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天空の要塞 ソロモン戦記  作者: テカムゼ
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第五章 置き去りの戦隊

天空の要塞ソロモン戦記第五章「置き去りの戦隊」です。

ソロモン要塞戦線ではアトラス星系攻略作戦が発動され、カイトウ率いる第二二七独立戦隊は攻略艦隊の護衛戦隊として再びアトラス星系に向かいます。

そして、敵中に置き去りにされる戦隊。


奮戦し何とか帰還したカイトウには、また新たなる危機が襲いかかろうとしています。

第五章 置き去りの戦隊

 

 一


「相変わらず、ご活躍らしいね」

 ソロモン要塞戦線司令部の大会議室の末席に座り、二人の参謀と共に会議の開始を待っていたカイトウは、いきなり背後から肩を掴まれ驚いていた。

 上手には司令長官を中心とした戦線司令部の席が設けられ、両側の席には各艦隊司令部が向かい合って居並び戦線司令長官の到着を待っていた。下手には、座り切れなかった幕僚や副官がひしめく控席がある。

「今度は模擬空戦シュミレーターバトルで若い女性士官を手玉に取って泣かせたそうじゃないか」

「いや、いえ、・・・」

 咄嗟のことで返答に困り首を竦めるカイトウに、最後に会議室に幕僚と共に入ってきた大柄なカワード中将は肩を叩きながら笑いかけている。

「今度、戦線の全戦闘機操縦者パイロットを集めて、カイトウ司令官から空戦術の講習してもらうかな」

「カイトウ司令官は、今でも現役パイロット以上の飛行技術テクニックがあるらしいですから」

 参謀長メノウ大佐の少しからかい気味の言葉が続き、カイトウは頭をかいて会場内には笑い声が広がった。

 隣のバヤン中佐とキナイ中佐は素知らぬ顔でいるが、遠い控席の副官レイナ・カノウ中尉が険しい目をこちらに向けている。

 機転の利いた返しはできず、ただカワード司令長官の奇襲にいじられたままでは、独立戦隊の名誉にかかわるかなと、カイトウは、一人苦笑していた。


 第二二七独立戦隊による、アトラス星系等の威力偵察作戦実施後二カ月。噂に上っていた新作戦が、ソロモン要塞戦線主要幹部に説明されようとしていた。

 カワード中将が上座中央の席に着き、左右に戦線幕僚が居並ぶ。メノウ大佐が会議開催の指示を行い、アトラス星系攻略作戦の会議は始まった。

「まずは、カワード司令長官からのご指示を・・・」

 カワード中将からの戦況概略説明とアトラス星系攻略作戦の意義説明。メノウ参謀長からの作戦案概要及び留意点などなどの説明が続く・・・。

 カイトウは聞き流しながら、コンソール操作し作戦案を確認した。

 作戦参加兵力は、支援艦隊と攻略艦隊隊からなっていた。

 支援艦隊は、ソロモン要塞戦線駐留第一一艦隊と第一五艦隊。それに、本国艦隊からの増援である第九艦隊。第一一艦隊と第九艦隊は三個戦隊制の艦隊であるが、第一五艦隊は二個戦隊制の小規模艦隊であり、合計八個戦隊の戦力である。

 攻略艦隊は、二個降下師団を輸送する輸送艦艇と護衛艦艇からなる。

 総指揮は、ソロモン要塞戦線司令長官であるカワード中将が要塞惑星インビンから執り、支援艦隊は第一一艦隊司令長官のエセン中将が戦艦ウルバンから、攻略艦隊は降下指揮官バルトス少将が強襲降下艦アリゾナから執ることになっていた。

 カイトウの第二二七独立戦隊は、攻略艦隊の直衛部隊としてバルトス少将の指揮下となる。

 兵力的に、不足はない。

しかし、カワード中将はなぜ前線で指揮しないのかとカイトウは訝しむ。カイトウのかっての上司、シンガ要塞戦線司令長官ヤオ中将なら、自ら艦隊を率い前線で直接指揮をしたはずだ。

 ソロモン要塞戦線にとっては三年ぶりの侵攻作戦であるのだが、戦線司令部がこの作戦に積極的なのか消極的なのか良く分からない指揮体制にカイトウは危惧を抱いていた。

 アトラス星系等の威力偵察作戦が想定以上の成功を収めたために、戦線司令部はアトラス星系攻略を引くに引けなくなり、やむを得ず攻略作戦を実施しようとしているのではないのかとさえ皮肉に思える。

 

 アトラス星系攻略の作戦は、まず、支援艦隊が先行。敵艦隊を排除するとともに、星系外外縁部の要塞防御兵器を破壊する。次いで攻略艦隊と支援艦隊による艦砲射撃による衛星堡塁の破壊と惑星表面への攻撃。無人誘導兵器の投入。装甲歩兵の降下による占領。

 作戦内容そのものは、妥当なものであった。

 カイトウの第二二七独立戦隊に与えられた攻略艦隊護衛任務も独立戦隊本来の任務であり、カイトウには何の不満も異論もなかった。作戦時には攻略艦隊指揮官の指示に従うだけであり、何も悩むようなことはない、気楽なものだと、心の奥底で感じている不安をかき消そうとする。


「本作戦に対する各艦隊・降下師団からの質問、意見は、何かあるかな?」

 独立戦隊には聞いてくれないのかなと、姿勢も変えずにカイトウは皮肉に聞き流す。

 誰も、何も発言しないことに、カワード中将は満足気な微笑みを見せて参謀長に会議終了の合図をした。 

「では、アトラス星系攻略作戦会議を終了します。各艦隊において、何か意見・要望があればいつでも良いので司令部に提出をお願いします」

 メノウ参謀長は、ここで一度言葉を切った。そして、一呼吸を置いて念を押すように居並ぶ将官を見やる。

「最後に、特にご注意いただきたいことがあります。各艦隊司令長官等には、別途機密情報を提供する予定でありますので作戦遂行時には特に留意するようお願いします」

 会議の最後をメノウ参謀長はそう締め括り、カイトウは少しだけ目を上げていた。

 もったいぶってるな。

 熱意も熱気もなく、ただ伝達するだけの素っ気ない消化不良の作戦会議であった。


 二


 アトラス星系攻略作戦の提示を受けた第二二二七独立戦隊司令部においても、作戦検討の戦隊会議を行った。

 戦隊会議といっても、第二二七独立戦隊司令部には司令官のほか幕僚二名と副官一名がいるだけであり、このメンバーに次席指揮艦の旗艦サザランド艦長ボリバル大佐、三席指揮官の戦艦ハイランダー艦長セレク大佐に非戦闘艦隊の最先任艦長である工作艦ツシマのアカネ大佐が加わっても七名だけの少人数であり、いつものように司令官室のソファでフランクに行われていた。

「今回の作戦案への何か意見は?」

「ありませんが、噂では内応情報があるそうですが?」

 セレク大佐の声に、カイトウが訝し気に目を細めるる。

「聞いているのか?」

「我が戦隊の活躍により、同盟下の各星系も動揺しているという噂です」

 大柄なセレク大佐は声もまた大きく、小柄で無口なボリバル大佐と良い対比をしている。その戦い方も、セレク大佐は積極的でありボリバル大佐は着実であった。

「情報は漏れているのだな・・・」

 カイトウのつぶやきへの皆の反応からも、メノウ参謀長のいう機密情報が、もう機密ではなくなっているようであった。

 司令官限りの機密情報として、アルファⅡ、アトラス両星系からのティロニア連邦への帰順の意思表示が行われており、作戦中に敵勢力からの接触があった際には戦線司令部と連携の上、適切に対応するようにとの指示がなされていた。

「我が戦隊としては、支援艦隊が敵艦隊を排除してくれれば問題はないのですが」

「私掠船隊もすでに壊滅状態だろうし、敵の内応があろうがなかろうが攻略は難しいものではないと判断しますが・・・」

 砲術参謀バヤン中佐の言葉に、ボリバル大佐は口を濁す。

「前回の偵察結果では、敵艦隊の戦力も脅威ではなく、宙雷原の設置も少ないなど防御体制は脆弱でしたが、今も変わりないと考えるのは楽観すぎると思われます」

「そうだな・・・」

 カイトウは、弱く答える。

「もちろん、敵も必要な対策は行っていることでしょう」

「こちらの意図は、もう見透かされているだろうからな」

 辺境とはいえ、そうた易くソロモンの壁をバルカ同盟が放棄するとは考えられない。

 その懸念は、この場にいる全員が共有している。

「より慎重な対応を、戦線司令部に求めてはいかがですか?」

「聞いてくれるかな?」

 アカネ大佐の真っ当な意見に、セレク大佐は皮肉に答える。

「我が戦隊からの意見進達は、逆効果かもしれない」

 ボリバル大佐の静かな言葉に、無表情のままカイトウは頷いた。

 なぜ、私からの進言は逆効果であるのかと思いはしたが、問い返しはしなかった。

「逆張りで、もっと過激な案を出すのはどうか。アルファⅡ星系も同時占領を行うべきではないかとでも」

「それもまた危険だ。あの戦線司令部では、その話にのってきかねない」

 セレク大佐の言葉を、ボリバル大佐が静かに制する。 

 それもありそうだという顔でセレク大佐は黙り込み、カイトウは微笑む。 

「元シンガ要塞戦線先任作戦参謀として、今回の作戦はどう思われますか?」

「そういえば、私は攻勢作戦を立案したことはなかった。いつも、防衛作戦だけだったな」

 バヤン砲術参謀の言葉に、今更のようにカイトウは言う。

「インディラ要塞攻略作戦は?」

「あれは私が攻勢策を提案したわけではなく、仕方なく要塞攻略戦術を考案しただけだから」

「防衛策がご専門ですか」

「どちらかというと・・・」

 カイトウには、二つの異名があった。

 シンガ要塞戦線インディラ要塞の攻略とアレウト要塞戦線ガンベル要塞の破壊の実績から「壁の破壊者」と呼ばれ、また、バルカ同盟領侵攻作戦失敗後の不利な状況においては、バルカ同盟軍のインディラ要塞奪回作戦をことごとく阻止した「壁の守護者」とも呼ばれていた。

 ソロモン要塞戦線において、カイトウ司令官はどう呼ばれることになるのだろう。

 戦隊司令官着任後まだ数か月であったが、カイトウ司令官はこの戦線において、また新たなる伝説を生みだそうとしているのではないかとレイナは信じるように思っていた。

「まあ、司令官もおられるので、要塞惑星の攻略に心配は無かろう」

 セレク大佐の強い言葉に小さな笑い声が起こり、少し会議の場が和んだ。

「とにかく、戦隊の戦技をより磨く訓練と艦隊整備を十分に行っておこう。無駄にはならない」

 カイトウの言葉に、全員が頷く。

「そして、軍需部に何を言われようと各種兵器資材と燃料は一一〇%以上の搭載を図る。必要があるなら私が要請しよう」

「攻略艦隊は輸送も主要任務ですので、我が戦隊が一部肩代わりするという名目で搭載量を増やしましょう」

「名案だな」

「特に、ミサイルにエネルギー弾。宙雷に装甲魚雷が欲しいな」

「贅沢な」

 副官レイナの言葉に砲術参謀のバヤン中佐が頷き、すかさず食いついたカイトウに、セレク大佐があきれた声をあげる。

 司令官室には明るい笑い声が満ちたが、カイトウは苦い思いで仕方なさそうな笑顔を作る。

 つい半年前までは四個艦隊を駆使し、ティロニア連邦最重要戦線であるシンガ要塞戦線の防衛作戦を任されていたのであるが、今は一個戦隊の補給に心を砕いている。

 そのことを想い、少しやさぐれたカイトウは、例え宇宙最果ての辺境宙域の壁の一部に小さな風穴が開いたとしても誰も気にはしないだろうにと、自嘲気味に思っていた。


 三

 

「今度のアトラス星系攻略作戦だが、君はどう思う?」

「別に、意見はありませんが」

 司令官席で頬杖を突くカイトウは、リクエストに応えて目の前に差し出されたアイスミルクティーを見ながら従兵長に声をかけた。

 いつもより暗い色に見えるミルクティは、今の気分にあい少しは苦そうだった。

「サルガッソ・マフィアは、どう思っているだろう?」

 グレイは、少し困った顔をしてみせる。

「サルガッソ・マフィアと呼ばれる集団は確かに存在しています。しかし、司令官にお分かりいただいておきたいことは、私が知る限りにおいて、それは組織だったものではなく、取り仕切るボスもいません。幾つかの個人や組織が、それぞれの利益だけを求めて繋がり絡み合った複雑なものの集合体がそう呼ばれているにすぎません」

「彼らの多くは、現状の変化は望まないでしょう。アトラス星系がティロニア連邦の勢力下に落ち、ソロモンでの連邦の勢力が拡大すること。あるいは、連邦と同盟が和睦し、この戦線に平和が訪れることなど、彼らの多くには利益にはならないことでしょうから」

 カイトウは、顔も上げずにその言葉を聞いていた。

「バルカ同盟支配下の一部の星系では、連邦への内応の動きがあることを聞いているかい?」

「耳にはしています」

「信じられるかな?」

「ある程度は・・・」

「我らの作戦が成功すれば、彼らは約束通りバルカ同盟を裏切ることでしょう。そして、われらが不利となれば、彼らの内応は罠となるでしょう」

「どちらにしても損をしないように立ち回るということか」

「それが、虚ろな壁の狭間の星系の生き残る術です」

 カイトウは、手の中のカップを弄ぶ。

「誰も責められないか」

「そうです」

 一口飲み苦い顔をするカイトウに、グレイは悪戯気な笑みを見せる。

「少しシロップが足りませんでしたか?」

「いや、丁度良い」

 今の気分には。

 いろいろと苦いことはあるのだと、カイトウは思う。

 

 アトラス星系攻略艦隊の出撃は、勇壮なものであった。

 壮行会から出陣の様子までメディアに公開され、軍港に集まったインビンの市民の歓声を浴びながら艦隊は要塞惑星から飛び立つ。

 それはティロニア連邦軍の圧倒的戦力を、バルカ同盟軍とソロモン要塞戦線の諸星系に見せつけるためのショーであった。

 そしてまた、暗に知られざる密約の履行を強く迫るために公開されたものでもあった。

「壁の破壊者が再びソロモンの壁を打ち砕くために飛び立つ」

 大きなテロップと共に流されたニュース映像の中に大きく映し出された自分の姿があることに驚き、カイトウは旗艦サザランドの司令官席で紅茶の入ったカップを取り落としそうになっていた。

 バヤン中佐の哄笑に冷たい一瞥を投げると、気まずそうに砲術参謀は他所を向いた。


 四


「なにか、あまり嬉しくもありませんな」

 再び、司令艦橋正面の大スクリーンに映し出されたアトラス星系を眺めながら、そう呟くキナイ航海参謀の言葉にカイトウも同意して頷いていた。

 敵の要塞惑星を、何度も眺めて楽しむ理由はないのだ。

 攻略艦隊の直衛部隊である第二二七独立戦隊は、アトラス星系外縁部の小規模衛星の防御施設を破壊に向かう支援艦隊とは別行動をとり、攻略部隊の輸送艦と共に後続していた。

 これまで敵の触接はなく、航行の支障となる宙雷原も前回の偵察時と変わらず設けられてはいない。

 そして再び、アトラス星系をその視界に収めている。


「敵艦接近」

 容易く敵要塞惑星に接近していた攻略艦隊であったが、監視オペレーターの声に司令艦橋の静寂は破られ騒めいた。

「艦種判別。戦闘配置。艦隊戦用意」

「オペレーター、艦種判別報告せよ。全艦、戦闘配置。艦隊戦用意」

 カイトウの指示に、艦橋内の喧騒を切るように副官レイナの鋭い声が飛ぶ。

「一隻。民間船です。連絡回路の開設を求めています」

「武装は?」

「確認できておりません。外形は民間輸送船です」

「アリゾナのバルトス少将に連絡。お客が来たと、な」

 司令官席の傍らに、レイナが近づく。

「玄関を通しますか?」

「外で待ってもらおう」

 招待した記憶はない。

「停船命令。接近を許すな。近寄れば砲撃すると警告せよ」

「砲術参謀。敵船をいつでも砲撃できるように」

「承知しました」

  少し緊張した声色のカイトウの指示に、バヤン中佐も硬く答える。


「准将のご意見は?」

「真似からざる客です」

 モニターの向こうの白髪の老指揮官に、カイトウはそう答える。

「要件を先に聞かないと、うかつに接近してもらうのは危険です」

「承知した。カワード中将からの特命もあるので、私の方で話をしてみよう」

「承知しました。連絡回路を転送します」

 副官を振り向くとレイナが頷いた。

 その眉に、少しの不安が見て取れる。


「接近船は停止したか?」

「いえ、減速はしましたが接近を続けています」

「警告射撃」

 カイトウの指示に、バヤン中佐は驚いた。

「バルトス少将と連絡中ではないのですか?」

「回路は開いている。通信はできるはずで、さらなる接近の必要はない」

「発砲しますか?」

「当てても構わん」

「しかし、それでは・・・」

 民間船の停止を確認するまでもなく、監視オペレーターの声に司令艦橋の逡巡は吹き飛んだ。

「両翼の哨戒艦ピケットから報告!。接近船アリ」

「高速接近中ッ」

「停船命令無視です」

「民間船増速。こちらに向かってきます」

「砲撃開始。接近する敵船を撃破せよ」

 カイトウは、強く命令を発した。

「攻略艦隊全艦に警告」

「艦隊陣形収束。防御隊形」

 次の瞬間、スクリーンの中で敵船が巨大な炎となり消し飛んだ。その輝きに、司令艦橋は眩しい輝きに包まれた。自爆船は、宇宙空間に幾つもの炎の足を延ばし視界を塞いでいく。 

 と、同時に四周でも同じように幾つもの自爆船の輝きが瞬く。探査妨害が始まり、モニターが警告の赤色に染まる。

「繰り返せ。戦艦隊陣形縮小。防御態勢」

「各センサー探知範囲縮小」

哨戒艦ピケットは?」

「健在です」

「哨戒継続。探査ポッド射出。艦隊周辺の警戒態勢を再編せよ」

「インビンの戦線司令部と支援艦隊への通信は?」

「妨害により途絶です」

 混乱が続き、司令艦橋も騒めく。レイナも頬を赤らめて、その額には汗も見える。

 カイトウは、目を細める。

「静粛に」

 低いが強い声を出す。

「各艦損害報告」

「特になし」

「バルドス少将から連絡です。第二二七独立戦隊はアトラス星系侵攻を一時中断。攻略艦隊を近接護衛せよとのことです」

「了解」

 レイナの言葉に、カイトウは手を挙げて答えた。

「通信ポッドを派出し、インビンと支援艦隊との通信確保を急げ」

「艦隊軸攻略艦隊と同調。天球方向に展開」

 矢継ぎ早に指示は出したものの、

「さて、どうしたものかな」

と、カイトウは、頬杖をついた。


 攻略艦隊司令官のバルドス少将からは近接護衛の指示がだされ、第二二七独立戦隊は今、攻略艦隊の直衛体制にある。

 そして攻略艦隊はアトラス星系への侵攻を中止し、宇宙空間に停止状態である。

 数隻の自爆船の突入を受けた攻略艦隊であったが、接近前に撃破したために損害はなかった。哨戒艦ピケットと探査ポッドの展開により周辺宙域の警戒態勢は確立されてはいたが、バルカ同盟軍のものとみられる妨害衛星の活動により支援艦隊と要塞惑星インビンの要塞戦線司令部の通信が途絶し、攻略艦隊は敵中に孤立していた。

 明らかな敵勢力の活動による孤立であったが、バルドス少将としては戦線司令部からの指示もなく、撤退も攻略続行もできずの止むを得ない現宙域での待機であった。


「今のところ、戦況は敵の思惑通りに進んでいると思われます」

 カイトウは、モニターの向こうの攻略艦隊司令部に語りかける。

「未だインビンとの連絡が回復しないのは、敵艦隊の活動によるものです。数系統のリレー通信衛星を設置していますので、うまくいけば通信は回復できると思います。ただし、敵艦隊の妨害も予想されます。支援艦隊については、中継の通信衛星が破壊されたようなので無人偵察隊を支援艦隊の想定宙域に派遣しています。到着までには、今少しの時間がかかります」

「支援艦隊は、なぜ何も連絡してこない?」

「敵により、通信妨害が実施されているのでしょう」

「敵艦隊との交戦中ではないのか?」

「その可能性は大きいです。未だ我らに敵艦隊が攻撃してこないところを見ると、敵艦隊は、先ずは支援艦隊を攻撃しているものと思われます」

「その結果は?」

「戦力的優劣は不明ですが、敵の望むときに敵の望む宙域で戦闘となったでしょうから、不本意な戦いを強いられている可能性があります」

「苦戦か・・・」

「勝ってくれればいいのですが」

 カイトウは、心底そう思っていた。

 もし敗北でもしようものなら、敵宙域で孤立している攻略艦隊の命運は風前の灯火となる。

「われらにも敵艦艇の触接が認められ、戦力と位置は把握されているものと思われます」

「それで、どうすればよいか?」

「速やかな後退が望ましいでしょう。安全な宙域まで移動し、戦線司令部と支援艦隊との通信が回復するまで待機すべきでしょう」

「要は、撤退するということか」

「まあ、そうとも言いますが、この時点で撤退するというと抗命にもなりかねませんので」

 抗命という言葉に、攻略艦隊司令部は明らかな動揺を見せる。

「司令部も、連絡回線の復旧に努力しているのだろうか?」

「当然してくれているでしょうが、なにせ距離が遠いので・・・」

「そうだな・・・」 

 抗命による軍法会議か、敵艦に包囲されての降伏による捕虜かの選択は楽しいものではない。

 降下戦専門のバルデス少将の厳つい歴戦の顔には迷いが見える。

「今少し現宙域にて待機しよう」

「承知しました」

 カイトウは、バルデス少将の決定への失望を窺われぬよう慎重に答えた。

 

 五

 

 第一一艦隊司令長官エセン中将が率いる支援艦隊は、攻略艦隊と同様に不審民間船の接近を受けていた。

 エセン中将が油断していたわけではない。

 彼もカイトウと同様、不審船を艦隊に近づけはしなかった。

 そして、不審船の自爆行為による混乱とバルカ同盟軍による通信と探査の妨害活動。

 攻略艦隊と違っていたのは、四周を敵約三個艦隊に包囲されていたことだった。

 支援艦隊が一時的に失われた探知機能が回復した時には敵の砲撃が降り注ぎ、致命的な距離でのミサイルと装甲魚雷の攻撃を受けていた。

 艦列を並べ陣形を整える間もなく、支援艦隊の艦列は集中砲火を浴びて崩れ落ちる。

 指揮も統制も無く、各艦は逃げ惑う。

 混乱の中で、支援艦隊は潰走したのだ。


 支援艦隊との連絡に派出した無人艦艇によって、艦隊の敗退が確認できた。

 支援艦隊が存在すべき宙域には漂う友軍艦艇の残骸のみで、わずかに数隻の敵艦艇が活動しているだけであった。

「艦隊戦があったようですな」

 転送されてきた悲惨な状況に息を吞む司令部員の中で、航海参謀がポツリと呟く。

「支援艦隊は撤退したようだ」

 カイトウは、静かに答えた。

「我らに何の連絡もなくですか?」

「そんな余裕はなかったのだろう」

 憤る砲術参謀を、カイトウは宥めるように言葉を続けた。

「敵中に見捨てられましたか・・・」

「・・・そのようだな」

 カイトウは皮肉に笑った。

「如何なさいますか?」

 そう砲術参謀に問いかけられ、カイトウは口を噤む。

 どうすべきかは明白だ。しかし、今はその権限はカイトウにはなかった。

「バルドス少将からの報告です。戦線司令部との通信回線が回復したそうです」

 副官の報告を聞き、あの強面の陸戦指揮官を説得する必要がなくなったことにカイトウは安堵の息をついた。

 

 通信は、不安定ではあったがリアルタイム会議を行える程度には回復していた。

 第二二七独立戦隊旗艦サザランド司令艦橋の大型スクリーンには、戦線司令部と攻略艦隊司令部が映し出されている。

 戦線司令部ではメノウ参謀長が見慣れぬ副官を背後に従え、緊張した表情でこちらを見据えている。 

 その、誰もが暗く重い表情だ。

 戦線司令部から得られた情報はなく、攻略艦隊以上に情報を得ていなかった。

「参謀長。我らは敵中に孤立しています。速やかな撤退の命令をお願いします」

 バルドス少将は、攻略艦隊の現状と支援艦隊撤退について報告の後、そう進言していた。

 カイトウも、頷きを見せ同意を示す。

「攻略艦隊の意向は承知しました」

「戦線司令部においても、現在支援艦隊の状況を把握中です。また、増援艦隊を編成中であり、追って進発させる予定です」

「支援艦隊には早急に攻略艦隊との合同を命じる予定ですので、今暫く攻略艦隊には現宙域で待機をお願いします」

「支援艦隊は、艦隊戦を実施後撤退したものと思われますが」

 たまらず、カイトウは口を挟んだ。

「未だその報告を受けてはいない。一時的に後退し戦力の再編を図っているのではないのか。それとも貴官は三個艦隊が殲滅されたとでももいうのか?」

「しかし、未だ連絡がつかないというのは、かなりの苦戦が予想されます」

 三個艦隊の戦力を有していた支援艦隊は何処に行ったのか。戦闘後の敵艦隊は何処に行ったのか?

 敵艦隊の戦力はかなり有力な数個艦隊であろう。いくらかでも敵艦隊の戦力を削ぐことができたのであろうか・・・。

 カイトウは、口ごもる。

「支援艦隊なく敵勢力下に放置するとは、我らを見捨てるつもりかッ」

 バルドス少将の背後から声が飛ぶ。

「貴官では話にならぬ。カワード長官はどうした。長官と話をする」

 バルドス少将の怒気を抑えた低い声にも、メノウ参謀長は能面のように表情を変えない。

「長官は現在、他の任務中です」

 逃げたな。

 カイトウの背後で、誰かが低く呟いた。

「速やかな撤退命令を求める。手遅れになった場合、貴官はどう責任を取るのかッ」

 バルドス少将の恫喝にも聞こえる声に、カイトウはありがたくも思いながら自分の役割を考える。

 この状況下で言い争っても意味がない。落としどころを。

「とにかく、現在の状況では現宙域で待機する意味はありません。少し後退し我が攻略艦隊も再編成をする必要があると思います」

 能面のままのメノウ参謀長は、カイトウの発言を無視した。

 無視されるのにも慣れてはいるが、背後からの司令部員の怒気を背に感じ、カイトウは片方の目を細める。

「攻略艦隊の意見は承知した。司令部内で検討するので少し時間を頂きたい」

 そう、参謀長は口にして早々に戦線司令部との通信回線は切れた。


「お疲れさまでした」

 カイトウの労いの言葉に、バルデス少将は謹厳な表情のまま口元を緩める。

「あれぐらい言ってやらんと分からんのだろう」

「で、どうする?」

「撤退準備をいたしましょう」

「了解した。早急な連絡なくば速やかに撤退、いや後退をすることとしよう」

「了解しました」

 カイトウは、満足気に敬礼を返した。

 しかし、撤退準備の時間はなかった。哨戒艦ピケットからの敵有力艦隊の接近が告げられたのだ。

 攻略艦隊の退路を塞ぐように、敵艦隊がこの宙域に現れていた。



「我が戦隊が時間を稼ぎます。攻略艦隊には、その間に退避してください。我が戦隊の非戦闘艦と戦闘機隊を直衛に残しますので、指揮をよろしくお願いします」

 カイトウの静かな説明に、モニターの向こうの攻略艦隊司令部は声もなかった。

「我らが後退する間の盾となり、時間を稼ぐというのか」

 カイトウは、にこやかな笑みを返す。

「そのための護衛戦隊ですから」

「大丈夫か?」

「なんとかなるでしょう」

 バルドス少将の当然の疑念に、カイトウは軽く答えた。

「身軽な艦ばかりの方が対処のしようがあると思います。速やかな退避をお願いします」

「了解した。インビンで待つ」

 バルデス少将に見つめられ、敬礼を受けたカイトウは、黙って敬礼を返した。


「副官。工作艦ツシマのアカネ大佐を呼び出してくれ」

 カイトウはレイナを振り返る。その緊張した顔に、笑顔を返した。

 モニターの向こうの非戦闘艦最先任艦長であるアカネ大佐も緊張に顔を引き締めている。技術者である彼は、カイトウの非戦闘艦への戦闘訓練実施に反対であったらしいが、今はその訓練結果が求められている。

「貴官に非戦闘艦と戦闘機隊を預ける。よろしく攻略艦隊を護衛し共に無事にインビンに帰還するように」

「承知しました。このために、戦闘訓練をしていますから。全力で対応します」

 今まで戦闘指揮は行ったことはないであろう。負担は大きいことは分かっていた。

「頼みます」

 カイトウは、硬い敬礼を返した。


「宙雷原設置。敵艦隊との間に壁を作る」

「通信・探査妨害ポッド展開待機」

「艦列は紡錘隊形。全艦戦闘準備。全砲火即応体制」

 カイトウは、次々と指示を出し、司令部員は慌ただしく立ち回る。その動きを目で追いながら、カイトウは笑顔で機嫌よさそうに声を出す。

「さて、少しダンスを踊るぞ」

「全艦に緊張命令を出しますか?」

 副官の言葉に、カイトウは小さな声を出して笑う。

 レイナは分かっていた。カイトウは本当に怒っているときはなぜか上機嫌で饒舌になることを。

「敵艦隊兵力は?」

「約二個艦隊です」

 五倍程度の戦力差か・・・。

 カイトウはこの厳しい現実に少し飽きれながらも、にやりと笑っていた。

 この戦力差にも関わらず、司令艦橋は落ち着いていた。モニタでのぞき込む各艦の艦橋の様子もいつもと変わらない。

 各艦、各員が必要なことをしてもらえれば十分以上戦えるだろう。

 カイトウは、この危機に不安よりも高揚感を感じている自分が不思議で一人ほくそ笑む。

 カイトウは、何の動揺もうかがわせず、司令官席でいつも通りの姿勢でモニター情報を眺めている。

 その背を見る誰もが安心感を抱いていた。レイナは、旗艦の司令艦橋の様子を各艦に開放していた。

 自分の信頼が、今の各艦の将兵に共有されるために。


「司令官に話をさせて」

「無理を言わないで」

 司令艦橋にいきなり現れたジュリナに詰め寄られ、レイナは困惑していた。

 初めての戦闘機隊搭乗出撃。 

 その命令に最初は喜んだジュリナ達戦闘機操縦者パイロットであったが、その任務を知ると皆が出撃を拒みレイナを煩わせていた。

「戦闘機隊は、戦隊と共に戦います」

「馬鹿を言わないで」

「戦闘機隊だけ戦隊を置いて逃げることはできません」

「遠隔操縦でも戦闘はできます」

「命令よ」

「考え直してもらいます」

 司令艦橋の後方でのいざこざの煩さに業を煮やしたカイトウは、振り向いて静かに口を開いた。

「ロウ中尉。戦闘機隊は搭乗出撃すること。戦闘機隊を率い攻略艦隊の周辺を哨戒し敵艦隊の触接を断ち、無事に攻略艦隊を護衛し味方宙域に届けるべし。以後はアカネ大佐の指示を受けて行動すること。以上は命令だ。反する場合には飛行資格を取り消し拘束する」

 そして、にべもなく前を向く。

「副官。宙雷の残数は?」

「僅かです」

「宙雷原の中にも妨害装置を組み込ませて、連携リンクさせるように」

「対応済みです」

 視界の隅で、頭を垂れたジュリナが従兵長に促され、こちらに短い敬礼を投げて走り去ったのを見る。

 レイナと目を見合わせて、少し微笑む。

「宙雷をたくさん用意しておいてよかったな」

「自律型の宙雷はこれで全部です。後は機械式が少数残るだけです」

「いくらあっても足りないな」

「多数の敵と渡り合うのですから」

「まあ、宙雷の数ならこちらが優勢だな」

 カイトウは不敵に笑った。


 七


 攻略艦隊を避退させた第二二七独立戦隊は、敵艦隊の間に宙雷原の壁を作りその背後に蹲った。

「さて、宙雷原の掃宙を、ゆっくりやってくれれば攻略艦隊退避の時間が稼げるんだが・・・」

 カイトウは司令官席で、目の前のメインスクリーンに投影された宙雷原を通した敵艦隊の艦影を見ながら呟いた。

「敵艦隊行動開始」

 オペレーターの報告に、司令艦橋には緊張が走る。

「敵艦隊左右に二分派。宙雷原迂回行動。戦隊背後に向かってきます」

 まあ、そうなるわね。

 カイトウは司令官席で腕を組む。

 左右に分かれた敵艦隊は、宙雷原端の宙雷を破壊しながら宙雷原を迂回しようとする。

「副官。宙雷原展開」

 カイトウの指示により、宙雷原は左右に膨張するように展開する。

「宙雷を敵艦隊指向。探査妨害装置作動」

 宙雷原両端を躱そうとしている敵艦隊に宙雷が追い縋り爆発している。

 敵艦隊からの迎撃の砲火と宙雷の爆発により宇宙空間が埋められていく。

 一瞬にして、宇宙空間は爆発光に染まった。

 そして、宙雷原中央部があった宙域には、今大きな空間が広がりつつある。

 この瞬間を待っていたカイトウは、大きな声をあげた。

「航海参謀。紡錘隊形。全艦全速前進。前方の宙雷原突破ッ」

「全艦全速前進。宙雷原突破ァ!」

 今まで聞いたことのない航海参謀の大きな指示が続く。

 戦隊は、宙雷原があった宙域の中央部を進み、敵艦隊の背後に回った。

 妨害衛星の活動により、戦隊の行動を敵艦隊は把握できていないであろう。

 カイトウは一弾も放たず、労せずにして敵艦隊を分断しその背後を取ることに成功していた。

「どちらに向かいますか?」

 再び、大きな声で航海参謀が問いかける。

「右舷の敵から叩く」

 瞬時にカイトウは右舷に分派した敵艦が左舷艦隊より少ないと見て取っていた。

「承知しました。全艦順次転舵右一一〇度。紡錘陣形及び全速維持」

 老艦の旗艦サザランドも、機関を振り絞って全速を出している。

「敵艦隊が回頭を試みております」

 右舷の敵は、宙雷原を躱し背後から左舷の艦隊と共に我が戦隊を挟撃するつもりであったものが、今は突然その背後を我が戦隊に取られてしまっているのだ。慌てて回頭しようと見せたその横腹に、戦隊は艦列を並べ突きかかる。

「砲撃開始」

「全艦ッ、全砲門を開け!」

 カイトウの指示に、砲術参謀の怒声にも聞こえる指示が重なる。

 二分したとはいえ、右舷艦隊だけで我が戦隊の二倍以上の兵力だ。

 目標には困らない。

 連なった主砲ビームの奔流の中にミサイルとエネルギー弾が飛び込んでいく。

「航海参謀。陣形維持。砲術参謀。接近戦闘。各艦自由射撃とする」

「自由射撃ですか?」

「そうだ。敵艦全てを破壊するのだ。装甲魚雷を至近の敵艦に叩き込ませろ」

 カイトウは、今まで見せたことのない無慈悲にも見える怜悧な笑みを見せた。

 バヤン中佐はカイトウの笑顔の裏のすさまじい気迫に慄く。

「各艦自由射撃。各艦各砲至近の敵艦を確実に破壊せよ」

 カイトウは統制射撃による確実な敵艦撃破よりも自由射撃による、より多くの破壊による敵艦隊の混乱を望むのだ。

「砲術参謀。日頃の訓練の成果を見せるのだ」

「了解しました」

 大量の汗を見せて、バヤン中佐は砲撃統制コンソールに取り付いている。

 その傍らでは、堅く腕を組んだ航海参謀のキナイ中佐が戦隊の陣形と各艦の機関情報を注視している。


「セレク大佐を」

 カイトウは戦況を注視しながら、戦艦ハイランダー艦長のセレク大佐を司令官席のモニターに呼び出していた。

 我が戦隊の突撃に敵艦隊は陣形と艦隊運動を崩されたものの態勢を立て直し、損害艦を放置し数の多さを生かして小兵力の我が戦隊を包囲しようとしている。

「セレク大佐。高速艦を率い突出してもらいたい」

「突出ですか」

「敵艦列に殴り込み、かき回し、混乱させ突破せよ」

 訝し気なセレクに、カイトウはそう力強く意図を説明した。

「サザランドも後続するが、敵艦列を突破した後は残存艦を取りまとめ味方宙域に帰還するように」

「いや、それでは、我らだけが・・・」

「気にするな。後続艦突破の成否は貴艦らの奮戦にかかっている。突進により敵を蹴散らしてくれ。我らも後に続く。ただ、待つ必要はない」

 カイトウの強い命令に、セレクは言外の意図を理解した。

 司令官は、少しでも多くの艦がこの宙域から離脱し帰還することを望んでいるのだ。

 例え、旗艦が沈むようなことがあっても・・・。

「了解しました。」

 力強く、セレク大佐は敬礼をカイトウに返した。


 カイトウの指示を受けたエセンは、乗艦ハイランダーの戦闘艦橋で一人決意し、ほくそ笑む。

「突撃するぞ。周りは敵だらけだ。各砲塔。手近な敵を叩き潰せ。戦隊突破の血路を我らが開くのだッ」

 主砲、ミサイルに装甲魚雷、対空機関砲まで盛大に撃ちあげながら、セレク大佐が率いる戦艦ハイランダーを先頭に高速戦艦隊は敵艦列に殴りこむ。

 

「左舷に分派した敵艦隊は?」

「把握できていません」

「探知に努め、速やかに報告を」

 カイトウは苛立ったが、仕方ないことであった。妨害装置は光学欺瞞や探査、通信妨害を行うが、敵の目と耳のみならず味方の目と耳をも塞ぐのだ。

 サザランドのカイトウが今把握できているのは、目視距離にある味方艦と多くの敵艦だけである。

 敵艦列に突っ込んだセレクの高速艦隊との通信さえ失われている。


 カイトウは、サザランド艦長のボリバル大佐を呼び出した。

「ボリバル大佐、殿軍をサザランドが務める。落後艦及び救命艇の収容に努めてもらいたい」

「了解しました」

「いつも苦労を掛ける」

 老朽艦であるサザランドは機関に不調を抱えており、艦長を悩ませていた。後輩のセレクが新鋭艦のハイランダーで活躍していることに一言も不平も漏らさずいつも寡黙にこの老女レディの相手をしているボリバルにカイトウは労りの言葉をかけた。

「いえ、今日は機関の調子も問題なさそうですし」

「それは、有り難い」

 カイトウは、微笑む。

「全艦敵艦列に突撃させる。砲撃目標は頼む」

「了解しました」


「全艦突撃!」

 後続艦も敵艦列に突撃する。全砲火が放たれる。

 旗艦サザランドも、全主砲の砲身を振り回しビームやエネルギー弾、ミサイルを放ちながら最後尾で踊りこむ。

 煌めく光芒のレーザーが装甲に弾かれるが、エネルギー弾やミサイルが装甲に食い込む衝撃を司令艦橋でも感じられる。

「優勢です」

 砲術参謀の嬉し気な声を聞くまでもなく、敵艦列はエセンに率いられた高速艦船群に切り裂かれた後に、戦隊主力の突撃により艦隊運動は乱れ、指揮は混乱し敵艦は潰走に近い状態で砲撃から逃げ惑い、その反撃も不揃いで効果は少なかった。

 想定したよりも、戦隊の被害は少ない。

 カイトウは僅かに希望を抱いたが、次の報告は厳しい現実を呼び戻すものであった。


 八


「右舷に新たな敵ッ」

 その声に、誰もが青ざめ緊張した。

「高速接近中。敵艦多数。約一個艦隊規模。至近です」

 宙雷原の左舷に分派した敵艦隊か。

 攻略艦隊を追撃はせず、戦隊の攻撃に向かってきたのだ。

「敵は罠にかかったな」

 カイトウは、皆に聞こえるように、わざと大きな声を出す。

「敵艦隊の足止めに成功した。これで、攻略艦隊は無事帰還できるだろう。護衛の任務はこれで完遂だ」

 明るい声でそう言って、

「さて、後はこの敵をどう料理するかだな」

と笑って見せる。

 司令部員を鼓舞する。自分と共に。

「全乗組員緊張。確実に任務遂行」

「全乗組員緊張。各員確実に任務を遂行せよ」

 カイトウの声に、深くなずいたレイナが指示を全艦に伝える。

 これからが本番だ。

 既に戦隊は一会戦以上の戦闘を行っている。兵は疲れ、弾薬は尽き、機関は損耗し装甲は限界を迎え撃ち砕かれようとしている。

 厳しい指示と分かっていたが、ここが踏ん張りどころだ。

 本領発揮の時。

 そうカイトウは、そう自分を奮い立たせる。

「右砲雷戦。砲術長。統制砲撃。目標右舷艦隊先頭艦」

「航海長。重装甲艦を右舷に並べよ。全艦全速維持。進路は敵艦に接近して進め。敵艦を盾に突破を図る」

「副官。電子妨害戦継続」

 カイトウは矢継ぎ早に指令を発した。

 第二二七独立戦隊各艦は敵艦列を突き抜けていくが、敵艦も追い縋り未だ包囲の中にある。その状態において、取って返した新たな敵艦隊の突撃を艦列の腹背に受けていた。

「敵艦隊砲撃開始」

「撃ち返せ。全砲撃右舷の新たなる艦隊の戦闘艦。左舷砲は余力があれば周囲の敵艦を砲撃せよ」

「戦力差が大ですな」

 航海参謀の呟きと同時に、戦隊の艦列は敵艦隊の砲撃を受ける。ビーム兵器は装甲で受け止めて耐えるが、ミサイルとエネルギー弾の被弾により装甲を剝がされた艦は、艦体への直撃に炎に包まれて崩れ落ちる。

「巡洋艦バラード被弾。戦艦アラバマ同じく被弾。戦列から落後します」

 カイトウは唇を噛む。

 視界の中で、戦隊の艦が数隻炎に包まれただけではなく、救出艇により乗員が脱出する暇もなく爆発、轟沈したのを見たのだ。

 指揮を執る戦隊の初めての損失艦。おそらく、初めての部下の戦死者。

 奥歯を噛み締める。

 死者は誰を呪うか。敵か。戦隊を置き去りにした戦線司令部か。カイトウのまずい指揮を呪う者もいることだろう。

 慚愧の思いをカイトウは味わい、そして振り払う。

「戦列を埋めよ。速度を落とすな。敵艦包囲網を突破するのだ」

 新たなる敵艦隊の突撃を後方に受け流し、戦隊各艦は散りじりとなった敵艦の舷側を齧り取るように接近しながら、敵艦列の合間を駆け抜けていく。

 五倍の敵である。勝ち目はない。

 生き残る術は、撃破した敵艦を盾に駆け抜けて離脱するしかない。

 右舷の新たなる敵からの統制された砲撃だけではなく、四周の敵艦からも散発的な砲撃を受け戦隊の各艦は傷つき身もだえながら進んでいく。

 旗艦サザランドにも敵砲火が集中し、装甲は砕け艦体は打ち震えている。

 モニターの中では、サザランドのボリバル艦長が慌ただしく指示していく姿も映されている。機関は限界出力が維持されている。サザランドさえも今、弾薬は尽き、装甲は維持が難しくなっている。

「損傷で航行不能となった艦は即時放棄。乗員脱出後、自沈させよ」

「どうせなら、出来るだけ派手にな」

 カイトウの指示に、砲術長は小さな声を添えた。

「敵艦包囲網の突破はまだか。先行艦隊は、無事か?」

「まだ敵艦列に包囲されています。敵妨害により探査不能、通信途絶。周辺の敵情も不明です」

 せめて、彼らだけでも無事に離脱できればとカイトウは思う。

「副官ッ。宙雷と妨害ポッドは残っているか?」

「残数僅かです」

「もはや、ミサイルも装甲魚雷も撃ち尽くしました」

 その声にカイトウは振り返り、不敵に微笑む。

「全艦全速維持。各艦は、砲撃続行。敵艦に不自由はしないぞ」

 じりじりとした思いの中で、右舷からの敵艦隊に追い縋られ、周囲を取り囲む敵艦の中で喘ぎながら進む戦隊の艦は、やがて撃ち砕かれ崩れ落ちるように落後する艦が増えていった。

 無残な戦いだ。このまま我が戦隊は打ち崩されるのか。


 息を止める緊張の中で、突然オペレーターの、

「敵艦列突破」

の声を聞いた。

 司令艦橋には安堵の声とともに歓声が沸き、妨害電波により澱んでいたメインスクリーンには、灰色から漆黒の宇宙空間に変わった

「副官。全艦に指示。残った全宙雷と妨害ポッド放出」「全砲火艦尾方向に集中。追尾してくる敵艦隊を叩け」

「了解しました」

「全艦全速離脱。損傷艦と、救命艇の回収を急げ」

 しかし、つかの間の安息でしかなかった。


「前方からミサイル接近!」

 矢継ぎ早のカイトウの指示を、オペレータの叫びが遮った。

「しまったッ!」

 先回りされていたのか。

 防御装甲は艦尾に集中している。艦首方向にはミサイルを迎撃する対空火器さえも向けられてはいない。

 一瞬にしてカイトウの頭からは血の気が引いた。

 メインスクリーンに一瞬見えたミサイルの白い弾頭が、艦首をかすめて後方の敵艦隊に向けて突っ込んでいった。

「味方ですっ!」

「セレク大佐の先行艦です」

「やれやれ、驚かしやがって」

 砲術長が額の汗を拭き、カイトウも司令官席から浮きかけた尻を誰にも気取られぬように静かに下ろした。

 司令艦橋を躱すように翼端燈を点滅させながら横転ロールする戦闘機隊が、後方宙域に駆け抜けていった。

「ジュリナ・・・」

 副官の小さな声を聞いた。

「深追いをさせるな」

 カイトウの鋭い指示に、あわててレイナは戦闘機隊への通信を図る。

「お待ちしていました。司令官」

 モニターに投影されたセレク大佐に、まだ動揺が消えていないカイトウは頷きだけを返した。

「司令官の命令に反するとは、仕方のない奴らですな」

 額の汗をぬぐい息をつきながら、砲術参謀は呟いた。

「軍法会議にかけますか?」

「そうだな。まずは戦線司令部の奴らが先だけどな」

 砲術参謀の冗談に、不味い返答をしたとカイトウは鼻白み、気を取り直した。

「損傷艦と、救命艇の回収に努めるのだ」

「航海参謀艦列整理。陣形を整え、迎撃体制構築」

「砲術参謀。残弾報告と戦闘能力の把握を」

「副官。各艦の損害を確認」


 カイトウの危惧した敵艦隊の追撃の危惧は杞憂に終わった。

 セレク戦隊からの予期せぬ攻撃に増援艦隊と勘違いし臆したのか、あるいは追撃よりも味方の損傷艦救出を優先したのか、敵艦隊は追撃を行わなかった。

 カイトウにとっては有難く、戦隊は出来うる限りの艦艇と乗員の救出を行った後、帰路に就けたのだった。

 

「そうか、思ったより少なかったな」

 カイトウは一人艦尾回廊スターンウォークの細長い通路に設けられたソファに座り込み、そう力弱く答えていた。

 目の前の舷窓に、レイナから送られてきた損害報告データーを投影させていた。

 回廊に、レイナの声が響く。

 損失艦五隻。損傷艦一六隻。戦死・行方不明者一七五名。負傷者七八名。

 聞きたくもないのに機械的に読み上げるその声を無表情に聞き流しながら、多いなと口に出さず呟く。

「了解した。・・・少し休ませてもらうよ」

 カイトウはそうレイナに答えて、返事も聞かず通信を切った。

 ソファに横たわる。

 疲れていたが、脳髄の興奮はいまだに残り眠ることはできそうになかった。

 舷窓からは、傷ついた戦艦が見え、迎えに来た工作艦が損傷艦に横付けしている。そして、戦闘機隊が四周を警戒飛行ししていた。

 第二二七独立戦隊は、多くの犠牲をだしながらも攻略艦隊を護衛し味方戦線内に帰還を果たそうとしている。

 こうして、二回目となる第二二七独立戦隊のアトラス星系での戦いは終わったのだった。


 九


 要塞惑星インビンは、戦線司令部と幾つもの大規模な軍港が設けられたソロモン要塞戦線の最重要拠点である。

 連邦政府、自治政府関係の機関も多く所在するだけではなく、ソロモン戦線内の貿易の拠点でもあり、軍事だけではなく政治及び経済についても中心地でもあった。

 多くの軍人、民間人が居留し、各種商業施設の他、歓楽街も数多くあり、合法なものからその存在を語るをもはばかられる施設もあった。

 その中の一つ、風俗店が雑居したビルの地下の店を、トマス・へリックは訪れていた。

 もちろん、軍服は着用せず、顔も体型も加工し別人の風貌である。

「やぁ、トミーどうしたんだその格好は、似あってないぜ」

 薬と煙草の煙が立ち込め、薄暗く狭い室内には大音量の音楽の音楽が響いている。ひしめくように男と女が様々に踊り狂う中で、へリックの前に突然立ち塞がった大柄な男はそう言った。

「ルドルフか?」

「そうだ。ウォッカとテキーラのどちらが好みだ?」

「煙草の方がいいな。薬入りのな」

 合言葉の答えに、革のジャケットに短パンの男はへリックの顎をつかみ上を向かせた。

 へリックの瞳を覗き込むその漆黒のサングラスが一瞬七色に輝き生体認証は終わった。

男はニヤリと笑う。

「本物のようだな」

 うながされ、薄暗い片隅で胸毛の生えた胸に抱かれる。

 へリックは抗わない。彼も似たような服装でであり、周りも抱き合うゲイのカップルが多く、その方が目立たない。

「それで・・・」

 髭に包まれた唇が、へリックの耳に息を吹きこむ。

「条件は飲む」

「ナイス」

 へリックに、他の選択肢はなかった。

「そちらも、条件は守るのだな?」

「もちろんだ。家族の身は安全だ。そして、お前も今以上の処遇で迎えられる」

 その髭でへリックの耳たぶをくすぐりながら、男はウインクをして見せる。

「彼にも、危害は加えないんだな?」

「あぁ、大事な人質だ」

「そうか・・・」

「ただ、裏切るなよ。トミー。今回の件でサルガッソのお偉方はお冠だ。それも半端なくな」

 男は、へリックの尻を触りながら、耳をなめる。

「調子に乗って、奴はやり過ぎたのさ」

 なぜ、奴は嬉しそうなのだろう。

「お前もやらないか」

 自分が吸っていた薬入りの煙草をへリックに咥えさせる。

「心配するな。臆病者カワードに話しはついてる」

「彼には手を打っているのか?」

「心配ない。奴の部下も捕虜の交換対象だから、嫌とは言うまい」

 数回煙草を吸わせた男はへリックの口から煙草を奪い取り燻らせる。

「言わせないしな。何もかも、うまくいく」

 果たしてサングラスの向こうの目は笑っているのかとへリックは訝しむ。

「また、会おう」

 そう言って、ほくそ笑む男は片手で握手しながらもう一方の手でへリックの股間を撫でた。

 鈍い表情のまま、トマス・へリックは黙って男の背を見送る。苦い思いに浸りながら、ユダの役割を与えられた自分を運命を呪う。

 店の中で響き渡る大音量の音楽さえ、今の彼には聞こえてはいない。


           <第六章 サルガッソに続く>


更新遅れました。文章にせず脳内補完だけでストーリーを楽しんでいました。拙文のため読みにくいのですが、文字にすればより補完できるて楽しめるんですが、いろいろしてて遅れました。

さて、次章ではカイトウさんは大変な危機に遭います。痛い目に遭いますが、それもいいかもしれません。

艦隊戦はなく、陸上戦闘を行う予定です。次章でソロモン戦記第一部は完結となる予定で、ストーリーは脳内だけでできています。できるだけ早く文章にもして私も楽しみたいです。

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