乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その三十
二人でベンチに座ると、優花は自分の荷物から水のペットボトルを取り出した。
「大丈夫ですか? 水飲みます?」
「……ありがとう」
素直な礼と共に凛香は優花の出した水を受け取って、ゆっくりとそれを飲む。人一人分の距離を空けて座っている凛香の横顔を盗み見ると、やっぱり少し疲れが見てとれた。
「……ふう、少し落ち着きましたわ」
「それは良かったです」
思いがけず訪れた落ち着いた二人の時間。優花はふと気が付いたことがあり、凛香の名前を呼んだ。
「凛香さん」
「なんですの?」
空いていた距離を少しだけ詰め、凛香の顔を見つめる。
「……ゆうかさん? な、なんですの?」
目が合うと次第に凛香は取り乱し、何故かあわあわし始めた。
「ちょっと、動かないでくださいね……」
ゆっくりと手を凛香の顔に近づけると、段々凛香の顔が赤くなり始めた。
「そんな急になんて……!」
ぶつぶつと何かを言う凛香の言葉には反応せず、そのまま手を伸ばすと――――凛香のくるりとした耳前の髪についてしまっていた小さい葉っぱを取った。
「はい、取れましたよ」
取れた小さい葉っぱを持って笑いかけると、凛香は今度は礼を言わず、赤い顔のまま徐々にその形の良い眉をつり上げた。
「……ふんっ!」
がっという音と共に凛香に足を踏まれる。
「いって!」
「あまり女性に恥をかかせるものじゃありませんわよ!」
恥って……黙って取った方が良かったということだろうか?
怒ってはいるもののとりあえず凛香に元気が戻ってきたようで安心した。
「ところで凛香さん。今日はどうですか?」
「どうって……何がですの?」
じろりと睨んでくる凛香に、優花は苦笑する。
「いや、楽しんでくれているのかなと思って」
「……そうですわね。まあまあと言ったところかしら?」
まあまあか……。
やっぱり真央と合流した後の席順が悪いのかもしれない。凛香と真央を仲良くさせるにしても、優花が間に入って二人の仲を取り持つ必要があるので、それができていない今、凛香と真央を一緒の席にしてもあまり二人の仲を縮めることになっていないのだろう。
楓にペースをつかまれている現状を打破しなければ、竜二と淀をくっつけることはおろか、凛香と真央を仲良くさせることも不可能。そう結論付けた優花は、腕を組み作戦を練ることにした。
まずはこの後の予定だが、花恋が立てた予定表によると帰るまでに乗るアトラクションはあと三つ。今優花と凛香以外のメンバーで行っているアトラクションが終わればあと二つだが、アトラクション二つ分は休憩するつもりなので、優花と凛香が乗るアトラクションはあと一つ。
最後のアトラクションは『スパーク・ホール』と書いてあった。
アトラクション名からはさっぱり内容がわからないので、これは行ってみるしかないだろう。
スマホで情報を今調べてもいいけど……。
ちらりと横を見ると、凛香が小首を傾げていた。あははと笑ってごまかし予定表に視線を戻す。
凛香と一緒にいる時にスマホをいじって機嫌を損ねられても困る。ただでさえ今怒られてしまったばかりなのだ。
二人乗りか、三人乗りか、あるいはそれ以上乗れるのかわからず、うーんと悩んでいると、凛香が心配そうに声をかけてきた。
「どうしたんですの? 何か悩んでいるようですけれど?」
「いや、このスパーク・ホールってアトラクションが何人乗りなのかなと思いまして」
凛香が優花が持つ花恋が立てた予定表を覗き込んできた。凛香の甘い匂いと、凛香が顔を寄せてきていること自体にくらっときていると、凛香はすぐに身を離した。
「そのアトラクションなら二人乗りのはずですわ」
「あっ、そうなんですか? ありがとうございます……ってあれ? 凛香さんディスミーパーク初めてですよね? なんで知ってるんですか?」
優花の素朴な疑問に、凛香は視線をそらしながら答えた。
「決して、今日が楽しみすぎて色々と調べていたわけではありませんわ」
色々と調べてたんですね……。
アトラクションの席に乗れる数を暗記してしまうレベルで楽しみにしてくれていたということか。ただ、ディスミー君を知らなかったり、最初のアトラクションでジェットコースターなのかどうかを聞いてきたりしたのは、興味があるところだけ調べたからなんだろうか。
「それならどこか行きたいところとかないんですか? 色々調べたんですよね?」
「いえ、ですから調べてないと言っているでしょう?」
「はいはい。それで? どこに行きたいんですか?」
見栄を張ろうとする凛香には取り合わずどこに行きたのか聞くと、凛香はあきらめてディスミーパークの園内マップを取り出した。
「……ここですわ」
凛香が指さしたのは、ディスミーパークの中央にある巨大な城。
ディスミー城と言う名前らしく、巨大な城の中をゆっくりと歩いてみることができるというちょっと変わったアトラクションらしい。人気らしいので、結構並ぶかもしれない。
花恋にまた無理やり予定に組み込んでもらうのも難しいかもしれないなと思っていると、凛香が園内マップをしまい立ち上がった。
「二人なら早く入れるらしいですわ」
「へ? そうなんですか?」
「ええ! ですから行きますわよ!」
ぐいっと腕を引っ張られ立たされる。
「ちょっ! 凛香さん!」
「本当は我慢しようと思っていたのですけれど、この虚空院凛香が我慢などらしくないと今気が付きましたわ! さあ! 行きますわよ!」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、楓対策を何も思いつかないまま、結局凛香が行きたかったというディスミーパーク中央にそびえ立つディスミー城へ。
長蛇の列ができていたが、凛香の言う通り二人……と言うかカップル限定の列があり、そっちなら比較的早く城内に入れそうだった。
「こ、ここに並ぶんですか?」
いちゃいちゃしているカップルだらけの行列にびびる優花の腕をとって、凛香は優花に有無を言わさずに行列に並んでしまった。
「心配しなくても大丈夫ですわ。最近はあなたも……そこそこわたくしに釣り合うようになってきましたから」
「……はあ、そうなんですか?」
とてもではないが、釣り合うなんて思えなかったが、凛香はお世辞を言わないので、本当にそう思ってはくれているのだろう。
並んでいるだけで精神的に色々と削られる行列に並ぶこと十数分。ディスミー城に入り、案内に従って中を見て回った。
「ディスミー君が色んなところにいますね……あ、またいた」
「そのようですわね。それにしましても、お城と猫はあまり合わないと思うのですけれど……」
本物のお城のような雰囲気の部屋や廊下に、アニメのキャラクターが描かれた絵画やガラスケースに入った透明な靴等の様々なオブジェがある中、何故かいたるところにいるディスミー君に凛香は困惑を隠せないみたいだった。
「まあディスミー城って名前ですからね」
二人でディスミー城を歩くこと十分弱、最後に一枚の紙が額縁に入れて飾ってあった。
「英語ですね……えーっと……」
達筆な筆記体に苦戦しながら読むと、どうやらその紙はディスミー君の内心をつづったものだったらしく読んでいると「This is me」という単語が多く見られた。
「ディスミー君の名前の由来ってそういうことなのか?」
思わずそうつぶやく優花の横で、何故か凛香が涙ぐんでいた。
「ええっ! どうしたんですか凛香さん!」
何かまたやらかしてしまったのかと焦っていると、凛香はぶんぶんと首を横に振った。
「べっ、別になんでもありませんわ! ディスミー君にとても共感してしまったとかではありませんの!」
共感しちゃったんですね……。
ディスミー君の内心が書かれた紙の内容は、大体何かを失敗したけど「This is me」と前向きに開き直るような感じ。いまいち凛香が共感したポイントがわからなかった。
ディスミー君を気に入ったのか、ディスミー城にいっぱいディスミー君が隠れていたせいなのかはわからないが、凛香がディスミー城を出てから花恋達と合流するまで、ずっとディスミー君が隠れていないかきょろきょろしながら探しているのが可愛かった。
 




