乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その三十七
「別に呼んでねえって、お前らは姉ちゃんに遊んでもらってろ」
しっしっと自分達を追いやろうとする竜二に、三虎と読子が抗議の声を上げた。
「おーぼーだー」
「だー」
子供の癖にやけに難しい言葉を知ってるな……。
竜二の脚に抱き着き攻撃をする二人だったが、すぐに竜二に捕まえられていた。
「すんません兄貴、こいつらはすぐに片付けますんで……」
「別に居てもらってもいいぞ、子供はそんなに嫌いじゃないし」
「……兄貴がそう言うなら」
竜二が捕まえていた三虎と読子を放すと、二人は優花の横にとことこと歩いてきた。
「ねーねー、あにきさんはほんとに兄ちゃんの友達なの?」
「お兄のともだち?」
三虎がぽんぽんと優花の腰を叩きながら、そして読子は首を大げさに傾げながらそう尋ねてきたので、優花は二人の頭を撫でながら首を縦に振った。
「おーそうだぞ。昨日も一緒に遊びに行ったしな」
「うわー! すげー!」
「お兄にともだち!」
市乃に報告にでも行くつもりなのか、優花の答えを聞いた二人はすぐにリビングを出ていってしまった。
「竜二、お前そんなに友達いなかったの?」
半ば呆れながらそう聞くと、竜二は言いづらそうにぽりぽりと頬を掻いた。
「あー……まあ、そうっすね。タメだと淀くらいっすかね」
「黒岩さんか。黒岩さんとは付き合いは長いのか?」
「一応小さい頃からずっとっすね」
「ふーん……」
竜二と淀の現在の状態は、小さい頃からずっと一緒だったものの思春期になって少し距離が離れてしまった状態というわけか。
「まあ、ありがちだな……」
「えっ? 何がっすか?」
「気にすんな。こっちの話だ……」
竜二達の状態は話としては割とありがちな話ではあったが、具体的にどうすれば良いのかはわからなかった。これが漫画やゲームなら幼馴染は大体負けるので参考にならないのだ。
どうしたものかなと悩みつつ、竜二が出してくれたお茶を飲むと普通においしかった。苦味が少なくすっきりして飲みやすい。
「お茶ありがとな。なかなかうまかったよ」
「そうっすか。それは良かったっす」
嬉しそうに笑う竜二に笑い返していると、リビングの扉が再び開き、市乃が入ってきた。
「またかよ! 来るなっつの!」
「そう邪険にするな弟よ、三虎達が部屋をぐちゃぐちゃにし始めたから呼びに来たんだよ」
「あいつら! 兄貴すんません! すぐ戻ってくるっす!」
素早い動作で竜二がリビングを出ていくのを確認すると、市乃は優花の向かいの席に座った。
「邪魔者は去ったし、少し話をしても良いかな?」
にっこりと笑う市乃は、前なら向けられているだけで赤面してしまうほど綺麗だったが、しばらく凛香とめいと一緒にいたおかげで、優花は美人に耐性ができていたため、意外と平気だったのが自分でもびっくりだった。
「もちろん、大丈夫ですよ」
逆に笑みを返すと、市乃は目をぱちくりとさせていた。
「ミーの笑顔攻撃が効かないとは……なかなかやるね君」
どうやら意図的に赤面させようとしていたらしい。竜二の姉はお茶目な人みたいだ。
「改めて自己紹介からしようか。ミーは獅道市乃、竜二の姉さ」
「あー、俺は灰島ゆうか。一応竜二の先輩で、竜二からは兄貴なんて呼ばれてますけど、まあ友達みたいなもんですかね?」
「兄貴……か」
何故か急にしんみりとした空気を出した市乃に優花が首を傾げると、市乃は竜二が出ていったリビングの扉を見ながら、その理由を教えてくれた。
「うちはさ両親ともに結構忙しいんだ、ほとんど家にも帰ってこなくてね」
「そうみたいですね」
両親があまり家にいないため、竜二は家事やら料理やらを覚えるしかなかったというのは、ゲームで攻略済みの優花は既に知っている情報だ。
市乃がこうして竜二のことを話すのも、ゲームの攻略イベントと同じ流れではある。
それから市乃は竜二が不良のような見た目なのは、人を近寄らせないようにするためだという話をしてくれた。
「小学校高学年くらいからかな、あいつは誰も自分に近づかせないようにして、友達を作らないことで遊ぶ時間を作らないで、家事とか勉強に費やすようになったんだ」
「あー……友達とかいるとやっぱり時間は取られますよね」
実際昨日は一日竜二の時間を使ってしまっている。友達と遊ぶという行為は意外にも時間泥棒なのだ。
「もちろんミー達はそれですごく助かってる部分もある。三虎達はまだまだ小さいしね。ただ、ミー達は心配してもいたんだ。あいつだってまだガキだ。遊ぶことだってガキの仕事だろう?」
ガキと言われても竜二は優花の一つ下なだけなので、正直同意はしづらかった。
高校生ともなれば、ほとんど大人だと言いたかったが、話の腰を折ることになりそうなので、言うのはやめておいた。
「だからあいつと遊んでくれる友達ができたってだけで、ミー達は嬉しいんだよ。わかってくれるかい?」
「……市乃さんは良いお姉さんですね。俺も市乃さんみたいな姉が欲しかったかもしれません」
本心からそう言ったのだが、市乃は冗談ととらえたらしい、腹を抱えて笑うと、ぐっと親指を立てていた。
「ナイスジョークだよ! やっぱり君は面白い子だねえ!」
ぐりぐりと強めに頭を撫でられて目を白黒させていると、ようやく竜二が戻ってきた。
「兄貴すんません! あいつらがむちゃくちゃしてやがってですね……って、またか!」
駆け寄ってきた竜二が、優花の頭を撫でたままの市乃の手を払いのけた。
「兄貴に何しやがる!」
「くふふ、すまんすまん。そう怒るなって」
可笑しくてたまらないという感じで笑う市乃に竜二の怒りのボルテージが上がっているみたいだったので、今度は優花が竜二の頭にぽんぽんと手を置いた。
「落ち着けって、少し話を聞かせてもらってただけだからさ」
「うっ、うっす……」
優花に言われてすぐに大人しくなった竜二を見て、市乃さんが今日一番の大笑いをしていたのが印象的だった。
せっかくなので竜二の弟と妹ともあらためて自己紹介と挨拶をして、少し一緒に遊ぶとすぐに打ち解け優花の後を付いて来るようになった。二人は人見知りとは無縁な性格をしているらしい。
せっかくなので二人の面倒を見ることにして、竜二には家事に集中してもらうことにした。
昨日できなかった分の掃除や洗濯がたまっていたらしい。
「いや、助かりました兄貴。あいつらがいるとどうしても家事がはかどらないんすよ」
「まあ、役に立てたなら良かったよ。それじゃあ俺はそろそろ帰るから学校でな」
そろそろ良い時間になったので、帰ろうとすると、竜二は「ちょっと待っててくださいっす」と言ってキッチンの方に走っていった。しばらくそのまま待っていると、白い紙箱を持ったまま竜二が現れた。
「これ、お土産っす。妹さんと食べてください」
お土産を差し出す竜二を見て、優花は既視感に襲われた。
……これゲーム内CGだ。
他人を寄せ付けない険のある優花意外に見せるいつもの表情はどこへやら、爽やかイケメン笑顔と共に紙箱を差し出してくるその絵は、マジハイのゲーム内でゲットできる竜二のCGと重なる。
これで本当に優花が竜二の攻略イベントを進めてしまったわけだ。
「……ありがとな」
優花がお土産を受け取ると、突然竜二の胸の辺りから光が放たれた。
な、なんだ?
何が起きたのかわからずその光をまじまじと見ていると、光は収束していき、目からこぼれ落ちた涙のような形になり優花の方に寄ってきた。
思わず距離を取ると、竜二が不思議そうに首を傾げていた。
「兄貴? どうしたんすか?」
「どうしたって……」
どうやらさっきの光も、この涙のような浮いている塊も竜二には見えてないらしい……。
段々と迫ってくる謎の物体を見ていると、優花はさらにゲームに関する記憶が呼び覚まされた。
これって……想いの欠片か?
想いの欠片は、マジハイで主人公がキャラクターの攻略イベントをこなした時にもらえるもの。これを集めることで、通常エンディングとは別のキャラ個別エンディングに行けるという重要なもの。
ただ、ひどくゲーム的なアイテムとも言えるので、攻略キャラである竜二には見えなくてもおかしくはないのかもしれない。
いやまあ……今は俺も攻略キャラなはずか……。
何故優花には見えて竜二には見えないのかわからないまま、ゆっくりと優花の方に向かってきていた想いの欠片は、優花の胸に吸い込まれ消えてしまった。
「兄貴、本当にどうしたんすか? 具合でも悪いんすか?」
心配そうにする竜二に何でもないと言ってあらためてお土産の礼を言うと、そのまま竜二の家を後にした。
 




