乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その三十六
楓に意味深なことを言われた後、優花はなんだか色々と考えてしまい自室に戻ってうだうだしていると竜二から電話がかかってきた。
今日はよく電話が来る日だなーと思いつつ電話に出ると、
「兄貴!」
竜二のでかい声がスマホから響き、すぐにスマホを耳から離した。
「ばかっお前! 声がでかい!」
竜二に負けず劣らずの音量で怒鳴るとすぐに竜二は謝ってきた。
「すんません兄貴! それより兄貴に緊急の頼みがあるんすよ!」
「頼み? 勉強……は竜二の方ができそうだな……漫画でも貸してほしいのか?」
一応先輩なのに優花が割と情けないことを言っていると、竜二が意外な頼みをしてきた。
「違うんすよ兄貴! 兄貴今日俺の家に来てもらえませんか?」
竜二の家に俺が?
正直ちょっと興味はあるものの、わざわざ行くほどではないので、すぐに断ることにした。
「……面倒くさいから嫌だ」
「兄貴! そう言わずになんとか!」
「ええ……」
必死に頼み込んでくる竜二の熱意に負け、優花は三十分後には竜二の家の前に来ていた。
「知ってはいたけど、割と普通だな……」
竜二の家は少し広い庭があるくらいで普通の一軒家。外からでもわかる特徴と言えば、洗濯物が大量に干してあるくらいか。
表札を見ると、たしかに『獅道』の文字。インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「わっ! ほんとにきたーー!」
「うそー!」
「うっわ……本当にいたんだねえ……」
ドアから出てきたのは竜二をだいぶ小さくしたような男の子と、目が大きくつぶらで、竜二とはあまり似ていない男の子よりも更に小さい女の子、そして二人の子の背後にはすらっと背が高く細身で大学生くらいの美人な女の人が目を丸くして立っていた。
この光景になんだか見覚えがあるような気がして、すぐにマジハイのゲームで見たと気が付いた。
真央が竜二の家に遊びに行くイベントで、竜二の呼び出しに応じて家に行くと、こんな感じで竜二の弟と姉妹達に出迎えられるのだ。
「あっ! お前ら出るなって!」
三人の後にすぐに竜二が出てきて少しほっとする。竜二は三人を家に追いやるとすぐに優花の前に戻ってきた。
「兄貴すんません! 今日はわざわざ来てもらって」
「別に暇してたし大丈夫だけど、急にどうしたんだ?」
「いや、あいつらがどうしても兄貴のことが見たいって聞かなくてですね……」
困ったようにがりがりと頭を掻き目をそらす竜二に優花はじとっとした目を向けた。
竜二が視線を逸らす時は大抵何か嘘をついたり、誤魔化している時だからだ。
「……本当は?」
「……はい。兄貴の話をしたら、こいつらが妄想だろって言ったもんで……」
やっぱり……この流れもゲームと一緒か。
優花はどうやら主人公である真央の代わりに、竜二の攻略イベントをしてしまっているみたいだった。
これが今後にどのような影響を与えるのかはわからないが……結局優花を呼んだのは竜二の都合であることに代わりがないので、休日でセットされていない竜二の髪を思う存分ぐちゃぐちゃにした。
「よし、これで許してやろう」
「うっす。ありがとうございます!」
髪の毛ぐちゃぐちゃのまま竜二に促され竜二の家の中へ入ると、当然ながらさっきの三人がやっぱりまた居た。名前は小さい男の子が三虎、小さい女の子が読子、大学生くらいの女の人が市乃だったはずだ。
子供の名前に数字の要素を入れるのは好きじゃないが、元々はゲームにちらっとしか登場しないキャラ達なので仕方がないのかもしれない。
「あー……どうも、はじめまして。灰島ゆうかです。竜二とはそれなりに仲良くさせてもらってます」
とりあえず初対面の挨拶を済ませると、竜二以外の三人は名乗らずに「おぉ……」と感嘆の声をもらしていた。
たしか竜二があまりに友達がいないから心配されているんだっけか……。
可哀想なものを見る目で竜二を見ると、竜二は顔を真っ赤にして三人を部屋に押し込んだ。
「ったく! 恥かかせんなっつうの! 兄貴! すぐに茶入れるんで座っててください!」
「お、おう」
竜二の勢いに押されて、優花はリビングに入って椅子に座って待つことにした。
キッチンで竜二がお茶を沸かしているのを見ていると、リビングに市乃が入ってきた。
「いやーさっきは驚いたりしてごめんよ。本当にあいつに友達がいるとは思わなくてさあ」
けらけらと笑いながらそう言う市乃に、ゆうかは「はあ……」としか言えない。
「いやあ、たまには帰って来てみるもんだねえ、新たな発見は人の心に新鮮さを与えてくれる。君もそう思わないかい?」
独特の話し方をする市乃に困惑しつつも、優花は首肯した。
「あー……まあなんとなくわかります」
「ほお、わかってくれるのかい? ミーの意見をわかってくれるなんて君は良い子だねえ」
優花が花恋にするように、市乃が優花の頭を撫でてきた。
『ミー』という一人称にツッコミを入れるべきなのに、突然の市乃の行動に驚いてツッコミができずにいると、竜二がキッチンからひょっこり顔を出した。
「ちょっ! てめえ! 兄貴に何してんだ!」
市乃に撫でられたままの優花を見て、竜二が慌ててキッチンから戻ってきたが、その手には既にできたお茶。
「竜二! お前、お茶持ったまま走んな! 危ないだろ!」
「あっぶねえ!」
竜二がこけそうになったので、もう少しでできたて熱々のお茶をぶちまけられるところだった。
それを見て市乃は本当に楽しそうにけらけらと笑っていた。
「おら、どっか行け!」
竜二に蹴り出され市乃がまた退場すると、ようやく竜二は一息つけたみたいだった。
少し冷静になった竜二が改めて謝ってきた。
「いや、本当にすんません兄貴。写真とかでも見せれば良かったっすよね」
「まあ気にすんなって、俺だって竜二の家を見てみたかったし」
「おれの家をっすか? 別に普通っすよ」
「まあ普通だな……」
竜二の家はゆうかの家と同じような感じだ。ただ、本来なら両親が居て六人になるので、人数にしては少し手狭かもしれない。
「家がすごく綺麗だけど、掃除とか家事は竜二がやってるのか?」
マジハイで竜二を攻略済みの優花には既に知っている情報ではあるが、この世界ではまだ知らないはずのことなので、竜二に確認を取ると、竜二は言いだしづらそうにした後ゆっくりと頷いた。
「……そうっす」
「いち……お姉さんは? 別に病気とかではないんだろ?」
まだ向こうの自己紹介が済んでいないことをぎりぎりで思い出した。もう少しでまだ知らないはずの名前を呼んでしまうところだった。
「姉貴はあんまり家にいないんすよ。昔からモデルとかやってるんで」
「そう言えばそ……んな感じだよな」
危うくまたぼろを出すところだった。「そう言えばそうだったな」なんて言ったら今度こそ誤魔化しが効かなくなっていた。
「ああ、あいつら自己紹介もしてませんよね。上のでかい女が市乃で、ちっこいのが三虎と読子っす」
ようやく竜二に三人の名前を教えてもらえたので、これでぼろを出さずに済むと安堵していると、三虎と読子がリビングの扉を開けて顔を出した。
「兄ちゃんよんだ?」
「おにい?」
 




