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コールド負けヒロイン

作者: 在存

 0


これを読み始めた皆さんは、自分が「モブ」であることを心のどこかで厭がっています。

この手記は、そんな皆さん方へ向けた、私のささやかな遺言でございます。


 1


世に100億を下らず跋扈する「負けヒロイン」が、実はすべて私であることをご存じでしょうか。




片に想いを寄せていたアイツの背中を押したり、ポット出の深窓令嬢に幼なじみを掻っ攫われたり、好き好かれの可能性をとうに超えてしまった距離感が仇となったり、あれらはすべて私でございます。


──ああ、早く次の「命」を選ばないと。宇宙の摂理が乱れてしまう



実はつい先ほども負けてきました。さっきまでの私は名を二条友恵といい、薄紫色のロングが特徴で、竹を割ったような性格の学級委員長でした。紫髪というのは負けるのが宇宙の摂理で、私もこの色で328万回は負けた覚えがございます。



二条友恵は同じクラスのある男の子が気になっておりました。そいつは授業をしょっちゅうサボり、たまに顔を出しては居眠るばかりのいわゆる不良で、とはいっても暴力的な雰囲気はなく、どこか物憂げな「無気力不良タイプ」の主人公でございます。きっと口外できぬ事情があったのでしょう。まぁ私は「負けヒロイン」なのでトゥルールートには参与できず、物語佳境であらわになる彼の憂さについては知れずじまいでしたけれども。



──さっきの宇宙について思い出してみようか



星3.4。同率にテュンソフトの「あなたと交わした夏の約束」が並びます。無難にまとまってはおりましたが、2000年代前半の論理で未だに動いていて古びてて、3.5の壁を突破するには今一つ新鮮味を欠きますね。所謂モブでございます。



──それでは、宇宙00801722-003は終わらせてしまってもよさそう?



論ずるまでもなく──


彼のような陽を嫌うタイプの主人公と学級委員長タイプのヒロインが馬が合うはずもなく、よしんば彼の好感度を稼げたとはいえそれは「恋」の概念で語れる関係値につながることはございません。二条友恵は彼に恋してしまった時点で敗北が決まったといってもよいでしょう。案の定、彼を救ってあげられたのは彼と同じく不登校気味だった病弱薄幸の美少女であり、私は彼らを持ち前の気丈さで陰ながらサポートするというマーメイトよりも美味しくない立ち位置に甘んじた次第です。


でも、それが嫌だとはつゆ思いません。なぜなら私は運命にしたがい使命を遂行しているだけだからです。エラ呼吸する魚を見てうらやましくなるニンゲンはいないでしょう?




さて、敗北を喫した傷も癒えたことですし、ええ、約100億回目の旅へ行ってまいります。


──これ以上宇宙がなくならないといいのかな?


それは……


無理な相談です。不肖私には負けることしかできないので。

そういって灯りのない洞窟を出ました。




 2




 100万回「負けヒロイン」を経験したせいか記憶がここのところ混濁としてきましたが、次の宇宙へと向かう間、なんとか昔話をしてみましょう。

この宇宙においては今から3年前、中学2年生の頃、朝の食卓でことは起こりました。



「あなたさァ、このまま”勝って”ばっかりでいいの!?」

机を囲んで正面に座る、専業主婦の母親からそう言われたのです。最初は私に向けられた言葉とすら捉えていなかったので、箸を伸ばしかけていた焼き鮭のピンク色をぼんやりと眺め込むばかりでしたが、やおら朝に似つかわしくない静寂に感づくと、これはいつもと違う一日が始まったなとようやく私は顔をあげました。


次に視界に入ってきたのは焼き鮭よりも顔を紅潮させた母親です。どうやら泣いております。歳も14を数えるようになった私は寛容と分別の類を身につけはじめている故、無敵のようであった母親でも感情の波に呑まれる瞬間があることを存じております。しかしその瞬間が朝の食卓にやってくるのは果たして適当なのでしょうか。ここ半年は家族喧嘩もしていませんし、予防接種による発熱の経験もないので、言ってしまえば泣かれる筋合いにおよそ見当がつきません。きっと14の私にはまだまだ年の功が足らぬのでしょう。


などと考えながら鮭の身を咀嚼し、口の塩気をまぎらわすべく白米に手をつけようとしたその時、

「あああぁ育成に失敗したわ!!!!チクショウ!!この子には勝たせすぎたんだわ!!!」


どうしたのですかお母さん。箸突っ込んだままの味噌汁がこぼれますよ。


「普通に産んで、ハイハイ歩行自転車と覚え込ませて、幼稚園小学校中学校…順調にルート進んでいると思ってたけどとんだ勘違いだったわ!!これじゃあ何のフラグも立たないじゃない!!!チクショウ!!私は我が子をモブキャラにしたくなかったのよ!!!」


何をおっしゃるんですかお母さん。いつも苦労かけていることは謝りますので、どうか味噌汁をお椀ごと投げつけてくるのをおやめください。豆腐が耳の穴に入ってしまいます。


「ねえ、あなたも悔しくないの!?」母親は今度は白米のはいった茶碗をわしづかみにして食卓へ叩きつけました。なかなかお目にかかれない美技でございます。「このまま誰にも気づかれない”勝ち”を繰り返して、その延長に何があるってのよ!?」


なるほど、一理あるやもしれません。私の母親はただただ疲労性ヒステリーに犯されているものと高をくくっておりましたが、どうやら彼女の言葉は傾聴すべきいっぱしの真理を含んでいるようです。すなわち、14の私もちょうど迷っておりました……私の人生、あまりにも平凡であると。


宇宙の摂理によれば、世の中には3種類の人間しかおりません。「正妻」と「負けヒロイン」そして「モブ」でございます。



「正妻」は世の主人公のハートを射止めうる天性を備え、ただ息を吸っては吐いての日々を費やすだけで、自然とトゥルールートに進む資格を有します。「負けヒロイン」は世の主人公の近くにいつも加わることができますが、トゥルールートに参与することの適わぬ運命の十字架を背負っており、ノーマルルートの道半ばにして存在を否定されます。


「モブ」とはかれらの余事象で、それ以外に語ることはございません。「モブ」は自らが「モブ」であると頑なに認めず、トゥルールートへと一向につながらない無駄な勝ちを積みあげては、何かに向けて前進しているのだという錯覚に溺れます。私はそんな「モブ」に生まれつきました。齢14にして、誰かに教えられるわけでもなくすっと自覚したのです。


そんな「モブ」道をせっせと邁進する我が子を母親はついに見かねたのでしょう。朝っぱらから外聞を忘れて怒鳴り散らす母親を見ては居たたまれぬ心地になります。ああ、どうにかして母親を立ち直らせることはできないのでしょうか……



「そんな”平凡な宇宙“に苦し悶えるあなた達に、ぴったりのプランが!」



食卓に現れたのは父親でした。どうしたことでしょう、彼はもう働きに家を発っていたはずですが……いつものカジュアルスーツはどこへやら、ぱっきりとした黒燕尾服に身を包んでおります。和やかな垂れ目はx軸について線対称に移動しており、大変いかつい様相に身の毛がよだちます。


父親は味噌汁を被った私と白米を浴びた母親を捉えながらこう言いました。「今まで隠してたが、俺は実はマッドサイエンティストだったんだ。平凡なサラリーマンの振りをしていて悪かった。お詫びに俺の実験結果を見てくれ」


なんと、我が尊敬する父親は実はマッドサイエンティストだったのです。これまでそんな素振りがありましたでしょうか。しかし100万回の「負けヒロイン」を経験した今になって振り返ると、気づけなかった当時の私が阿呆だったと言わざるを得ません。何しろ黒幕は身近で優しい男性であるというのが宇宙の摂理ですから。


父親はポケットから手のひらサイズの蒼い球体を取り出し、親指と人差し指でつまんで、私たちに見せつけてきました。蒼い球体は凝視するときらきら細かく輝いて見え、昔屋台でプールより掬ったスーパーボールのようでした。


「愛しき我が子よ、これを飲め!これは「正妻」になれるポーションだ」

「ええ!?あなた今「正妻」と言ったの!?我が子のために、ずっと頑張ってくれていたのね…」母親はまた泣きだしました。うれし涙でございます。「ほら、さっさと飲みなさいよ!このまま普通に勝つだけのモブで良いってわけ!?」



良いはずがありません。これ以上尊敬する両親を悲しませる「モブ」でいたくはないのです。それに、何の努力も苦労もせずに主人公と寄り添える「正妻」へのあこがれが、わずかに残存する幼心より捨てきれぬことを否定できません。長々弁舌を振るってまいりましたが、要するに私は勝ちたいのです。私が勝てる宇宙に行ってみたいのです。


そうして、私は父親より蒼い球体を受け取り、口に含むにはいささか大きいサイズであることに戸惑いつつ、すっかり冷えてしまっていた私の味噌汁を使って胃に流し込みました。これで私は「正妻」になれる!



ところが父親の話とは違い、それは「負けヒロイン」になれるポーションでした。かくして今に至ります。




 3




 自ら「負けヒロイン」となることで宇宙の摂理を変革してからすぐに気づいたことが2つあります。1つ、宇宙というものは幾千幾億と存在し、それぞれの宇宙に「正妻」「負けヒロイン」「モブ」がのさばっているということ。2つ、そのうち「正妻」「モブ」ばかりが人気で「負けヒロイン」の人材が著しく不足しており、少数の人間の手によって複数宇宙の「負けヒロイン」を”兼務”しているということ。

「正妻」が人気なのは理解できますが、なぜ「モブ」が「負けヒロイン」よりも人気なのでしょうか?


「14の君にはわからないだろう」


 「負けヒロイン」達が集う(といっても2人しかいませんが)、宇宙のはざまに位置する灯りのない洞窟で、私はいつも先輩の「負けヒロイン」にそう諭されます。私はそのたび、なるほど自分にはやはり年の功が足らぬのだ、と思い直します。若輩不肖私としては、せっかく「モブ」を脱却できたのですから、たとえ「負けヒロイン」だとしても誇りに思い、たとえトゥルールートに行けぬとしてもその入り口に立つ資格を有したことを僥倖に感じ、立場をまっとうするのが道理でございます。



「さて、先ほども教えたとおり「負けヒロイン」の人手不足は深刻さを増している。2000年代前半にはそこそこ人気だったのだが、「負け」の仕方が甚だしくワンパターンであることが知られてしまって、たまに優秀な「負けヒロイン」が来たと思えばそういう輩にかぎって大した資質もない癖に向上心がストップ高なもんだから、永遠に錯覚しつづけてハリボテの「正妻」を演じる道か、挫折して「モブ」へと堕す道へ転げていく。「負けヒロイン」の不人気はそのように悪化の一途だ。

誤解を招く表現を使えば、プライド屋の高学歴が地方公務員になりたがらないようなものだな」



なるほど、よくわかりませんが「負けヒロイン」とは地方公務員なのですね。



「しかしお前は珍しく、「正妻」にも「モブ」にもならず、「負けヒロイン」としてやっていけそうな人材だ。592746510925719826年「負けヒロイン」をやってきたがお前のようなのは初めてだ」



なるほど、「負けヒロイン」は宇宙創成より前から居たのですね。創世記に記述がなかったので存じ上げぬことをお許しください。


「負けヒロインの仕事だが、きわめて簡単だ、宇宙の摂理が示すままにその宇宙の「負けヒロイン」を演じてやればよい。

加えて、とはいっても無数に存在する宇宙を2人で切り盛りするのにも限界があるから、宇宙の仕分けも同時に担わないとだな。古びた200年代前半の論理で回る宇宙は贅肉でしかないから、消してしまうんだ」



宇宙を消す?そんなことが私たちにできるのですか。


「簡単だ。その宇宙の「負けヒロイン」を放棄してやればいい。「負けヒロイン」を失った宇宙は闘争の世界となり、じきに摂理が乱れ、そしてオワコンとなっていく」


成程……宇宙をオワったコンテンツにできるのですね。



はてはて、先輩が私のなにどこを評価してくださっているのか皆目見当がつきませんが、しかしかくも手放しに褒められるのもなかなか経験がありませんで、14の私には刺激が強うございます。私のように”普通に”勝ってきた「モブ」というのは、みなさまも心当たりがあるかと存じますが全然まったく褒められません。

若輩ながら分析するところによると、大人は褒めるという営みを通じて物語を消費したいだけなのです。トゥルールートを見たいだけなのです。そんな彼らにとって「モブ」など眼中になく、「負けヒロイン」も一部の酔狂に逆張りされるほかございません。



であるとやはり「正妻」になってみたいものですが、尊敬する父親のポーションですら叶わなかった夢を未だ追うほど向上心があるわけでもございません。さすると私は「負けヒロイン」向きなのでしょうか。



そういうわけで100万年間、現実世界をはるかに超える「宇宙の摂理」に基づくようになり、時空のしがらみから解き放たれた私は、数え切れぬほどの「負けヒロイン」を経験し、幾億の宇宙をオワコンにしてきてまいりました。



はじめは様々な宇宙における「負けヒロイン」に成り代わる職務を、さながら世界旅行のごとく呑気に楽しんでおりましたが、次第にいらいらすることもございました。

かの先輩よりご教授いただいたように「負け」の仕方がワンパターンであること、これは私にとってどうでもよいのです。ワンパターンほど楽なことはございませんから。


ああ、参考までに私の把握できた限りでのパターンを列挙いたしますので、今後「負けヒロイン」をキャリアプランの一部と志そうみなさまは何卒ご査収くださいませ。


・夏をモチーフにした宇宙では幼なじみは絶対勝てない、というのもひと夏の迷いにまさるものはないから。

・逆に冬をモチーフにした宇宙では幼なじみに勝機がある、逆にこの場合の「負けヒロイン」は委員長である。というのも委員長が最も輝く「文化祭」が物語序盤に配置されることが多く、せっかく稼いだ好感度も尻すぼみになるから。

・紫髪を見たら負けヒロインと思え

・トゥルールートはあくまでアドオンであるべきなのに、ノーマルルートで何も語らず解決しようとしない宇宙は駄作であり、「負けヒロイン」を演じてやる義理はない。

などなど…



さて、幾億の宇宙を旅し、記憶も混濁としてきた私にとって、もはや現実世界のあらゆる論理が矮小なものと見え、森羅万象が誤差と化しました。


しかしある日、先輩「負けヒロイン」が「正妻」を目指す道すがら、「モブ」へと堕していってからというもの、私はいらいらとするようになりました。誤解を招く表現を使えば、地方公務員が30半ばになってITスタートアップを立ち上げるも、自分の会社を持ちたいという野望ばかり先走り、事業構想は空洞で、スタートがゴールとなってしまった故に敗北を喫したといったところでしょう。

ああ、先輩のなんと愚かなことか。私はかれのせいで、無数に存在する宇宙をたったひとり束ねる「負けヒロイン」となってしまったのです。


私は「正妻」にも「モブ」にも身を移すことができなくなりました。そんなことをしたら無数に存在する宇宙すべてが「負けヒロイン」を失い、摂理が乱れ、私もろともオワコンとなってしまうからです。




そんなわけで、この手記をお読みのみなさまにお願いでございます。


私といっしょに「負けヒロイン」をやりませんか?



厚生年金、健康保険、介護保険、雇用保険は未加入、昇給賞与退職金なし、交通費家賃補助なし、そのようにアットホームな職場でございます。

100億年の時をへて一人ぼっちになってしまった私を、どうかお助けください。




 4




「どうかな?この新作ギャルゲーのシナリオ」


「我々テュンソフトも変革の時だと思うんです。ありきたりなことをやっていたらダメなんです」


「だから、ギャルゲー特有の「負けヒロイン」「トゥルールート」といった概念を物語構造に存分に組み込んで…」


「そこに思春期特有の全能感とか、非凡を求める気持ちなんかを混ぜられたら、メッセージ性もあるかと!」


「説教臭くならないように適度に狂気じみた掛け合いも加えて…」


「「Ever17」的だな。オタク好みの構造、そしてメタだ」


「そうですそうです!これで斜陽だったギャルゲー業界もつ



「おい、どうし





 ──ゲームの進行が不可となりました

 ──代わりとなる「負けヒロイン」を用意し、再起動してください…………



(シャットダウン)

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