隕石の婿-3
「あなたが本当に巨乳のために命を投げ出す人間だとはね……」
「君は、僕がガウリに求婚をしたときもその場にいただろう? 何を不思議がっているんだい?」
溜息を吐きながら、村の中に結界を張っているタンペットは首を傾げるルリジオを見て、肩を竦めてみせた。
「あの妖狐は力も強い上に美しいわ。そして下手なニンゲンたちよりもよっぽど賢い。だから、ああやって馬鹿なことを言って油断させたと思っていたのだけど」
「ふうむ。君はなかなか難しいことを考えるんだな、タンペット」
ルリジオは襟元を正し、手に持っている花束を覗き込んで息を吸い込む。
青く光る小さな掌サイズの魔法陣を幾つも展開させたタンペットは、両手を大きく持ち上げて、振り下ろした。
魔法陣が家の壁や地面に張り付き、溶け込むように消えていく。
「あなたの言うとおり、村に結界を張っているけれど……これでいいかしら?」
「十分だ。ありがとう。巨眼の君が暴れたら村が壊滅してしまいそうだからね」
作業を一段落させたタンペットは、軽い足取りでルリジオの隣へ近付く。
一瞬だけ彼は、彼女の胸部に目を向け、それからすぐに視線を空へむける。
「ルリジオ、あなたへの結界は本当に不要なのかしら?」
「ああ、僕に考えがある。それに、万が一あの巨大な峡谷のような谷間に挟まれそうになったときに結果か体を覆っていては全力で柔らかさを堪能できないじゃないか」
「……まあ、それならいいのだけれど。天才魔道士といえど、妾に治癒魔法は期待しないでね」
「心配ない。体は丈夫な方なんだ。さて、そろそろかな」
どこからともなく地響きが伝わってきたことに気が付いて、ルリジオは音がする方向を見た。
村の奥に聳えている巨大な屋敷の門が開け放たれ、そこから一人の巨人が出てくる。
灰褐色の肌を持つ巨体は、ゆっくりと立ち上がり、彼女のために急遽建てられた祭壇を向いた。
胸辺りまで伸びた真っ白な髪は結われていない。高く昇った太陽に照らされて新雪のように輝く髪を振り乱して、彼女は早足で歩き出す。
「いざとなったら妾が助けに入るけど、命を助けられるとは限らないからな」
そういってタンペットは地面を蹴り、その場から退き姿を隠した。
「なんなのよ! 急に押しかけてきて好き放題言って!」
ルリジオがタンペットに返事をしようとするまもなく、大気を震わせるほどの大声で隕石拳が叫んだ。
肩を上下させ、息を荒らげている彼女は、祭壇の近くまで来ると両腕を勢いよく振り下ろした。
サイクロプスの太腿ほどのふとさはある巨大な木で建てられた祭壇は一瞬で半壊する。折れた大木を掴んで、怒りにまかせて引き抜いた隕石拳は、それをルリジオに目がけて投げつけた。
「はじめまして、巨瞳の君」
涼しい表情を浮かべたまま、ルリジオは隕石拳の投げた大木をひらりと避ける。
そして、怒り狂っている彼女に丁寧に腰を折り曲げて礼をした。
「アタシを殺してくれるって話なら聞いてあげようと思ったわ! でも妻にするってなんなのよ!」
「村長夫婦が、娘かわいさに嘘を言っていたらどうしようかと思ったが、本当のことを言っていたんだね。村長夫人の全体的に肉質のやわらかそうな熟れた果実のように柔らかそうな巨乳も素晴らしいと思っていたが、君はまた違った肉質だ。父上に似たのかな? 巨乳の母からは巨乳が生まれやすいというのはなんとなく知っていたけれど何事も例外はある。しかし、可能性に賭けてみてよかったよ。君は父上の素晴らしい体躯と、母上の素晴らしい巨乳を受け継いだ素晴らしい逸材だ。僕は君のことを愛しているよ。僕の館に招きたいと思っている」
「殺してくれればアタシは他の人を傷つけないで済むのに! 余計なことをしないで」
怒り狂った隕石拳は、近くにある祭壇の残骸に手を伸ばす。
彼女が怒りにまかせて大木を地面に叩き付けると、大小の瓦礫が吹き飛びルリジオの頬を掠める。
瓦礫や木の破片はいくつかの建物を吹き飛ばした。しかし、タンペットが結界を張った部分に飛んでいった物は柔らかい壁に当たったように勢いを殺してその場に落ちる。
「美しい巨人の女神よ。話を聞いて欲しい。僕が住む館では、君に誰も傷つけさせないと誓おう」
真っ白で陶器のように滑らかな肌に幾筋かの赤い線が残る。
血が滲み、服が少々破けてもルリジオの優しげな微笑みは崩れない。
手当たり次第に大木を地面に叩き付けていた隕石拳も疲れてきたようだった。彼女が、筋肉が隆起しているたくましい腕で額を拭うために動きを止めた。それを見計らったのか、ルリジオは彼女の目線の位置にある石造りの建物を駆け上がる。
「僕は君に生きて欲しいんだ。君のように美しい人が天寿を全うしないまま死んでしまうなんて僕には耐えられそうもない。君の滑らかな肌、張りのある乳房が途中から柔らかさを増して大きな果実を身につけた枝のように曲線を描いている様はまさに美の黄金比とも言える。うっすらと見える血管と、その山間のようだと錯覚するような壮大な谷間の内側へ入るとうっすらと見えるしっかりとした筋肉、肋へ向かって急速に締まっていくメリハリ……君の母上はふわっとした曲線を描いていて肋と背中に肉が載っていてそれはそれで素晴らしいものだが……それはそれ。君のメリハリがあるにも拘わらず、母上よりも二回りは大きいという神が作った奇跡の筋肉質メリハリ巨乳という宝。それは唯一無二の宝といってもいいだろう。君の巨乳が僕には必要なんだ」
目の前に小さな小さな人間サイズの花束を差し出され、彼女は大きな銀色の目を見開いた。
「アタシが……必要? 破壊することしか出来ないアタシを?」
「そうだよ巨眼の君。それに……破壊することしか出来ないと言ったけれど、君は僕を壊していないじゃないか」
人差し指と親指で、ルリジオの差し出した花束を摘まもうと隕石拳はゆっくりと手を伸ばす。
おずおずと前に出された親指の上に、花束を置いたルリジオは笑みを浮かべたまま彼女の指をそっと撫でた。
「すぐに癇癪を起こして、暴れまくって……またあなたに攻撃してしまうかもしれない。それに……アタシはサイクロプスで貴方は人間よ。アタシが貴方を踏み潰して殺してしまうかもしれないのに? 貴方はお伽噺の王子様みたいにきれいな顔をしていて……そして強いからきっと普通のお姫様みたいな可愛くて可憐な人が放っておかないでしょう。それなのになんでアタシなんかに結婚してくれと言ってくるの?」
「巨乳だからさ」
花束を壊さないようにそっと受け取った隕石拳は、彼のマントを摘まんで持ち上げる。
なんの抵抗もしないルリジオをつまみ上げて、目の前に持ってきた彼女は首を傾げて彼を見つめた。
「そんな理由で? 貴方を殺しちゃうかもしれないって言ってるでしょ?」
「不安なら約束をしよう。僕は君に殺されたりしない。だから、僕と結婚してくれないか?」
まっすぐに見つめられて、隕石拳はしばらく黙り込む。
冷たい風が吹いて、彼がゆらゆらと揺れているのを見ていた彼女は、彼を建物の上に降ろして息を吸い込んだ。
「はい……」
満月のように丸く巨大な瞳から、ルリジオが溺れてしまいそうな程大きな涙の粒を零しながら、隕石拳と呼ばれていたサイクロプスの少女は頷いた。