悟してたつもりだけどやっぱりヘコむ。

「なら、どこで言っても一緒ってかとりあえず俺の気持ち知ってもらっとこうと思って。楓ちゃんに好きな人がいるの分かってるし」

 なんで俺じゃダメ?って聞くより楓ちゃんに好きな人いるの知ってるから何も言わなくてもいいよって意味で言った。

「えっ!?なんで知ってるの?」

 バレてないって思ってたんだって思わず笑ってしまう。スマホ見てる時の顔、写真撮って見せてあげたい。

「見てれば分かるって。楓ちゃん俺の事バカだと思ってる?」

「バカだとは思ってないけど、賢いとも思ってないかな」

 そう言われて楓ちゃんの中で俺はお調子者の平林君だって思ってる事が分かった。いい先輩でいようと思ったのが、ちょっと間違った方向に進んでしまったみたいだ。そこは反省。

「それ結局バカって言ってる様なもんじゃん」

「バカまでは思ってないって」

「まぁ、別にいいんだけど」

「いいなら言わなくてよくない?」

 その言葉に笑ってもうこの話しは終わりって無言で訴えてパフェの残りを食べた。店を出る時にチラッと華乃の方を見たら口パクで頑張れって言ってくれたから苦笑いで頷いておいた。


 店を出て少し話しをしていたら

「平林君、私の恋は絶対に叶わないの。で、もう私の中では決着をつけたつもりだった」

って言って、それ話してくれるんだってビックリした。俺がちゃんと心の内を見せたから楓ちゃんもオープンになってくれたのかもしれない。例え受け取ってもらえなくても想いを伝える意味を知った。

「私の好きな人はディアマイってバンドのボーカルの彰人君って人で、おすすめ動画に出てきて普段だったらバンドとか興味ないからってスルーするんだけど、その時はなんか吸い込まれる様に再生ボタン押してた。それがまた運命だったなって思っちゃって。私はステージに立ってる彰人君しか知らないの。でもライブを観ている内に声が素敵だな。笑った顔が可愛いなって好きな所が増えていって、彰人君には彼女がいるからどうしようもないって分かってるのに好きになった。でも、こんな気持ち持ったままじゃ他の人好きになれないって思ったから手紙で想いを伝えた。伝えたって言っても読んでもらえたか分からないんだけど。想いを書いて渡して彰人君への気持ちに決着をつけようって。そうやって次に進もうって思ったんだけど、それでも私はまだ彰人君への気持ちが止まらないの」

「それって無理に断ち切る必要ある?」

 そんなに好きなら好きって気持ちがなくなるまで想い続ければいい。好きな気持ちがちょっとでも残ってしまえば想いを引きずってしまう。現に今の楓ちゃんがそうだ。

「えっ、だって私が彰人君の彼女になる可能性ゼロだよ」

「ゼロだったら諦めないといけないってルールはないじゃん。楓ちゃんに結婚願望があるなら別の人探せばって言うけど、まだ学生なんだし無理に忘れなくていいんじゃない?」

 これは俺自身にも言った。俺の場合はゼロかは分からないけど、諦めないといけないってルールがない以上は誰を好きでいようが自由だ。

「平林君がそれ言うんだね」

 まぁ、俺自身にも言ってるからなんて言えないから

「忘れて俺にすれば?って言っても楓ちゃんの気持ちは変わんないでしょ?」

って軽い感じで聞いてみる。

「そうなんだよね。平林君って何気にいいこと言うね」

 軽く聞いたからかもだけど、あんまりにもあっさりそうだって言われて言わなきゃ良かったなって思った。

「でも、気持ちの整理ついたら俺にすれば?とは思ってる」

 あんまりにも相手にされないから本気で言った。さすがに伝わったみたいで楓ちゃんの表情が固まった。

「とりあえず、今後もバイトでは普通に話してよ」

 これ以上言っても困らせるだけだし、俺も傷つくだけだから俺はこれだけは言っておこうと思ってそう言った。バイトで顔を合わせていつも通りに喋れなかったらお互い気まずいだけだ。

「うん、ありがとう」

「じゃあまた」

 俺も本当は電車だけど、これ以上一緒にいるのはお互いの為に良くないと思ってちょっと時間は掛るけどバスで帰る事にした。


 バスで楓ちゃんが言ってたディアマイの曲を聴いてみる事にした。どんな表記なのか分からないからとりあえずカタカナで入れる。どうやら正式にはDear my〜と書くらしい。再生回数が多い順に出てくる。一番上の曲だけ百万回以上再生されていた。俺はその『彩られた世界』ってタイトルの曲を聴く事にした。

 三人の演奏姿で始まった曲。彰人って奴は目が前髪でほとんど見えない。顔だけならドラムとベースの方がカッコいい。とりあえず曲を聴く。変わった曲だなって思った。サビってサビがない。最初はスローテンポでどんどんとテンポが上がっていく。でも曲調は嫌いじゃない。そしてボーカルの声がとんでもなく良かった。優しく抱きしめられた時に感じる温もりみたいな声。イヤホン越しにその声に体を包まれている感じがした。次は字幕で歌詞を出して二回目。一回目は絶対にボーカルしか見ないと分かっていたから歌詞を出さなかった。でも今は歌詞を見ながら曲を聴きたいと思っていた。

『君がいない毎日は最後の一ピースが足りないパズルみたいだ

 君がいない毎日は最後の一ページが破られた物語みたいだ

 君がいない毎日はギターを失った僕みたいだ

 大切な物が欠けた毎日を僕は過ごす

 大袈裟だねって君は言うけど僕の心に一番大切なピースは君

 僕の心にピッタリとハマる物語を描くのは君

 僕が音楽を鳴らす意味は君

 

 もう負けたみたいな顔で笑った君は僕にピースをはめてくれた

 繰り返される毎日が変わる瞬間


 たった一人の存在で日々がこんなにも色付くなんて僕は知らなかった

 二人の色を合わせてもっと毎日を彩ろう

 二人で新しい色を見つけて楽しもう

 二人で新しい色が見つけられなくなったら周りの人から分けてもらおう

 僕達の色も分けよう

 そうやって美しい世界を作ろう

 そうやって美しい世界で生きよう

 そんなきれい事ってバカにされても君がいるだけで世界は彩られて美しい 

 それは僕の中で紛れもない事実

 君が笑った 僕も笑う』

 最初は君ってメッチャ出てくるなって思ったけど、もう負けたみたいな顔で笑った君で一気に情景が頭に浮かんできた。あぁ、すげーって思った。この声でこんな歌詞書くなんて敵わねーとも思った。毎日を彩るってSNS映えも言い換えればそうなんだなって思った。ただの言い方の問題。普通に俺もファンになりそうだ。そして自分が好きな子がこのバンドを好きだっていう事が誇らしくなる。他の曲も気になったけど、俺は飽きるまでこの曲を繰り返し聴いた。


 楓ちゃんとは今まで通りの関係性を続けていた。本当は俺もディアマイのファンになったって言いたかったけど、楓ちゃんからしたら自分の好きな人を知られてるから気まずく思うかなと思って言わなかった。

 ライブ会場でしか売ってないCDが欲しかった俺は華乃に頼んでライブに行ってもらってCDを買って来てもらった。もちろん華乃にディアマイを聞いてもらって気に入ってくれたらでいいって言った。他の友達じゃなくて華乃に頼んだ理由は楓ちゃんの存在を知ってたから。事情を話したら一緒に行こうって誘えばいいのにって笑われた。小さい会場だからチケットは売り切れていたらしいけど、ツイッターで譲ってくれる人を見つけたらしい。あれだけうんざりしていたのに心の底からSNS最高って思った。そして誰かと一緒じゃないと嫌な華乃が一人でライブに行ってくれた事にも感謝した。新曲メッチャ良かったって興奮気味にメッセージが来て本気で楽しかったんだなって伝わって来た。新曲が気になったけど、まだ曲は上がっていない。ツイッターを見たら歌詞だけ上げられていた。『素敵な手紙を貰ったので勝手に歌にしました』ってツイートを見て俺の頭には楓ちゃんが浮かんでいた。もしもそうならちゃんと返事を貰えた事じゃんって俺は嬉しくなる。歌詞を読んで一方通行の恋ってマジでそうなんだよって共感した。上手く言葉に出来ない気持ちが全部言葉になっていた。『走り出した想い だけど一等賞になれなくて』その歌詞を見てなんでか分からないけど、俺の目から涙が出て来た。俺は楓ちゃんの一等賞になれなかったんだ。悔しいのか悲しいのかその両方なのか。失恋を一等賞になれなかったって言い換えるセンスどうなってんだよって今度は彰人に腹が立ってきた。俺も何か武器を持とう。そして誰かの一等賞になりたいし、俺の一等賞になりたいと思って欲しい。俺は好きな子と好きな子が好きな奴に色んな事を教えてもらって世界は色づいた。彩られた世界で俺も生きる。そう考えてる時点で俺も立派なファンだなって泣きながら笑った。


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