乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その八十四
「は、はは……そう、だね……」
本人がいないところで凛香の株を落とすようなことを言うわけにもいかない。
頬を引きつらせながら、肯定すると母親は肩を竦めた。
「モテてるみたいで良かったわね! あんた真央ちゃんとも仲良いんでしょ?」
別にモテているわけではないと否定しようかと思った優花だが、母親の口から真央の名前が出たためそれどころじゃなくなった。
「……真央を知ってるんだ?」
「は? 当たり前でしょ? あんたの幼馴染じゃない」
「幼馴染……?」
マジハイの「ゆうか」にはそんな設定は……無かったはずだ。
マジハイの主人公はゲームにはよくある転校生という設定で、プレイヤーが主人公に感情移入しやすいようにそれまでの過去は一切わからなくなっている。
ただ、幼馴染と聞いて、少し納得してしまった部分もある。優花がこの世界に来た当初、やけに真央が優花について回ってきていて、攻略対象として狙われているのかと思っていたが、幼馴染の気安さで話しかけてくれていただけだったわけだ。
真央とゆうかが幼馴染ってことは……真央は転校生じゃないってことか?
真央の一学期の中間考査と期末考査の点数が、異様に高かったのもその辺りの設定の違いが影響している……可能性がある。
「何あんた、急に難しい顔して……」
真央と幼馴染だったということを聞いて、優花が色々と考えていると、母親がそれを見て怪訝な顔になっていた。
「いや、なんでもない。それよりもう良いだろ? ほらほら出た出た!」
「あっ、ちょっと!」
母親を無理やり自室から追い出し扉を閉めた。その後は包帯を外して右手のリハビリをしたり、風呂に入ったり、夏休みの宿題を少しだけ進めたりしている内に眠気が来て優花はベッドに横になった。
「……それにしても、母さんはほとんど母さんだったなあ」
この分だと父親も元の世界の父親とほとんど同じなのかもしれない。元の世界に戻る意味が一つなくなってしまったような気がしながら、優花は眠りについた。
*****
翌朝、優花が寝癖でぼさぼさの髪を掻きながらリビングに行くと、花恋と母親が外出する準備をしていた。
「ん? どっか行くのか?」
「にははっ! お母さんと国内旅行してくるんだ!」
「へー……国内旅行ねえ……」
海外から帰ってきたばかりだというのに、もう旅行に行くとは、どうやら今の母親はあまり一カ所に留まらない人らしい。
「そっ! しばらく帰ってこないつもりだけど、あんたも行く?」
一応という感じで聞いてきた母親に、優花は少し考えてから返事をした。
「…………行かないかな」
花恋と母親との旅行に少し心惹かれるものはあったが、凛香の執事をする約束もあるし、海に行く予定もある。何よりも凛香に何かあった時のためにあまり遠くに行くわけにもいかない。
「花恋は? 凛香さんの家のプライベートビーチは良いのか? 行きたいって言ってただろ?」
「んー……行きたいけど、それはまた来年かな! お母さんと旅行に行くのなんてもうないかもしれないし!」
来年……か。
来年、花恋が凛香のプライベートビーチで遊ぶには、優花が凛香をバッドエンドの運命から完璧に救い出している必要がある。
「……そうだな、来年……あるからな」
絶対に凛香を救ってみせると改めて心に誓いながらそう言うと、花恋がきょとんとしていた。
「お兄ちゃん? なんだか顔が真剣だけど……」
「……俺はいつもこんな顔だよ。それよりもちゃんと楽しんでくるんだぞ」
わしゃわしゃと花恋の頭を撫でると、花恋はくすぐったそうにしていた。
花恋と母親を送り出し、一人になるとすぐに凛香から電話がかかってきた。
「ごきげんようゆうかさん」
「はい、凛香さん? どうしたんですか?」
「いえ、昨日ゆうかさんのお母様からゆうかさんに執事をしてもらう許可をいただいたでしょう? 早速今日から来てもらいたいのですけれど……」
問答無用で執事として働かせようとしていないことに、少し驚きながらも優花がすぐに快諾すると凛香は上機嫌になっていた。
「そうですの! お待ちしてますわね!」
「それじゃあ準備したら行きますね」
通話を切り、スマホをしまいながら、優花は凛香がまた少し変わったなあと感慨深く思いながら、凛香の家に行く準備を整えた。
家に戻ってくる必要はなく、たぶん海へも凛香の家から直接行くことになりそうなので、必要なものは全部持っていかなければならないだろう。
「着替えは当然として……水着も持っていくだろ? あとは……宿題も持ってかなきゃな」
次々と持っていく物が増え、気が付くと優花の荷物でリュックがパンパンになるぐらい膨れ上がっていた。これだと少し荷物が増えただけで、手に持たないといけなくなる。
「……旅行用の鞄とか無いのかな?」
時間をかけて家中の押し入れやクローゼットを探している内に、ぴんぽーんと玄関のチャイムが鳴った。
「ん? 誰だ? こんな時に……」
今回はインターホンに近い位置にいたので、インターホンに出ることにした。
「はい、灰島ですが」
もうすっかり「灰島」と言うことに慣れてしまった自分に若干の寂しさを感じながら返答を待っていると、インターホンから凛香の声が聞こえてきた。
「ゆうかさん? わたくしですわ、玄関のドアを開けてくださる?」
「えっ、凛香さん? すぐに開けますね!」
……どうして凛香さんが家に来るんだ?
これから行くと言ったので、凛香が優花の家に来る必要はなかったはずだ。
慌てて玄関に向かいドアを開けると、凛香がにっこりと笑って立っていた。
「迎えにきてさしあげましたわ!」
「あっ、はい」
わざわざ迎えに来てくれたのはありがたいが、まだ準備の途中だ。家に上がって待っててもらおうとすると、凛香が優花の腕にするりと自分の腕を絡ませてきた。
いきなり近くなった距離に、どきっと心臓が一際大きく高鳴った。
「ふふふ、さあ! 行きますわよ!」
至近距離で上機嫌に微笑む凛香に、目を奪われている隙に、ぐいぐいと引っ張られそのまま車に連行された。
いつもの助手席ではなく、後ろの客席に押し込まれてから、はっと我に返る。
「あっ! ちょっと! まだ準備が途中で! 荷物もまだ!」
「大丈夫ですわ! 全て準備してありますわ! ゆうかさんはその身一つで来ていただいて構いませんの!」
こういうあまりにも強引な所はまだ健在みたいだ。結局荷物は全部家に置いたままで、凛香の家に行き、執事の仕事をすることになった。
一週間程、凛香の家で執事として過ごし、いよいよ海に行く計画を実行に移すことになった。
プライベートビーチでは友人として過ごしたいと凛香に言われた結果、今着ているのは執事服ではなく、めいが用意してくれた私服。黒いスキニーパンツに丈の長いTシャツに上から淡い青色の襟の付いたシャツ。
とても着心地が良いのは、たぶん高級品だからだろう。
いくらするんだと最初は汚さないように冷や冷やしながら着ていたのだが、もうすっかり慣れてしまっていた。
「皆さん遅いですわね」
困った人達ですわね、みたいな雰囲気を出している凛香の今日の服は爽やかな印象のある薄い緑色と白のチェック柄のワンピースで、凛香の金髪がよく映えていてとても似合っている。
「ですねえ……」
集合場所近くのカフェで凛香と二人で軽く食事をしながら待っていると、席を外していためいが戻ってきて呆れたような目で見てきた。
今日のめいはいつものメイド服ではなく、大人っぽく落ち着いた雰囲気のある私服。こちらも凛香に負けず劣らず大変似合っていた。
 




