隕石の婿-2
「ありがとうございます」
ルリジオとセパルは、村長夫婦の目線辺りに設けられた特別席に座っていた。
人の食卓で言えばランタンがぶら下げられるような位置だ。
目の前には、一つぶが人間の頭ほどの大きさがある葡萄や、巨大な肉団子が並べられている。
食卓を囲みながらも、少し落ち着かない様子のセパルは、好奇心を抑えられないといった様子で口を開いた。
「我はもう我慢できないのだ」
セパルの声に、ルリジオは言葉を止めて首を傾げる。
それに釣られるようにして、イスヒスの両親も談笑をやめた。そして、一人の悪魔に対して満月のように大きな瞳を向ける。
「村の中にあったあの破滅の概念を具現化させたらこうなるみたいな景色はなんなのだ」
「ああ、アレか……」
「アレはね、うちの娘とルリジオが初めて会って……ふふ……結婚を申し込まれた記念の場所なのよ」
ルリジオが何かを言う前に、イスヒスの母が穏やかな声で笑いながら答える。すると、ワインで潤した口元を拭いながらイスヒスの父が威厳のある顎髭を擦りながら優しげな視線をセパルへ向けた。
「母さん、ルリジオ殿の新しい奥方に話してあげても良いんじゃないか?」
「そうね。ルリジオ、いいかしら」
「もちろんです、義母さん」
義母の柔らかそうな谷間から目を離さないまま、ルリジオはにこやかな顔をして首を縦に振った。
「我は別に新しい奥方ではないのだが」
小さく呟いたセパルだったが、明確に否定をするよりも、村の中にある廃墟の秘密の方が気になるようだ。
「アレは確か二年前のことだったかしら」
そわそわとしていた小さな悪魔は、ゆっくりと話し出したイスヒスの母が語る話を聞き逃したくないのか、テーブルへ身を乗り出す。そして、きれいな橄欖石のような目をきらきらと一層輝かせた。
※※※
「もう嫌!」
大きな声と地響きが鳴り響き、遠くにある岩山は一瞬にして平らになった。
村の通路にはあちこち抉られていて、太い木で作られた柵もところどころへこんだり、折れたりしている。
村の人達は山の崩れる音と同時に、一度だけ足を止める。しかし、眉をしかめ、溜息を吐くだけで逃げようともせずに日常生活へ戻っていく。
昼夜問わず村の一部や近くの山、森が更地になることを村の人達は諦めて受け入れていた様子だった。
「本当に良いのですか? 大切な娘さんなのでしょう?」
頭を垂れている男女のサイクロプスの前にいたのは月色の長い髪を揺らす耳長族の女性――タンペットだった。
彼女の傍らには、透き通るような美しい金色の髪と晴れた空をそのまま閉じ込めたような真っ青な瞳を持つ色白の青年ルリジオが佇んでいる。
「イスヒス……いえ、隕石拳は、自分で自分を止められないのなら、殺してくれと泣いていました。私どもとしても大切な一人娘を失いたくはない……ですが、私もこの村の長……そして由緒ある独眼巨人一族の族長です。娘の命大事さに、民草が死ぬのを見ているだけにもいきませぬ」
神妙そうな顔つきで地面を見つめたまま、男のサイクロプスの言葉を聞いて、タンペットも眉間を寄せて険しい表情を浮かべた。
細い腕を組み、翡翠のような瞳を隣に立っている男へ向ける。
ルリジオの剣の腕は確かだ。ドラゴンの首も、剣を一振りで切り落とすほどの力を持ってすれば、サイクロプスといえど討伐は可能だろうと彼女は考える。
しかし、タンペットが楽観的な表情にはならない。
「妾としても、好きで破壊行動をしているわけではないうら若い娘を討つのは心苦しいのだが……なんとかならぬものか、方法を考えてみるとしよう。ルリジオ、それでいいか?」
タンペットの表情が優れないのは、言葉にしたこと以外にも理由がある。行動を共にしている男の実力は知って居れども、彼の行動が読めないからだ。
王都のために妖狐を討つかと思えば、求婚を始めて自分を含め王族たちの度肝を抜いた。さらに、かつては国に仇なす魔狼のことも倒すどころか求婚をしている。他の戦士たちと敵対することも構わずに……だ。
それだけなら慈悲深い男だと安心が出来る。しかし、彼は女の魔物全てにやさしいわけではないという報告も受けていた。
兵士たちを騙して海に閉じ込めようとした水精の首を撥ね飛ばし、平気な顔で首を持ち帰ったのはタンペットの記憶にも新しい。国の秘密を奪った男の魔物に対して、口を割らせるために四肢を一本ずつ切り落とす拷問も、顔色一つ変えずに行ったという話も聞いている。
彼のことを一目置いているタンペットだったが、王都で魔道士をするようになってから知ったルリジオの行動は異常そのものだった。
今回は、大人しく指示に従ってくれるといいが……と、不安に思いながら、彼女がルリジオに「許可するまで動くな」と念を押そうとした。
「君の指示に従いたいところだけど、一つだけ彼らに質問をしていいかな?」
「あ、ああ。かまわないが……」
意外な申し出に、タンペットが思わず頷くとルリジオは一歩前に進み出た。
そのまま数歩進んだ彼は、片膝を突いて傅く。
「麗しき|峡谷のような谷間を持つ《すごい大きいおっぱい》の夫人、独眼巨人としての恵まれた体躯、ふわふわとしているようだが肌の色艶から漂う確かな弾力のある皮膚、その下にはおそらく確かな筋肉があるのでしょう。しっかりとした筋肉に支えられた乳房は鎖骨の下から緩やかな曲線を描き、そして乳房の真ん中あたりで急に角度が鋭くなる。重力と筋力が織りなす調和と、灰色がかった滑らかな肌はまるで峡谷のようで僕の心と視線を捉えて放さない。美しい夫人、貴女に人生を捧げた伴侶がいなければ僕は今すぐに貴女に求婚をしていたことでしょう」
「は、はあ……」
「麗しき|峡谷のような谷間を持つ《すごい大きいおっぱい》の夫人、確認したいことがあるのですが……隕石拳と呼ばれる娘は、貴女に似ていますか?」
「とても似ているとも。全てを壊してしまうほどの怪力と衝動性がなければ見た目は妻のように麗しい。磨かれた岩のようにすべすべと光る灰褐色の肌も、満月のように光る銀色の瞳も、踏み荒らされていない雪原のように無垢なな白い髪も……我が愛する妻に匹敵する……」
「乳房の大きさは?」
「は?」
「髪の色や、瞳の色に興味を持てないのです。僕は、娘さんの乳房が奥様に似て大きいのかどうかを聞いているのですが……」
「は?」
「わ、私よりも二回りほど大きいです」
呆けている夫に代わり、村長夫人はそう告げる。
妻の申し出に驚いている村長と、引きつった表情をしているタンペットを尻目に、ルリジオの表情は晴れやかだ。
「わかりました。僕がなんとしてでも娘さんを助けましょう。要するに、この村を破壊しなければ彼女は死なずに済み、村長たちも娘の命を一族のために失わずに済むのですよね?」
「ま、まあ、そうだが。そのような方法があればとっくに試している」
「僕と結婚をし、僕の館で暮らせば良いのです。幸い、僕の館は人里から離れていますし、善き隣人たちの加護もある。すぐに求婚の準備をしてきます」
くるりと背を向けようとしているルリジオに、村長は手を伸ばしかける。村長の大きな指がルリジオの肩にそっと触れた。
「待て……。娘が助かるのならそれで私たちは嬉しい。しかし……娘は隕石拳と呼ばれていることには歴とした理由があるのだ。村で抉られた道や柵、崩れた山々を見ただろう? 破壊の権化たる我が娘のもたらす破壊の跡を見ていないわけでは無いだろう?」
「でも巨乳ですよ」
呼び止められたルリジオは、立ち止まって村長の顔を見るために振り返る。
まっすぐに自分の瞳を見つめてくるルリジオの視線に、村長は少しだけたじろいだように見えた。
「乳房の大きさは確かに妻よりも大きいが……」
困ったように小鼻を人差し指で掻いた村長は、隣に立っている自分の妻と見つめ合った。
「胸部に至高の宝を宿す素敵な女性を大切にしたい。それが僕の生きる意味です」
タンペットすら困り果てた顔をしている中、ルリジオはそう言ってマントを翻しながら部屋を出て行った。