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乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その四

 スぺスぺの缶を捨て、教室に戻り、二限目の授業が始まるとすぐに優花に緊急事態が起こった。


 し、しまった! トイレに行くのを忘れてた!


 そもそも真央に話しかけられなかったら、トイレに行こうとしていたのだ。それなのに、謎飲料スぺスぺまで飲んでしまった。手を上げてトイレに行けばいいのだが……ちらりと後ろを見ると、当然のことながら、凛香は前を見ている。


 授業中にトイレに行くのが恥ずかしい……なんて子供っぽいことを言うつもりはないが、せめて、推しキャラの前では行きたくはない。

 覚悟を決めてぐっと我慢すると、自然と視線が険しくなる。


「……灰島どうした? すごく目が怖いが……」

「いえ、気にしないでください」

「そ、そうか……」


 優花の視線に威圧されて、先生が思わずといった感じで話しかけてきたが、今はそれどころではない。他のことに意識がいってしまえば、教室に新たな水たまりを作ることになる。

 顔をきりっと引き締めながら、必死に耐えること五十分。なんとか耐えきり、授業が終わると共に教室から即座に出てトイレへと向かう。


「ふう……間に合った……」


 なんとか漏らさずにすんだことにほっとして、トイレを出ると、そこにはマジハイの最後の攻略キャラである緑色の髪をした、硬い表情から、冷たそうな印象を受ける眼鏡イケメン、六道深雪ろくどうみゆきが立っていた。


「おおう……イケメンだ……」

「む? なんだ?」

「あっ、いえ、なんでもないです。すみません先輩」


 攻略キャラの中でも唯一三年生の深雪には、敬語を使わないと、好感度が一気に低下することを思い出す。まあ、攻略をするわけじゃないので、別にどうでもいいんだけど……。

 

 ぺこぺこと頭を下げながら行こうとすると「君!」と呼び止められた。


「はい。なんですか?」

「君、二年生だね? 八雲真央さんというのは知っているかな?」

「同じクラスですけど?」

「そうか……なら、この書類を八雲真央さんに渡しておいてくれないか?」


 それくらいならと書類を受け取ろうとした瞬間、優花の頭にゲームの選択肢が浮かんできた。

 『わかりました先輩』か、『わかりました六道生徒会長!』の二択だ。マジハイのゲームの中で、主人公が深雪を呼ぶ選択肢だ。


「わかりました。六道生徒会長!」

「……」


 好感度が上がる方を思わず言ってしまうと、深雪はうっすらと頬を赤らめた。照れているのだ。

 

「では、頼んだぞ……」

「はい!」


 メガネを上げて照れ隠しをしている深雪を見送り、優花は教室に戻った。


 さて……この書類をどうするか……。


 この書類、ゲーム通りなら生徒会関連の書類だ。マジハイではこの書類をきっかけに主人公は生徒会に興味を持ち、選択肢によっては、生徒会に入ることになる。


 別に主人公の真央に生徒会に入ってもらおうがどうしようが構わないが、あまり真央が多忙だと、凛香が真央と接触する機会が失われてしまうかもしれない。

 どうしたものかと悩んでいる優花の元に、真央がまたやってきた。


「ゆうかくん。どうしたの? さっきすごいスピードで教室を出ていったけど」

「あー……まあ、それはいいじゃないか。それよりこれ!」


 女子相手にトイレだと言うのがなんだか、恥ずかしい気がして、ごまかすために思わず素直に、深雪から渡すように頼まれた生徒会関連の書類を渡してしまった。


「これって……生徒会の書類……かあ……。ゆうかくんはどう思う?」


 どうって……言われてもなあ。好きにすればと言いたかったが、優花はある一つの事実を思い出して口を閉じた。

 主人公が生徒会に入ると、ほぼ生徒会長眼鏡イケメンの深雪ルートになってしまうのだが、深雪ルートは凛香が大怪我をするルートだと今更ながら思い出したのだ。


「俺は生徒会はきついと思うけどなあ……勉強とかも忙しくなるしさ」

「うーん……そうだよねえ……」


 ちなみにゲーム序盤、主人公の学年順位は最下位。学年一位になるためには、半年くらい自由時間の大半を勉強につぎこまなくてはならない。

 それを考えると、いまの真央も恐らくあまり勉強はできる方ではないはずだった。自分の成績が良くないことを十分自覚しているらしい真央は、今の優花の言葉で、生徒会から興味が失われたらしい。

 深雪には悪いことをしたかもしれないが、これも凛香のためなので許してほしい。


「生徒会より私は勉強を頑張らないとだね!」

「ふう……危なかった」

「危なかった? 何が?」

「いや、何でもないよ……」


 思わず口に出ていたようだ。はははと笑ってごまかすと自分の席に戻る。


 それにしても……なんだか妙に真央が俺のところに来るような……。


 ちらりと後ろを見てみると、真央がこっちを見ていて手を振ってきた。それを見て、凛香の目がまたすっと細まる。苦笑いをして前に向き直る。


「……これは俺が攻略されようとしているのでは?」


 基本的にマジハイの難易度は簡単で、自由時間に攻略したいキャラのアイコンを選んで、一緒にいればだいたいのCGは回収できるし、エンディングも見ることができる。今の優花……灰島ゆうかは人気投票最下位の圧倒的不人気キャラだが、狙われている可能性は十分あるわけだ。


 まあ攻略されても問題は……あるか……。


 ゆうかエンディングは凛香の両親の会社の倒産だ。死ぬよりはましかもしれないが、悲惨な人生になりそうなことに変わりはない。真央に攻略されるわけにはいかない。

 露骨に避けるような真似はさすがにしないが、なるべく真央と二人にならないように気をつけることにする。


 三限目、四限目は特に何事もなく無事に終わり、昼休み。お弁当など持ってきているはずもなく、何か買わなきゃいけないなと席を立つと、甘い香りが鼻をくすぐった。


「ちょっとよろしいかしら?」

「え? ……はい、大丈夫ですけど」


 声を掛けてきたのはなんと凛香だった。

 思わず了承してしまったものの、凛香に連れられて廊下を歩いている内に既に後悔し始めていた。


 根っからのお嬢様の凛香と何を話せばいいのかわからないし、廊下を歩いているだけなのに、すごく注目を集めているのだ。ひそひそと話す女子の声に聞き耳を立ててみれば「あの凛香様が、男を連れているわ」とか、「なんなのあの男! 凛香様と一緒に歩くなんて!」みたいな感じだった。


 教室では一人でいることが多い凛香だが、学院内での人気は高くファンは非常に多い。

 いつも少し離れた所から凛香を見守っているそのファン達に、憎悪にも似た感情を向けられている気がして冷や汗が流れる。


 日頃から人を寄せ付けない凛香は、当然男も寄せ付けない。乙女ゲームのライバル役としてそれで良いのかとも思うが、まあゲームをプレイしていても違和感はなかったので、別にいいのかもしれない。


 作品の中で「誰それを賭けて勝負よ!」みたいな展開は何回かあったものの、勝とうが負けようが、結局凛香はその男キャラとは特に何もならないのだ。


 主人公が勝ったらそのまま主人公が男キャラと何かするし、主人公が負けると、男キャラが出張ってきて結局主人公と何かするという、どうあってもライバルが負けるようになっていた。


 マジハイには主人公のバッドエンドが存在しないため、凛香のハッピーエンドも無い……ということになるだろうか。だから主人公的には凛香は恋のライバルじゃなくて、単なるライバル。

 いや……それ乙女ゲームとしてどうなの? と優花も何度も思ったが、そもそも乙女ゲームにはライバルがいないことも多いらしいので、問題はないのだろう。


 男を寄せ付けないその感じもまた、優花好みのキャラなのだが、おかげで今大変注目を集めてしまっているわけだ。

 結局、注目を浴びっぱなしのままで、凛香に連れて来られたのは、目立たない校舎の裏。


「ここで、いいですわ」

「あっ、はい」


 何を言われるのか、戦々恐々としていると、いつもすまし顔の凛香が頬を染めて、もじもじとしだした。

 言いたいことがあるけれど、言いだしづらい……みたいな、その仕草が大変可愛らしい。


「あのですね……」

「はい……」


 告白でもされそうな雰囲気に、優花は段々緊張してきた。

 まさかね……いや、まさかね……。

 ありえないと頭ではわかっているものの、期待をしてしまう自分が悲しい。


「ど、どうやったら、あなたのように真央さんと仲良くできるんですの!」


 ………………デスヨネー。


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