乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その六十七
「どうしたんだ? 急いで来たみたいだけど?」
一年生の教室棟から走ってきたのか、竜二は軽く咳込んだ後、息を整えてから答えた。
「ふう……いや、夏休みに入っちまう前にちゃんと会っておこうかと!」
「会っておくって……その言い方だと夏休み中しばらくどっか行くのか?」
攻略情報を思い出してみれば、夏休み中に竜二に会うイベントは何回かあるはずなのだが、竜二はぺこっと頭を下げながら優花の質問を肯定してきた。
「そうなんすよ、夏休みの間は田舎のじいちゃんばあちゃんの家に行くことになっちまいまして……」
田舎のじいちゃん、ばあちゃんか……マジハイでは名前も出てこなかったな。
「そうか……いつから行くんだ?」
「夏休み入ったらすぐっすね、帰ってくるのも夏休みの終わりごろになるっす」
「それはなかなか長いな……」
となると夏休みが明けるまで竜二とは会えないわけか。
心の欠片を入手し、竜二ルートで来る凛香の危機は乗り越えているが、やっていない竜二のイベントは多々ある。少なくとも夏休み中にある竜二イベントはもう、攻略不可能な状態になってしまったようだ。
そして自分でも不思議なことに、竜二に会えないとわかったら少し寂しく思う気持ちがたしかにあった。
「まあスマホで話はできるだろ? いつでも電話して良いぞ」
自分にも言い聞かせるように優花がそう言うと、竜二は本当に嬉しそうな笑顔になった。
「……兄貴! ありがとうございます!」
素直な笑顔を向けられて、なんだか照れ臭くなった優花が久しぶりに竜二の髪の毛をわしゃわしゃと乱暴に撫でると、それまで特に何も反応せずただ優花達のやり取りを見ていた凛香が、近づいてきてぱしっと優花の手を叩いた。
「ゆうかさん。犬にむやみに褒美をあげるのは感心しませんわ」
凛香に手を叩かれて、優花が手を引っ込めると、凛香は次に優花の手を引っ張り竜二から引きが剥がしてきた。
「いくら犬が可愛いからと言ってそうして頭を撫でるといった褒美ばかりあげていては、犬がだめになります。少し厳しいぐらいがちょうど良いのですわ」
……犬というのはもしかしなくても竜二のことだろう。まあ竜二がなんとなく犬っぽいというのはわからなくはない。
「同士! 俺の話はまだ終わってないぜ!」
竜二の乱入で流されそうになっていたが、翡翠もまだ優花のことを諦めていなかったらしい。
諦めの悪い翡翠を見て凛香は一度眉をひそめたかと思うと、自身の胸に手を当てて高らかに宣言した。
「いいえ! 終わりました! ゆうかさんは今日からわたくしの家に泊まります!」
…………あーあ、言っちゃったよこの人。
今まで優花が執事のバイトをしていたことはなんとなくクラスにばれていたみたいだが、執事をしている間優花が凛香の家に泊まっていたことはばれてはいなかった。
凛香の爆弾発言にクラス中がどよめく。
「おーほっほっほっ! わかったかしら? あなた達などお呼びじゃないのですわ!」
何故か盛大に勝ち誇る凛香に、翡翠がぐぬぬと悔しがり、いらっと来たのか竜二が凛香をすごい形相で睨んでいた。
なんかここだけ見ると……俺がモテモテに見えるなー。
現実逃避をするように遠い目をしている優香の横で、真央が困ったような顔になっていた。
主人公を放っておいて、攻略キャラの一人がモテるゲーム……割とクソゲーだな。
まあ一見モテているように見えるが、実態は単に夏休み中に遊びたい翡翠と、夏休み中に人手不足から優花を執事としてこきつかいたいのだろう凛香と、夏休み中に会えないので構ってもらいたいと思われる竜二という感じでなんとも微妙ではある。
なんだか収拾がつかなくなってきたので、優花が助けを求めるように真央を見ると、真央は苦笑いしながら首を横に振っていた。自分でなんとかするしかないらしい。
「……はあ、仕方ないな」
恥なのであまり人には言いたくなかったのだが、こうなったら言うしかないと覚悟を決めた。
「凛香さん、すいません。執事の件ですけど、すぐには無理です」
まず優花が言葉をかけたのは凛香。
「……どうしてですの?」
数秒前まで勝ち誇っていた凛香が、急にトーンダウンし、不機嫌になったのがわかる。
むすっとした顔になった凛香に、慌てて説明しようとしたが、翡翠が邪魔をしてきた。
「同士! やっぱり同士も俺と遊びたかったのか!」
凛香の誘いを断ったと思ったのか、翡翠は逆にテンションを上げ、凛香が涙目になって優花を睨んできていた。
「かっ……ごほん……」
あまり見ない凛香の表情に、一瞬可愛いと口からでかけた。
あぶないあぶない、可愛いなんて直接言ったら何をされるかわからないぞ……。
軽く咳払いをしてから、本題に入る。
「と言うのもですね……実は期末考査で赤点を取りまして」
赤点を取ったと言った瞬間、それまでざわざわしていた教室が一瞬でしんと静まり返った。
「ま……マジですの?」
凛香も動揺しているのか普段絶対使わない言葉使いになっていた。何故か翡翠も竜二も、そして真央も目を丸くして言葉を失っている。
「いや、マジですけど……どうしたんですか?」
皆の過剰な反応になんだか怖くなってきた優花が凛香に聞いてみると、凛香は怪訝な顔になった。
「ええと……ご存知ないんですの? 補習の鬼の存在を……」
「補習の鬼? なんですかそれ?」
マジハイには当然出てこなかったし、普通に今まで学校に通っていて噂ですら聞いたことがない単語だった。
凛香の説明によれば『補習の鬼』とは、白桜学院の伝統のようなものらしく、地獄のような補習をする先生が居る……らしいという話だった。
「有名な話ですから、皆知っていますわ。既に卒業された昨年の三年生の先輩が実際に補習の鬼の補習を受けたらしいのですけれど……」
「ど、どうなったんですか?」
ごくりとつばを飲み込み続きを聞くと、凛香は優花から悲しそうな顔で視線を外した。
「わたくしの口からはとても……」
……なに? なにされるの? 説明できないようなことになる補習って何!
凛香の説明からほとんど何も伝わってこないのが、逆に怖すぎた。
結局補習があるからと、凛香の執事をするのは補習を終わった後ということになり、翡翠と遊ぶ話はうやむやになったままだ。
凛香は車で帰るようで、優花は竜二と一緒に帰ることになった。
「そう言えば何で竜二も鬼の補習のこと知ってたんだ? 一年生にも有名は話なのか?」
「そうっすね、俺は淀から補習になるとやばいってだけ聞いたっすね」
「……どうやばいのかがわからないのはやっぱり怖いな」
なんだか明日からの補習が本当に怖くなってきた。無事に補習を終えることができるのだろうか?
「まあ兄貴なら大丈夫っすよ、きっと気合いでなんとかなるっすよ!」




