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月夜の悪魔-1

「自称勇者の居場所は掴んでおいた。タンペットの部下たちが秘密裏に監視をしている」


「ご苦労様。さっそく自称勇者の元へ行こうか」


 数日走り通しだったため、セパルはぐっすり寝ていたが、二人の話し声で目を覚ました。 

 寝起きのセパルは、いつの間にか停まっていた馬車の外を見る。

 微かに開いた扉からは、陽の光が差し込んでいて、外がもう朝だと気が付く。

 のそのそと這い出すと、そこはルリジオの館の前でも、アビスモの城の前でもない。青々とした木々の広がる森の中でアビスモとルリジオが二人向き合っている。


巨大樹(ジャックズツリー)の滴を手に入れたんだけど、君も使うかい?」


「……そうだな。酒瓶アンフォラ一本分は俺に譲ってくれ。魔法薬の材料に使えそうだ」


 持ち帰ってきた樽の中身をどうするか話していた二人は、眠そうな目を擦って馬車から出てきたセパルへ目を向けた。

 黙って入れば見目麗しい二人の顔を見比べながら、セパルは胸の前で腕を組んだ。


「館に帰ると思っていたのだが……どういうことなのか話して欲しいのだ。我をのけ者にしておもしろいことを始めようというわけではないだろうな?」


 小さな牙をみせながら笑うセパルの肩をポンと叩いたアビスモの表情は、やや憂いを帯びている。セパルが首を傾げていると、彼の視線がルリジオへ向いた。

 彼女はアビスモに釣られて、金色の髪をかき上げながら微笑むルリジオを見る。

 馬車に積まれた樽の栓を抜き、赤土を焼いて作った細長い大きめの酒瓶に独眼巨人の里でもらった液体を注いでいた。

 深い緑色の巨大樹(ジャックズツリー)の滴は、蜂蜜のようにドロリとしている。栓をあけたことによって巨大樹(ジャックズツリー)の滴から放たれる青臭い匂いが、離れた二人の元まで漂ってきた。

 セパルとアビスモは思わず顔を顰めて同時に鼻を押さえる。


「うげえ……」


 ルリジオは、酒瓶アンフォラの上に鞣した革を被せ、紐で縛り付けた。

 どこからともなく現れて、目の前の停まった六本足の黒馬に、酒瓶アンフォラを括り付ける。そして、ルリジオに尻を手で叩かれた黒馬は、嘶いて森の奥へ駆けていく。


「アレをあのまま飲まないといけないやつに心当たりが有ってな。同情していたところだ」


「アレを飲むくらいなら、まだスライムの糞を飲んだ方がマシだと我は思うぞ」


 舌を出してうんざりした表情をしているセパルと、口の端を持ち上げてニヤリと笑っているアビスモの元へ、微笑みを浮かべたままのルリジオが戻ってくる。

 手に持っている革袋で作られた水筒を懐に入れながら、ルリジオは空を見上げた。


「日も高くなる前だ。さっさと用事を済ませてしまおうか」


「勇者の末裔が手掛かりを握っているといいんだけどな」


 アビスモが連れていた栗色の馬にルリジオは颯爽と跨がる。

 差し出された手に掴まって、ルリジオの馬に乗るセパルを見て、顎を摩りながらニヤリとしたアビスモは、自分も黒馬に跨がった。


「道案内は君の頼むよ」


 森の中をアビスモの乗る黒馬を先頭にして、三人は駆けていく。

 馬に揺られながら、セパルは先ほどの謎の液体について考えていた。


「アレは人には毒なのだろう? もしかして、勇者を毒で脅すのか?」


「そんなことには使わないよ。まあ、後で楽しみにしていて欲しい……かな」


 むむむ……と考え込むような表情になったセパルの頭を、ルリジオはそっと撫でた。

 呑気な調子で話している二人の方をアビスモが振り向く。


「そろそろだ」


 馬から下りて、山小屋の近くにある柵へ繋いだ三人は言葉を交わさないまま森の中を進む。

 褪せた赤色の屋根が見えてくる。

 両開きの背の高い扉はズレているし、かつては美しいステンドグラスでも嵌められていたであろう大きな窓には、木の板が乱雑に打ち据えられていた。

 数人いた軽装の兵士たちに案内され、三人はタンペットと合流する。


「懐かしい気配がするのだ」


「あなたは……悪魔だからそうでしょうね」


 少しだけ顔を青ざめさせたタンペットが苦笑いをして、小声で呟いたセパルに声をかける。

 首を傾げたセパルが、自分の背後に居るアビスモとルリジオの顔を振り向いてみた。


「俺は、元々こういう気配には耐性がある。でなきゃ悪魔なんて従えられんからな」


「僕は女神の加護があるから呪いや瘴気の類で、具合が悪くなることはないんだ」


「うらやましい限りよ」


 顔色を全く変えない二人に対して、タンペットは力なく首を振りながら、石碑に背を預けるようにして座り込んだ。

 この場は、人にとっては毒になる環境らしいと気が付いたセパルが眉を顰めると、タンペットは弱々しく笑って「大丈夫よ」と微笑む。


「ここが貴方が言っていた自称勇者の居所だけど……正直、これ以上は私や、王都の兵士たちは近寄れないわ。バレてしまうのもあるけれど……この瘴気は私たちには毒みたいなものだからね」


「それで……わかっていることはあるかい?」


「ヤバいものをあの館の中に囲っていることくらい……かしら? 一昨日、大量の家畜が運び込まれたきり音沙汰は無いわ」


 額を押さえながら告げるタンペットの言葉を聞いたルリジオは、館の入り口前にある円形の広場へ目を向けた。

 つま先立ちをして、館を見たアビスモは眉間に皺を寄せる。


「あんたと、兵士たちは先にここから出てくれ。あとは俺たちがなんとかする」


「俺たちって……我も入っているのか? こ、こんな濃密な瘴気を産むような相手……」


「お言葉に甘えて、撤退するわ。ルリジオはともかく、貴方は気をつけてね。腕がちぎれてもすぐ生えてくるわけじゃ無いんだから」


「まあ、いざという時は盾くらいにはなるよ。君のことは友達だと思っているし」


 軽口を叩いて笑い合うと、タンペットはフラつきながらも体を起こす。

 兵士たちと共に、タンペットがその場を離れようとした時、青ざめているセパルが小さく「あ」と呟いた。

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