乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その五
「…………知ってた」
思わず口をついて出た言葉を聞いて、凛香は小首を傾げた。
「え? 何がですの?」
「……こっちの話です。気にしないでください」
「え、ええ……変な人ですわね……」
変な人認定されてしまったことにショックを受けながら、優花は凛香の相談をどうすればいいか考えてみることにした。
もしここで、上手いことアドバイスをすることができれば、凛香をバッドエンドの運命から救うことができるかもしれない。
マジハイの作中では凛香と主人公は結局仲良くなれずに終わる。そこを覆すことができれば、ゲームの展開通りにはならない……可能性がある。どう答えるか必死に考えた結果、でてきたのはあまりにも普通な答えだった。
「あー……そうですね……真央相手につんつんしなければいいんじゃないですか?」
「……」
そんなのわかっているだろ……というツッコミが聞こえてきた気がするが、無視する。優花の回答を聞いた凛香は目をぱちくりとさせたあと、ぱちんと両手を合わせて微笑んだ。
「そんなことでよろしいのね! わかったわ! ありがとう!」
一気に機嫌が良くなったらしい凛香は、スキップでもしそうな感じで去っていった。
「うーん……」
ゲーム内にこんなシーンはもちろんなかったが、なんとなくこの後の展開が読めた気がした優花は、凛香の後を距離をあけて付いていった。凛香が向かったのは、真央がいる中庭。
中庭には生徒がちらほらいたが、真央はベンチに座って、俺様王子系イケメンの奥真翡翠と一緒にご飯を食べていた。
あー……そう言えば、昼飯イベントが最序盤にあったな……。
マジハイでは、このタイミングでどこで食事をするかによって、もらえるCGが異なっていた。
中庭なら俺様王子様系イケメンの翡翠、生徒会室なら眼鏡系イケメンの深雪、屋上なら不良系イケメンの竜二、学食ならイケメン先生昴だったはずだ。……ちなみにゲーム内の普通キャラゆうかは教室で昼飯を取ればいい。
誰がそこにいるかは、黒いシルエットで隠されているのだが、まあすぐにわかるシルエットなので、狙いたいキャラがいれば迷わずにCGをもらえるイベントだ。
「失礼しますわ。真央さん」
「あっ、凛香さん! どうしたんですか?」
嫌われていると思っているはずなのに、真央は凛香に笑顔で話しかけていた。おかげで凛香も話しやすくなったように思える。もしかしたら、意外とうまくいくのかもしれない。
「あのですね……そのー……」
それでもすぐには切り出せず、凛香がもじもじしている間に、翡翠がまさに王子様のように、真央をかばって凛香の前に立ちふさがった。
「アイスクイーンが何の用だ? こいつは、俺様と先約があるからやらないぜ?」
あーあ……。これはだめだ。せっかく良い雰囲気だったのに……。
アイスクイーンというのは学院で密かに使われている凛香のあだ名。誰に対しても冷たく、そして近寄りがたいその雰囲気からつけられたあだ名だが、凛香はそれを言われると……。
凛香は柳眉を逆立てて、きっと翡翠を睨んだ。
「あなたには関係ありませんわ! 引っ込んでいなさいな!」
激しく怒る凛香に対しても、翡翠はひるむことはなかった。
「はっ! 関係ならあるぜ! こいつは、もう俺様の物だからな!」
あー……ぶん殴りたい。
翡翠は、大して攻略をしていない状態でもこんなセリフがぽんぽん出てくるのだ。ゲームをしていて、何度「うわあ……ぶん殴りてえ……」と思ったか。
「……ふん!」
結局凛香はそれ以上、真央に対して話しかけることはできず、踵を返してしまった。
まあ……そうなるよな……。
今回は翡翠が、余計な介入をしたせいだが、別に二人きりでもこの展開は変わらなかったはずだ。凛香は真央に対しては、特に冷たい……ように見える感じで接してしまう。
これは前途多難ってやつだなあ……。
定められた運命に抗うことは……やっぱり難しいらしい。
まあすんなりいくとは初めから思っていない。何か別の作戦でも考えなきゃいけないなと思いつつ、凛香を見ていると凛香が急にくるりと体を半回転させて優花の方を見た。
あっ、やばい!
怒りの矛先が優花の方に来そうな気配に、優花が冷や汗を流すと、案の定、凛香は優花を睨みつけたまま距離を詰めてきた。逃げ出したかったが、後ろに下がった瞬間、誰かにぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
「……気をつけたまえ」
メガネを上げながら注意してきたのは眼鏡イケメンの深雪だった。深雪は優花に気が付いて、少し驚いたような表情をしたものの、話しかけてくることはなく、そのまま行ってしまった。
「……そこのあなた」
「……はい。何ですか?」
恐る恐る後ろを振り返ると、そこにいたのは怒りが冷めきっていない、超機嫌が悪そうな凛香。
「ちょっと、よろしいかしら?」
「えっと……はい……」
観念してまた凛香に連れられていったのは、やっぱり校舎裏。
「全然だめだったのですけれど! どう責任を取ってくれるのかしら!」
「いや……さっきの俺のアドバイス関係ありませんよね?」
「言い訳なさるおつもりですの!」
「……すみません」
凛香の氷点下の眼差しが超怖い。凛香の根は優しいと知っている優花でも、びびってしまう。
「そうですね……それじゃあ、今度は邪魔が入らないタイミングで話しかけてみればいいんじゃないですか?」
このまま怒りをぶつけられるのは流石に理不尽すぎる。凛香の意識をさっきの失敗から逸らすために、また適当なことを言ってみると、意外と凛香は興味がそそられたらしい。
「邪魔が入らないタイミング? どういうことかしら?」
とりあえず、凛香の怒りはどこかにいったらしくほっとする。
「さっきの失敗は、あのクソイケメン……失礼、翡翠が邪魔したせいですよね?」
「まあ……そうとも言えますわね?」
「つまり、第三者がいない時に真央に話しかければいいんですよ」
「……なるほど。一理ありますわね。しかし、あの方は常に誰かといますわよね? 教室では話しかけづらいですし……二人きりで話すのは無理じゃないかしら?」
……あー、たしかに。
マジハイの主人公である真央は、空いている時間は常に誰かと一緒にいる。休み時間、放課後、休日。キャラクター攻略イベントが無い日はほとんど存在しない。これはつまり……真央は一人きりになるタイミングがないということだ。
「じゃあ、わかりました。凛香さんが真央と二人きりになれるように、俺が場を設けますから」
「ほ、本当かしら?」
「ええ! 任せてください!」
「それじゃあお願いいたしますわ!」
真央と二人きりで話せることになった凛香は、さっきの怒りはどこへやら、華が咲いたような笑顔を見せてくれた。
ぐふっ! 至近距離でこの笑顔は破壊力が強すぎる! 危うく天にめされるところだった。
胸を抑える優花を置いて、凛香は教室に戻っていってしまった。
午後の授業が終わり放課後、優花が凛香と真央が二人きりで話せるように取り計らったものの、結局凛香は、真央相手にいつものつんつん全開で「今度の中間考査で、わたくしと勝負しなさい!」と言って真央に宣戦布告して、その場を後にしてしまった。
「……」
真央が帰っていったあと、優花は、戻ってきた凛香に無言のまま視線を浴びせ続けた。
「さ、さすがに、今回の件は言い訳できませんわね」
失敗は自分のせいだったと、ようやく自覚してくれたらしい。謝罪の言葉こそ無かったものの、反省はしているようなので、良しとする。
「二人きりになると、緊張してつい、嫌味を言ったり、喧嘩を売っちゃうんですよね……」
「え、ええ……。ってちょっとお待ちなさい。どうしてそんなことがあなたにわかるんですの?」
「どうしてって……」
それはマジハイのゲームをプレイしたからだけど……。それを説明しても、凛香としては納得できないだろう。
咳をしてごまかして、話を先に進める。
「こほん。そんなことより、勝負してどうするんですか? 真央ってたしか成績良くないですよね」
「……そ、そうなんですの?」
今の時点では、真央が勉強できないことは知らなかったのか……。
マジハイでは、主人公が二年生になってからの物語なので、それ以前の話はあまり出てこない。
この世界の真央の過去は調べておく必要があるかもしれない。
ちなみに、凛香は基本万能の超人なので、運動もできるし、勉強もできる。凛香の成績は学年でもトップクラスだ。勝負の結果は、火を見るよりも明らかというやつだろう。というか、勝負にもならないんじゃないだろうか?
「あんまり勝ちすぎると嫌われますよ」
「……」
一気に涙目になった凛香に、また優花は胸を抑えた。
か……かかか……可愛い……。
いつもすまし顔でつんつんしている癖に、誰にも見えないところでは、こうして色んな表情を見せるのも凛香の魅力の一つだ。
このまま泣かせたくはないので、とりあえず真央と仲良くなる作戦は置いておくことにして、聞いておきたかった疑問を消化することにした。
「そういえばなんですけど……どうして俺に、真央と仲良くなる方法を聞きにきたんですか?」
「あら? わたくし、言ってませんでした?」
「言ってませんでしたねえ!」
「それは簡単ですわ! お二人がすごく仲が良さそうに見えたからです!」
仲が良さそうに見えた……? うーん……。
思い返してみるが、別に特別仲が良さそうに見えるとか、そんな感じはなかったと思う。そもそも、この世界の住人達とは全員今日が初対面なわけで、仲が良いも何もない。それに……。
「凛香さんって、いつも男子を避けてますよね? 何で俺は大丈夫なんですか?」
一番気になっていたことを聞いてみると、凛香は特に恥ずかしがる様子もなく、その理由を告げてきた。
「……あなたは、今朝わたくしとぶつかったでしょう?」
「ああ……はい。ぶつかりましたね」
そう言えばそんなこともあった。なんだか濃い一日だったので、すっかり忘れていたが、あれがこの世界の凛香との初対面ということになるはずだ。
「その時あまり忌避感を感じなかったのですわ」
「き、忌避感?」
聞きなれない単語がでてきて、困惑する。
えーっと……汚いものとかを避けたくなる感じだっけ?
つまり普通は男全員に対して忌避感を感じているということか。
「まあ、気持ち悪い顔にはなってましたけれどね?」
「はは……」
凛香にしては珍しく軽い冗談だったのか、くすっと笑ったあと、凛香はふふんと偉そうに腕を組んで胸を少し反らした。
「ですから。わたくしから声をかけて差し上げたのですわ。感謝なさい」
「はあ……」
まあ……嬉しかったので感謝はしてもいいんですけどね……。
一応疑問も解消できたので、話を戻すことにする。
「あー……とにかく! 中間考査ではあまり勝ちすぎないほうがいいと思いますよ?」
「それはできませんわ! この虚空院凛香! 一度勝負を受けたのなら、相手を全力で叩きつぶして差し上げるのが礼儀と心得ておりますもの!」
そういうところだぞ……。
そもそも、厳密に言えば、勝負をふっかけたのは凛香の方なので、勝負を受けてはいない。一々全力なのは凛香の良いところでもあるが、今回に関しては逆効果になるだろう。
「それじゃあ勝負を取り消しにした方がいいんじゃないですか?」
「それもできませんわ! 一度した約束を一方的に反故にするなど、わたくしのプライドが許しませんの!」
プライドかー……。
プライドが高く、色々と意識が高いのも凛香の長所でもあるが、やっぱり逆に短所にもなりうる。
「いけません。そろそろ迎えの車が来る頃です。わたくしはこれで失礼しますわ。ごきげんよう」
「あっ、はい。ごきげんよう」
まあ中間考査まではまだ、一ヵ月くらいはある。それまでになんとかすればいいだろう。そして、ごきげんようなんて挨拶をしたのは生まれて初めての経験だった。
本当に使うんだなーとのんきに思いながら、帰ろうとする凛香を見送っていると、凛香が急にくるりと振り向いた。
「明日までに、わたくしが真央さんと仲良くなるための策を考えておいてください。よろしいですわね?」
よろしくないです……。