戦国航空第0903瓶~眠れぬ百合の魔王~
私は眠るのが嫌だ。悪夢を見てしまう。
学校に通い、部活で仲間と汗を流し、家では人を顎で使う。けれど、それだけじゃ寝る時間ができてしまう。暇を持て余した時……私は睡魔に襲われ、悪夢にうなされる。だったら、時間に追われていた方が良い。
だから、働く。過去、この国を戦禍に巻き込んでしまった贖罪を兼ねて。
◆
どんな専門職にも、どんな技術職にも、私はなることができる。違法だからもちろん公にはしないが、コンビニの店員、オフィスの受付、水道局員、科学者、自動車整備士、警察官、果てはレスキュー隊員……そのほかにも、今までいろんな職業を経験してきた。それはひとえに、三瓶家の財力と権力によるもの。戦争によって成り上がったこの家の力を使う……そういうところが、私がこの家の人間たる証拠であり、一種の焼き印のようなものなのかもしれない。お嬢様のわがままに付き合ってくれたそれぞれの上司には口止め料も兼ねて、幾度となく札束を渡してきた。
「一平! 三瓶! お前らは休憩に入れ!」
「うぃーっす!」
「はいですの!」
今日の仕事は城の石垣の修繕。棟梁の一声で、私は休憩時間を迎えた。即席の足場から地上に降り、腰掛けられそうな場所を探す。
「そこの者!」
「?」
「私は誾林駿河。君、名をなんという?」
「……三瓶ときわ、ですの」
彼女は……確かここの娘。……いや。棟梁が言うには、目の前にいるこの人物は男ということらしい。私と同じく星花に通っていると聞いているが、本人がそう言うならそういうことなのだろう。他学年の生徒のことなんて、よほどの有名人でもない限り顔を覚える機会も無いものだ。
「どうだ? 昼休みに糖分でも」
「ええ、いただきますの」
そばにあった池の岩に誘導され、よもぎ饅頭をもらう。よもぎの香りとこしあんの甘さが、疲労を溜めた体に染み渡る。睡眠による休息が満足にとれない私にとって、食事は何よりも心身を癒してくれる。今朝のバイト終わりに譲ってもらった廃棄弁当を持参してきていたが、それはあとで食べることにしよう。流石に今夜の交通誘導員の仕事が始まる前にはありつきたいものだが。
「……それで? この家の人が、こんな一作業員になんの用ですの?」
「珍しいと思ってな。女が外で働いているなど」
「随分と時代錯誤なことを言うんですのね」
「そうか? 世俗の動向には気を配っているつもりだが……。……ん、泣いているのか?」
「あくびを我慢していただけですの」
「睡眠は重要だ。いつ奇襲を仕掛けられるか分からないからな。平和な夜にはしっかりと体を休め、日の高いうちは鍛錬あるのみ」
一般論の中に物騒な単語があったような気がするが、彼女……彼は敵を作りやすい人間なのだろうか。
ともかく余計なお世話。寝ることを許されない私には二十四時間営業がお似合いだ。
「……寝たくありませんの」
「そのような濃い隈を作っていてもそう言うのか。……自身の肉体からの信号は素直に受け取るが吉、だぞ」
「……っ!」
化粧で隠していたはず。
慌てて作業着のポケットから手鏡を取り出して確認する……が、見受けられない。
「どうして……」
「単純に目に見えるものが全てではない。戦人たるもの、心の目で世界を見なければ、良い戦略は見えぬもの。……ま、平たく言えば『男の勘』だ。女の変化に気がつけぬ男はただの馬鹿者というほかない」
やっていることは凄いが、言っていることはさっぱり分からない。
「三瓶! そろそろ戻ってこい!」
「今行きますの! ……ということですの」
「ああ、そのようだな。……こちらも迎えが来たようだ」
彼の後方から、男の子と女性が歩いてきていた。……なぜ背後から人が来ているのが分かったのか、これも『男の勘』の賜物なのだろうか。
「……女も外に出て働く時代か。世界も変わったな」
「いや、姉ちゃんはいい加減に世界観を更新した方がいい気がする」
「兄上だといつも言っているだろう」
「……ごめん、兄上」
「うむ、それで良い」
「それじゃあ、もう作業に戻りますの。ごちそうさまでした、ですの」
「ああ。石垣の修繕、頼んだぞ」
私は体を翻し、足場へと歩を進めた。
ふと空を見上げると、薄い青色のキャンバスに大きな雲が描かれていた。それは大小二つの雲が合体したようで、その形はまるで……。
「……キノコ。これまた珍妙な……」
聞こえてきた彼の呟きが、私の感想と合致した。