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天空の要塞 ソロモン戦記  作者: テカムゼ
2/7

第二章 戦隊司令官

 ソロモン要塞戦線に左遷されてきた独立第二二七戦隊司令官ケイン・カイトウ准将は、自分が指揮することになったお荷物戦隊に何か違和感を抱きながらも最初の任務に出撃する。

 任務は辺境の戦線の更に辺境宙域への輸送船団護衛任務。

 そこは私掠船が跋扈する宙域であり、困難な航海となるものであった。

 第二章 戦隊司令官



第二二七独立戦隊司令官としてのカイトウの最初の仕事は、戦隊幹部の伺候を受けることであった。

 司令官公室に案内され、戦隊参謀以下の司令部要員二五名、各艦長三〇名が順次呼び込まれ、副官であるレイナ・カンノ中尉から紹介される。

「よろしくお願いします」

「よろしく」

 次々と紹介される部下に、人の名と顔を覚えるのが苦手なカイトウはろくに視線も合わせずあいまいな答礼を返す。

 自分の態度と動作に、自信と威厳が備わっているとは思えない。頼りない新司令官だと思われてるだろうなと思いながら、消えてはまた現れる部下に半ば辟易しながら答礼を返し続けていた。

「あと何人だろう?」

「もう少しです」

 背後のデスクにもたれかかり、うんざりした様子のカイトウの問いかけに、レイナは素知らぬ顔でそう答える。


 戦隊司令官の生活は、単調なものだ。

 〇九:〇〇。

 司令官私室から、隣接した司令官公室に移る。

ソファの置かれた広い公室奥の大きな司令官席に座り、机上のコンソールから連絡情報を確認する。

 やがて、司令官の在室を確認した副官が来室し、最新情報の説明とスケジュールの確認が行われる。

 同時に従兵長のグレイ軍曹が、朝のコーヒーを差し出す。

 一〇:〇〇。

 戦隊司令部打合わせ(ブリーフィング)。司令官公室のソファで参謀と副官の参加により毎日行われるが、会議が嫌いなカイトウは、いつもごく短時間で終わらせている。

 一二:〇〇。

 昼食は、公室のソファで簡単に済ませるが、週に一度は司令官公室付属の小会議室で会食。一〇人程度の部下と交替で行う。人の顔を覚えるのが苦手のカイトウのため、参加者はレイナが戦隊幹部を広く均等に選出していた。

 一四:〇〇。

 午後は、軍令部から指示された新司令官講習の受講。戦線内の情報概況分析、戦隊の戦術研究などで過ごし、時には戦隊各艦の訪問などを行う。

 一八:〇〇。

 勤務終了。

 カイトウは、要塞惑星ピンインにも高級士官用の宿舎を割り当てられていたが、呼び寄せる家族もなく、いつも旗艦の司令官私室か公室で過ごしていた。

 一人でいる時間は長く、新任司令官として為すべきことはいくらでもあった。


 独立戦隊にも戦隊司令部が設けられてはいるが、要員は少数であった。

 戦隊司令部の参謀は、砲術参謀のバヤン中佐、航海参謀のキナイ中佐の二名だけであり、艦隊司令部要員である作戦参謀、情報参謀、補給参謀等は配置されていなかった。

 バヤン中佐、キナイ中佐は共にカイトウより二〇歳も年上の老士官であり、参謀次席の副官は士官学校を出て間もない二〇代前半の中尉といういびつな戦隊司令部の陣容は、老兵と新兵で構成されたこの戦隊の特徴をそのまま表していた。

 ただ意外であったのは、従兵長のグレイ・カルバ軍曹であった。

 士官候補生や若年の従兵を束ねるカイトウと同年代のこの軍曹は、従兵長にはふさわしくない短髪の筋骨隆々とした男であった。

 照会した軍歴には従兵長として何の不自然さも窺えないものであったが、主計部門や従兵部門に偏ったその経歴は彼の容姿から感じる雰囲気からかえってカイトウの疑念を掻き立てていた。

 軍歴の大半はソロモン戦線であり、また前司令官セルブ少将の従兵を長すぎるほどに勤めていた。

 前任のセルブ少将からの引継ぎ事項に特に人事についての留意事項はなく一般的な事項ばかりであったが、この従兵長だけではなく、何かこの戦隊全体への違和感も感じていた。

 独立した戦隊というには幕僚も不足し、艦船は老朽艦ばかり。兵員は老兵と新兵ばかりという戦線のお荷物戦隊であった。

 主な任務は輸送船団の護衛と辺境宙域へのパトロールばかりであり、取り立てて戦闘も行っていなかった。

 セルブ少将の人事記録もまたカイトウの権限で照会できる限りは特別な記載はなく、士官学校卒業後情報士官として勤め上げ、退役時には名誉中将まで昇進していたが、その軍歴には驚くほど戦功は記録されていなかった。

 ソロモン戦線での勤務が多く、カイトウと同じくこの戦隊司令官に就任するまでは艦長などの指揮官勤務はなく、その多くが情報将校としての軍歴であった。

 士官学校卒業者の八割は大佐までで退役し、将官まで昇進する士官はごく一部である。

 軍歴からみれば、セルブ少将の昇進は奇異であった。 

 記録されない諜報工作を、セルブ少将とこの戦隊が行っていたのかもしれない。

 そういう疑念を抱くものの、歴代から続く膨大な戦隊司令官引継事項の中にも戦線司令部からの指示事項にもそのようなものはなかった。

 また、戦隊の幕僚にもそのような気配はなく、砲術参謀のバヤン中佐、航海参謀のキナイ中佐ともに諜報工作の適性があるように見えなかった。


「君の特技は何だったかな?」

「コーヒーの淹れ方です」

 訝しげな顔で深く司令官席に腰掛けるカイトウの目の前に、慣れた手つきでミルクティを差し出す従兵長はそう答える。

「新司令官がコーヒーをお好きでないのは残念です」

 その自然な答えにも、カイトウの抱く疑念は消えてはいない。



 ベナン星系への輸送船団護衛任務。

 それが、戦隊司令官着任早々カイトウに与えられた命令であった。

 べナン星系は、このソロモン要塞戦線においても辺境の果てといえる星域である。この星系は未踏破宙域に囲まれ、航路維持のための灯台と警戒標識が設けられ、幾つかの鉱山惑星と居留民、星系防衛のための小規模駐屯部隊等を有していた。

 ベナン星系は長くティロニア連邦の影響下にあったが、近年はバルカ同盟軍の進出が顕著であり、周辺宙域の多くがその勢力圏にあった。 

 ベナン星系周辺のバルカ同盟軍の主力は、多数の私掠船群である。民間船の機関を換装し強力な武装と装甲を施した私掠船は、老朽艦が多いティロニア連邦軍に対し大きな脅威であった。

 ベナン星系への輸送作戦作戦は私掠船の襲撃により近年困難さを増し、護衛艦隊も輸送船団も大きな損害を出すことが常となっていた。

 バルカ同盟軍がベナン星系を占領せず放置しているのは、私掠船の狩場として残しているのだという噂さえあるほどであった。 

 そのベナン星系への輸送船団護衛任務を、カイトウは着任僅か二週間で行うことを命じられていた。

 カイトウには新司令官のための研修プログラムも組まれており、訓練航海の実施はおろか砲撃訓練等の実施さえもできず戦隊能力を把握する時間はなかった。

 しかしカイトウは何も焦る様子もなく、戦隊各艦をユニット化し数種類の戦闘団を編成する要領マニュアルをいつの間にか自分で作成し戦隊各艦に指示していた。


「明日、今回護衛するIB二七船団との連絡会議を本艦会議室にて行います。なにか、ご指示がありますでしょうか?」

「何か、指示しなければならないことがあるのかな?」

 毎朝の戦隊ブリーフィングの場においてそう副官に問われたカイトウは、ソファ中央に深く腰掛けたまま少し不思議そうな顔をして見せた。

「いえ、私の方からは特に何もありませんが?」

「では、何も指示することはない。わが戦隊は、何度もこの任務に就いている。貴官たちも同じであろう。必要なことは各自わかっているはずだ」

 カイトウは静かに言う。

「そうですが・・・」

「輸送船団は護る。演習も兼ね戦隊は非戦闘艦も含め全艦出撃する。戦隊は以前示した要領マニュアルにより二戦闘団に分割し、船団両翼を併進する。右舷は旗艦サザランド直卒、左舷は戦艦ハイランダーを指揮艦とする。戦隊輸送艦と工作艦は船団と球形陣を組む。以上だ」

 そう指示して簡単に戦隊ブリーフィングを終わらせたカイトウは、輸送船団との連絡会議も航海参謀と砲術参謀に型通りの説明をさせただけで、ごく簡単に終わらせていた。

 明らかに、船団司令以下のメンバーは不安の色を浮かべていたが、カイトウは気づかぬふりをしていた。

 着任後乗組員への訓示さえもなく、司令官室から出ることも少なく多くの乗員はカイトウの姿さえ見かけなかった。

 各会議等の場でも発言は少なく、影は薄かった。

 「要塞を打ち砕く者」「壁の守護者」と言われたその異名は、メディアが面白おかしく掻き立てただけのものであったかもしれないと多くの戦隊員はカイトウの能力に疑念を抱き始めていた。


 カイトウは、一人司令官公室で豪勢な椅子に深く座り、机上のいくつものモニターに映し出された様々な情報に目を通す。それは敵艦隊の動静状況から、個別の戦術研究、経済情報から、戦隊内の各資源の消費と備蓄状況まであった。

 そして、カイトウには司令官として決定しなければいけない様々な案件があった。艦隊編成計画から人事配置、将兵の昇進、処罰、給与支払。弾薬、食料等の消費物の補給計画案から一週間の各食堂メニュー案まで。

 さらには、戦隊司令部員の各業務遂行状況も把握しておく必要があった。

 そして今のカイトウが何よりも感じていることは、これまでの参謀勤務とは違い、自分の後ろには誰もいないということであった。

 全てが自分の責務で決定すべき事項であり、誰も代わってくれない。

 戦場においては、結果が全てである。

 戦隊司令官であるカイトウの決断一つに、戦隊全将兵の命がかかっている。

 その責任の重さと重圧感は、指揮官の立場となってみなければ分からないものであった。

 ヤオ司令官は、どういう気持ちでカイトウの立案した作戦を見ていたのかと今更ながらに慮った。

「なるようになるさ」

 時おり精神のバランスが崩れそうになるとき、そうカイトウはそう思う。

「どうせ期待されず、左遷されてきたのだからな」

 そう屈辱の思いと共に、逃げ場を探して自分を慰める。

 戦隊司令官として、司令官室で執務するカイトウの一人でいる時間は長かった。


 ティロニア連邦歴一六六年三月三日。

 ケイン・カイトウ准将率いるソロモン要塞戦線駐留第二二七独立戦隊は、要塞惑星インビンを出撃した。


 三


「両翼展開。哨戒ピケット艦を配置」

 インビン出撃後三日。船団は敵私掠船の活動宙域に入った。

 ベナン星系へは、まだ二日の行程であった。

「第二警戒配置」

 旗艦サザランドからの指令に船団には緊張感が漂い、各船の間隔も幾分かは縮み、カイトウはほくそ笑む。

「やっと真面な球形陣形になったな」

 旗艦会議室で行われた戦隊と船団幹部との会議では、戦隊への信頼感は地を這っており、彼らは打合せにも心ここにあらずという様子であった。

 長い会議卓で向かい合った席の中央に座るカイトウは、航海参謀のキナイ中佐の手慣れた航路と宙域情報説明を聞いていた。ソロモン宙域生まれの彼にとって、今度の航海もよく知った宙域での数多い航海の一回に過ぎないであろう、澱みなくなく航路の留意事項を説明していく。白髪の下、いくつもの星系を超えたのだろうその澄んだ瞳をカイトウは美しいと少しうらやましく思いながら眺めていた。

 一方、船団幹部は声もない。

 無理もない、平均損失二割という難航海である。彼らが委縮するのもやむを得ない。

 まして護衛は、今まで惨憺たる戦績を残している第二二七独立戦隊である。新たな司令官の能力は未知数であるが、何か頼りなさげでぼんやりしているらしいという噂は彼らも耳にしているだろう。

 そしてこの会議の場でも、カイトウは言葉少なく頼りなげであった。


「監視ポッド放出」

 カイトウは、司令艦橋の天井スクリーンに投影された天球図を振り仰ぐ。

 さして広くもない司令艦橋の舷窓には周囲の映像が投影され、窓際には監視オペレーターが配置されている。

 司令艦橋後方中央の一段高い場所に設けられた司令官席は、大型コンソールとモニターに囲われ、左右には各参謀の席。後方には副官と従兵が控え、その中には従兵長の高い背も見える。

 カイトウは、司令官席に足を組みゆったりと座っていて少しの微笑みを浮かべ頬杖をついていた。


「落ち着いていられる」

 後方直ぐに控えているレイナにとって意外であったのは、カイトウの出撃後の態度であった。

 入港中にはどちらかというとルーズで時間さえも守らず、怠惰さえうかがえる態度であったカイトウが、出航後は就寝時間以外は司令艦橋の司令官席に詰めていた。

 そして警戒配置発令後には、司令部員には交代による十分な休憩を配慮しておきながら自分は司令艦橋を離れることなく、司令艦橋後方の司令官控室において仮眠をとるだけであった。

 今も多くを語らず、各艦や船団各船の動きを注視しながら敵艦の来襲を待っている。

 のぞき込む穏やかなその頬には、敵襲を楽しみ待つような余裕さえうかがえていた。

 いつの間にだろう。

 カイトウは戦隊を艦種ごとのユニットに組分け、状況に応じ弾力的に各ユニットを組み合わせた各種の戦闘団編成を定めていた。

 哨戒ピケット艦、進撃航路への監視ポッドの設置等の航路警戒計画さえ策定していた。

 さらには、輸送船団を取り囲むように輸送艦や工作艦の展開隊形も定めていた。

「非戦闘艦にも護衛をさせるのですか?」

 レイナの問いかけに、カイトウはさも当然と答える。

「輸送艦や工作艦にも武装や装甲がある。我らは、輸送船団を護るためにここいる。各艦にはそのために全力を尽くしてもらう」

 どこまで本気なのだろう。

 その時は、カイトウの言葉を訝しんだレイナではあったが・・・。


 四


「適性艦船把握」

 監視オペレーターの声に、司令艦橋には緊張が走る。

「方位は?」

「右舷後方五時、仰角三〇度」

「艦種不明。隻数少数。高速です。距離三〇〇〇。接近中!」

 ざわめきの下で、誰もが天球図にプロットされた適性艦船の赤い矢印に緊張している。

「全艦戦闘配置。所定の位置に就け。砲撃準備」

 カイトウは、静かに指示を下す。

「砲術参謀、統制砲撃。各艦に準備を指示」

「航海参謀、所定の計画に従い戦闘艦を右舷と左舷に二分する。非戦闘艦は船団直衛体制に」

「了解しました。通知します」

 カイトウは司令官席に両肘をつく。


 戦隊には指揮権承継順位が厳格に定められている。

 司令官が指揮不能となった際には権制順位次席である旗艦サザランド艦長のボリバル大佐が執り、ボリバル大佐も士気が執れない場合には戦艦ハイランダー艦長のセレク大佐が執ることとなっていた。

 カイトウの戦隊二分案では、右舷戦闘団はカイトウ直卒、左舷戦闘団はセレク大佐が執ることになっていた。    

 ほぼ均等の戦力に分割された二つの戦闘団は、球形防御態勢をとる輸送船団両舷に展開した。

 カイトウの余裕のある姿を見て、少し楽しそうだなとレイナは微笑む。

 初めての会敵にも、慌ててはいない。

「司令官。敵は私掠船のようです。これまでの例からも複数の私掠船がいると思われます」

 船団を発見した私掠船は僚船を呼び寄せ、四方からの襲撃で護衛艦隊を翻弄し、隙を衝いて輸送船に襲いかかるのだ。

 レイナの言葉通り、やがて右舷の敵は数を増やし、その数は一〇隻を超えた。

「そうだね。群狼戦術ウルフパックかな」

 カイトウの問いかけに、レイナは頬を引き締め頷きで答える。

「それは、面倒だな」

 カイトウは、少し笑っている。

哨戒ピケット艦に触接を指示。ただし、危険な場合には監視ポッドの放出による退避を許可する」


「右舷敵私掠船、砲撃圏内に入ります」

 オペレーターの報告に、カイトウは右手を少し上げた。

「統制砲撃用意。目標右舷敵。全艦機関最大準備」

 エンジン強化しているのだろう、高速で見る間に接近した私掠船は遠距離から砲火を放った。

梯団編成ボックス・フォーメーション。全艦、艦列を整えろ」

 球形陣の船団両翼に、重装甲の戦艦を中心とした艦列の壁がつくられる。

 その艦列に、私掠船からの砲火が花火の様に弾けて消えた。

「私掠船を船団に接近させるな。右舷戦闘団、転舵増速」

 カイトウの指示に、右舷戦闘団各艦がエンジンを轟かせ、駆け抜けようとする私掠船の鼻先を抑えようとする。

「敵艦との距離二五〇〇」

「砲撃開始は、まだですか?」

 普段温厚なバヤン中佐も、たまらずカイトウに苛立ち気な声をかける。

「まだだ。敵艦の砲撃も効果はない」

 その言葉の終わらぬうちに、右舷戦闘団の巡洋艦一隻が命令のないまま砲撃を始めた。釣られた何隻かが砲火を放つ。

「砲撃停止。まだ砲撃を命じてないぞ。砲撃停止ッ」

 カイトウが振り返ると同時にバヤン中佐が声を張り上げた。その丸い顔が怒りと羞恥に赤くなっている。

「砲術参謀の血圧に悪いな」

 カイトウが仕方なさそうに微笑ながら呟くのを、レイナは見逃さない。

「距離二〇〇〇」

  オペレーターの声は悲鳴に近くなっている。

 紅潮した顔のまま、砲術参謀が焦れてカイトウを睨みつけている。

「統制砲撃開始。照準は敵先頭私掠船。射程距離内随時発砲を許可する。ミサイルは敵の艦列が乱れたのちに放つ。左舷戦闘団も待機するように」

「砲撃開始!」

 待ちに待った砲術参謀の声に各艦はビーム砲とカタパルト砲からのエネルギー弾を闇に放ち、私掠船との砲火を交える。

「重装甲魚雷の用意は?」

「準備だけするように。ただし当面発射の予定はない」

 カイトウの的確な指示に、レイナは頼もしくその背を見た。

 司令官の背の先の正面スクリーンでは、彼我の砲撃戦の鮮やかな光跡が飛び交っている。

 その危険さを忘れ、レイナは少し見とれていた。

「戦闘機隊の出撃準備は?」

 突然の艦橋後方からのジュリナの甲高い声に、驚いたレイナは肩をすくめた。

 何をこの時に。

「不要だ」

 振り返ったレイナの背越しに発せられたカイトウの答えは、にべもない。


「左舷後方新たな敵。急速接近中」

「正面上方。仰角七〇度。こちらに新たな敵です。速いッ」

 相次ぐ敵発見のオペレーターの報告に、司令艦橋は騒めいた。

 新たな群狼のお出ましだ。

 天井の天球図では、赤く描かれた矢印に我が軍は包囲されている。

「右舷の敵に砲火を集中せよ。セレク大佐に反転準備を」

 カイトウは声を張り上げる。

「オペレーター。随時、左舷と上方の敵の距離を報告せよ」

 戦隊の砲火は敵を捉えている。私掠船は所詮民間改造船で装甲は脆い。右舷の敵は既に幾つかの火球を吐き戦列から崩れ落ちている。

 当然だ。数倍の隻数の火力を浴びている。瞬殺されてもおかしくない戦力差がある。

 わが戦隊に浴びせられた敵船の砲火は戦列艦の装甲で阻まれているが、不揃いの艦列の隙間を衝かれ、数隻が被弾を受け戦列から落後している。

「艦列を乱さず、装甲を並べて被害を防げ」

 カイトウは、少し不愉快気に足を組み替えた。

「砲撃の収束率が悪いな。撃破に時間がかかりすぎている」

 そう呟いたカイトウに、レイナは答える。

「現在の砲撃収束率は七〇%です。砲撃平均収束値に収まっています」

 カイトウはちらり振り返り、レイナの緊張に引き締まった頬を見た。

 下限ギリギリですがと、その頬が言っている。

 収束率七〇%は艦隊規模でのことだ。戦隊単独では八五%以上はないと砲撃に大きな効果は期待できない。

 カイトウの鈍い眼差しに、レイナは目を合わささない。

 レイナには、カイトウ問いかけの意味が分かっていた。しかしまた、今の砲撃結果がこの戦隊では望外といえるほどの好成績であることも、彼女は知っていたのだ。

「仕方ないな」

 カイトウは、そう呟いて指令を発した。

「全艦、ミサイル飽和攻撃」

「了解しました。全艦ミサイル発射!」

 待ってたように砲術参謀が声を続ける。

 左舷戦闘団も含めた全戦隊からのミサイルの雨が右舷の敵に降り注ぎ、私掠船は撃ち砕かれ逃げ惑う。

「もったいない。あんな敵にミサイルまで使うとは・・・」

 カイトウの小さなつぶやきを、レイナは聞いた。

「右舷の敵は囮なのだが・・・」

 カイトウの言葉通り、右舷の敵は砲撃の上のミサイル攻撃に四散し退避を図る。

 囮の役目は、不十分に終わった。

 すかさず、カイトウは、また声を張り上げた。

「左舷戦闘団転舵。取舵二一〇度。左舷の敵の先頭を叩け」

「右舷戦闘団このまま上昇旋転。正面上方敵に統制砲撃用意」

 カイトウは、航海参謀を振り返る。

「船団との連携を怠らないように。艦隊軸維持。船団の隊列を乱れさせるな」

 不揃いで拙い挙動であったが、第二二七独立戦隊は何とかカイトウの求める艦隊隊運動をこなした。

「右舷戦闘団両翼展開」

「この隻数で、行うのですか?」

 航海参謀のキナイ中佐が、訝し気な声をあげる。

「そうだ。正面の敵を輸送船団に近づけさせるわけにはいかない。効率的に艦列展開をされたい」

「了解しました」

 艦数の不足はわかっている。艦数も艦の性能も兵員の練度も何もかも足りないこともわかっている。

 これはテストだ。この戦隊が、各艦、各員がカイトウの求めるものにどれだけ応えられるのか。

 そして、カイトウ自身の指揮能力をも試されているのだ。


「砲撃開始」

 右舷戦闘団は傘型に展開する。それは薄い艦列で砲火の統制も不十分であったが、敵はわが軍の素早い接敵に動揺し、戦力を過大に評価し大した被害が生じているわけでもないのに進路を変更し遁走を図る。

「砲撃を続けよ」

「了解しました。各艦全力砲撃」

 敗走する敵船に一方的に撃ちかけて、バヤン中佐はご満悦だ。

「キナイ中佐。反転用意。左舷戦闘団と合流する」

 敵は私掠船。無理をせず狡猾に退却で身の安全を図る。しかし、ある程度追い払わねば、反転したこちらの背後を衝かれる恐れがある。

 狡い奴らだ。

 少し侮蔑のまなざしを敵艦影に注ぎながら、カイトウは隣のモニターで戦艦ハイランダー艦長のセレク大佐が指揮する左舷戦闘団の動きを見ていた。

 セレク大佐は敵前回頭で敵の進路を妨げつつ、砲火を放つ。しかし、その艦列は乱れ砲撃の効果は少なく、私掠船団は輸送船団に接近を図る。

 セレク大佐の次の一手は、再度の敵前回頭によるZ運動。駆け抜けようとする私掠船団の横腹に艦列を突き付ける。

 勇敢で効果的な指揮。ただ、指揮下の艦船はその意のままには動かず乱戦となり、幾つかの私掠船がセレクの手をすり抜けて船団に近づきミサイルを放った。

「急速反転。全艦全速。遠距離砲戦用意」

「目標船団左舷後方の敵。射程圏内に入り次第砲撃せよ」

 輸送船団の中で、ミサイル着弾のきらめきが瞬く。

 カイトウは、強く唇を噛んだ。

 艦隊運動から落後する艦。不揃いで効果の薄い砲撃。

 時おり目を細め唇を歪めるカイトウの苦い表情に、レイナは汗をかき、うろたえそうになる。

 しかしやがてレイナの心配も杞憂に終わり、船団左舷から接近した私掠船も右舷戦闘団からの砲撃に船団への襲撃を諦め、散りじりとなり遁走し宇宙の闇に消えた。

 三方向から襲いかかってきた狼の群れは、カイトウのの的確な指示により襲撃を阻まれ、何の戦果も挙げられず這う這うの体で逃れ去っていた。

 司令艦橋には、高く勝利の歓声が響いた。


「警戒体制に移行。所定航路に復帰。各艦所定の位置に復せよ。被害状況報告。次戦に備え、整備補給を行え」

 カイトウは、指揮下の各艦船内の様子をモニターで眺めた。各艦とも快勝に沸き返っている。

 カイトウは怒りを覚えた。司令官席で静かに立ち上がり、マイクを持つと全艦への音声回路を開いた。

「戦隊司令官のカイトウだ」

 その声に、各艦ではまた一層の歓声が上がった。

「静まれ!。何だ今の戦い方はッ」

「戦隊全力で出撃しながら護るべき輸送船団への攻撃を許し、私掠船の大半を取り逃すとは情けないと思わないのか。この不様な戦いぶりは醜態でしかない」

 勝利への称賛を期待していたにもかかわらず、予想もしなかった怒気を帯びた激しい言葉に冷や水を浴びさせられたように静まり返る各艦に、カイトウはさらに言葉を重ねた。

「今後、今回のような愚かな戦いをすることは許さない」

「私は、諸君に約束する。共にこの戦隊を鍛え上げ、一流の戦力とすることを。私掠船ごときが二度と我らに戦いを挑む気が起きないほどに戦力を磨き、この戦線に我らの力を知らしめるのだ」

「今後、我が戦隊はこれまで以上の訓練を実施する。総員、理解し覚悟してしておくように。以上だ」

 そう早口でまくし立て、不愉快気にマイクを放り出す。司令官席にふんぞり返るように座り込んだカイトウは、まだ怒気を残したまま自分の幕僚を振り返る。

 砲術参謀は、その丸い顔を緊張に赤らめたまま。航海参謀は泰然と素知らぬ顔で前を向いている。副官は、少し脅え顔でカイトウを窺っている。

「砲術訓練と艦隊運動及び即応訓練を実施する。訓練計画の叩き台を速やかに策定するように」

 そして、自分の昂ぶりに少し恥ずかしそうに、

「これから忙しくなるぞ」

と言った。


「お疲れ様です」

 カイトウの目の前には紅茶の入ったカップが差し出され、鮮やかな手つきで従兵長のグレイがミルクを注ぐ。

 その顔には、いつもの涼やかな微笑み。

 訝し気に一口すすったカイトウが、グレイに、問いかける

「君の特技は何だったかな」

「おいしい紅茶を入れることです。司令官」

 腰を折り、そう恭しく答える。

 熱くもなく甘くもない。その温度と味わいは少しいら立ちが残るカイトウには絶妙であった。

「悪くはないな」

 そう思い、フッとカイトウは鼻で笑った。


    <第三章 私掠船 に続く>


 やっと第二章を書き終えました。左遷されて少しやさぐれているカイトウさんは、司令官という指揮職に責任を感じながら、初めての戦闘に臨みます。

 そして、第三章からは私掠船との闘いを描く予定です。

 

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