表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも朝日は昇る  作者: 柴崎桜衣
第十一章 それでも朝日は昇る
142/153

11章12節

 華やかな夜会が、舞踏会が、戦勝報告が、そして戴冠式が行われてきたアルバ王国の表舞台に、血が散っていた。

 『紫玉の間』で繰り広げられていたエスターとブレイリーの戦いは、互角のまま終局を迎えようとしていた。

 お互いの腕や足から、血が伝い、落ちる。かすめた刃はお互いの肉を裂いたが、それはどれもが致命傷にはならない。

 剣を握る革手袋に、血がしみこむ。

「うおぉぉぉっ!」

 エスターの長剣が、ブレイリーの喧嘩剣に振り下ろされる。手に痺れさえ走りそうな一撃を、ブレイリーは歯を食いしばって受け止めた。両手の有らん限りの力で押し返し、なぎ払うと、すんででエスターは飛びのいて避ける。

 二人の荒い呼吸は、高い天井に吸い込まれていく。汗と血が、肌を伝い、服ににじむ。

「渡さない……玉座は渡さない!」

 エスターは睨み合い中で、そう吠えた。ブレイリーと、自分を追いつめたその親友である人物に対して。

「何が英雄王だ。どこの馬の骨とも判らぬ男に……簒奪者に、玉座は渡さない!」

 それはエスターの最後の矜持。己の正しさを信じ、己の理想を信じ、それ故敗北を認められぬフィリス以上の理想家の、それは最後の叫び。

 だがそれは、ブレイリーの激昂を誘った。

 それは彼には、決して言ってはならない言葉だった。

「言うな……それだけは言うな、貴様!」

 ブレイリーの体から怒気がふき上がるのを見た、とエスターは思った。そう錯覚させるほどの、あまりに激しい怒りをみなぎらせ、ブレイリーは叫ぶ。

「お前たち貴族がもう少ししっかりしていれば、カティスはこんなところに来なくてすんだ。カティスもカイルも、あんな風に苦しまなくてすんだんだ! 何も知らないくせに……何も知らないくせに、知ったふうな口をきくなっ!」

 緊張に張りつめた空気が、びりびりに裂けて震えた。

「うぁぁぁぁぁぁっ!」

 叫びを上げて、己の身を省みずに突進してきたブレイリーを、エスターは受け止める。

 ほんの少しだけ身を翻してかわし、そして。

「もらった!」

 鮮血が、迸った。

 エスターの剣が、ブレイリーの右肩をえぐり、腕を突き通した。からり、と音をたてて床に転がった喧嘩剣。

 だがその時エスターは、眼前の敵の顔が、不敵に笑うのを見た。まるで勝利を確信したかのように。

 背筋が凍る。

 肩に埋まった剣。懐に飛び込んだ、それだけの至近距離。ブレイリーの空いた左手は、剣帯から短剣を抜き放ち――。

 渾身の力で、エスターのむき出しの喉に打ち込んだ――。

「がぁっ……!」

 エスターの声にならない叫びは広間の高い天井に吸い込まれて消える。

 二人の体はもつれるように床に崩れ落ち、毛足の長い最高級の絨毯が、二人の血を思うままに吸い込んでいった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ