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それでも朝日は昇る  作者: 柴崎桜衣
第一章 手向けの赤い薔薇
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1章1節

第1章  手向けの赤い薔薇 ―大陸統一暦1215年―

 窓の外では、雪が降っていた。季節の終わりの名残雪は、夜の黒い帳の上をゆっくりと舞い降り、音もなく世界を白く染めていく。

 大陸でも南方にあるこの国では珍しいその光景を、少女は飽かずに眺めていた。外は凍えるような寒さでも、大きな薪が燃やされている部屋は、とても暖かい。

「もうお休みの時間よ。ベッドの中に入りなさいな」

 そんな少女に、優しくかけられた声。

 扉を開け、入ってきた女性に少女は目を輝かせると、駆け寄ってその大きなお腹に優しくしがみついた。

「お母様、寝るまでお話しして」

「まあ、甘えん坊さんね」

 少女の言葉に母は快く笑うと、少女を寝台に寝かしつけた。枕元の椅子に腰かけると、優しく前髪を撫でる。

「何のお話しをしたらいいかしら?」

「赤い魔女と、英雄王様のお話しがいい」

 娘の言葉に、母は小さく笑って話し始めた。


―― 昔々、ある国に、一人の王様がいました。

 王様は、とてもぐうたらでおこりんぼでした。その上わがままで、ぜいたくで、いつもいつもお城のみんなを困らせてばかりいました。

 そんなある日、お城に一人の娘がやってきました。

「私をお城で働かせてくださいまし」

 娘の姿に、お城の人たちはみんなびっくりしました。

 その娘は、髪の毛ときたら雪のように真っ白で、目なんて血のように真っ赤だったのです。

 お城の中はもうこの珍しい娘の話で持ちきりです。

 それはついに王様の耳にも入り、娘は王様に呼ばれます。そして王様は、娘を一目で気に入ってしまいました。

 こうして白い髪の娘は、王様のお妃様になりました。

 けれどもこの時、お城の人も、もちろん王様も知らなかったのです。

 娘は実は、魔女だったのです。

 綺麗な姿の下に、恐ろしい心と、恐ろしい力を隠していた魔女だったのです。

 魔女はその赤い目で、人が思っていることやこれから起こることを、何でも見ることができました。魔女の前では、どんな隠し事もできません。みな牢屋に入れられたり、殺されたりしました。魔女の正体に気づいた王様ももう、逆らうことはできません。

 こうして国は、魔女のものになってしまいました。

 魔女は人の血を見るのが大好きで、自分の気に入らない者たちは次々に手下に殺させていきました。城の中に殺す者がいなくなると、街や村で言うことをきかない者を殺して楽しみました。男だろうと女だろうと子どもだろうと構いません。どんなに泣いても叫んでも、魔女は見逃してはくれませんでした。

「こんな恐ろしい国にはいられない」

 沢山の人たちが国から逃げ出し、逃げられなかった多くの人たちが殺されました。

 まるで空まで魔女の味方だというように、お日様はまるで顔を見せず、どんなに百姓たちが働いても、畑には何も実りません。誰も何も食べられない日々が続きました。

 苦しんだ人たちは、神様に祈りました。

 どうか私たちをお助けください。

 そんな人々の祈りは、ついに天の神様を動かします。

 神様に命じられたお使いが、魔女から人たちを救うために、地上に降り立ったのです。

 そして神様のお使いは、お城から少し離れたところにある街を訪れます。そこには一人の若者が住んでいました。

 若者は大層気のいい若者で、面倒見もよく、また剣の腕も立つと評判の男でした。そんな若者に、神様のお使いは告げます。

『お前は神に選ばれた新しい王だ。城に上って魔女を倒し、国を救いなさい』

 若者は恐れおののいて、神様のお使いに答えます。

『私は学もない、しがない町人です。どうして王になれましょう』

 神様のお使いは告げます。

『お前は実は、この国の王子なのだ。恐れることはない。神と、神の使いである私がついている』

 その言葉に若者は驚き、神様の使いにたずねます。

『あなたさまは、何と仰られるのでしょう』

『私のことは、賢者と呼ぶがいい。神によって遣わされた、お前の家来だ』

 こうして若者と『賢者』と名乗った神様のお使いは、魔女を倒すために城に向かいます。もちろん魔女が邪魔をしましたが、若者の剣と賢者様の智恵の前にかなうものではありません。

 こうして若者と賢者様は魔女を倒すために、お城に乗り込んでいきました。二人だけではありません。魔女に苦しめられた全ての人たちが従っていき、それは物凄い数になっていました。

 魔女の手下たちは、それはそれは強い者たちばかりでした。激しい戦いが続きましたが、それでも若者と賢者様はそれらに全て打ち勝ち、ついには魔女を倒しました。

 こうして国と人々は、若者と賢者様に救われたのです。

 そして若者は、ついには王様となって、とてもよい国をお作りになられたのでした。人々はそんな若者を『英雄王』と呼んで、長く慕いました。


「でも、英雄王様はこう言い残されました。『魔女の呪いを忘れるな』と。なぜなら魔女は英雄王様と賢者様に倒される時に、恐ろしい呪いを残していったのです」

 母は娘に、長くこの国で語り継がれた呪いの言葉を語る。

 それはこの国に生まれた者ならば、生まれたその時から聞かされ続けた言葉。

「『私は必ず甦る。その時こそ、この国の最後』」

 何度聞いても恐ろしいその言葉を、娘は毛布の端を握りしめながら聞いた。

「だから私たちは、魔女が甦らないように、いつもいつも気をつけていないといけないのよ?」

「魔女はまた出てくるの? あたしも殺しに来ちゃうの?」

「だからいい子にしていなくては駄目よ。魔女はみんなのよくない心につけこんで、この世に現れるのですからね」

 さあ、もうお休み。母は娘の額にそっと接吻すると、子供部屋を出て、自らの寝室に向かった。

 そこでは、夫が暖かな飲み物を用意して待っていた。

「娘たちは寝てくれたか?」

「はい、あなた」

 身重の妻を慎重に椅子に座らせ、夫は気づかわしげに言った。

「シェリー・アン、無理はするんじゃないぞ。一人の体ではないのだからな」

「勿論ですわ。待ちに待った日がもうじき来るのですもの」

 ねえ? と優しく呟いて、妻は自らの腹を――これから生まれてくる子どもを、いとおしげに撫でた。


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