乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その六十五
自然と凛香と並んで話しながら移動していると、途中で竜二と淀が合流してきた。
「おはようございます、兄貴!」
「……おはよう……ございます」
竜二と淀の二人の距離は高校生になり離れてしまったと前言っていたが、二人で移動しているあたり少しはまた幼馴染の距離感に戻っているように思える。
「おはよう竜二、黒岩さん。黒岩さんは割と久しぶりかな?」
淀は優花が風邪をひいてお見舞いに来てくれたとき以来なので、一ヵ月は経っていないか。
久しぶりに会った淀の顔を見ると、少し違和感があった。
具体的にはいつも完全に髪の毛に隠れていた顔が少し見えていた。今ならその表情が少しだけわかる。
「……ええと、黒岩さん少し髪切った?」
「……はい……少しだけ」
淀が恥ずかしそうにうつむき少し頬を染めたのも、髪を切る以前ならわからなかっただろう。
どういう心境の変化かは……まあ大体わかる。
ちらりと竜二の顔を盗み見ると、竜二はまったくわかっていなさそうだった。まだまだ竜二と淀の二人の進展は難しいかもしれない。
竜二達を交えて軽く談笑しながら講堂に移動すると、講堂の入り口に深雪が立っていた。
「おはようございます、六道生徒会長」
たまたま優花が先頭に立っていたため、真っ先に挨拶すると、深雪は眼鏡を直しながら優花の方を見た。
「む、灰島か……おはよう」
深雪と会うのは、文化祭の企画の相談以来。
女装コンテストのことを思い出すと、何故か頭が痛くなり、自然と深雪の横を足早に通り抜けた。
講堂に入ると、広大な空間に椅子がずらっと並んでいる。何席あるのかはぱっと見ただけじゃまったくわからない程席があり、一つ一つの椅子も高級品のように座り心地が良さそうで、改めてここが金持ち高校だと実感させられた。
「……でかいな」
元の世界ではせいぜいが体育館にパイプ椅子を並べるくらいだったので、その差に圧倒されていると優花以外の三人は優花を見て首を傾げた。
「何を今更言ってるんですの?」
「そうっすよ兄貴。入学式もここでやったじゃないっすか」
「……そうですよ……せんぱい」
……まあ三人が不思議に思うのは仕方がない。
本来なら――優花が異世界転生してくる前のキャラである『ゆうか』は――この講堂に何度も足を運んでいるはずだからだ。
「いや……改めてみたら大きいなと思ってさ」
言い訳としては苦しいかと思ったが、意外と大丈夫だったらしく三人は納得したようにうなずいていた。
「最初見た時はおれもびっくりしたっすね」
「高等学校の施設としては最大級ですから、当然ですわね」
「……そう……ですね」
……これが楓だったらこんなに簡単にはいかなかっただろう。
純粋な三人に感謝しつつ竜二と淀と別れ、先に来ていた同じクラスの連中がまとまっている席の前へと移動する。
見た感じ軽く男子と女子で分かれてはいるものの、特に席が決まっているわけでは無さそうだった。
さて……俺はどこに座るべきなんだ?
さっさと近くに誰もいない所に座った凛香さんの隣にしれっと座るべきか、あるいは女子に囲まれた翡翠の近くに……いや、それはないな。
どうでも良いが、BL好きだとカミングアウトしたにも関わらず翡翠の女子人気が全く減っていないのが腑に落ちない。
イケメンならなんでも良いのか? ……まあいいや、それよりもあとクラスメイトで話すのは真央くらいだけど。
「真央は……まだ来てないか」
まあ、真央の隣に座るのもそれはそれでなんだか凛香の不興を買いそうだ。
しばらく考えたあと凛香の隣……ではなく、一個空けた凛香の二個隣に座ることにした。
凛香の座っている位置がちょうどクラスメイト達がなんとなく男女に分かれている境界ぐらいの位置で、優花が座ったのは男子側。
「…………」
席に腰を下ろした瞬間、横から強い視線を感じた。
方向は凛香の方からだ。
恐る恐る横を確認すると、凛香がすっと目を細め優花のほうを見ている。明らかに機嫌が悪そうで、とんとんと指で肘掛けを叩いている。
「えっと……凛香さん? どうかしました?」
「……別に」
もしかして隣に座った方が良かったのかと思いつつ、聞いてみると、凛香はふんとそっぽをむいてしまった。
こうして凛香が不機嫌になるのは……まあいつものことなので、あまり気にしても仕方がない。
左手で頬を掻きながら、曖昧に笑いつつ前に向き直ると……凛香が肘掛けを指で叩いている音が段々大きくなってきた。明らかに凛香のイライラゲージが溜まってきている。
……んー……隣に座れってことなのか?
ちらっと凛香の方を見てみるが、相変わらず優花と反対の方に顔を向けたままでこっちを向いてはくれなかった。
隣に座りなおすべきか、このままでいるべきか悩んでいると、講堂の入り口の方から真央がやってきた。
「えっと……」
優花達の周囲の席はほとんど埋まっていて、空いているのは凛香と優花の両隣だけ。
真央は少し迷った様子を見せると、優花と凛香の間ではない方の優花の隣へと腰を下ろした。
真央が椅子に座った瞬間、一瞬背筋が本当に凍ったかと思う程の悪寒がして凛香の方を振り向くと、氷点下の目をした凛香がただじっと優花の方を見て相変わらず指でとんとん肘掛けを叩いている。
こ……怖すぎる……。そんなに真央の隣が良かったのか……。
「えーっと……真央、こっちに座ったほうが良いんじゃないか?」
「えっと……良いのかな?」
ちらっと真央が凛香を見ると、凛香はくるりとまた背中を向け表情を隠していた。
もしかしたら凛香なりに真央との関係を良くしようと考えて、きつい表情を見せないように配慮した結果なのかもしれない。
「あー……大丈夫だから頼む」
「うん、わかったよ」
優花がぺこりと頭を下げて頼むと、真央は小さく笑って席を立ち、優花の前を通って優花と凛香の間に座った。
「…………」
とんとんと肘掛けを叩いていた凛香の指が一瞬止まったものの、またすぐに鳴りだした。
何故かさっきよりも感覚が早くなっていて、凛香の不機嫌爆弾は爆発寸前みたいだった。
真央が隣に座ったのが嫌だったという感じではなさそうなので、これで不機嫌となるともう考えられるのは……一つしかない。
……やっぱり隣に座れってことなのか?
凛香が真央に不満をぶつけて、また二人の仲が悪い方向にいくかもしれないため、仕方なく今度は優花が立ち上がり、真央と凛香の前を通って凛香の隣に座ると、凛香の指がぴたりと止まった。
 




