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終章4節

 塔の屋上には、風が吹き抜けていた。もつれる長い黒髪をかきあげ、マリーシアは遠くを見やる。

 アルベルティーヌ中の教会が鳴らす鐘の音が、高く、低く響き渡っている。

 街中に――国中に届けとばかりに鳴らし続けられる、葬送の鐘。

「こんなところにいらっしゃったのですか、マリーシア王妃陛下――いいえ、王太后陛下」

 かけられた声に、マリーシアは振り向いた。そこには長いこと運命を共にした廷臣が立っている。

「バルカロール侯爵、探してくださっていたのですか」

「ステフィ殿下が――陛下が、ずいぶん探されておられましたよ」

「そう……」

 老いがにじむバルカロール侯爵エルフルトの顔を見つめ、マリーシアは微笑を浮かべた。

「侯爵、これは陛下が一番気に入ってくださっていた歌なの。もう陛下だけのものにしておくこともないから……聞いてくださる?」

 リュートを構えたマリーシアに、老侯爵は微笑んだ。

「勿論、喜んで」

 それを聞き届けると、マリーシアはそっと弦に指を乗せた。

 彼女は若い頃と何ら変わらぬ張りのある声で、歌い始める。



   白い薔薇は王の取り分

   黄金こがねの玉座 緑の野

   の王権に 栄えはあれど

   王の孤独を誰ぞ知る


   赤い薔薇は魔女の取り分

   右手に秤 左に剣

   大地も己も 朱色に染めた

   魔女の心を誰ぞ知る


   黒い薔薇は賢者の取り分

   王者の光 魔女の影

   終わりなき世の 果てまで見ゆる

   賢者の悲痛を誰ぞ知る


   黄色い薔薇は王妃の取り分

   天のことわり 地の定め

   狭間に在りて ただ立ち尽くす

   王妃の虚無を誰ぞ知る


   青い薔薇は民の取り分

   小さき望み 満つる声

   糸にられて その糸紡ぐ

   民の行方を誰ぞ知る


   それぞれの終わりのなき哀しみに それぞれの薔薇を手向けよ

   全ては天のため 全ては人のため

   そして全ては我らのため



 歌は風に溶け、鐘の音にかき消された。

 ただ一人歌を聞き遂げた侯爵は、嗚咽を隠そうともせず泣き崩れた。

 マリーシアはリュートを抱きしめ、震える声で問いかける。

「今だけでいいから……この塔を下りたら、王太后としての、王の母としての責務を果たすから、今だけは泣いていい? 王のためではなく、英雄のためではなく、たった一人のカティスのために……」

 当然です、という嗚咽まじりの声に、マリーシアはその涙を落とし、声もなく泣く。

 彼女の愛したただ一人の人のために。

 そして、同じ運命を分け合った、愛しい一組の恋人のために。

 ただ独り、最後に残されたマリーシアは、天に向かって、声もなく泣き続ける――。

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