4話:剣才は・・・
リューネ先生が放心状態になってしまったのでスカーレット先生が剣を教える事になった。
「まずはこの剣を持ってみろ」
「はい。っと重いな」
「そうだ。その重さがあるから剣は凶器となる。お前が戦う意思を持って握ったその瞬間からお前はいつの時も命を刈り取る存在になるのだ。さて、その剣を10回で良い。振ってみろ」
日本刀よりも大きく太い剣。これを腕の力だけで制御するってマジかよと少し暗い気持ちになるが試しに振ってみる。出だしは良かったのだが地面にそのまま着地する事が多くなっていった。
「ふむ、剣は時間がかかりそうだな。ま、体全体を見れば剣に慣れてない事は分かっていた。安心しろ、スパルタでしごいてやるさ」
「先生はどのくらいかかったんです?これ使いこなすのに」
「ふむ・・・まず使いこなせているとは思っていない」
「え?」
「そりゃそうだろう。お前が召喚された所以は魔王の討伐を請け負ってほしいからだ。私が剣を完璧に習得していないからこんな事になっているんだ。そういう点ではとても不甲斐ない先生ですまないな」
「じゃあ振れるようになったのは?」
「7ヶ月はかかった」
「そんなに・・・」
「とはいえ、単純に初歩の剣技を習得するだけなら1ヶ月も真面目にやれば出来るさ。私にとっての振るとは自分の力に出来た時。ようはその重さに振り回されず、獲物を狩れるようになったという意味合いだ」
「??」
「分からなくて当然だ。だが、お前も薄々は分かっているだろう。この世界の命とはとても軽い。強ければ生き永らえ、弱ければ淘汰され惨めにその生涯を終える。この単純明快な摂理が全ての世界だ。お前の世界には戦いはあまり無かったんだろう。そんなひ弱な肉体がその証明だからな。だが、お前にはこの世界の住人には無い物がある」
「なんですか?」
「その礼儀だ。この世界では舐められたら終わり。だから各々が己を尊大に見せようと躍起になっている。さっき聞いたがお前料理人に頭を下げたらしいな。とても素晴らしい心構えだが同時に媚び諂う雑魚とみなされてもしまう。特に王族なんてのはプライド、良いレッテルがそのまま国力を示す人々だ。だから簡単に頭は下げない。下げられないんだよ、民たちの為にもな。まあ、現国王陛下は少々目に余る部分が多いがそこは理解してやってくれ」
男は背負う物で強くなれる。そういう理論なのか?
「さて、脱線したがお前は既に何かを諦観しているな?」
「え?なんでそう思うんです?」
「なに、単純だ。私の胸に興味、欲望の片鱗も見せなかった男はお前が最初だからだ。父親ですらよく目が行っていたほどにたわわなのは理解しているんでな」
「嫌じゃないんですか?」
「嫌だね。下賤だなと思うさ。だが仕方ない。皆が命を毎日賭けて日々を生き抜く。生物の生存本能が働くのを私は咎めないさ。それに、こんなにデカいと戦闘に支障もあるしな。だから不思議で仕方ない。お前は若い雄だ。なんとしても自分の欲望、願いは叶えたいと躍起になって当然。ここに女が詰まった物があるのに目もくれない。その根底にあるお前の過去はなんだ?」
「・・・俺が男性しか好意を持てないとは考えなかったんですか?」
「考えたがすぐに違うと判断した。お前は、他人への関心が薄かったからな。だが、生物の本能と人間に興味が無い事は別問題だ」
「・・・ノーコメントで」
「・・・そうか。いつか話してくれれば良いさ。そのお前の諦観が剣を極める手助けになるからな」
「そうなんですか」
「剣において最高位とされるのは殺気とも、覇気とも違う。真の剣豪のみが発する事の出来る剣気を出す事の出来る状態だ。我々の世界ではそれを」
ここで一度大きく息を吸ってから話す。
「”絶闢”と呼ぶ」
「ぜつ・・・びゃく」
「そう。至ったものは歴史上一人もいない。だが私は信じている。この絶闢に至りし者。それこそがこの世界を救うとな」
「つまり俺になれと?」
「そうなってくれたら師匠冥利に尽きるという物さ。私ももう27だ。そろそろ第一線で戦い続けるのも無理があるし、子も欲しいと願う自分がいる。私は絶闢を諦めるがその夢をお前が継いでくれれば・・・な」
「随分期待されてるんですね」
「そりゃそうだ。剣聖と呼ばれ様々な強者を見てきたがお前は私が会った男の中で一番良い男になれる。私が女としてお前を選ばなかったことを後悔するくらいの立派な男になってくれな?」
「本当にその重圧だけで潰されそうですよ。この剣ですら俺には重すぎるのに・・・でもまあ、今まで期待されてこなかったんで期待されるのは素直に嬉しいです。頑張りますよ師匠!」
「口だけは立派だ。そんじゃまずはこの訓練場を7周してから素振りを50回だ。始め!」
「きゅ、急すぎる!?」
そんなこんなで俺の剣術修行が始まるのだ。
剣聖スカーレットは夜、酒を嗜みながら一人寛いでいた。
「全く、ただの甘々小僧と思ってたが違ったか。あの目・・・似すぎだよ」
彼女には一人だけ昔修行を付けた男子がいた。年齢は変わらないくらい。決して天賦の才があった訳でも秀でた何かがあった訳でもない。ただ、強い目をしていた。
「私はああいう男に弱いのだな。何かを覚悟した、やる気に満ち溢れた目。守りたい、強くしてやりたいと思ってしまう。それで失敗したというのに」
剣聖が修行を付けた弟子。その看板は世界中のなだたる強者に目を付けられた。そしてある日
その活躍を妬んだ者達に殺害された。
それがとある王国の皇子であった為、厳重注意で済まされた事に激しい憤りを覚えた。一人で国を潰せはしないが潰してやろう。この命に代えてもあの皇子だけは。と思っていると目の前に死んだはずの弟子が現れ止めた。
お陰で落ち着くことが出来たがいまだにその出来事は彼女の心に深い傷を残している。
「今度こそ死なないように育ててみせる。それにあいつなら、ソウヤなら・・・いや、それは期待しすぎか。今はあいつが強くなれるようにしてやらないとな」
魔法適性が高い蒼矢なら剣術のバリエーションを増やせると考えていた。
「ソウヤ、お前は私より先に死ぬなよ・・・私を泣かせないでくれ」
どこか悲しい目の先には満点の星空が映っていた。