乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その四十九
そこは見覚えのある、優花の住んでいた家から一番近い……と言っても電車で三十分以上はかかる遊園地。
大きな観覧車の前で優花はぽつんと一人立っていた。
さっきよりも背が更に低い。もしかしたら小学校一年生くらいかもしれない。
何もせずただぼーっと観覧車を見ていると、優花は思い出したことがあった。
「これって……迷子になった時の……」
小学校一年生の頃、今優花がいる遊園地に母親と友達、そして友達の母の四人で一緒に来た時のことだ。
母親同士が何か親し気に話しあい先を歩く中、優花は優花で友達の隣を歩いていたのだが、ふとした瞬間に観覧車に目を奪われ立ち止まってしまった。
何に目を奪われたのかはわからない。ただ大きい観覧車に圧倒されたのか、それとも回転する観覧車に興味を引かれたのか。
どれくらいそのまま立ち止まっていたかは優花にはわからないが、優花が気が付くと既に母も友達も友達の母も視界からいなくなっていたのだ。
急に広い世界にぽつんと残された気がして、優花はあまりの心細さに泣き声をあげそうになり……。
その先を思い出そうとして、優花は背後に気配を感じた。
振り返ると、後ろに居たのは優花と目線を合わせるために屈んだ女性。
「あなた、こんなところで一人で何をしているのかしら?」
凛香のように一部ではなく、全ての髪がくるくるとロールした金髪で、少々目つきがきついが美人。凛香に似た、いかにもなお嬢様な姿を見て、優花は目を見開いた。
そうだ……迷子になった時、この人に……会ってる。
その女性は、今思えば高校生くらいだったとわかるが、当時の優花にしては十分大人。
知らない大人に急に話しかけられた優花は黙ってしまったのだが、今の優花は純粋な驚きで言葉が出ないでいると、その女性はふんと鼻を鳴らした。
「わたくしの質問に答えないとは良い度胸ですわ」
口調は厳しいものだったが、表情はその真逆で唇の端が上がっていた。笑顔とその瞳があまりにも綺麗に見えて目を奪われていると、その女性――――少女は手を差し出してきた。
「ついて来なさい、わたくしがあなたを救ってさしあげますわ」
「……うん」
少女が知らない人であることは変わらなかったが、優花は熱に浮かされるように少女の手を取った。
優花が手を取ると少女は立ち上がり、手を繋いだまま二人で歩き出す。
性格なのかなんなのか、少女はその場に留まることを良しとはしなかった。
ちらりと振り返れば、優花が居た場所には黒服を着た男性が一人、そして手を繋ぐ優花達の後を少し離れた位置から追っている同じく黒服を着た女性が一人。
少女のボディガードだと今ならばわかるが、当時は少し怖かった。
「あなた、名前は?」
「……ふどうゆうか」
「ゆうかさんですか、良い名前ですね。わたくしは――――」
小学校一年生の優花をわざわざさん付けで呼ぶその少女はきっと変わり者だったのだろう。
そして、少女がなんと名乗ったのか、今の優花にはわからなかった。少女のことを思い出すことはできても、名前までは思い出せなかったということか。
「家族と来てらっしゃるのかしら?」
「……うん」
「そう、すぐに見つかりますわ。あなた男の子でしょう? それならもう少ししゃんとしなさい」
優しく、そして厳しい少女の言葉に、優花は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
結局少女と一緒に居た時間は十分にも満たなかった。
ただその十分で、優花とその少女はお互いのことを少しだけ話し、少しだけ仲良くなった。
少女はどうやら政治家の娘で、つい先ほど、友人達と喧嘩をしてしまい、一人になったところだと言っていた。
政治家が何なのかはわからなかったものの、何となく優花とは住む世界が違う王女様なのかなと当時思ったのを思い出した。
段々迷子になって一人になったことも、知らない大人と歩いていることも気にならなくなり、優花が笑みすら浮かべられるようになると、突然少女が持っていた携帯電話が鳴った。
鳴り響いた携帯電話を優花と手を繋いだままで取り出した少女は、電話に出て二言三言誰かと話すと、優花ににこりと笑いかけてきた。
「喜びなさい、あなたの家族が見つかったそうですわ」
「ほんと!」
優花の喜びの表情を見て、少女が優しい表情になり……。
そこまで見た次の瞬間、また優花の意識は別の場所に飛んでいた。
「……国会議員仙道氏の娘――――さんが事故に遭い亡くなりました」
それは中学一年生。少女との出会いから六年近く経った日のことだ。
何気なく見たニュースに映ったその写真に優花の眼は釘付けになった。
……ああ、そうだったよな。
そのニュースを見た瞬間、優花に全ての記憶が戻ってきた。
そのニュースに映った写真は、六年前出会った少女が少し成長し、大人の女性として更に魅力的に綺麗になったもの。
当時の優花もあの時の人だと気が付き、ニュースで少女が亡くなったのを知り……はっきりと心に深い傷ができたのを感じた。
幼い頃の、それも十分もないわずかな時間しか話していなかった相手ではあるが、恋に時間も、年齢も関係は無い。
優花は少女に初めての恋をし、また会いたいとずっと願っていた。ただ、その願いはもう叶わないと知り、優花は静かに涙を流した。
そのニュースを見てから数か月間、ぽっかりと心に穴が開いてしまったような喪失感を抱えたまま日々を過ごす様子が優花の目の前で早送りで流れる。
全てが色あせて見え、自分も死んだらまた会えるのかなんてことまで考えたことを覚えている。
早送りが終わったのは、もうすぐ中学二年生になるという頃、自室についたテレビをただぼーっと見ていた優花の目に鮮やかな金の髪が映った。
生ける屍のようになった優花が立ち直ったきっかけ、それはふと目に入ったそのアニメのキャラクターだったことを今更思い出す。
くるりと巻かれた金髪をしていて、更にお嬢様というそのキャラに、いなくなってしまった少女を重ね、優花はそのアニメをただじっと見た。アニメを見終わった優花は、その後そのアニメの原作の漫画を買ってきて読みふけり……アニメの放送を待ってまた見る。
そのアニメが終わったら似たような金髪のキャラ――――金髪のつんつんとしたお嬢様で、内心は優しいという少女に似ているキャラが出るアニメを探し、また見て、原作の漫画を読んで……。
そんなことをしている内に、いつしか優花は少女のことを忘れてしまっていた、いや、忘れることができてしまっていた。あまりにもつらすぎる出来事に無意識で鍵をかけてしまったのだろう。
結果として優花は、お嬢様キャラが好きという事実だけが残り、そしてマジハイのパッケージに描かれた凛香と出会うことになった。
全てを思い出したと思った瞬間、優花は眠りから覚めた。
覚醒直後、優花は少女のことを思い一筋の涙を流したが、どうして自分が涙を流したのか次の瞬間には――――もうわからなかった。
 




