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豊穣の女神-1

 大きな丸い月の光を全身に浴びながら、ルリジオはゆっくりと眼を閉じて深呼吸をする。

 蒼く澄んだ瞳を開いたルリジオは、ゆっくりと進んでバルコニーの縁に登ると、両手を広げて目下に広がる切り立った崖に身を投げた。


「ママン……今、会いに行くよ」


 一見自殺にも見える行為を、もしただの人が見たのなら彼を止めるかもしれない。しかし、室内にいるブラウニーは、バルコニーから飛び降りるルリジオを見ても眉一つ動かさず、平然と仕事を続けている。

 それもそのはず。ルリジオがママンと親しみを込めた存在に会いに行くためには毎回、常人ならば身を竦ませて動けくなるほどの高さから奈落のように見える遥か地上へと身を投げる必要があった。

 それを幾度となく繰り返しているのだから、ルリジオの屋敷に勤めている生き物にとってそれは見慣れた行動でしかない。


 なぜ、ルリジオがそのような奈落のように深い谷間へと飛び降りて大切なママンとやらにに会いに行く必要があるのか……そして、唸るほどの財力がある彼が何故不便な二つの高い岩山の谷間に館を構えているのか……その2つには理由があった。


 10年ほど前、ルリジオがまだ少年だったころの話だった。彼はまだ他の訓練をしていない人間より、少しだけ腕の立つただの剣士として暮らしていた頃のこと。

 悪魔と呼ばれる異世界からの凶悪で強力な種族を従え、ヒトの国に対して侵攻と略奪を繰り返す魔王と呼ばれる存在が猛威を奮っていることに対して、王都は田舎町から腕の立つ青少年を都に集めて訓練を施して兵力を増強しようと考えていた。

 当時、腕の立つ少年のうちの一人として、故郷の村から王都へと呼び出された十人の子供の中にいた一人がルリジオだった。

 特別な血筋を持つ者に限らず、とにかく少しでもその地域で抜きん出た力を持つものを集められればそれで良い……その程度の強さで各地域からたくさんの人が王都へ集まってきていた。

 少年ルリジオは、その見た目から多少目立つことこそあったものの今ほどの功績をあげたわけでもなく、実力的に言えば有象無象の中に埋もれる普通に毛が生えた程度の力しかなかった。


 しかし、とあるきっかけで起きた事件によって、ルリジオは破格の力を身に着けていく。

 その事件のきっかけとなったのが、彼がママンと呼び親しみと親愛を向ける相手……ダヌの存在だ。


「私の愛しい愛しい子……会いに来てくれたのね」


「いつも貴女の胸の上にいるとはいえ、ママンと話せないのは寂しいからね」


 自分の体よりも遥かに大きなやわらかな掌の上で目を覚ましたルリジオは、優しげな声が聞こえた方へ顔を向ける。

 分厚く艷やかな唇が目に入り、少し視線を上にあげると、自分の背丈ほどある雫のような形をした整った鼻に抱き着くように抱擁し、そのまま鼻先へと口付をする。

 この甘く鼻をくすぐる濃厚な花の香りと、やわらかな日の光に満たされた世界に、色とりどりの大輪の花に囲まれて鎮座している巨大な女性は、世界の母と言われる神の一人、ダヌであった。

 この巨大な女神ダヌは、ルリジオに一振りで竜の首すら切り落とせるほどの力と、どんな傷も瞬く間に治るという人智を超える力を与えた張本人だ。


 若い葡萄酒色をした豊かで艷やかな癖っ毛を僅かに揺らしたダヌは、バラ色に染まった形の良い唇をそっとルリジオに押し当てる。

 そして、自分の親指にも満たない背丈の彼をそっと豊かでやわらかな胸の上へと下ろした。

 ルリジオの臀部が彼女の胸に一瞬沈み込み、1,2回瑞々しい肌に弾かれてポヨポヨと浮き沈みを繰り返す。

 その弾力を楽しむように体の力を抜いてダヌの胸の上に身を任せたルリジオは、満足そうな表情を浮かべて自分を優しい目をして見守っている彼女の顔を見た。


「ヒトの世にある仮初のママンの胸もすばらしい高さだけど、やはり実際に触れ合う貴女のこの柔らかな感触……白く透き通っていて陶器のような滑らかな肌……そして僕の全身を包みこめるこの大きさ……本当に出会えてよかったと思える……。死後あなたに魂をささげることができるなんて僕にはもったいないくらいの栄誉だ……」


「本当に変わった子ね。豊かな胸を好むヒトの子は多いけれど、胸の谷間に住みたいとあんな場で言ってきたのはお前が初めてよ」


 ダヌは胸の上のルリジオの頭を、指で潰さないようにそうっと撫でながら、懐かしいことを思い出すようにそう囁く。

 ルリジオが住んでいるあの広くて堅牢な館も、ダヌからの贈り物の一つだった。


「僕は、ママンの胸の谷間に住めるだけでもよかったんだ……」


「あなたのその高貴な魂の対価には、人智を超えた能力くらい与えないとつり合いが取れないもの」


 ダヌは、ゆっくりと掌でルリジオを自分の胸へと押し付ける。

 ダヌに比べて、とても小さな彼は胸部の弾力と温かさをより楽しめるようにと眼を閉じた。

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