僕は過去の自分に殺される
切ないラブストーリーです。貴方の心に残るお話になりますように。
「あなたは未来の自分を殺すことが出来ますか?」
18歳の春、
僕の前に突然現れた人物は、僕にそう言った。
その人物は、遠い遠い未来からやって来たらしい。
その目的は、『未来の自分を殺せるかどうか』をテーマに研究をしており、その統計をとっているらしい。
僕は言った。
「そんなの無理だ。自分が殺しに来ると分かっているのに、わざわざ殺されるはずがない」
そんな僕にその人は言った。
「このナイフは、特殊な物で、刺しても痛みはありません。ですが、刺したら必ず死にます。苦しむことなく確実に死にます。これを使って10年後の自分を殺しにいきませんか?もしも未来の自分を殺すことが出来たなら、それ相応の報酬をお支払いしましょう」
僕にはお金が必要だった。
ろくでもない親は、僕に多額の借金を残して消息を絶った。
もっと勉強がしたかった。大学にも行きたかった。
僕は思った。
もしも未来の自分が、今の僕のようにクソみたいな人生を歩んでいるのだとしたら、僕は喜んで殺されるだろう。
だけど、もしも未来の自分が幸せな人生を歩んでるのだとしたら、僕は生きる事を選ぶだろう。
僕は選んだ。
未来の自分を殺しに行くことを。
僕は10年後の未来へ行った。
そこで僕は未来の自分の姿を見た。
街中を負け犬のように、トボトボと歩くみすぼらしい自分の姿を見て僕は思った。
僕は過去の自分に殺されに来たのだと。
僕は渡されていたナイフで自分を後ろから刺した。
振り返った未来の自分は、穏やかな笑みを浮かべて僕を見つめていた。
そして僕に何かを言おうとしていた。
しかしその声は僕には届かなかった。
倒れた未来の自分に、誰かが駆け寄ってきていた。
僕は自分を殺した。
その瞬間、僕は元の世界に戻っていた。
「成功おめでとうございます。あなたへの報酬はあなたの口座に振り込んでおきます」
そう言うと、未来からやってきたという人物は姿を消した。
僕は気になった。
僕が殺した未来の自分は、僕に何を言おうとしたんだろう。
そして僕はズボンのポケットの中に何か入っている事に気付いた。
それは身に覚えの無いメモ用紙だった。
そこには今から3年後の日付と時刻、駅の名前とホームの番号が書かれていた。
たぶん未来の自分が、僕のポケットに入れたのだろう。
この日、この場所に行けということだろうか?
僕はそのメモ用紙を捨てないように、財布の中にしまった。
僕の生活は一転した。
未来の自分を殺した報酬は、親が残した借金を返済するには十分すぎる金額だった。
僕はバイトを辞めてひたすら勉強した。
そして大学に入学した。
そこで1人の女性と出会った。
勉強熱心な彼女と僕は気が合ってすぐに仲良くなった。
どこか僕と似ている彼女に僕は惹かれ始めていた。
しかし彼女には壁を感じた。
時折見せる悲しい表情に、胸が締め付けられた。
数日後、彼女は大学を突然辞めた。
僕は彼女が居なくなった喪失感から、何もかもどうでもよくなった。
僕は過去の自分に殺されるのだから。
僕は財布の中から、存在を忘れかけていたメモを取り出した。
あれからちょうど3年。
書かれている日付は・・・
明日だった。
次の日、僕はメモ用紙に書かれた駅へと行き、指定されているホームへ向かった。
間もなくその時が来る。
その時、僕は彼女を見付けた。
彼女はフラフラと歩き、ボーっと前を向いたまま線路の方へと近づいて行く。
僕は気付いた。
彼女は死ぬ気だと。
僕は走った。
彼女の元へ。
今まさに線路へ飛び込もうとしていた彼女の手を必死に掴み、引き上げた。
驚きの表情で僕を見つめる彼女の目からは涙が溢れ出し、なぜ死なせてくれなかったのかと僕を責めた。
メモに書かれていた時間は既に過ぎていた。
僕は彼女を助けるために、あのメモを僕に渡したのだろうか?
彼女も僕と同じ様に親の抱えた借金に苦しんでいた。
大学を辞めざるをえなくなり、人生に絶望し、死のうとしていた。
僕は未来の自分を殺した報酬のお金で彼女の借金を全て返済した。
それで報酬分のお金は底を尽きてしまったけれど、僕に後悔はない。
僕と彼女は一緒に暮らし始めた。
僕は彼女と生きていくために必死に働いた。
お互いに支え合い、励まし合い、愛し合った。
僕は彼女にプロポーズをした。
僕たちは家族になった。
僕たちは幸せだ。
未来の僕のおかげで、彼女を救うことが出来た。
だから僕は決心した。
彼女と共に生きていくことを。
そして、彼女と将来の話をたくさんした。
子供は3人は欲しい。
子供が出来たら誕生日は毎年盛大に祝おう。
子供が自立したら2人で海外旅行でも行ってみよう。
そこで挙げられなかった結婚式を挙げよう。
お金が貯まったら家を買おう。
気が早すぎると怒られたけど、彼女と過ごせる未来の事を考えると嬉しくて仕方なかった。
僕は過去の自分に殺されない。
夢を見た。
僕が未来の自分を殺しに行った時の夢を。
あの時と同じ様に、僕は僕を殺した。
倒れた僕へ女性が駆け寄ってきた。
彼女だった。
彼女は生きていた。
未来の僕は彼女をすでに救っていた。
未来の僕は幸せだった。
それならば、なぜ僕は僕に殺される事を選んだのだろうか。
あの時から6年の時が過ぎていた。
彼女が妊娠した。
彼女は元気な男の子を出産した。
僕は自分の子供との出会いに感動し、涙した。
僕は幸せだ。
僕は彼女と、僕たちの子供と共に生きていく。
僕は過去の自分に殺されない。
とある本を読んだ。
タイムマシンで過去に行くフィクションの話。
その物語の主人公は、過去に行き、自分の大切な人を救った。
しかし、現代に戻った時、生きているはずの友人が死んでいた。
死ぬはずだった人間が生きている事により、生きていたはずの人間が死んだ。
僕は思った。
彼女は死ぬはずだった。
僕の子供は産まれないはずだった。
しかし彼女も僕の子供も生きている。
その事によって、生きていたはずの人間が死んでしまっていないか。
しかしそれは彼女や僕の子供のせいではない。
僕が勝手に彼女を救っただけだ。
僕の罪だ。
だけど、その事が分かっていたとしても、僕は何度でも彼女を救うだろう。
たとえ、今の世界とは違う彼女でも・・・
僕を殺しに来る過去の僕の世界でも・・・
僕は彼女を救うだろう。
僕は未来の自分を殺したおかげで彼女に出会うことが出来た。
僕は未来の自分から託されたメモのおかげで彼女を救う事が出来た。
だから、
僕が彼女を救うためには、過去の自分に殺されなければならない。
僕はなぜ、未来の自分が僕に殺される事を選んだのか分かった。
僕は彼女を救いたかった。
僕は声を押し殺して泣いた。
隣で寝ている彼女と息子を起こさない様に。
布団をかぶり、握りしめ、ただただ泣いた。
大きくなった息子に会えない事に。
彼女とそんな息子の姿を見れない事に。
彼女と遠い未来を過ごせない事に。
彼女と間もなく永遠の別れとなる事に。
僕は過去の自分に殺される。
あの時から9年が過ぎていた。
1年後、僕は僕に殺される。
翌日、目が腫れ上がった僕を見て彼女は悲鳴を上げた。
そんな彼女に僕は話した。
過去に僕が未来の自分を殺した事を。
そして僕が1年後、過去の自分に殺される事を。
彼女は信じなかった。
僕は信じてもらえなくてもよかった。
それから僕は毎日のように彼女に愛を伝えた。
一生分の愛を伝えた。
未来の彼女に向けたラブレターを毎日のように書いた。
未来の息子にも手紙を書いた。
『3歳の息子へ』『4歳の息子へ』と、毎年の誕生日に送れるようにと手紙を書いた。
僕が死ぬことを信じていない彼女に、自分が死んだら息子の誕生日に渡してほしいと託した。
すると、彼女は突然泣き出した。
彼女は僕の話を信じた。
僕も彼女と一緒に泣いた。
気付くと息子も近くに来て泣いていた。
僕たちは互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合い、声を上げて泣いた。
半年後、僕は過去の自分に殺される。
彼女は猛反対した。
僕が殺される事を。
殺される事が分かっているならば、その場所に行かなければいい。
生きる事が出来るならば、生きて欲しい。
私の為に、子供の為に、生きて欲しいと。
僕は言った。
僕が殺されなかったら君と出会えない。
僕は君と出会いたい。
僕が殺されなかったら君を救えない。
僕は君を救いたい。
たとえこの世界で無くても、どこの世界だとしても、そこに君がいるのならば、僕は何度でも君に会い、君を救いに行く。
それでも彼女は反対した。
僕は息子を抱きしめた。
君を救わなければ、この子は存在しなかった。
その言葉を聞いた彼女は、口を閉ざし、部屋へ篭った。
かと思ったら、急に部屋から出てきて僕に抱きついた。
彼女は言った。
残り僅かな時間しか無いのに、1人でいるのはもったいないと。
彼女は僕が僕に殺される事を受け入れた。
それから僕たちは時間を惜しむように一緒に過ごした。
彼女は一生分の愛を僕へ伝えてくれた。
仕事を辞めてほしいと言われたけど、少しでもお金を残すために仕事は続けた。
家族で色んな所へ行った。
色んな経験を共にした。
たくさんの写真を撮った。
たくさん笑った。
時々泣いて、また笑った。
僕たちは幸せだった。
そして・・・
その日は来た。
僕は過去の自分に殺される。
当日は髭も剃らず、髪もボサボサ、わざとみすぼらしい格好をした。
子供は彼女の祖母の家に預けた。
彼女には家で待っていてほしいとお願いした。
それでも一緒にいると言う彼女に、せめて離れた場所にいてと言った。
僕が殺すのを躊躇してしまうからと。
僕は過去の自分が殺しにくる場所へと向かった。
僕は用意したメモを握りしめた。
間もなく僕が来る。
最期に彼女の顔を見たいと、人混みに紛れた彼女の姿を探した。
彼女の姿はすぐに見付けることが出来た。
彼女は必死に涙を堪えていた。
そして彼女は僕に向かって微笑んだ。
僕も彼女に向かって微笑んだ。
僕は幸せだ。
一生分の愛を彼女に伝える事が出来た。
一生分の愛を彼女から受け取ることが出来た。
あの時自分を殺しに行ってよかった。
その時、背中に衝撃が走った。
僕は振り返り、過去の僕を見た。
その表情は、人生に絶望していた過去の自分だった。
僕は過去の自分のズボンのポケットにメモを押し込んだ。
そして彼に微笑み願った。
今度は君が幸せになるんだ。
僕は僕に言った。
「ありがとう」
僕を殺しに来てくれてありがとう。
これで僕は彼女を救うことが出来る。
しかしその言葉は過去の僕には届かない事を知っていた。
だけど僕は今、10年の時を経て未来の僕から伝えられた言葉を知ることが出来た。
僕に彼女が駆け寄ってきた。
僕に縋り付くように嗚咽する彼女に、僕は言った。
「僕は本当に幸せだ」
なぜ僕は僕に殺される事を選んだのだろうか。
そういうキャッチコピーでお話を作れないかと考えたら、切ないラブストーリーが出来てしまいました。
もしも貴方が僕ならば、過去の自分に殺されますか?
※2021年11月27日。彼女サイドのストーリー公開しました。
ご愛読、ありがとうございますm(_ _)m