乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その七十七
「ゆうかさん? どうかしたんですの?」
「いえ、何でもありませんよ。それじゃあ六道生徒会長に連絡しておきますね」
とりあえず優花と凛香の参加表明、そして凛香のプライベートビーチの使用許可をもらった話を深雪に伝えると、詳しい話を後日詰めることになった。
話も終わったので、優花は凛香と別れ自室に戻り私服に着替えると、改めて凛香とめいに別れを告げ、凛香の家を出た。
「さてと……」
帰りに掃除用品を買わなくてはいけないので、いつもとは違う商店街への道を歩いていると、背後から足音と視線を感じ振り向くと……何故かこの真夏に厚手のコートを着て、帽子とサングラスで顔を隠した怪しげな人物が慌てて電柱に隠れたのが見えた。
「……ええと、何してるんですか凛香さん?」
「一瞬でばれましたわ! このわたくしの完璧な変装を見抜くなんて……やるようになりましたわね……」
無視することもできず、電柱まで歩いていって声をかけると何故か凛香に感心されてしまった。
いや、全然完璧じゃなかったですよね……。
思いっきり豊かな金髪が見えていたので、一目見てすぐにわかった。
「……それと、めいさんまで何してるんですか?」
ため息と共に、凛香の近くに居る、これまた変装中のめいに呆れた目を向けると、めいは「おかしいですね」と首を捻っていた。
「どうして私だとわかったんですか?」
「どうしてって……」
めいの変装は凛香に比べれば確かにクオリティが高い。ウィッグで髪色も変えているし、服はいつものメイド服ではなく、カジュアルな私服だ。
ただ……サングラスはしているし、背筋がピンと伸びたいつもの綺麗な姿勢や丁寧な所作はそのまんまなので、優花から見ればバレバレだった。
たまにポンコツな主従コンビにもう一度深くため息をついてから、事情を聞いてみると、凛香が変装を解いてふふんと胸を張った。
「雇い主として、ゆうかさんがしっかり家まで帰ることができるのか見届けようと思ったのですわ!」
いや、その理屈はおかしい……というツッコミを優花がする前に、めいから訂正が入った。
「いえ、お嬢様はせっかく私達が作った本日のご夕食を置いておいて、ゆうか君のことを尾行しようと言いだしまして。たぶんもう少しゆうか君に構ってもらいたかったのかと……」
構ってもらいたかった……ね。
本当にそうなら、光栄なことだが、めいの冗談だろう。たぶん二人共暇だったとかじゃないだろうか。
「めい! 余計なことを言わないで頂戴!」
めいに突っかかっていく凛香をなだめて、せっかくだからと商店街の買い物を一緒にすることにした。
「それで? 何を買うんですの?」
普段来ないのか商店街をきょろきょろと物珍し気に歩く凛香は、すれ違う人達からとても注目されている。
「掃除用品ですね。両親が来る前に家の掃除をしないといけないんで」
「……そういうものなんですの?」
今回は両親だが、誰かが来るから家を掃除するという概念は凛香にはなかったらしい。まあ凛香の家はめいと、その他の使用人によって常に綺麗な状態が維持されているので、わからなくても無理はないのかもしれない。
凛香が確認をするようにくるりとめいの方を振り向くと、めいはこくりと頷いて肯定していた。
「そう……でしたらわたくしがそのお掃除を手伝ってあげますわ!」
「えっ!」
「まあ……」
凛香の宣言を聞き、優花が驚きつつ頬をひくつかせ、めいが口元に手を当てたうえで困ったような顔になった反応を見て、凛香の眉が吊り上がった。
「なんですの今の反応は!」
「いやあ……別になんでも……」
掃除の手伝いをしてくれるという凛香の気持ちは嬉しかったものの……。前に一度凛香が自分で部屋の掃除をした時に、部屋の中が悲惨なことになったとめいが言っていたのを思い出したのだ。
ちらっと優花が目を合わせたのは凛香ではなくめい。
『凛香さんが掃除って……大丈夫なんですか?』
『恐らくダメですね……』
優花が目と目でめいと会話をしていると、凛香が頬を膨らませた。
「またあなた達はそうやってわたくしをのけ者にしてこそこそと!」
「いやいや、何でもないですよ凛香さん。それより掃除は凛香さんのお手を煩わせるまでもないと言いますか……」
やんわりと断ろうとした優花だが、凛香は聞く耳を持ってはくれなかった。
「そうはいきませんわ! もう決めましたの! さあ! 買い物に行きますわよ!」
優花の手を引いてずんずん歩き出した凛香に、優花はもうあきらめの苦笑いしか出てこなかった。
「にははっ! お兄ちゃんお帰り! 遅かったね!」
「……ただいま」
張り切りだした凛香に振り回される形で、遅くまで買い物をすることになったため、帰りが遅くなってしまったのだ。
大量の洗剤が入った袋を廊下に置いて、玄関にへたり込むように座ると、花恋が「なんだか疲れてるね~」と言って荷物を持っていってくれた。正直とても助かる。
少し休んで元気も回復したので、靴を脱いで家に上がると、荷物を置いてきた花恋がぱたぱたと戻ってきた。
「それで? どうだったの?」
「どうって? 何が?」
「にははっ! そんなの決まってるじゃん! 凛香お姉ちゃんの機嫌だよ!」
「ああ、そのことね……」
凛香の家に行ってからのことを花恋に適当にかいつまんで話して聞かせると、花恋が目を輝かせ始めた。
「海! それも凛香お姉ちゃんのプライベートビーチ! わたしも行きたい!」
「そう言えば、花恋にはまだ言ってなかったっけ?」
「言ってないよ! もちろんわたしも連れて行ってくれるんだよね! お兄ちゃん!」
目をこれでもかと見開き、キラキラと輝かせている花恋に気圧されつつ優花は少し考えてみることにした。
花恋を連れていくことが可能かどうかという話なら、可能ではある。……ただ、花恋を連れていくにあたっての問題が一つだけある。
……友達と行く海に妹を連れてくるって結構なシスコンなのでは?
他の誰にシスコン認定されても構わないが、凛香にシスコン認定されるのだけは嫌だった。
「花恋は留守番かな……」
ぼそっとつぶやいた優花の言葉に、花恋がガーンとショックを受けたように大きくのけぞり、すぐさま優花に食って掛かってきた。
「ええ! なんで! ディスミーパークだって一緒に行ったじゃん!」
「あー……そう言えば行ったっけ……」
花恋が居てくれたおかげで色々と助かったが、今更ながら妹を連れて遊園地も中々にシスコンだったかもしれない。
「いや、シスコン認定されるかなと」
仕方ないので、花恋を連れていかない理由を素直に教えると、花恋はポケットからスマホを取り出した。
「それなら問題ないよ! お兄ちゃんはシスコンなのは周知の事実ってやつだから!」
「は? 何言って……」
花恋がスマホを操作し優花に見せた画面には、メッセージアプリのログ。
どうやら相手は真央で、そこにははっきりと『お兄ちゃんはシスコンだからしょうがないよ!』というメッセージが書かれていた。
「…………」
画面を見て無言になった優花には気が付かず、花恋が得意気に笑っていた。
「にははっ! ほらね! お兄ちゃんはシスコンなんだから、今更シスコンって言われたって大丈夫でしょ?」
まあ、メッセージアプリの相手が凛香さんじゃなかっただけましだけど……。
「それはそれとして、そんなわけあるかー!」
「にははっ! お兄ちゃんが怒った!」
楽しそうに笑いながら逃げ回る花恋を追いかけまわすこと数分。補習から執事のバイト、そして凛香達との商店街での買い物と合わせて体力を使いきった優花はぱたりと自室のベッドに倒れた。
「もう……なんでもいいや……」
晩御飯も、お風呂もまだだったが、気力も尽きていた優花はそのまま眠りについた。
 




