百合魔王航空第0007瓶~大東亜三瓶圏~
現在、三瓶家で最も権力のある者。それはときわお姉様。お父様とお母様が亡くなる前、正式にその地位を引き継いだ。
ああ、私の愛しいときわお姉様。貴女がこの世を統べる日も、そう遠くはないでしょう。
好きな服を着て。
好きな物を食べ。
好きな女を雇い、侍らせる。
既に帝王の影を見せているお姉様。世界の支配へと向けて余念がありません。全ては、お姉様の意思のままに。
とはいえ。
愚かなことに、親戚の中には私腹を肥やしているお姉様を快く思っていない者も少なくありません。
そんな方々の手綱を引くのも、お姉様の未来の側近たる私の務めなのです。
◇
『この砂流葉佳里、ときわ様に心を奪われました。どうか、伴侶としていただけないでしょうか?』
ある雪解けの日。
お姉様の妻になりたいと言う者が現れました。お姉様は戸惑いつつも「話だけでも」ということで一対一の食事の席を用意しました。私は部屋の監視カメラと通信ベルトでその様子をうかがいつつ、自室で調べ物を。
「砂流家……高知県にある砂時計作りの名家ですか」
『……すぐに決めることはできませんわ』
『わたし以上にときわ様を愛している者などおりません! そう、自負しております。ですので、何とぞ……!』
『……困りましたわね……』
「……もしもし。私、三瓶グループの三瓶せつなと申します。疑われるようでしたら、公式の音声資料で声紋認証などしていただいても構いません。……はい、突然申し訳ありません。ところで……そちらに砂流葉佳里さんは……はい……交通事故で……そうでしたか。いえ……急用ではありませんので……はい、はい……失礼いたします」
こんな未成年に暴かれる策謀を考えてはいけませんよ。
「本物はもう既に死んでいる……と。砂流家の番号が電話帳に載っていて助かりました」
◇
急ぎつつも平静を装い、仲間の使用人を前に歩かせお姉様達のいる広間へと。
「ときわお嬢様。お電話が」
「分かりましたわ。……少々待っていてくださる?」
「はい。わたしは構いませんので」
お姉様が完全に居なくなったのを確認してから、自称「砂流葉佳里」の前に姿を現します。
「あなたは……!」
向こうにも盗聴器が仕込まれているかもしれません。私の名前を言われる前に、隠し持っていたダーツの矢を彼女の首筋へ撃ち込む。
「うっ!」
名は「ポイズン」。私の為に作られた、特殊なダーツの矢です。
仲間の使用人に目配せし、砂流葉佳里の偽物を拷問部屋へ連れていくように指示します。女性でありながら中学生くらいの少女を軽々と担いでいく怪力。私が見込んだだけのことはあります。
……さて、この謎の少女ですが……。おそらく、孤児院かどこかから見繕ってきた子でしょう。どなたの差し金か……じっくり聞かせていただきますね。
「……あら? せつな、あの子はどうしましたの?」
「ふふ。なんでも、急な用事ができたとかで」
「そう、ですの……」
お姉様の為ならば、どんな汚れ役でも引き受けましょう。
かつて、お姉様を討ちに来た愚かな方が、私達姉妹をこう称しました。
三瓶ときわは「百合の魔王」。
三瓶せつなは「管制塔の魔女」。
悪くない表現ですね。
お姉様が王となるのは運命。
お姉様の支配の手は極東からアジア、そして世界へ。そのためにこうして、人間という名の飛行機を整理しているのですから。飛行機同士がぶつからないよう、私が見守っていましょう。
これは既定事項。「三瓶ときわは王者となり、世界を手にする」。そのフライトスケジュールは……揺るがないのです。
◇
私は、眠るのが苦手だ。
悪夢を見てしまう。
それなら、どれほど寝不足になろうとも……起きていた方が気が楽だ。
私は魔の王。忌み嫌われる存在だ。両親が死んで以来、家の金で好き勝手して過ごしている。疎んでいる親戚も少なくない。こんな姉より、せつなの方がよっぽど……三瓶家のトップに相応しいとさえ思っている。私が疲弊した末に両親のもとへ行ったところで………………。
だから。
それまでは。
こうして、生きている間は。
私が生まれ育ったこの家が過去に犯した罪を精算するために尽くそう。そして、この家が綺麗になった後に、妹へバトンを渡そう。あの純粋で誠実なせつななら……きっと良い当主になるに違いない。私自身は遠くへ離れて……誰も知らない場所で最期を迎える。それがいい。これで、全ての穢れが取り除ける。
ワガママお嬢様が今さらそんなことを言っても、遅いかもしれないが。
死後くらい、素敵な夢を見させてほしい。
私が、この家の長女に生まれてきてよかった。
子は、生まれてくる家を……順番を選べない。せつなでは、きっと務められない。耐えられない。私だけが嫌われ役になれば、全部解決する。私がホコリをまとめて、自分もろとも一緒にポイ。そうすれば、せつなは「綺麗な三瓶家」を受け継ぐことができる。
◇
私、三瓶ときわは、眠るのが苦手だ。悪夢を見るのが、怖いからだ。
ならば、起きている時に少しでも世界に貢献しよう。
それには「働く」のが手っ取り早い。社会も学べて、一石二鳥だ。
「二名でお待ちの、長泉様っ」