第8話 マフラー
「上がって、誰もいないから」
異世界から帰還した街の駅から、電車で30分ほど。俺は香織の家に上がっていた。
「お邪魔します、広い家だな」
「そう?」
香織家の家には初めて来るが、広大な敷地に屋敷の様な一軒家が建っており、俗に言う豪邸とかいうやつだ。
玄関に入り、靴を脱ぐと廊下が続いており、部屋があちらこちらにある。香織に案内され、リビングに入ると、天井から豪華なシャンデリアが釣られ、壁には鹿の頭の剥製が生えており、あちらこちらに高そうな品々が列をなす。
「香織、渡したい物って」
「私の部屋にあるから、待ってて」
香織は足早に階段をかけ上がって行った。どうも落ち着かないが、どこの国でつくられたのか検討もつかない様なソファーに座って友達に返信をする。
数分ほどして、香織がリビングに来る。手には無駄に装飾の施された箱があり、ニコッと笑って俺に渡してきた。
「はい。 最近寒くなってきたでしょ」
「あぁそうだな。 マフラーか?」
「え? 宗治、なんでわかったの?」
凄く驚いた顔をしているが、箱の底に大きく『マフラー』と書かれている。
「いや、底に書いてあるんだが……」
「あ、本当だ」
まさか自分で書いて忘れるのかと思ったが、この季節でこれは嬉しい。
「開けてみて」
箱を開けると、中に入っていたのは丁寧に畳まれた暗い紅のロングマフラー。フワフワで温かいので、登校するときにつけよう。
「どう? 宗治」
「フワフワで温かい。 香織、ありがとう」
香織は嬉しそうにフフっと言って笑う。香織が、ジュース持ってくるね、と言って席を外した瞬間に香織のスマホが鳴った。
「あ、宗治ごめん。 親が帰ってくるみたい」
「そうか、じゃあ俺はそろそろおいとまするかな」
香織が寂しそうな顔をしたが、親御さんに迷惑をかけるかもしれないので俺は帰る。香織は玄関で見送ってくれたが、その顔はどこか残念そうだった。
◇
宗治は門を出て、やがて見えなくなった。まさか、こんな早くパパが帰ってくるなんて、想定外。
「あとちょっとだったのになぁ」
今回は仕方ないけど、またチャンスはあるよね。マフラー気に入ってくれたみたいでよかったなぁ。あのマフラーを何で染めたか聞いたらどんな顔するかな。あ、ジュースの後始末しないと。




