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それでも朝日は昇る  作者: 柴崎桜衣
第十一章 それでも朝日は昇る
144/153

11章14節

 からん、と音をたてて、エスカペードが床に落ちた。剣を振り上げたために、空いた胴。下腹部にぽつん、と小さな染みが浮き、それは見る間に広がっていった。

「カイル、ワーン……」

 呆然とカティスが呟き、振り返ると、そこに彼は立っている。

 筒先から煙の上がる、片手で握れるほどの小さな銃を構えて。

「それは……」

 クレメンタイン王がカイルワーンに下した最後の褒賞は、剣を扱えない彼のために誂えられた、最新鋭の拳銃。

 銃口を下ろし、カイルワーンは床に崩れ落ちたフィリスを見下ろした。

「どうして、邪魔をした……」

 問いかけたフィリスに、カイルワーンは冷徹な声で答えた。

「憎いから」

 それこそが、偽りも何もない、彼の純粋な本心。

「カティスに死んでほしくないから、死なれては困るから――それも嘘ではないし、そう言うのは簡単だ。けれども、それは違う。僕が君のことを憎いから、妬ましいから。……ただそれだけだ」

「どうして……貴様が私などを」

「君は、アイラのために死んでいけるから」

 憎しみと、怒りと、罪悪感を混ぜ合わせて、カイルワーンはフィリスを見つめる。

「いいだろう? 君はアイラシェールのために戦い、彼女のために剣を振るって、そして彼女のために死ねるんだ。彼女のために最後まで戦ったという誇りを胸に死んでいけるんだ。彼女をどれほど思っても、彼女を死に追い込み、彼女を魔女と罵り、その後までも生きていかなければならない僕と、君は違う!」

 その言葉に、フィリスはひどく切なそうな顔をした。それが撃たれた腹部の痛みのためだけではないことは、カイルワーンにもカティスにも判った。

 不意に、苦笑が脂汗のにじむ顔に浮かんだ。壁に身をもたせ掛けて起こし、顔を上げ、フィリスはカイルワーンに問いかける。

「改めて、問おう……。貴様は、何者だ」

 その問いに、カイルワーンはしばし瞑目した。だが凛と顔を上げると、震える拳を固めて、己を呼ばわった。

「アルバの黒い賢者、黒翼の天使――そう呼ぶ者もある。実体は、アイラシェールの運命の対局にある者。……そして、歴史の、遂行」

 否定しつづけた。決して認めようとはしなかった。運命から、そして時間という力から逃れつづけ、あがきつづけたカイルワーンが、最後にとうとう口にしたのが、この言葉。

 それが覚悟であることを悟り、カティスは顔をしかめた。胸がぎりぎりと痛んだ。

 そして、己の全てを込めて、カイルワーンは告げる。

「人間としての名は、カイルワーン・リメンブランス」

 それは己が殺す者への、彼にとっての最大限の手向けだった。

 フィリスは知る由もないが、これが過去に来て以来、カイルワーンが本名を名乗った最初で最後のことであり、カティスですら、初めてこの時カイルワーンの姓を知った。

 そんな彼の思いが、届いたのかどうかは判らない。だがフィリスは痛みに顔をしかめながら、それでもしっかりとした声で言った。

「行け。侯妃は玉座におられる」

「フィリス・バイド……」

「侯妃はきっと、お喜びになられるだろう」

 最も憎むべき恋敵からの言葉に、カイルワーンは静かに頷いた。そしてカティスを見る。

「行け。俺は、もう少しここにいる。俺は俺で、見届ける」

 言葉に背を押され、カイルワーンは無言で歩みを進めた。扉に手をかけ、押し開いたところでもう一度だけ振り返り、そして二人を見た。

 フィリスとカティスは、もはや何も言わなかった。

 カイルワーンは無言で、その扉を閉じた。

 玉座は、すぐそこにあった。



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