ハードロック・ヘヴィメタルとの出会い
このエッセイに目を通してくれている方は、大半はハードロック・ヘヴィメタルのファン、或いは、BON JOVIやBABYMETAL等、たまたま好きなアーティストにこのジャンルが含まれているから少し注目してみようとか、そういう方々が多いかと思われます。
ハードロック・ヘヴィメタルの面白い所は、好きな人も嫌いな人も、初めて聴いた時の印象は決して良くない事が多いという所だと思います。
うるさい、下品、この騒音が音楽なのか?と思う事が多く、初めて聴いて心を奪われる人がいるとしたら、それはライヴやビデオクリップで視覚的な格好良さがプラスされていたという条件があった時のみではないかと思うんです。
ちなみに、私のハードロック・ヘヴィメタルとの出会いも最悪でした。
中学校のカリキュラムにある、部活ではないクラブ活動の日が週一で決められていて、私は入学早々、何やら不思議な響きの「音楽鑑賞クラブ」というクラブに入りました。
そこはシンプルに、一台のラジカセに皆が持ってきたカセットテープを交互に入れて音楽を聴きあうというクラブだったのです。
当時の私は、邦楽のサザンオールスターズや(80年代の彼等は素晴らしかったと思います)、アメリカのヒットチャートの常連だったCHICAGOやHUEY LEWIS & THE NEWSのカセットテープをかけて貰っていたのですが、中学生も3年生辺りになると、当然不良っぽい先輩はいる訳で、80年代終盤の日本、私の住んでいた北海道と言えば不良=ヤンキーというのが基本でした。
そのヤンキーな先輩達が持ってきたカセットテープというのが、METALLICAやLOUDNESSだったんですよね。
今の耳で聴くと、随分と様式的に整理されているサウンドだった事が分かる初期のMETALLICAですが、当時は異質なうるささのメタルでしたし、ちゃんとメロディのあるLOUDNESSも、二井原実さんの絞り出す様なボーカルを初めて聴いた時は聴き苦しさというか、嫌悪感を覚えたものです。
ヤンキーな先輩達の恐さもあって、私にとってハードロック・ヘヴィメタルの印象は最悪になりました。
ところが、音楽鑑賞クラブが約三ヶ月続き、メタルの騒音に慣れてきた頃にクラブ活動が終了した私は、何故か自分でも一枚、ハードロック・ヘヴィメタルのCDが欲しいと思う様になっていました。
伊藤政則さんの言う、「メタルへの耐性」が出来上がったんでしょうね(笑)。
また、当時の地上波深夜のテレビで「MTV」や「ベストヒットUSA」を観る事が出来、BON JOVIやSURVIVOR等、ハードロックのジャンルにも聴きやすいアーティストがいるという事が分かったのも大きいと思います。
そうこうしている間に、洋楽好きな兄がBON JOVIやWHITESNAKEのアルバムをレンタルレコードで借りて来たので、私もただでカセットテープにダビングさせて貰い、すっかり魅了されてしまいました。
今思えば、曲とともに頭に浮かぶ、格好良いビデオクリップの影響力もありましたね。
そして、私が人生最初に買ったハードロック・ヘヴィメタルのアルバムは、DEF LEPPARD の「HYSTERIA」でした。
言わずと知れた歴史的名盤ですので、最初からこれかよ!と思われる方もおられるでしょうが、当時はまだシングルヒットも無く、地味に売れ始めた通好みのアルバムだったんですよ。
このアルバムを買った後、自分が選んだアルバムから全米大ヒット曲が連発され、アルバムが数百万枚と売れていく過程を目の当たりにした私は、一気にハードロック・ヘヴィメタルへとのめり込んで行きます。
今振り返れば、一番幸せな時代にこの音楽と出会えましたね。