乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その六十四
左手で書く練習も一応したものの、読める字を書くには至らず、すぐに期末考査当日。
骨折のせいだけにする気はないが、期末考査の結果は――――散々だった。
暗記は書いて覚える派の優花は、上手く暗記ができず暗記科目はほぼ全滅、点数が高い国語と英語の記述式の問題も落とし、五教科の内三つが赤点だった。
「補習かー……」
地味に人生初めて赤点を取り、ショックを受けていると、凛香が上機嫌にやってきた。
「優花さん? 結果はどうだったのかしら?」
「あー……まあまあです」
視線をそらして嘘をつくと、凛香は特に気にすることなくそのまま鼻歌と共に自分の席に戻っていった。
ちなみに今回も凛香と真央が同点数で学年成績トップだ。
赤点が誰にもばれないように、テストの答案用紙と、総合結果の書かれた紙はすぐに鞄にしまい、無事に帰宅したが、家に帰ったら赤点を取ったことはすぐにばれた。
「……にははっ……お兄ちゃん、赤点取りすぎでしょ」
さすがの花恋もちゃかすことはできなかったのか、ガチトーンだった。
何はともあれ優花は赤点を取ったため、夏休みが三日潰れることになってしまった。
まあ夏休みは七月の頭から八月の末までで、二か月ちかくあるので大したことはないとも言える。
期末考査も終わり、夏休み前の最後の登校日。
優花があくびをしながら登校していると、後ろから背中をつんつんとつつかれた。
「ん?」
振り返って確認すると、そこにいたのは……楓だった。
うわあ……楓か……。
楓に会うのは凛香を救いに行くために、教室で十八禁BL本を買った発言をして以来か。
優花が顔をしかめると、楓は頬を膨らませた。
「ちょっと! 灰島先輩! こんなに可愛い楓を見て、露骨に嫌な顔をしないでくださいよ!」
「あー悪い悪い、それで? 何か用か?」
「特に今用があるわけじゃないんですけどね? たまたま見かけたので、いじめに来ただけです」
いじめにって……。
仮にも先輩である優花をいじめに来るなと言ってやりたかったが、やめておいた。これ以上無駄に楓に絡まれたくはない。相手してると疲れるからだ。
「灰島先輩、この前~楓の呼び出しを無視しましたよね?」
「……いや、無理だってちゃんと伝えたと思うけど?」
結果的に楓の呼び出しに応じてはいないので、あまり強く否定もできずにいると、楓はにやりと笑った。
「灰島先輩は何か勘違いしてると思うんです」
「勘違い? 何をだ?」
楓が何を言いだすつもりなのか見当もつかなかった優花に楓は一枚の写真を見せてきた。
「楓がその気になれば弱みなんていつでも握れるんです! ほら! この写真見覚えありませんか?」
「……写真?」
楓が見せてきたスマホの画面に映っていたのは、翡翠と隣を歩く髪の長い女性の姿。
「……誰だ?」
「え? 灰島先輩それ本気で言ってます?」
「いや、本気だけど? 誰だ?」
凛香さんのように派手さはなく、花恋のように快活さも無いその女性は、身近な人で言えばめいに似ているだろうか。
「……ええっと……これ一応、灰島先輩らしいんですけど……」
「……俺?」
…………言われてみれば似たような服を自室で見たような。
何かを思い出そうとした優花の頭が突然痛みだし、優花は顔をしかめた。
思い出そうとすること自体を拒否されているような感覚がして、優花は思い出そうとするのをやめ、そのまま白を切り続けることにした。
「いやいや、どう見ても俺じゃないだろ? 話はそれだけなら俺はもう行くぞ」
「あっ! ちょっと灰島先輩! まだ話は終わってないですよ!」
その後も楓は何度もしつこく写真の女性は優花だと主張してきたが、最後までしらばっくれると渋々追及をあきらめていた。
楓に会うこと自体が最早ちょっとした不幸になりつつあるなと思いながら、昇降口から教室へ。
自分の席に座ると、すぐに翡翠がやってきた。
「同士! 良い朝だな!」
翡翠から相変わらずの爽やかイケメンスマイルを向けられ、優花は眉をしかめる。
イケメンにいらっときたのももちろんだが、機嫌が良さそうな翡翠に嫌な予感を感じたからだ。
そもそも翡翠は教室ではあまり優花には絡んでこない。それなのに今日に限ってわざわざ話しかけに来たということは、何か目的があることは確実だろう。
「……何か用か?」
嫌な顔をしながら聞くと、翡翠はよくぞ聞いてくれましたと、ごそごそと自分のスマホを取り出した。
「夏休みなんだが、またイベントがあるんだ! 今度こそ一緒に行ってやっても良いぜ!」
スマホの画面にはやはりと言うか何と言うか、BL系のイベントの告知が表示されていた。
「はあ……」
何で自然に上から目線なんだこいつは……。
「いや、行かないけど」
「そっ、そうか……それなら優花さんはどうだ? 聞いてみてくれないか?」
一瞬落ち込んだ翡翠がよくわからないことを口走った瞬間、優花の頭がまた痛み出した。
その痛みは楓の時よりも強く、優花は片手で頭を押さえぶんぶんと首を横に振った。
「優花さんもだめなのか……やっぱり、俺様が一人で勝手に行動したからか……」
翡翠は優花の首振りを否定の動作と取ったらしく、しょんぼりとしながら自分の席に戻っていってしまった。
翡翠には悪いが、どうせ行く気は無いのでそのままにしておくことにする。
翡翠が行ってしまうとすぐに頭痛は治まり、今度は真央が登校してきた。
「おはようゆうかくん! 指の調子はどう?」
「おはよう、指は……もうそれほど痛くはないかな」
「そっか! 良かったね!」
真央の人の良さがにじみ出ている笑みに癒されていると、真央の背後から凛香がやって来た。
「ごきげんよう、ゆうかさん………………真央さん」
少し間があったものの、凛香は真央に挨拶できていた。
これは一学期の成果と言っても良いのではないだろうか?
まともな挨拶すら交わせていなかった優花がこの世界に来たばかりの頃に比べれば、凛香は真央に歩み寄ることができている。
この調子で二人の仲を良くすることができれば、白い桜の叶えてくれる願いを使わず凛香を救うこともできるかもしれない。
凛香へと挨拶を返しながら、頭の中でそんなことを考えていると、昴がやってきて朝のホームルームが始まった。
簡単な連絡の後、終業式のために講堂へと移動することになった。
講堂へは二年生の教室棟を出て、少し歩かなくてはいけない。
金持ち学校で敷地が広いのは基本的に良いことだと思うが、こういう面では少し不便かもしれない。
 




