乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その四十
「あー……たまたま通りがかったって言うか……」
「そうなんすか! 奇遇ですね!」
上手い言い訳が思い浮かばず、つい苦しい言い訳をすると、竜二は特に優花を疑うことなく受け入れていた。
竜二は大丈夫だったけど、問題は……。
今この場には竜二だけではなく、真央もいる。真央に追及されれば、後をつけていたことがばれてしまうが、真央は相変わらず視線を振って、公園をくまなく見渡していた。
「真央さん? どうしたんですの?」
「えっ? あっ! 凛香さん!」
よっぽど集中していたのだろう、優花達には気が付いていなかったようだ。
真央は今気が付いたという感じで、目を丸くして驚いていた。
「何か探し物でもしているのかしら? わたくしが特別に探してさしあげてもよろしくてよ?」
「いや、ええと……」
鼻息荒くずいっと近寄ってくる凛香に、真央が困った顔をしていた。
「探してるっつうか、八雲の姉御が猫を見た気がするって言うんで公園の中に入ったんすけどね、見つからないんすよ」
困っている真央に助け舟を出すように竜二がそう言うと、真央が腕を組んで首をひねった。
「うーん……見間違いだったのかなあ……」
この場で猫というと、マジハイで竜二が傘をあげた猫だろう。真央が探していたということは、猫自体はいたということか。
それならば攻略イベントが起きなかった別の要因が何かある……ということになる。真央と竜二のここまでの流れ自体は、マジハイのゲームと一緒だったので、イベントが起きるための親密度が足りないとかそういう理由ではないだろう。
「猫ですわね! わたくしが探してさしあげますわ!」
真央に恩を売るチャンスと、凛香が勝手に張り切って猫探しを始めてしまい、四人で猫を探すことになってしまった。
もちろん凛香は傘を持っていないので、優花と凛香は二人で探すことになった。ただ、凛香があっちこっちに歩き回るせいで、凛香を濡らさないように傘を動かし続けた結果、三十分後猫探しをあきらめた時には優花は全身ずぶ濡れ状態になっていた。
「結局いませんでしたわね……」
「すみません。やっぱり私の勘違いだったみたいです」
結局猫は見つからず、優花が無駄に濡れただけという結果になった。
雨がさらに強くなってきたので、凛香がめいに車で迎えに来てもらい、全員を家に送り届けてくれることになり、屋根のある場所で少し雨宿り。
「兄貴、大丈夫っすか?」
「あー……たぶん」
体が濡れて冷えていて、なんだか風邪をひいた気しかしなかったが、心配させないようにそう言って、優花はとりあえずハンカチで軽く髪や服の水分を取る。
「ところで、ゆうかさんはどうしてそんなに濡れてるんですの? 傘を持っていたのはあなたでしょうに」
「は、はは……なんででしょうね……」
不思議そうに優花を見ている凛香に優花は乾いた笑いしか出てこなかった。
「兄貴……やっぱり虚空院の姉御はやめておいた方が良いんじゃ……」
「良いんだ竜二、悪気があるわけじゃないんだから……」
「いや、悪気がないから余計悪いような……」
こそこそと優花と竜二が男二人で話していると、凛香は「まったく、世話が焼けますわね!」と言ってスカートのポケットに手を入れた。
「ほら、これを貸してさしあげますわ」
凛香がポケットから取り出したのはハンカチ。
呆れ半分ではあったものの、一応優花のことを心配はしてくれていたらしい。
「……ありがとうございます、凛香さん」
凛香からハンカチを受け取ると、今の今まで冷めきっていた体がなんだかぽかぽかと暖かくなった気がした。
四人で車を待っていると、迎えの車は意外とすぐに到着した。どうやら近くで待機していたようだ。
いつも通り助手席に優花が座り、凛香達は後ろの席へ。
ちなみに今日の車は胴が長く、テレビや冷蔵庫まであり、乗るスペースはまだまだあった。
「ゆうか君はどうしてそんなに濡れてるんですか? タオルがありますから、ちゃんと拭いた方が良いですよ」
「……ありがとうございます」
まさか凛香を濡らさないようにした結果とは言えず、めいから受け取ったタオルで水気を取る。
「ふう、タオルありがとうございました」
「風邪をひかないように気をつけてくださいね?」
年上のお姉さん的な笑みを浮かべるめいに優花はぽりぽりと頬を掻きながらうなずいていると、後ろから視線を感じた。振り返ってみると、凛香がじろじろと優花達のことを見ていた。
「二人共少し仲が良すぎる気がしますわ……」
自分と仲が良い相手が、別の誰かと仲が良くなると面白くない……みたいな感じだろうか。
否定するのもめいに悪い気がするし、かといって何も言わないとそれはそれで誤解を生みそうな気もして、何と言うべきか迷っていると、竜二が優花の代わりにツッコミを入れてくれた。
「いや、それを虚空院の姉御が言いますか?」
……いや、そのツッコミはまずいような。
竜二が何のことを言っているのかわかってしまった優花が止めようかと考えている間に、話は進んでしまう。
「? どういうことですの?」
「いや、さっきまで兄貴と相合傘してたじゃないっすか」
「相合傘? 何を言って……」
やっぱり気が付いてなかったのかという思いと共に、優花は耳をふさぎたくなった。もう手遅れだと悟ったからだ。
案の定、竜二の指摘に凛香はすぐさま怒りを露わにした。
「な、ななな! 何を言っているんですの! あれあ相合傘などではありませんわ! それに相合傘と言うならお二人の方が先にしていたでしょう!」
怒りながら反撃をする凛香に、今度は竜二がうろたえていた。
「なっ! どうしてそれを!」
竜二にしてみれば、優花達と会ったのは真央との相合傘が終わった後だったので、見られていたとは思っていなかったのだろう。
「ふふんっ! 決まっているでしょう! ゆうかさんと二人で後をつけていたからですわ!」
あー……それも言っちゃうのか。
二人をつけていたことを自分からばらした凛香がしまったという顔をした後、慌てて真央の方を振り向くと、真央は話を聞いていなかったのか、心ここにあらずという感じで上の空だった。
「ま、真央さん?」
「……」
凛香が心配そうに話しかけても無反応。
「八雲の姉御? どうしたんすか?」
「……えっ? あっ、ごめんね。話を聞いてなかったや」
真央の隣に座っている竜二が軽く真央の肩を揺すると、ようやく真央は自分が話しかけられていたことに気が付いたみたいだった。
あははと照れ笑いをする真央に話を聞かれていなかったのがわかり、凛香はほっとしたように胸を撫で下ろしていた。
「そんなに猫のことが心配だったんすか?」
「うーん……まあ、そんなところかな」
真央が上の空だったおかげで追及はされずに済んだが、とりあえず後をつけていた件は後で竜二にちゃんと話しておいた方が良いだろう。その後はあまり話もせず、優花は真央の次に家に送ってもらい車を下りた。
「それじゃあ兄貴、お疲れ様っす」
「ごきげんよう、ゆうかさん」
「体を暖かくして早く寝るんですよ?」
竜二と凛香、めいに別れを告げて家に入ると、中には花恋が待っていた。
「お兄ちゃん、遅いよ。どこ行ってたの?」
「んー……まあ色々あってな」
「色々って……なんだか制服も濡れてるみたいだし、早く脱いで! ほらほら!」
「あっ! ちょっ! 脱がさないで!」
濡れた制服を脱がされお風呂場に叩きこまれた優花は、そのままお風呂に入った。
風呂場で一人になると、優花は胸に手を当て想いの欠片を胸から取り出した。
「もしかしたら、こいつのせいかな……」
猫を探している最中に考えていたこと、それは真央が竜二の攻略イベントを進められなかったのは、優花が想いの欠片を手に入れたからじゃないかということだ。
優花が想いの欠片を手にしてしまったことで、真央は竜二を攻略できなくなったのかもしれず、そうなると白い桜も出現しなくなったかもしれない。
白い桜のために真央の攻略を応援する方針は捨てて、真央の攻略の阻止、あるいは凛香と真央を仲良くさせる作戦をとった方が良いのかもしれないなと思いながら、、優花は想いの欠片を胸にしまい直した。
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「にははっ……体温三十八度、喉が痛くて服がすれて痛いと……名医花恋の診断によるとこれは風邪だね!」
「……知ってる」
雨に濡れた翌日、優花は結局風邪を引いて自室のベッドで横になるはめになったのだった。
 




