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天空の要塞 ソロモン戦記  作者: テカムゼ
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第一章 左遷

 カイトウは、夢を見ている。長いソロモンへの旅の途中。

 夢の中で、カイトウは初陣の自分を思い出している。

 狭苦しいカタパルトの中で、ひたすらに発艦命令を待っていた。

 襲撃に味方は総崩れ。発艦を急がねば、母船もろとも沈んでしまう。

 カイトウは焦っていた。


 

天空の要塞 ソロモン戦記 


 第一章 左遷



 遠く、被弾の衝撃がここまで伝わっている。

 手の中の操縦桿(スティックが細かく震え、足踏桿フットバーに載せた足にも船体の揺れを感じることができる。

 音は何も聞こえない。

 耳を澄ませてもヘッドセットの中から聞こえるのは、細く低い単調な機械作動音。

 灯りは消され、HUDヘッドアップディスプレイの中には何も投影されていない。

 その闇に目を凝らすと、操縦席コクピットの向こうに仄かに鈍く光るカタパルトの射出用軌条が見える。

 カイトウは一人、カタパルトに格納された戦闘機の操縦席コクピットの中で操縦桿スティックを握っていた。両脚は足踏桿フットバーを踏みしめ、左手は推力把柄スロットルレバーに添えている。

 カイトウは、操縦席の中で振り返る。

「管制官からの指示は?」

「ありません」

 コパイロット(副操縦補助自動知能)は、カイトウの問いに素早く、そして事務的に答える。

「敵情は?」

「不明です」

「母船の状況は?」

「不明です」

「なぜか?」

「母船への情報系に接続できておらず、また当機のセンサーシステムも稼働しておりません」

「そうか・・」

カイトウは歯噛みする。

どうしても、膝の震えが止められない。


 要塞惑星サヴァから惑星ポーラへのSP二七輸送船団は、予想もしていなかった宙域において優勢なる敵艦隊の襲撃を受けていた。

「戦闘配置」

 深夜の警報アラートに叩き起こされ、訳も分からずカイトウは慌ただしく操縦服を着こみ、ヘッドセットを装着する。

「搭乗員発艦準備!」

 不機嫌な獣のうなり声のようなサイレンとともに、オレンジの警告灯が点滅する艦内通路を駆け抜ける。

 戦闘機が格納されたカタパルト直下の上甲板にたどり着くと、もう機付整備員が天井ハッチを開き待機していた。

 カタパルトは、露天甲板に九〇度真横方向に向けて取り付けられている。

 カイトウは梯子を登り、狭いカタパルトの中で半分しか開いていない天蓋キャノピーから、整備員に操縦席の中に押し込められた。

固縛ロック解除完了。射出問題なし」

「頼むぞッ」

 カイトウの肩を叩き、天蓋キャノピーを閉じた整備員は翼から飛び降りた。

「エアロック完了。情報回路接続。パイロット認証」

「エアロック確認。情報回路接続完了。パイロット確認」

 コパイが復唱する。

「ケイン・カイトウ少尉。おはようございます。ティロニア連邦歴一四八年一〇月一七日。〇五:〇七。搭乗を確認しました。全機器正常動作」

  HUDヘッドアップディスプレイの左下部にバイタルデータが表示される。

 心拍数も、呼吸も速い。

「エンジン始動。システムチェック開始」

「エンジン始動完了。システムチェック異常なし」

 HUDヘッドアップディスプレイ右下にシステムチェクサインが緑色のバーで示されている。

「発艦命令は?」

「現在は、即時発艦待機です」

「了解・・・」

 それから、カイトウは狭い操縦席の中に一人忘れ去られたかのように待機をさせられ、ただひたすらに発艦の命令を待っていた。

 何度管制官に呼び掛けても、反応は帰ってこない。


 相次ぐバルカ同盟軍艦隊による輸送船団への襲撃被害に苦しみ、護衛艦隊の不足に悩むティロニア連邦軍は、護衛専用艦を建造し配備するまでの応急的な措置として間に合わせの防御兵器を開発していた。

 その兵器はMAC(商船空母)と呼ばれるもので、武装商船に二基から三基の戦闘機を搭載したカタパルトを積み込み敵艦隊を迎撃させようというものであった。

 カタパルトからの射出はできるものの着艦設備はなく、一度出撃した機は廃棄され、搭乗員は機外脱出し回収するという簡易な使い捨て兵器であった。

 搭載機も旧式で中古のダガー戦闘攻撃機であり、搭乗員は碌な戦闘経験もない新人パイロットばかりであった。

 士官学校を卒業したばかりのカイトウは、この兵器への搭乗を命じられていた。


 要塞惑星サヴァ出航後十三日。

 カイトウは今、こうして初陣を迎えていた。

 そして脅え、焦っていた。

 船団は今、優勢な敵艦隊から攻撃を受けている。

 直衛はこれも旧式の駆逐艦数隻で、航路を警備する護衛艦隊とはかなり離れていた。直衛艦の奮戦も空しく、船団は圧倒的な敵艦隊に打ち負かされ散り散りとなり逃げ惑っていた。

 発艦前に母船がやられては、ともに宇宙の塵と消えるしかない。

 逸る気持ちを抑えながら、HUDヘッドアップディスプレイにチェックリストを映し出し、もう一度設定を確認する。

 警報感度は最大、警告音量も大。

 操縦桿感度中正。フットバーの感度も同じ。

 徹甲弾装填。

 エネルギー配分。推進六〇%、装甲補助四〇%。

「コパイ、計器異常は?」

「なし」

 被弾の衝撃にカタパルトが揺れ、カイトウの手の中の操縦桿も揺れている。

 膝の震えは続き、カイトウの忍耐も限界を迎えようとしていた。


 二


 「カイトウ少尉!、聞こえるかッ」

 突然、カタパルト内に照明がともる。目の前に伸びた発艦軌条が白く輝いて六角形のカタパルトゲートに向かい伸びている。

「緊急射出だ。状況はわかっているな」

 初めて耳にする管制官の声も上ずっている。

 計器盤に灯りがともり、母船からのデータが送り込まれてくる。

 HUDヘッドアップディスプレイには、現在位置や艦隊軸、天球図などの航法データが投影された。

「はい」

と、答えたものも何も分かっていない。

「戦況は?」

「時間がないので説明は省く。心配するな、発艦すれば周りは敵だらけだ」

「はい」

「気の毒だが、管制は不可能だ。当船も被弾しコントロールも限界に近い。味方機は少ない。発艦後は独力で戦え」

 カイトウの沈黙に、管制官は少し緊張した声色を緩めた。

「カタパルトからの発艦は初めてだったな」

「はい」

「気をつけろ。出航以降、機体整備は行っていない。機関の推進軸や射撃軸も狂っているだろう。射出後調整すること」

「はい」

「チェック省略。カタパルトセット確認」

「確認」

 操縦席床のロックレバーをもう一度引き直す。

「エンジン推力八〇%推進軸仰俯角中正」

「エンジン推力八〇%推進軸仰俯角中正」

 管制官の声をカイトウは復唱し、スロットルレバーを操作し、三軸トリムタブを確認した。

 操縦桿スティック足踏桿フットバーに応力を感じ、体の一部となるようになじませる。感覚系が手足から機体全体に広がる。 

 高鳴る機関の震動に逸り立ち駆け出そうとする機体は、カタパルトに噛みついている。

「ゲート離脱。推力一〇〇」

 六角形のカタパルトゲートが、爆破され音もなく吹き飛んだ。その先は漆黒の宇宙空間。

 スロットルレバーをいっぱいに押し込む。

「発艦させるぞ。帰るところはない。俺たちの分まで撃ちまくれッ」

「了解!」

 フットバーに足をかけ踏ん張る。頭をヘッドレストに押し付ける。

 ゲート開口部の枠が赤く点滅し、HUDヘッドアップディスプレイの中でカウントダウンがいきなり「三」から始まった。

「二」

「一!」

 息を呑む間もない。

「発艦。生き残れっ!」

 管制官のその言葉で、ダガー戦闘機は砲弾のようにカタパルトから飛び出した。


 瞬間、世界は狭苦しい筒の中から広大な宇宙空間となる。

 とたんに各種警報のアラーム音が鳴り始め、コパイが喚くように警報情報をがなり立てる。

「推進軸異常」

「推力偏差」

「前方に適性艦船」

「エネルギー波探知」

「右舷上方に敵戦闘機」

 流れる視界の中、多くの情報が飛び込んでくる。

 姿勢の安定が保てずHUDヘッドアップディスプレイのジャイロゲージは踊っている。 

 突き上げるような鼓動に、心臓が口から出そうだ。

 対空砲火の曳光弾が闇の中を駆け抜け、艦体爆発の火球がそこかしこに瞬く。

 目の前を射撃炎を引きながら戦闘機が駆け抜けた。

 IFF(敵味方識別装置)は赤く縁どられた機影のみを映し出す。

 宙域にあるのは見慣れぬ戦闘艦ばかり。

 対空砲火は全てこちらに向けられている。目の前を横切り、また背後からは追いすがり追い抜いて闇に消えていく。

 身体は慄き手は強張り動かせない。

 恐怖に声を上げた。子供のように高い悲鳴を上げる。

 機は、緩やかなスピンをしながら敵艦の艦列をすり抜ける。


 叫び疲れ、 カイトウは押し黙った。

 まるで頭から水を浴びたように、何かが目を覚まさせた。 

 カイトウのバイタルエラーに、コパイが鎮静剤をヘッドセット内に撒いたに違いない。

 危険警報を喚き続けるコパイがうるさかった。

 身体の底から押し寄せる怒りの波が、カイトウの恐怖の慄きを押し包む。

 「うるさい!黙れッ」

 ヘッドセットの中で叫んだ。

「最も脅威の警報のみを報告しろッ」

 一度操縦桿と足踏桿フットバーから手足を離す。トリムタブを回してもう一度三軸を調整する。機銃も試射しながら射点を調整する。

「後方敵戦闘機二機接近中」

「危険距離!」

 最悪の警報音が鳴り響く。

「ロック。外すな。迎撃する。」

 フルスロットル。

「照準サーチ。目標は先頭機」

「ロック完了」

「敵機射撃開始」

 射撃警報音は、恐怖の雄たけびのような声を上げる。

 ちらりと見たバックモニターの敵機の翼縁は、閃光に縁どられている。

 操縦桿を捻じりいっぱいに倒す。足踏桿フットバーを蹴り、姿勢制御噴射スラスターを効かせる。右ペダルを踏みしめる。推力全力逆噴射リバースブースト

 急反転。

 視界の中を黒い機影が斜めに飛び去った。

 反射的にスロットルの射撃レバーを握り、流れる弾道が敵機と重なった。

「敵機一機撃破確認」

 コパイのその言葉は聞き逃さない。

 操縦桿スティックの捻じりと足踏桿フットバーの滑りはそのままで敵機を探す。

「二番機。ロックは?」

「ロスト」

「どうした?」

「感知範囲から離脱」

「k(ケー、了解)」

 少し息をついて、周りを見回す。ヘッドセットのチューブを加えて、ドリンクを少し飲む。

 身体が熱い。鎮静と興奮を覚える。

 コパイは、薬の分量を間違えたのかとほくそ笑む。

 高揚感を感じる。俺は神だ。宇宙の統制者だ。何ものも怖くはない。

 宇宙空間を埋め尽くすようなレーザーの光跡も、損傷艦の苦し気のたうつ姿も眼中にはない。

「周辺艦ロック。敵性艦報告」

「多数」

 モニターには赤色のプロットしか見えない

「母艦は?」

「応答なし」

「僚機は」

「反応なし」

 どこに行ったのか。

 SP27輸送船団の編成は一二隻の輸送船と護衛艦2隻であった。MAC搭載戦闘機も六機以上はあったはず。

 同期のあいつは、どうしたのだろうか。

「いいだろう」

 感情を殺し、カイトウは、またほくそ笑む。

「手近の大型艦をロック」

「重徹甲弾装填」

「推力80%装甲前部集中」

「タリホー!(突撃)」

 もう恐怖など何も感じはしない。

 冷徹な怒りのみが心身をコントロールしていた。

 カイトウは機首を敵艦に向け、射撃レバーを引いたまま突撃を行っていた。



「准将。起きていただけますか。もうすぐ到着いたします」

 いつの間にか座席で眠っていたカイトウは、パーサーに揺り起こされ目覚ていた。

 星間連絡船内には到着のアナウンスが流れ、下船準備のざわめきが広がっている。

「当船に御乗船いただき、ありがとうございます。最初に優先下船していただくことで、よろしいでしょうか?」

「荷物の整理ができてないから、最後でいいよ」

「承知しました。では、順番が来たらご案内します」

「うん」

 口の中でつぶやくだけのカイトウに、パーサーは畏まった敬礼をして見せた。


 夢を見ていたのだ。

 いや、正確には夢の中で過去の戦闘を思い返していたのかもしれない。

 あれから、カイトウは単機、敵艦への突撃を繰り返し、二隻の敵艦を撃破していた。

 そして、弾を撃ち尽くして宇宙空間を彷徨っていたカイトウは、おっとり刀で駆け付けた護衛艦隊に拾われたのだ。

 SP二七輸送船団は壊滅し、カタパルト戦隊に配属された同期は誰も帰らなかった。

「最初からついていたな俺は」

 余りの損害の大きさに、程なくしてMAC(商船空母)戦闘機隊は廃止された。

 そして、初戦での戦果が認められたカイトウは、戦闘機操縦者のあこがれである空母戦闘機隊への転属が命じられていた。

「それが、今は・・・。」

 カイトウは、自分の運命の不思議さを思っていた。

 

 傍らの舷窓には、アルティナ星系の星々が写っている。

 四つの恒星と七つの惑星により構成されたこの星系は、ソロモン要塞戦線中心部に位置し、ソロモン要塞戦線における政治、経済、軍事の中心地であった。

 ソロモン要塞戦線は、ティロニア連邦とバルカ同盟を隔てるために築かれた要塞戦線「壁」の一部であった。

 壁を築く要塞戦線は五つ。その中でもソロモン要塞戦線は主要航路有さず、また居住可能惑星や資源惑星が少ない辺境の戦線。

 この戦線内には要塞惑星も少なく、間隙宙域、未踏破宙域も多く、広大な戦線宙域にはモザイク状に両勢力の星系が混在し、時にはたやすくその所属を変えていた。

 それどころか、一つの星系を両勢力が分割していることさえあった。

 それゆえに、両勢力の情報機関が暗躍する混沌とした戦線でもあった。


 空母戦闘機隊の戦闘機操縦者パイロットとして戦歴を重ね、多数の敵機を撃墜し、撃墜王エースの称号を得たカイトウであったが、度重なる飛行管制を無視した独断飛行を責められ飛行資格を失っていた。

 戦闘機隊を離れたカイトウは、新たに情報分析将校としての軍務を重ね、シンガ要塞戦線駐留のヤオ艦隊の情報部において勤務していた。

 コルドバ星系での敗戦の中でヤオ司令官に戦術家としての才能を見いだされたカイトウは、奇跡といわれた要塞惑星奪取計画を策定し成功させていた。また、バルカ同盟領侵攻作戦においては、ヤオ艦隊の参謀として艦隊決戦敗北後の困難な脱出作戦を指導し、アレウト要塞戦線の要塞惑星ガンベルの破壊さえ果たしていたのだ。

 その後カイトウは、ティロニア連邦軍の主要航路であるシンガ要塞戦線において幾度ものバルカ同盟軍の攻勢を機動要塞防衛戦術を駆使して跳ね返し、連邦に幾度もの勝利をもたらせたティロニア連邦軍を代表する作戦家としての声望を轟かせていた。

 そのカイトウが、突然シンガ要塞戦線主任作戦参謀から、航路防衛や輸送艦隊の護衛を担う辺境の要塞戦線の独立戦隊の司令官に補されたのだ。

 大佐から准将に昇進するとはいえ、ティロニア連邦最重要戦線で連邦防衛の重責を担う主任作戦参謀から辺境の独立戦隊司令官への異動は左遷ともいえるものだった。

 参謀の職に未練があるわけではなかったが、何の前触れもなくと重要な職務から外され予想もしなかった閑職に飛ばされたということには、やさぐれた寂しさを覚えていた。

 以前飛行資格をはく奪された際にはその覚悟もしていたし、また戦死の恐怖から解放されたという安堵感があった。

 しかし今は、今はやるせなく怒りにも近い感情だけを抱いていた。

  「遠くまで来たものだ」

 覗き込む舷窓に映る、もう若くない自分の姿に、カイトウは長い溜息をついていた。



 要塞惑星ピンイン軍港の送迎デッキにおいて、レイナ・カンノ中尉は新司令官を待っていた。

 糊のきいた白い軍服に身を包み、長い黒髪をきつく結びあげている。時おり開くエアロックからの風に乱れるネクタイを気にしている。

 その緊張した姿を横目で見て、ジュリナは微笑んだ。

レイナがその悪戯気な笑顔に気づき、少し咎める視線を送る。

「少し遅れているようね」

 星間連絡船から何機ものシャトルが舞い降りてきては飛び立っていくが、肝心の新司令官はまだ姿を見せていなかった。

「この船に乗られていることは間違いないのに」

「お待ちかねなのね」

 レイナのつぶやきに、ジュリナはからかうような声をかける。

「お互いに」

 戦隊司令部付の操縦者パイロットであるジュリナ・ロウ中尉は、新司令官送迎のための専用車の運転者を志願して今日共に来ていた。

 二人とも、新たな司令官を待ち望み、少しでも早くその姿に接したかったのだ。

 ティロニア連邦軍ソロモン要塞戦線第二七七独立戦隊新司令官、ケイン・カイトウ准将。

 彼は、ティロニア連邦の中で広く名の知られた有名人であった。

 難攻不落、不朽の要塞。それもバルカ同盟にとって最重要であるインディラ要塞をいともたやすく奪取した男。

 また、アレウト要塞戦線のガンベル要塞を打ち砕き、敵中に孤立した味方艦隊を救った男。

 バルカ同盟領侵攻作戦後はインディラ要塞に陣取り、バルカ同盟軍の侵攻を全て打ち砕き「壁の守護者」と呼ばれていた。

 さらに若き日には、空母部隊の戦闘機隊に所属し多数の敵機を墜とした撃墜王エースでもあった。

 その伝説の軍人が今日、第二二七独立戦隊の新司令官として着任し、直属の上司となるのだ。

 「この退屈な辺境の戦場に」

 レイナは、傍らのジュリナの何かを企む幼女のような笑顔を見る。

 栗色の短髪に、鋼のような敏捷な細い身体。新司令官への期待が、そのにこやかな表情や全身からも読み取れる

 レイナは、いつかの二人の会話を思い出していた。

「エース・カイトウに模擬空戦シュミレーションゲームを挑んで勝てたなら、戦隊戦闘機隊にもっと自由に戦闘を行わさせてもらえかな?」

「それはどうかな。ジュリナの望んでいるのは搭乗しての実戦でしょう?」

「もうリーモート空戦は嫌なの。戦果も上がらないし。カイトウ司令官の空戦は、全て出撃しているのよ」

「仕方ないわよ。空母戦闘機隊同士が戦うような大規模戦場とは違い、ソロモンでは妨害装置ジャマーが少ないので直接パイロットが出撃せずに遠隔操縦リーモートコントロールで支障がないもの。その方が犠牲も少ないし」

「リモートで出撃して撃墜しても、誰も認めてくれないわ」

「リモートでも戦果上げていないのに」

「敵が少ないからよ」

 すねたように頬を膨らませ答える姿を思い出し、レイナは微笑む。


  司令官付き副官となって二年。前の戦隊司令官は退官前の老提督で、積極的な戦闘は望まなかった。

 また、老朽艦で編成された戦隊の乗員達の練度も士気も低かった。戦果も挙げられず、戦線駐留艦隊からはお荷物戦隊と蔑まれ、与えられる任務は辺境への航路防衛と輸送船団の護衛ばかりであった。

「昨日とは違う明日を」

 長く続いた退屈で単調な軍務の末に、伝説的英雄が上司として着任するのだ。レイナは、これからの軍務への期待に高鳴る思いを隠せなかった。


 五


 見間違えることはない。何度もニュース映像で見ていた有名人である。

 シャトルから重たげなバックを抱えて降りてきた新司令官は、映像の記憶よりも意外なほどに若い印象を与えていた。

 中肉中背。長めの黒髪を額に垂らし少し猫背気味に、はにかんだ笑顔を見せる。畏まった敬礼をするレイナに、簡単な答礼で応える。

「お待ちしておりました。第二二七独立戦隊司令官付副官カノウ中尉です。こちらは、戦隊付けのパイロット、ロウ中尉です」

「ジュリナ・ロウです。本日は司令官専用車の運転をさせていただきます」

「よろしく」という、カイトウの答えも終わらないうちに、パイロットらしく俊敏な動作でカイトウの手からバックを受け取ったジュリナは、踵を返すと司令官専用車に向かい慣れた動作で後部座席のドアを開いた。

「あ、こちらへ」 

 出遅れたレイナは、慌てたようにカイトウを司令専用車に誘う。

 レイナとジュリナは年齢も階級も同じであったが、容姿からだけでもその運動神経の差が見て取れて、カイトウは苦笑していた。

「本日は、これから戦線司令部を訪問いたします。要塞戦線司令官の在庁は確認しており、司令官の到着次第、辞令の交付が予定されています。その後、戦隊旗艦「サザランド」に乗艦いただき、幹部伺候。時間がありましたなら、旗艦艦内のご案内等をいたしたいと思っておりますがよろしいでしょうか?」

 助手席から振り返るレイナに、カイトウは口ごもる。

「その前に・・・」

「承知いたしました。司令部訪問の前に購買部(PX)に寄り、准将の徽章と司令官章を揃えたいと思います。ほかに、何か必要なものがおありでしょうか?」

(おや?) 

 カイトウは、少し微笑む。

 不器用であろうかと思っていたが、目ざとくカイトウの胸章が大佐のままであることを気づき対応方法を考えていたのであろう。

「発令から時間がなくて、準備ができなかった」

「事務引継はなされておられますか?セルブ前司令官からは既になされたと聞いておりますが・・・」

「うん」

 あいまいに答えるカイトウは、連絡船のパーサーに准将と声をかけられたことを思い出していた。

 大佐の階級章のままだったのに・・・。

 今回の異動は広く連邦軍内に知られているのかと、カイトウは考える。

 色々な詮索と憶測が行われているのだろうなと、煩わしく思う。

 そのどれもが、あまりカイトウにとっては嬉しいものではないであろう。

「准将の辞令は受けているので階級章は良いが、司令官の辞令はこちらでもらう手はずになっているから、司令官章を佩用するのは辞令交付後としよう」

「承知しました。では、まず購買部(PX)へ」

「了解」

 レイナが振り向いたとたんにジュリナは司令専用車のアクセルを踏み、急加速していた。

「ジュリナ!」

 振り向いていたレイナがバランスを崩してカイトウに倒れ掛かり、支えられ非難の声を上げた。

「すいません。つい気持ちよくて」

 ジュリナは、少し恥ずかし気に答える。

「カタパルト発艦の気持ちになりました」

 士官専用車には、乗車最上級者の階級を表示することが義務付けられている。准将をコンソールに入力すると、車体のボンネットには銀色の表示線が瞬き、さらに司令官であることを入力すると優先走行権が付与される。

 ジュリナは、前方の信号表示が次々に青に変わることに、思わずアクセルを踏み込んだのだ。

「戦闘機に乗っているのか?」

「はい。戦隊戦闘機隊に所属しています。まだ戦果を挙げられてはおりませんが、ぜひ今度司令官からのご指導をお願いします」

「ロウ中尉。いきなり何を言うの」

 あまりの強引さを咎める言葉に、ジュリナが肩をすくめた。

「機会があればな」

「ありがとうございます」

 苦笑し軽く受け流しながら、カイトウはもう何年、飛んでいないのであろうかと考える。

 司令官権限により、自分の飛行資格も復活できるのか。シュミレーターの使用許可ぐらいはできそうだけれども。

 専用車に加え、部下の態度からも今までとは違う階級と司令官職への敬意が感じられた。

 指揮官は厚遇されるのだ。知識としては知っていたが、実際にその処遇を受けると面映ゆいものの嬉しさもあった。

 豪勢な造りの専用車の後席で、深く腰掛けながらカイトウは初めて訪れたソロモン要塞戦線の主要要塞惑星ピンインの街並みをぼんやりと眺めていた。


 バルカ同盟領侵攻作戦終了後、シンガ要塞戦線インディラ要塞での参謀勤務を二年以上勤めていた。

 その間、カイトウはヤオ大将の指揮のもと、練り上げた機動防衛戦術により幾度ものバルカ同盟の攻撃を完膚なきまでに撃退し、「壁の破壊者」から「壁の守護者」にとその異名を代えていた。

 バルカ同盟によるインディラ要塞戦線奪取の企ては、ヤオ艦隊の活躍により、ほぼ行われなくなっていた。さらに、バルカ同盟内での内紛と執政官の交代という政情不安の情報も得られており、当面のシンガ要塞戦線の安定は見込まれてた。

 異動の希望を出していたわけではなかったが、大佐に昇進後、いつまでも前線の参謀を続けることは出来ないことはカイトウにも分かっていた。

 これまでの軍歴から、当然参謀系の配置に異動するものと予想していた。

 宇宙艦隊司令部参謀等の軍中枢において、作戦系の任務が与えられるものと誰もが予想しており、また口に出してはなかったがカイトウもまた、同様の陽の当たるポストを希望していた。

 全宇宙艦隊の作戦を立案し指揮することは、軍人最高の望みであり、カイトウも例外ではなかった。

 それが、大佐となった後のわずか半年で准将に昇進するとともに、辺境要塞戦線の独立戦隊への司令官就任という予想外の内示を受けていたのだ。

 自分が操縦する戦闘機を除けば、小艦艇さえ指揮した経験のないカイトウに、いきなりの司令官職の補職。

 独立戦隊の司令官職の任務といえば、輸送船団の護衛や星系航路の防衛のパトロール任務が主であった。

 カイトウの実績と能力からすれば、左遷といえるものであった。

 他人はいろいろと噂したが、カイトウにも身の覚えはあった。

 部下との女性関係のトラブルに加え、恒常的な不服従、聞えよがしで独りよがりな声高の批判。怠惰。傲慢な振る舞い。

 そのことは、カイトウ自身さえ自覚していた。自分の能力と軍功に甘えがあったのは間違いなかった。

 しかしその結果が、このような仕打ちで帰ってくるとは思ってもいなかった。

 油断だった。何が悪かったのだろう。

 戦線の安定とバルカ同盟内の政情不安は、ティロニア連邦軍内でのカイトウの才能の必要性を薄れさせていたのだ。

 内示後に噂で聞いた話では、人事局の左遷の意向に対し、上司であるヤオ司令官のとりなしにより昇進及び指揮官職への就任という折衷案になったということらしかった。

 都落ちにも似た辺境戦線への異動は寂しさを感じざるを得ないものであったが、初めての指揮官職であることを想い気を紛らわせた。

「君は戦術の天才かもしれない。しかし、これからは戦術ばかりではなく、大きな戦略のもと戦術を紡ぐ作戦術を習得することは、これからの君にとり必要なことであり重要なことだ。そのためにも、今回の司令官職は無駄ではない」

 そう、ヤオ司令官は言ていった。

 その言葉は単なる慰めの言葉としてしか捉えていなかったが、その深い意味を知ることになるのは、まだ遠い先のことであった。

 四〇歳にもならない自分が、各種艦艇三〇隻、総人員三、〇〇〇人を指揮する立場は悪くはないものであったが、これまでの軍務とは違い連邦防衛への重責も多くはなく、寂しさは禁じ得ないものであった。

 不快気に足を組みかえると、前方の助手席では少し緊張した副官が背を伸ばしたことに、自嘲気味にカイトウは笑った。


 六

 

 カイトウは、副官カンノ中尉を伴いソロモン要塞戦線司令部を訪れた。 

 豪勢な造りの司令長官室で、居並ぶ幕僚を前に要塞戦線司令長官のカワード中将から司令官の辞令を受け、期待しているとの型通りの激励を受けた。

 そして、参謀長メノウ大佐以下の幕僚を紹介される。皆にこやかな笑顔で挨拶をするが、どこか新参の若い司令官へのよそよそしさを感じさせるものだった。

 カイトウとって、これまで共に戦った者も見知った者もいない新たな戦場。

 左遷同然で送り出されてきた有名人。そして、三〇代で准将という地位を得た若い戦隊司令官。

 まあ、別に親切にも懇意にもする必要もない存在かなとカイトウは自嘲する。

 コーヒーをもてなされるでもなく、そそくさと退出しようとするカイトウをメノウ参謀長は呼び止めた。

「軍機情報は既に貴官のコンソールに届けてあるので確認ください。また、新司令官には早速で申し訳ないが、第二七七独立戦隊には来週べナンへの輸送船団護衛任務についていただくことを予定しています。詳細は追って通知しますので承知おきください」

「了解しました」

 その時、少し後ろにつく、カンノ中尉の浮かべた少し不安気な表情をカイトウは見逃さなかった。


「なにか、不審なことがあったのか?」

 車中でのカイトウの問いかけに、レイナは不満げに唇を尖らせた。

「司令官が着任されたばかりだというのに、べナンへの護衛任務を命じられたのは少し酷だと思いました」

「厳しい任務なのかい?」

 気楽で間延びしたカイトウの問いかけに、レイナは少しの笑みをつくる。

「べナン星系は、このソロモンでも辺境の果てといえる地域で未踏破宙域も多く、航路維持のための駐留部隊と鉱山惑星がいくつかあるだけなのですが、近年バルカ同盟軍の進出が顕著で私掠船の活動が激しくなっております。特に最近は輸送艦隊の被害が大きくく、艦隊が護衛に出たこともあります。わが戦隊も二か月前に護衛任務に従事しましたが、散々の結果となっています」

「嫌がらせかな?」

「好意ではないと思います」

「そうかい」

 率直な言葉にカイトウは、苦笑を作る。

 カイトウの変わらないペースに、前の二人がそっと顔を見せあい微笑むのが見えた。

「私掠船。そのようなものが、まだ活動しているのか」

「はい。近頃は特に活発で、敵情報機関とも連携し、輸送船団への襲撃や星系への略奪行為、諜報網の展開など多様な軍事的行為を行っております」

 私掠船。

 バルカ同盟軍の生い立ちは、民間船舶の武装から始まっている。武装船は非武装の船舶を襲い、また有利と見れば正規軍の小規模艦船にも戦いを挑み戦果を挙げていた。

 バルカ同盟結成後も一部の武装船は正規軍への編入を望まず、ティロニア連邦への海賊行為を今も同盟の承認のもと行っていた。

 私掠船は軍艦ではないが、高速民間船に強力な武装と装甲を装備し、連邦星系や輸送船団への海賊活動を行い、強奪や破壊にはその戦果に応じた多額の賞金が同盟から支払われていた。

 一攫千金を狙う無頼の徒には適した職業なのであろうか。

 バルカ同盟独立戦争初期には準軍事機関として活発に活動していたが、壁が構築されてからはほぼ一掃されていた。

 しかし、防備が脆弱なこの辺境宙域では今もその活動が継続していたのだ。

 「海賊行為など時代錯誤だな」

 そう呟く、カイトウには気づけていない複雑怪奇さがこの辺境戦線にはあるのだ。


 戦艦サザランド。

第二二七独立戦隊の旗艦である彼女は、軍港の片隅に係留されていた。

 銀色の艦影。やや大きめな胴体のラインから流麗さは感じられないが、旗艦専用戦艦として防御力と指揮通信能力には定評がある旧式の戦艦であった。

 艦腹から伸びた舷悌のたもとには、戦隊の高級士官が列を作り待ち構えている。

 鮮やかなカーブを描いて滑り込んだ司令官専用車は、舷梯に寄り添うように止まった。

 カンノ中尉が素早く下りてドアを開け、カイトウはゆっくりと降りて出迎えの行列に答礼を返す。

 舷梯のラッタルに手をかけた時、衛兵の号笛が響き渡る。カイトウがサザランドを振り仰ぐと、艦上に信号灯が瞬き司令官乗艦の標識灯サインが灯る。

 同時にサザランドの周りに係留された第二二七戦隊各艦が一斉に汽笛を響かせる。

 勇壮で大業なものだ。全ては、カイトウのために行われている。

 報道班員が来ており、カメラがカイトウの姿を録画していた。

 少し面映ゆく思いながらも、カイトウは頬を引き締めて舷梯を上っていく。

 ティロニア連邦歴一六六年二月一七日。

 ケイン・カイトウ准将は、ソロモン要塞戦線駐留第二二七独立戦隊司令官に着任した。


<第二章 戦隊司令官 に続く>


 天空の要塞バルカ戦記の続編です。このソロモン戦記ではティロニア連邦軍のカイトウの活躍を描いていく予定です。今回は連載形式で章ごとに掲載していきます。

 第一章はカイトウの初陣の回想から始まります。

 最初が夢からなのは、ほかにいい出だしが思い浮かばなかったからです。

 第二章は、カイトウの独立戦隊での最初の戦いを描く予定です。




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