乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その八十二
「ふう、まあこんなものですわね!」
「ははは……」
ようやく満足したらしい凛香に安堵する。優花の苦労のかいもあって、最終的には優花の部屋は掃除を始める前とは見違える程綺麗になっていた。
「ありがとうございました、凛香さん。おかげでこんなに綺麗になりました」
「っ! え、ええ! 存分に感謝なさい! そして……あの……ゆうかさんが望むのなら、またお部屋の掃除をしてあげないことも……ないですわ」
「あっ、それは結構です!」
「即答! 何でですの!」
こうして優花の部屋の掃除が無事に? 終わると、時刻は午後の五時。既に他の部屋の掃除を終えていためいが入れてくれた紅茶を飲み、ゆったりとした時間を楽しんでいると、凛香が自分の鞄からごそごそと何かを取り出してきた。
「わたくしがまたお菓子を作ってさしあげましたの。食べても良いですわよ?」
凛香が自分の鞄から取り出した箱を開けると、中に入っていたのはクッキー。
「えっと……これ本当に凛香さんが作ったんですか?」
「ええ、ちゃんとお嬢様が作ったものですよ」
優花が確認するようにめいを見ると、めいは微笑みながら頷いていた。
……まじか。
「うわあ! 美味しそう!」
前回凛香が作ったクッキーは、焼き過ぎだったり形がぼろぼろだったりしていたが、今回は焼き加減も形も完璧。花恋が言ったように本当に美味しそうなクッキーだった。
「ふふん! わたくしの手にかかればお菓子作りをマスターすることなど容易いのですわ!」
胸を張る凛香に、本当にすごいなと思いつつ、早速一つ食べてみる。
「……どうだった? お兄ちゃん?」
警戒しているのか、何故かまだクッキーを食べていない花恋にそう聞かれ、優花は綺麗な笑顔を作った。
「……スゴク……オイシイヨ」
「なんで片言なの!」
クッキーに手を伸ばそうとしていた花恋だったが、優花の言葉を聞くとびびってクッキーを食べるのをやめていた。
「ふふっ、さあさあ。もっと食べてくださっても良いですわ!」
ずいずいと凛香にお菓子を勧められ、優花は「オイシイ、オイシイ」と言いながら全部食べ切った。
結局全部優花が食べたが、味は……正直苦かった。たぶん砂糖が足りていないか、ベーキングパウダーを入れすぎてしまったのかのどちらか、あるいは両方だろう。
食べられない程ではないし、サクサクとした食感は良かったので、もう一度クッキーを作ればたぶん普通に美味しい物ができるんじゃないだろうか。
優香が凛香の作ったクッキーを食べ終えた後で、めいが作ったお菓子をみんなで食べながら談笑していると急に玄関からガチャッという音が聞こえてきた。
一瞬泥棒かと思った優花だが、すぐに違うとわかった。
「ただいまー」
ただいまってことは……この世界の『ゆうか』の両親か!
帰ってくるのはもう少し先だと思っていたが、花恋が聞いていた帰ってくる予定は意外と適当なものだったみたいだ。
「あっ! お母さんだ!」
声を聞くと、めいの作ったお菓子に舌鼓を打っていた花恋がばっと弾かれたように顔を上げ、玄関に飛んでいった。
「あら、優花さんのご両親が帰ってきましたのね……これは好都合ですわね……」
ぼそぼそと何か言ったかと思うと凛香は立ち上がり、髪や服(ちなみに掃除が終わった時点で凛香は元の服に戻っている)をささっと整えた。めいも凛香の背後に控え、玄関から花恋と何か話しながらやってくる両親を待ち構えている。
花恋と凛香がそれぞれの対応を見せる中、優花はどうしてよいのかわからずにいた。
普通なら花恋同様玄関に迎えに行けば良いのかもしれない。しかしこの世界の『ゆうか』の両親は、元の世界の優花の両親ではないので、感覚的には見ず知らずの他人だ。
それならば凛香のように居住まいを正して待っているべきなのかもしれないが、それはそれでどうなんだろうか?
一応は自分の両親ということになっているのに、あまり緊張するのも変に思われるかもしれない。
結局優花が結論を出せないまま一人椅子に座って悶々としている内に、花恋が戻って来てしまった。
「ほら、こっちこっち!」
花恋が引っ張っている腕の持ち主がぬっとリビングに現れ、はっと我に返った優花が立ち上がろうとして……ぴたりと中途半端な姿勢で体が止まった。
「か、母さん?」
「……何当たり前のこと言ってんのあんた?」
花恋に腕を引かれて現れたこの世界のゆうかの母親は、元の世界の優花の母親と同じ外見をしていた。しかも反応までそのまんま。
優香同様、この世界に異世界転生してきたのかと一瞬疑う程だが、よく見れば目の前にいる方が少し日に焼けているし、少し若く見える。顔のほくろの位置も微妙にだが違うので、やはり別人らしかった。
「……それで、ゆう。こちらの可愛らしいお嬢さんはどこの誰なの?」
優花を「ゆう」と呼ぶところまで前の世界の母親と同じで、少しびっくりしていると、母親にじろじろと見られている凛香がすっと前に出た。
「こんばんは、ゆうかさんのお母様。わたくしは虚空院凛香、ゆうかさんの……友人ですわ」
にっこりと笑みを浮かべた凛香に、丁寧な挨拶に慣れていないのか母親が若干たじろいでいた。
「こっ、こんばんは。友達ね……へー……そう……」
優香と同じ仕草でぽりぽりと頬を掻いて何を言おうか迷っているらしい母親に、今度はめいが挨拶をし、母親は「り、凛香ちゃんのメイド? お金持ち学校はやっぱり違うわね……」と何故か感心していた。
「にははっ! それでお母さん、お父さんは? 一緒に帰ってきたんじゃないの?」
「ん? ああ、お父さんは帰ってこれないわ、直前に新しい仕事が入ってきたからね……ってこれお土産、丁度良いから凛香ちゃんにもあげるわ」
母親はぽいぽいと持っていた旅行鞄から何かの袋を取り出すと全員に配り始める。
思い立ったらすぐ行動するところも前の世界の母親と一緒で、あまり悩む必要もなかったかと優花は一人こっそり安堵の息を漏らした。
「花恋にはお菓子と人形ね」
「にははっ! ありがとう!」
母親からお土産をもらった花恋が嬉しそうに袋の中を開けると、中から出てきたのは、何を象っているのかよくわからない謎の生物の人形と海外特有のカラフルすぎるお菓子。
「……にははっ……あ、ありがとう」
花恋が苦笑いしながらお土産をしまうのを見て、母親は満足そうに頷くと、次に凛香に袋を渡した。
「凛香ちゃんにはこっちね! ほら、開けて見て!」
「え、ええ……」
お礼を言ったあと、凛香が袋を開けると中に入っていたのは、何故かクマ耳のカチューシャ。たぶん元々は花恋用に買ってきたやつなんじゃないだろうか。
「ささ! つけてみて!」
「ええと……」
母親の圧に逆らえず、凛香がクマ耳のカチューシャをかぽっとつけた瞬間、それを見た優花に衝撃が走った。
――――――っと危ない、凛香さんが可愛すぎて死ぬところだった。
ふうと汗をぬぐいつつ、いつでも思いだせるように脳裏に焼き付けておこうとガン見する。
できればスマホで写真を撮りたかった優花だが、凛香はあまり写真を撮られるのが好きじゃないらしいのでそれはやめておいた。
 




