独眼巨人の里
「やっと到着したのだ……ってうわあ……なんなのだここの植物は」
馬車から降りたばかりの二人は、視線を上へ向けた。そこには、首が痛くなりそうな程上を見上げても、てっぺんが見えないほどの巨大な樹木が立ち並んでいる。
その大きな樹木を切って作られたのであろう丸太を組み合わせて出来ている柵は、いくらルリジオでも素手で壊すことは骨が折れそうなほど頑丈だ。
小山のような体をした牛型の魔獣がのんびりと草を食む横を通り抜けて、ルリジオとセパルは独眼巨人の里の入り口前で立ち止まっていた。
「巨人の住まう土地だ。踏み潰されないように気をつけていこう」
「貴様に気遣われるのはなんだか慣れないのだ」
「乳房の大きなご婦人は気遣う。それは僕の心情だからね。魔力を豊富に含んだ食事を二日食べただけで、君の胸部の膨らみは一回りほど大きくなった。大きくなったとは言え君の母上や僕の妻たちにはまだ遠いが……しかし、大量の魔力を得ることが出来たのなら、君の胸部も|至高の宝たり得る大きさ《巨乳》になる可能性は大いにある。僕はその可能性に賭けていきたいと思っているんだよ。だから、君も美の女神たち……いや、悪魔である君を神と例えるのは失礼だったかな? すまない。美しいという概念をそのままヒトの形にしたような素晴らしい存在と同等の扱いをする。それが僕の信条であり……」
「ああー! もう調子が狂うのだ!」
ルリジオの言葉を遮って、セパルがその場で地団駄を踏む。既に、二足歩行にも慣れたようだった。
彼女が顔を赤く染めていると、急に体が前へ引っ張られる。
小さく叫び、ルリジオの胸に抱かれた彼女が顔を上げる。ちょうどその時、ズシンと体が揺れるような大きな地響きがした。
「ひゃ……」
目の前に急に現れた巨大な青い龍を見て、セパルは目を見開く。それは、先ほどまで自分が寄りかかっていた馬車が木っ端微塵になっていたからだ。
あまりの光景に顔から血の気を引かせたセパルの腕を放し、ルリジオは微笑みを浮かべた。
「赤鱗の君、何があっても僕が君を守る。安心してくれたまえ」
「あ、ありがとうなのだ」
顔を赤らめたセパルを見て、優しげに目を細めたルリジオは、彼女を自分の背に隠すようにしながら前へ進み出る。
そのまま、青い鱗の龍へ向かって前進すると彼は両手を筒のように添えて口元へ当てた。
「そこの青き龍の君! 悪いが、僕たちの馬車が君の下敷きになってしまった。どうにかしてくれると助かるんだが」
「ひゃあ……ど、ドラゴンに言葉が通じるわけないのだ」
慌ててルリジオのマントを引っ張るセパルだったが、まったく怯える様子のないルリジオは、後ろを振り向いて「大丈夫」というと、再び龍に視線を戻した。
数秒後、龍は長い首を動かしてルリジオの方へ向ける。
首を傾げている龍に、ルリジオは同じ言葉を繰り返した。
「Homa vo|?o estas malgranda k《声は小さくて》 |aj malfacile a?debla《聞き取りにくいねぇ》」
ルリジオたちに顔を近付けた龍は、太い弦を弾くような声で鳴く。それは龍の言葉だったがセパルは顔を白くしたままルリジオのマントをギュッと掴んだまま体を強ばらせる。
「|Vi rompis nian kale?《君が僕たちの馬車を》|on. Bonvolu《壊してしまったんだ。》 |repagi min《なんとかしてくれると助かるのだけど》」
低く柔らかい音でルリジオが聞き慣れない言葉を話す。ここで初めてセパルは、龍がこちらに対話を持ちかけているのだと気が付いた。
「?u vere? Mi f|aris ion mal?ustan. 《悪いことをしたね。》Mi| donos al vi ?i tion」
龍は首を持ち上げて、体を揺さぶった。金属同士が擦れ合うような大きな音がしばらく鳴ると、ルリジオたちの足下にいくつかの鱗が落ちて、土に突き刺さる。
自分の膝丈くらいはある龍の鱗を手に取ったルリジオは、大きく腕を持ち上げてから頭へ当てた。そのまま彼はくるりと回ってから頭を下げる。
「Respektup」
チラリとルリジオを見た龍は、高い声で一鳴きし、独眼巨人の里へ続く巨大な門を潜っていく。
「き、貴様……ドラゴンと言葉を交わせるのか?」
「たまたま知っている言葉を話してくれる龍で助かったよ。ここへ来るくらいだから分別のある相手だと思ったんだ」
ルリジオは、マントを外すと、龍からもらった鱗を包みはじめた。
両腕で抱えないほど大きい龍の小鱗は、縁が鋭利で金属で作った剣のように鋭い。気をつけて取り扱わないとヒトの腕など簡単に切り落としてしまう代物だ。
丁寧に包んだ鱗を背中に背負ったルリジオは、驚きを隠せないままのセパルに手を差し出した。
「これを売れば新しい馬車も手配してもらえるだろう。さあ、行こうか」
言葉を失ったままのセパルは、大人しくルリジオの手に自分の手を重ねる。
未知の場所、しかも自分よりも巨大で危険な生き物たちが多いこの場所で頼れるのは彼だけだとセパルは理解した。
セパルの気持ちを知ってか知らずか、ルリジオはのんびりとした足取りで巨大な門へ向かって歩みを進める。
開かれっぱなしの門だが、巨大な魔獣や巨人用の馬車が時折通る。
ルリジオは、道の端を歩きながら、大きな扉のすぐ隣にある柱へ向かった。
「ん? どこへ向かっているのだ?」
「僕たちみたいな小さな民は、こっちから通るんだよ。巨人族《彼ら》だって好き好んで生き物を踏み潰したいわけじゃないからね」
ルリジオに言われて、セパルは目を凝らして前方を見る。
よく見ると、柱の下部分には長い階段が備え付けられていた。
「ここを登っていくんだ」
階段を上った先は、どうやら門番として立っているサイクロプスの顔あたりに続いているらしいとセパルも理解したようだった。
しかし、階段は急な上に長い。歩くことに慣れてきたとはいえ、つい最近までは下半身が魚のようだったセパルには少々辛い。
彼女が、長く歩かなければいけないことを考えて眉間に皺を寄せた。
「心配しなくとも大丈夫だよ。僕がこうして君を運ぼう」
ふわりと体が浮いた気がして、セパルは目を丸く見開いて振り向く。
隣に居たルリジオは、彼女の後ろに回り、お伽噺に出てくる王子様のようにセパルを抱き上げていた。
肩と腰に腕を回された腕は、細い見た目に反して彼女の体をしっかりと支えている。
「さあ、行こうか」
頬を少しだけ赤らめて、自分から顔を逸らしたセパルを見て微笑んだルリジオは、そのまま高く聳える柱を目指して歩き始めた。




