乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その六
「あー……わかりました」
優花の返事に気を良くした凛香が帰っていく。
「俺も帰るか……」
とりあえず鞄を手に、優花も家に帰ることにした。
仲良くなるための策……なんて言われてもなあ……。
結局、凛香自身が変わらなければ、不可能なんじゃないだろうか? 頭が固く、プライドが高く、つんつんとし続ける今のままでは真央との心の距離は縮まらないだろう。
そして二人が仲良くなれなければ……凛香はバッドエンドをたどることになる。
「あーもう! どうすればいいんだ!」
凛香を助けるためにはどうすればいいのか。答えがまるで見えてこない状況に声を上げると、後ろから「うおっ!」という驚く声が聞こえた。
振り向いて確認すると、そこにいたのは不良系イケメンの獅道竜二。
「急にでけえ声だすんじゃねえよ! てめえ!」
「あー……ごめんね」
睨みながら威嚇してくる竜二だが、実は優しいことを知っている優花には、猫が軽く威嚇しているぐらいの感覚でしかない。自然に口調も表情も柔らかくなり、笑いながら謝ると、竜二は気圧されたように、一歩後ずさった。
「て、てめえ……なかなか根性座ってるじゃねえか……」
「いや、それほどでもないけど……」
これが普通に不良の人に睨まれていたら、びびっていた。相手が根は優しい竜二だから余裕があるだけだ。
「……あんた昼にも俺が睨んだら、笑ってたよな。……あんた俺が怖くないのか?」
「別に、怖くないけど? むしろ可愛い系じゃないか?」
思わずよしよしと頭を撫でてしまうと、竜二は瞬時に顔が真っ赤になり、ばっと優花から距離を取った。
「て、てめえ! 何しやがる! あんまりふざけたことぬかしてると、ぶっ飛ばすぞ!」
「まあ落ち着け、竜二」
「りゅ、竜二って……何でおれの名前を……」
いや、そりゃあ名前ぐらいは知っててもおかしくはないだろう。
「竜二は有名だからな、名前ぐらい知ってるって。それより……そうだなあ……ジュースでもおごってやるよ。ちょうど自動販売機もあるし、それで許してくれ」
「……ちっ、じゃあそれで手打ちにしてやるよ」
なんだかんだでジュース一本で買収されるとは、安いやつである。
「そうだなあ……スぺスぺでいいか?」
せっかくなのでお高いジュースをおごってやることにすると、スぺスぺの名を聞いた瞬間、竜二の目が大きく見開かれた。
「スペ……スペ?」
絞り出すようなその声に、優花は怪訝な顔で竜二を見た。
「あれ? スぺスぺ知らないか? スペシャル・ユニバース・ギガマックス・スペシャル」
「知ってるに決まってんだろ! てめえ! そんなもんを俺に飲ませて、ぶっ倒そうってのか!」
「はあ? 何言ってんだお前?」
とりあえずスぺスぺを買い、竜二に差し出すと、竜二は優花からばっと距離を取った。
「飲むわけねえだろ!」
「えぇ……結構高いんだぞこれ? それじゃあもうおごらないからな。まったく……」
人の善意を無下にするやつめ。
仕方なく自分で飲むことにする。二回目ということもあってか、吐き気は全く感じず、普通に色んな味を楽しむことができた。
スぺスぺを飲んで平然としている優花を見て、竜二は信じられないものを見る目になっていた。
「す、すげえ……」
「いや、何が?」
スぺスぺだって所詮は飲み物だ。飲んだからすごいなんて言われる代物ではない……はずなんだけど。
竜二は憧れのヒーローを目の前にした子供のように、目を輝かせると、ばっと頭を深く下げた。
「すいませんでした兄貴! 今までのご無礼お許しください!」
「兄貴?」
「まさかスぺスぺを飲んで平然としていられる人間がいるとは!」
「いや、だからこれ普通の飲み物だからさ……」
「兄貴! 荷物をお持ちしますんで一緒に帰りましょう!」
そう言えば、マジハイで竜二を攻略すると、竜二は主人公のことを姉御と呼んで慕ってくるのだ。優花は男なので、姉御ではなく兄貴になったのだろう。
「兄貴は名前は何て言うんですか? おれだけ知られてるなんてずるいっすよ」
「俺は不藤優花……じゃなかった、灰島ゆうか二年生だ。よろしくな」
「うっす。おれは獅道竜二、一年生っす」
「うん。知ってる」
学校に行くときは暫定妹の花恋と歩いた道を、反対側から竜二と帰った。
意外にも普通に話があった竜二とは、優花の家の前で連絡先も交換することになった。ちなみにスマホは鞄の中に入っていた。
元々は優花の物ではなく、マジハイの攻略キャラ『灰島ゆうか』の物だろうが、まあ今は優花自身がゆうかなので大丈夫だろう。……口に出したら混乱しそうだ。
「家に帰ったら、早速連絡していいっすか兄貴!」
「おう、それじゃあな。気をつけて帰れよ?」
「あざっす兄貴! それじゃあ!」
ぺこぺこ頭を下げながら帰っていく竜二を見送っていると、いつの間にか花恋が帰ってきていて、優花のことをぽかーんと口を開けて見ていた。
「どうしたんだ? そんな変な顔して?」
「お、お兄ちゃん。あの人と友達なの? あの人って学院でも有名な不良なんでしょ?」
「不良……うーん……」
竜二は不良っぽいだけで、実際不良かどうかは正直微妙なラインだと思う。
授業は真面目に受けるし、学校にも毎日来る。言動はたしかに不良っぽく乱暴だが、根は優しいため、決して理不尽な暴力は振るわない。
不良系イケメンが不良なのかどうかは議論の余地があるということだ。
「まあいいやつではあるかな……」
そんな感じでお茶を濁すと、花恋は興奮したようにぴょんぴょんとその場でジャンプした。
「学院一の不良に兄貴って呼ばれるなんてすごいじゃん! ねえ! どうやって仲良くなったの!」
花恋の中では竜二は不良ということになってしまったらしい。否定するのも、もう面倒くさいのでそのままにしておくことにした。
家に入り、荷物を自分の部屋に下ろして着替えると、早速竜二から連絡が来た。
『兄貴! いきなりで悪いんですけど、相談があるんですけどいいですか?』
相談? なんだろ?
竜二関係のゲーム内イベントを思い出してみるが、特に何か相談をされたことはなかったはずだ。
とにかく大丈夫だと返事を送ると、またすぐに、竜二から返信が来た。
『タピオカっていうのを飲んでみたいんですけど、一緒に行ってもらえませんか? 一人じゃ行きづらくて……』
タピオカって……、竜二、お前は女子か! いやまあ、男でもタピオカを飲んでも別に問題はないけども!
まあ一人じゃ恥ずかしくてタピオカ屋さんの列に並びづらいという気持ちはわかる。
場違い感がすさまじくなるというか何というか。
『別に大丈夫だぞ』っと送ろうとして、ぴたっと優花の指は止まった。
「これは……使えるのでは?」
良いアイデアが思い浮かび、にやりと笑うと、
「お兄ちゃん……気持ち悪いよ?」
花恋がめっちゃ引いてた。せっかくできた妹に嫌われたくなくて、慌てて気持ち悪いらしい笑みを引っ込める。
「……というか花恋。お兄ちゃんの部屋に勝手に入ってくるのはやめようか」
「……にははっ! 善処します!」
いや、それ入ってくる気まんまんですよね!
この世界に転生して、初めてできた妹に手を焼きながら、優花は転生初日を無事やり過ごすことができたのだった。