乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その八十三
優花が凛香に目と意識の大半を奪われている内に、母親はめいにもお土産を渡していたらしく、めいが母親にお礼を言っていた。
ちなみにめいがもらったのは、フリルが付いている以外はあまり特徴のない白いハンカチ。今までで一番まともなお土産だった。
「それじゃあ、ゆうはこれね」
ぽいっと投げ渡されたのは、どこかの民族風のデザインが施された木製のブーメラン。
「……何でブーメラン?」
「男の子は武器とか好きでしょ?」
……まあ、中学校の修学旅行で手裏剣だったり、模造刀だったりを買ったので間違ってはいないが、さすがにブーメランは好きじゃない。
一応お礼を言ってブーメランを机に置くと、母親がぐるぐると肩を回した。
「よし! それじゃあ私が凛香ちゃんとめいちゃんに料理をご馳走するわ! 花恋手伝って!」
「にははっ! わかった!」
時間的にはたしかにそろそろ晩御飯を食べても良い頃だが、いくらなんでも急すぎないだろうか。
花恋を連れだってキッチンに向かった母親を見送ると、凛香がほうと息を吐きながらクマ耳のカチューシャを外した。
「なんだかゆうかさんのお母様はパワフルな方ですわね……」
「まあ……そうですかね……」
ちなみに元の世界の母親は、さすがに海外で仕事はしていなかったので、この世界の母親の方がより行動的な人なのかもしれない。
「ゆうかさんのご両親への挨拶のために後日伺うつもりでしたが……これはこれで結果オーライというやつですわね!」
補習明け、凛香に両親が帰ってくる話をした時何故か笑っていたのは、優花の両親への挨拶を計画していたからだったらしい。
優花に執事を続けさせるために、まずは両親の機嫌取りを……ということなのかもしれない。
「それでは、ゆうかさんのお母様の覚えを良くするためにも、わたくしもお手伝いしてきますわ!」
やる気に満ち溢れ立ち上がった凛香を、優花とめいが慌てて止めた。
「いやいや! 凛香さんは座っててください!」
「そうです、お嬢様。ゆうか君のお母様と一緒にお料理をするのはまだ早いです」
「なんですの二人して! わたくしの作る料理が食べたくないとでも言うおつもりですの!」
優花とめいが二人して止めたことで気分を害したらしい凛香がむすっとした顔をすると、すかさずめいが凛香にごにょごにょと耳打ちをした。
「お嬢様、ここで腕前を披露してしまっては、後でゆうか君のご両親に手料理を作る際にびっくりさせられないかと……」
「な、なるほど……たしかにそうですわね。能ある鷹は爪を隠す、仕留めるときは一撃でいかないといけませんものね……」
めいと凛香が優花に聞こえないように内緒話をしていて、良く聞こえなかったものの、とりあえず何か企んでいることだけはわかった。
「わかりましたわ、今回はお手伝いはやめておきます」
凛香が料理を手伝うのを諦めてほっとしたものの、またいつ凛香の気が変わるかがわからないので、話をすることで気をそらすことにした。
優花と凛香、そしてめいの三人で、おしゃべりしている内に、母親達が作っていた料理ができたらしい。
「ゆう! これ運んでー」
名前を呼ばれた優花がキッチンに向かうと、コンロにある鍋や料理が乗った皿等を次々と運ばされた。
次々机に料理が並べられていくが……どれも見覚えのあまりない料理ばかり。たぶん海外に行っている間に覚えた料理なのだろう。
実際に食べてみると、味は普通に美味しいものが多かった。
「お母様は料理がお上手ですわね」
「口に合ったようなら良かったわ!」
めいが食後の紅茶を淹れてくれて、凛香と母親の間にも和やかな雰囲気が漂っている。
今日はもうこのまま何事もなく終わりそうだなと思っていると、ぱんと母親が手を打ち鳴らした。
「さてと……ゆう」
直前まで凛香と談笑していた母親が急にくるりと優花の方を向いた。
「……なに?」
ぼろが出ないようにしなくてはいけないので、少し緊張しながら母親が何を言うのか待つと、母親は優花の右手を指さした。
「それ、骨折したんだって? あと、赤点も取ったって聞いたけど?」
「……誰から……って花恋以外いないか」
責めるように花恋を見ると、花恋は口笛を吹いて、優花から目をそらしていた。
「たしかに赤点は取って補習も受けたけど、追試は大丈夫だったし、授業についていけてないってわけじゃないから……」
「ふうん……」
にやにやと笑いながら、まだ優花をそのネタでからかおうとしている雰囲気を母親が出していたが、そこに凛香が割り込んできた。
「待ってください、ゆうかさんのお母様。優花さんが骨折をしてしまったのはわたくしに責任がありますの。赤点の件だって骨折の影響と言えますわ!」
「えっ、そうなの?」
凛香の言葉を鵜呑みにした母親が確認するように優香の方を見て、優花はいやいやと顔の前で手を横に振った。
「いやいや、そんなことはないよ。俺が骨折したのはもちろん俺の責任だし、赤点取ったのは単に勉強不足だっただけで……」
「だってさ? 凛香ちゃんはどう思う?」
今度は凛香の方を見て、母親が問いかけると、凛香はゆっくりと首を横に振った。
「ゆうかさんが骨折をしたのは、わたくしを助けるためでした。そして勉強だってわたくしが見てさしあげれば赤点など取らずに済んだのです。すべてわたくしの責任ですわ」
「いやいや、凛香さん! 前も言ったでしょう! 全部俺の責任だって、凛香さんが責任を感じる必要なんて……」
「いいえ! わたくしに責任があります。あなたは黙っていてください!」
そのまま互いをかばうような、責めるようなよくわからない言い争いを始めた優花と凛香を楽しそうに見ていた母親が不意にパンパンと手を叩いた。
「はいはい、そこまで。事情は大体わかったから。とにかくゆうは今後骨折とか大怪我しないように気を付けること、そんで勉強もちゃんとやること。わかった?」
「……わかった」
言われなくてもわかっている内容だったが、とりあえず素直に頷くと、母親は今度は凛香の方を向いた。
「そして凛香ちゃん。これからもゆうと仲良くしてやってね」
「っ、え、ええ! もちろんですわ!」
とても嬉しそうに笑って頷いた凛香を見て、母親も満足そうに頷き、優花の話はそれで終わってくれた。
その後、凛香が優花の執事の件(ちなみに執事の件は、一応アルバイト扱いなので花恋づてで一度許可はもらっていた)と、海に行く件を改めて母親に許可を求め、それを聞いた母親からからかわれるということはあったものの、とりあえず両方とも母親から許可が下りた。
「それではゆうかさんのお母様、わたくし達はこれで失礼いたしますわ」
「はーい、凛香ちゃんもめいちゃんも、今日は掃除を手伝ってくれたみたいでありがとうね。また来てね」
凛香とめいが帰っていくのを見届けてから、母親がふうと息を吐いていた。
「? どうしたの?」
「いやあ、本物お嬢様とメイドなんて初めて会ったからねえ……」
「へー……」
海外で過ごした母親から見ても、お嬢様とメイドは珍しかったらしい。
「よし、それじゃあ次はっと……」
くるりと体を回転させ家に入った母親が向かった先は優花の部屋。
「ふーん、なかなか綺麗になってるわね。凛香ちゃんが手伝ってくれたんでしょ?」
「……ああ、うん。まあね……」
間違ってはいないので否定はしないでおくと、母親が感心した様にうんうんと頭を縦に振った。
「お嬢様で勉強もできて、料理もできて、掃除も完璧とか、ほんと凛香ちゃんはすごいわね……」
凛香と母親の二人で話している時に、優花の風邪の看病の際に、料理を作ってくれた時の話なんかも話していたので、母親の中で凛香は料理上手ということにもなっているようだった。
 




