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それでも朝日は昇る  作者: 柴崎桜衣
第十一章 それでも朝日は昇る
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11章13節

 ブロードランズ初代王は、こんな日が来ることを考えただろうか。自らが命じて鍛えさせた、双子の宝剣レヴェルとエスカペードが、こんな風に打ち合う日が来るなどと。

 目の前で繰り広げられている死闘を、目をそらすことなく見つめながら、カイルワーンはそんなことを考えていた。

 それはあまりにも対照的で、象徴的な光景だった。

 赤の宝剣エスカペードを握るのは、宮廷随一の騎士と讃えられた男。下級とはいえ貴族の家に生まれ、天与の才と比類なき努力によって輝かしい地位を得た。宮廷に差し込む光を一身に浴びた男。

 青の宝剣レヴェルを握るのは、貧民街で生まれ、どん底の困窮の中で生きてた男。私生児と蔑まれ、最低の生業である傭兵として身を立ててきた。社会の最下層で、嘲笑と侮蔑とともに育まれた男。

 そして今、二人の道はここで交差する。

 落ちていく者と、駆け上がっていく者。

 滅びゆく最後の騎士と、新たに来る傭兵。

 時代から取り残されていく者と、新たに来る時代の覇者。

 それぞれの手には、全く対等として打たれた国の宝――王の証。

 どんな理由があろうとも、どんな道を模索しようとも、戦って決着をつけずにはいられない組合せなのだろう、この二人は。

 カティスは常に、自分と対照で語られる。だがそれとは別に、カティスとフィリスもまた対照の存在なのだ、とカイルワーンは感じた。

 そして同時に、冷めた目が、理性が状況を分析していた。

 間違いなく、カティスは押されている。

 フィリスが続けざまに繰り出す斬撃を全て受け止め、カティスはレヴェルで胴を薙ぎ払う。ぶん、という重い音と共に繰り出された一撃をかわすと、フィリスは突きを繰り出した。

 身を沈めてそれを避けたカティスは、手を床について足払いをかける。飛びのいたフィリスに下から振り上げた一撃は、エスカペードが受け止めた。

 再び距離を空けて対峙する二人の荒い息づかいが、『光彩の間』に響き渡る。

 カイルワーンは確信した。このままでは、カティスは負ける。

 カティスの技量が、フィリスに劣っているとは思わない。だがおそらくカティスはまだ迷っている。己が王になることを、そして親友である僕の愛するアイラシェールを魔女として葬り去ることを。

 一方、フィリスは捨て身だ。運命の存在を知っているのか知らないのか――おそらく、その核心は知らないだろう。アイラシェールがカティスの子孫で、彼を殺せばアイラシェールも諸共に消えてしまうことを。知っていれば、戦えるはずがない。おそらく、アイラシェールは教えなかったのだろう。彼を殺せば己の滅びの運命を変えられると、無邪気に信じられる彼への手向けのために。

 意気込みが、覇気が違う。

 迷いのない、己の身さえ省みない姿勢で戦うフィリスを相手に、カティスはおそらく、勝てない。

 カイルワーンは視線をそらさず、その手を懐に入れた。滑り出てくるのは、灰色の革袋――その中身。

 手に当たる、冷たい感触。

 クレメンタイン陛下、お許しください。

 カイルワーンは内心で、何度も繰り返した懺悔をまた唱える。

 貴方からいただいたこれを、僕は彼女を守るためではなく、彼女を守るために戦う男を除くために使う。彼女に滅びを突きつけるために、運命を全うするために使う。

 ぎぃん、という宝剣同士が奏でる音が、天に捧げられ、消える。

 運命が全て決まっているのならば、人間とは一体何なのだろう。今まで何度となく繰り返してきた疑問を、カイルワーンは最後の最後で、もう一度繰り返した。

 今自分の心を満たす感情。それはごく単純なもの――嫉妬だ。

 憎い。目の前にいるこの男が。自分が彼女のそばに最もありたかった――けれどもいられなかったこの二年を、共に過ごしたこの男が。

 彼を憎いと思う心。彼に嫉妬する心。これさえ、歴史を回すための歯車だと言うのならば――殺意さえ、歯車だというのならば、人とは一体何だというのだろう。

 だが、それでも、それでも。

 この引金を、引くしかない――。

 がくん、と膝が抜けた。カティスに限界が来た。

 鈍い音をたてて絡み合い、弾け飛ぶ刃。手からもぎ取られ、後方に転がるレヴェル。

 体勢を崩して床に膝をついたカティスに、勝利を確信したフィリスの叫びがぶつけられる。

「お命頂戴する!」

 カティスは、死を覚悟した。襲いくるべき衝撃と痛みを予感し、だがその瞬間。

 広間いっぱいに、銃声が響いた。



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