乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その四十一
「それじゃあ、わたしは友達と約束してたから遊びに行くけど、お兄ちゃんは安静にしておくんだよ? 何かあったらスマホに連絡してね、いつでもでられるようにはしておくからね」
「とりあえず風邪薬は飲んだから大丈夫だ。ほら、行ってらっしゃい」
休日に友達と遊びに行く花恋を送りだし、優花はすぐに自室に取って返しベッドに座った。
「あー……服が擦れて痛い」
敏感になりすぎているのか、服が少し擦れるだけで痛い。喉も痛むし、なんだかだるくて寒気も感じていた。
まあ昨日の夜から喉に違和感があったので、嫌な予感はしていたのだ。
やっぱり雨に濡れたままでいたのが悪かったのだろう。
「……寝るか」
どうせ休日なので、特に問題は無い。一日ゆっくりすれば大丈夫だろう。
寝ようとベッドに横になったまま数分が経過、いつまでたっても眠気は来なかった。
まあついさっきまで寝ていたので当然と言えば当然だ。
「あー……暇だ……」
こういう時はゲームだったり、本を読んだりして眠気が来るまで時間を潰したかったが、特にやりたいゲームも読みたい本も無い。
眠れないまま、大人しく毛布をかぶってしばらく横になると、段々意識が薄れてきた。このままなら眠れそうだと思っていたところ、急にスマホが鳴りだし、せっかくやってきていた眠気もどこかに飛んでいってしまった。
「……誰だ?」
だるい体を動かしスマホに手を伸ばして確認すると、相手は凛香。花恋から優花が風邪をひいたと聞いて連絡をくれたらしい。『大丈夫ですから心配しないでください』と打ち、今度こそ寝ようとしたが、再びスマホが鳴りだして妨害された。
確認してみると今度は竜二からの連絡。面倒だったので凛香に送ったのと同じ文章をコピペして貼り付けて送り、今度はスマホを鳴らないように設定を変更してからベッドに横になる。
相変わらず眠気は来なかったものの、それでもずっと目を閉じていると、いつの間にか眠っていたらしく、何かの音が聞こえた気がして目を開けたのは二時間後だった。
眠る前より多少はだるさなどもましになったのでベッドから起きようとすると、インターホンが鳴った。
どうやら優花を起こしたのはインターホンの音だったらしい。
宅配便か何かだろうかと思い優香が重い体を引きずるようにして直接玄関に行くと、玄関に到着したところでがちゃりと鍵が回った。
は? なんで鍵が回るんだ?
花恋が帰ってくるにはまだ早すぎるし、この世界での両親が帰ってきたにしては急すぎる。あと考えられるのは空き巣狙いの泥棒ぐらいだ。
ノブが回って徐々に開く扉に、混乱と恐怖が押し寄せてきて動けないでいると、扉を開けたのは凛香だった。
今日の凛香の服装は、何故かいつもめいが着ているようなメイド服。似合ってはいるのだが、凛香がメイド服を着ているのはすごく違和感があった。
「はー……なんだ、凛香さんか……」
入ってきたのが凛香だと安心すると共に体の力が抜けてその場に座りこんでしまうと、凛香が玄関に入ってきた。
「顔を合わせて早々にがっかりされたのは初めてですわ……なんだか腹が立ちますわね」
なんで凛香がここにいるのかがわからないが、とりあえず誤解は解いておかないといけないだろう。
「すいません。がっかりじゃなくて、安心したと言うか」
「あら? 安心したのなら良いのですわ」
不機嫌そうだったのが一転上機嫌になった凛香は、玄関で靴を脱いで優花の家に上がってきた。
「なかなか手狭ですわね……ゆうかさん。あなた本当にこんなところで暮らしているのかしら?」
「いや、結構大きい方だと思いますけど……ってそうじゃなくて、何で凛香さんが俺の家に来てるんです?」
「何でって……ゆうかさんが風邪をひいたと花恋さんに聞きましたので」
当然のことのようにそう言う凛香に優花はいやいやと手を振った。
「大丈夫だってちゃんとメッセージ送ったじゃないですか!」
「たしかにメッセージはいただきましたけれど、最初だけだったでしょう?」
最初だけって……そりゃあまあ寝てましたからね……。
「身動きが取れず連絡もできないような事態になっているかもしれないので、一度花恋さんに会って鍵を借りてきたのですわ」
「いや、風邪移っちゃいますから、凛香さんは帰った方が……」
風邪が移ってしまったら申し訳ないのでそう言うと、凛香はふふんと鼻を鳴らした。
「この虚空院凛香、生まれてこの方病気になったことなどありませんわ!」
「病気になったことないって……本当ですか?」
この世界がゲームの中だからか? いや、俺自身が今風邪をひいてるんだから病気はあるか。
「だから遠慮しなくて大丈夫ですわ。今日はわたくしが特別に看病してさしあげますわ!」
ん? 今なんて言った? ……看病?
「……凛香さん看病なんてできるんですか?」
病気になったことがなく、看病をされた経験もないだろうに看病なんてできるのかと優花が疑問に思ってしまうのも仕方がないだろう。
「馬鹿にしないでくださる? 風邪の時は消化に良いものを食べさせれば良いのでしょう?」
「まあ、そうですね」
「キッチンはどこにあるんですの?」
どうやら知識はちゃんとあるらしいとわかりほっとして家のキッチンの場所だけ案内すると、優花は自分の部屋に戻った。
「寝汗をかいちゃったし、着替えるか……」
汗に濡れた服を脱ぎ、着替えようとしていると、突然部屋の扉が開いた。
「ゆうかさん。包丁はどこに……」
がちゃりと開いた扉から凛香が顔をのぞかせてきて、ちょうどTシャツを脱いだばかりの優花と目が合った。
幸い下はまだ着ていたが、優花の上半身は既に素っ裸、優花の裸を見た凛香の顔が一気に紅潮した。
「なっ! なんてものを見せるんですの!」
凛香さんは、自分の目を手で覆い隠……してない! ばっちり見てる!
指の隙間から覗いている凛香の目をじと目で見ると、凛香は最後までしっかりこっちを見ながらドアを閉めて行ってしまった。
はあと空しいため息を吐きながら着替えを終えてベッドに横になると、インターホンが鳴った。
「……また誰か来たのか?」
だるいが仕方なくまた起きて玄関に行こうとすると、ばたばたという凛香の足音が聞こえてきた。どうやら代わりに出てくれるらしい。
「失礼します。ゆうか君、体の調子はどうですか?」
新たにやって来たのはめいだったらしい。
心配そうにのぞき込んできためいは横になる優花の頭に手を当ててきた。
「さっき少し追加で寝ましたから多少ましにはなりました」
「そうですか。いまお嬢様が料理をしていますから、少し待っていてくださいね」
にっこりと笑うめいの笑顔に元気をもらえたような気がした。
……いや、ちょっと待て、料理? そうだ、凛香さんの料理は……。
凛香の料理と言われて、前食べた『無』のクッキーが蘇ってきた優花が、救いを求めるようにめいを見ると、めいはよくわからなかったらしく可愛らしく小首を傾げていた。
「どうかしました?」
「いや、なんでもないです……」
まあ前のクッキーも味がしなかっただけで、食べられはしたから大丈夫だろうと自分に言い聞かせて、そのまま待つと、数分後料理を持った凛香がやってきた。
「さあ、特別にわたくしが作ってさしあげた特製おかゆですわ!」
凛香が差し出してきた茶碗に入ったおかゆは、たしかに凛香の宣言通りおかゆの部類ではあったのだが、大量の野菜と大分焦げた肉と同じく焦げた卵焼きが乗った大盛りを超えたメガ盛りのおかゆだった。
「……あ、ありがとうございます、凛香さん」




