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それでも朝日は昇る  作者: 柴崎桜衣
第六章 二人の預言者
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6章1節

第6章  二人の預言者 ―大陸統一暦999年―

「……何だって?」

 カイルワーンの突然の言葉に、カティスは面食らって聞き返す。

「そりゃあ戦場は、いつも死と隣り合わせだ。無事で帰ってこれる保証なんて、どこにもない。だけどそれは――」

「僕はそんなことを言っているんじゃない!」

 切迫した声だった。事実カイルワーンはこの時、心底追いつめられていた。

 どうしたらいい? 僕は、どうしたら?

 どう告げたら、カティスに判ってもらえるのだろう。

「僕は君がどこの傭兵になろうが、どの戦役に参加しようが、普段なら止めない。君がそれだけの腕だってことは、僕だって知ってる。だけど、今回だけは駄目だ。今回だけは、ノアゼットについたら間違いなく死ぬぞ!」

「カイルワーン……お前、何を言ってるんだ」

 要領を得ないカティスに、カイルワーンは絶望的な気分に駆られる。

 真実を――自分が知る歴史を告げずに、カティスを止める方法はないのか。

 長い沈黙の分だけ、考えた。考えに考えた。だがその答えは、出てはこなかった。カティスも相当な理由と、覚悟をもって徴募に応じる気になったのだから。

 我が儘にしか聞こえない自分の主張だけで、止められるわけがないのだ。

 だからといって、黙って送り出すことなどできない。カティスが参加しようとしている999年のノアゼット軍遠征が迎える結末を、自分は知っているのだから。

 だが、それを告げるということは。それが意味するところは、何もかも、カティスに話すということだ。

 自分が未来から来たのだということも、これから起こること全てを知っているということも、何もかも――。

 怖かった。途方もなく怖かった。聞かされた時、カティスはどう反応するのか。どんなことを言われるのか、考えるだけで寒気がした。

 だが、言わずに黙って行かせることもできなかった。

 止めずには――言わずにはいられない。

「大陸統一暦999年4月18日の夜半、国境の街ディリゲントを包囲していたノアゼット軍は、野営地を突然の鉄砲水に襲われ壊滅的打撃を受ける。二万の兵のうち、九割が溺死するという最悪の事態に、ノアゼット軍は戦わずに撤退することになる」

「お前、何を……」

「犠牲者の大半は、歩兵――徴募された傭兵、農民だ。その列に君は加わりたいのか! ノアゼット軍で生き残ったのは、運がよかったたった一割だ。その中に君が入れるという保証が、一体どこにあるんだ」

 わなわなと唇が震えていた。緊張に堪えきれず、暴れ出しそうな己をなだめるように、爪が刺さるほどこぶしを握りしめ……カイルワーンは、必死にカティスに言い募る。

「信じられないのは判る。でも、僕は知っているんだ――これから何が起こるのか。だから、止めずにはいられない。君が大惨事に巻き込まれるのが判っているのに、黙って見送ることなんてできない。お願いだから、信じてくれ」

 血を吐くような叫びだった。聞いている者さえ苦しくなってしまうほどの、その迫力と圧力。

 今まで見たことがないほど真剣に――切迫した様子で請うカイルワーンに、カティスはどう反応していいのか判らない。

 当然の疑問が、口から滑り出る。

「お前……なんでそんなことが判るんだ」

 信じてほしい、とカイルワーンは言う。だが、何もかもがカティスには信じがたい。

「どうしたら信じられるというんだ、そんなこと! 未来なんて、誰にも判りっこないだろう!」

「判るんだよ。判らなかったらどれほどいいだろうと思う。僕だって、未来なんか知りたくなんてなかった! だけど、判るんだ。これから起こる何もかも――己のこれからの人生さえ、全て」

 今度はカティスが沈黙する番だった。長いこと、困惑した――困り果てた顔で考え込み、やがてカイルワーンの頭を軽くはたくと、優しく言った。

「お前、疲れてるんだよ。ちゃんと寝てるか? 今日はもうとにかく、ゆっくり休んだ方がいいんじゃないのか。俺はひとまず、帰るから」

 踵を返し、出ていこうとするカティスに、カイルワーンの叫びが飛ぶ。

「待て、逃げるなカティス! 人の話を聞け! カティス――」

 その叫びにも振り返ろうともせず、扉に手がかかった瞬間。

「逃げるな、カティス――カティス・ブロードランズ!」

 伸びた手が、止まった。

 ぎこちなく振り返った顔に、一瞬カイルワーンは己の賭を後悔した。

 驚愕と憤怒が入り交じった、凄惨なその表情。

「今、貴様、なんて言った」

 決して許容できぬとばかりに揺れる声に、カイルワーンは努めて冷静に向き合う。

 もうこうなったら、後には引けない。

「僕の時代では、そのことを疑問視する向きもあったけれども――やっぱり事実なのか」

 からかうのでも、興味本位でもない。そう取られぬよう、ただひたすら真剣に、カイルワーンはカティスに問いかける。

「やはり君は、レオニダス十五代王の庶出の王子なのか?」

 今までのものとは比べ物ならぬほど緊迫した沈黙が流れた。動いたら、斬られるかもしれないとさえカイルワーンは思った。それほどの張りつめた、刃の上の緊張の中で、カティスは問い返す。

「……誰に聞いた」

「誰に聞いたのでもない。僕の時代の人間ならば、誰だって知っていることだ。君がレオニダス王の子かもしれない、なんて」

「お前の、時代……?」

 眉をひそめるカティスに、ゆっくりとカイルワーンは頷いた。

「僕の生年は大陸統一暦1198年。これから二百年後だ」

 もう、逃げられない。

「僕は大陸統一暦1217年から来たんだ」

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