表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/409

乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい   その三

 目標が決まれば人は自然と覚悟も決まるらしい。さっきまでの帰りたいという思いは消え去り、いかに凛香を幸せにするかを考えようとしたところ、後ろからきゃーきゃーと黄色い声が聞こえてきた。


 舌打ちをしそうになりながら振り返ると、そこにいたのは青髪のイケメンキャラ、奥真翡翠おくまひすい

 翡翠は一人称が俺様の、王子様系イケメン。具体的に言うと、高身長で、親が大金持ち、髪はサラサラで少し伸ばしていて、きらきらとしたオーラを放つ、色白のイケメン。マジハイのパッケージでも、爽やかな笑顔で一番大きく描かれているメイン中のメインキャラだ。

 

「まあ……そりゃあいるか……」


 きゃーきゃーと騒ぐ女子達と楽し気に会話をしながら通り過ぎていく、翡翠を見送り、優花もとりあえず教室に行くことにした。花恋の言ったことが正しければ、優花の教室は二年F組だったか。


 二年F組の教室に入ると、手前の方には翡翠が相変わらず女子達に囲まれて談笑していた。


 奥の方の席には凛香が姿勢を正して真っ直ぐ前を見て、特に何をするでもなく座っているのが見える。その表情は心なしか沈んでいるように見える。友達がいないから、授業が始まるまで暇なんだな……。


 うんうん、わかるよと、勝手に凛香に親近感を覚えていると、とんとんと肩を叩かれた。


「ゆうかくん! おはよう!」

「ん? お、おう。おはよう?」


 優花の背後から声をかけてきたのは女の子だった。ピンク色のショートカットに、笑顔が似合うこの顔……マジハイの主人公か!

 そう言えば灰島ゆうかは、翡翠と主人公、そして凛香とも同じクラスだったか。

 

「ゆうかくんどうしたの? なんだかいつもと違うけど?」

「そ、そうかな?」

「そうだよ? 変なの」


 それだけ言って主人公は自分の席に行ってしまった。ちなみに主人公の席は凛香の隣。主人公が隣に座ると凛香の目がすっと細まった。

 凛香の放つ不機嫌オーラに、教室が少し静かになる。


 不機嫌になったように見えるけど……内心はすごく緊張しているんだよなあ。……って、今はそれよりも重要なことがある。

 

「主人公もやっぱりいるのか……」

「主人公がどうかしましたか?」

「え? うぇっ?」


 また急に後ろから話しかけられて、びっくりして変な声が出た。

 振り返るとそこには細い目をした、背の高い茶髪のイケメン教師、三日月昴みかづきすばるの姿があった。ちなみに昴は、他の全キャラのエンディングを攻略した後に、ようやく攻略できるようになる隠しキャラだ。


「ははは。変な顔をしていないで座りなさい。もう朝のショートホームルームを始めますよ」

「は、はい!」


 慌てて自分の席に座る。ちなみに席がわかったのは、そこ以外空いていなかったからだ。席の位置は教室の奥の一番前。あまり良い席ではなかった。せめて凛香の近くならまだ良かったのだが、あいにく凛香は同じ列の一番後ろ。

 イケメン教師昴のイケメン顔を、苦虫を噛み潰すような顔で見ながら、朝のショートホームルームを終えるとすぐに授業が始まった。


「ここは普通にやるのか……」


 ゲームでは授業はほとんどスキップで、たまに質問が来て、正解するとキャラたちの好感度が上がるという仕様だったが、優花は普通に授業を受けるはめになっていた。授業の進行速度は、現実の優花が受けている授業とほぼ一緒。おかげで全く何を言っているのかわからないという最悪の事態にはなっていない。


「スキップしたいな……」


 まあ本当にスキップできるとしても、よっぽどいらない授業じゃなければしないだろうけど。スキップした結果、授業についていけなくなったら、それはそれで困る。

 一限の授業が終わり休み時間。トイレでも行こうかと思ったら、後ろから肩をとんとんと叩かれた。


「どこか行くの、ゆうかくん?」

「え? あー……」


 声をかけてきたのは主人公だった。


 ちなみに授業中にわかったのだが、主人公の名前は、ゲームの方で最初に設定された名前である、八雲真央やくもまおだった。普通は主人公の名前を変えてプレイするものだが、まあ優花もそのままでやったので違和感はない。

 これが『ああああああああ』みたいな適当な名前だったり、別作品のキャラの名前だったりしなくて良かった……いや、それはそれで面白かったかもしれないな。


「適当に歩こうかなと思ってただけだけど? どうかした?」

「うん。それなら私も一緒に行こうかな」

「お、おう……」


 いや、なんでよ?

 凛香推しの優花にとって、主人公改め真央は敵。できればあまり接触はしたくない相手なのだが、断ることも優花にはできなかった。元の世界では高校に仲の良い友達ができなかった優花にとって、話しかけてもらえるだけで嬉しいことだったからだ。


「なんか、背中にすごい視線を感じる……」


 この視線はもしかしなくても……。


「どうしたの?」

「いや、何でもないよ……」


 まあ、真央と仲良くしたい凛香の視線だろう。真央と一緒に行動する優花に嫉妬の視線ビームを放ってきたわけだ。すぐに凛香に釈明に行きたかったが、そんな関係でもないので行くわけにはいかない。

 マジハイの作中で、凛香とゆうかは同じクラスだというのに、接点がほとんどなく、会話シーンもなかった。つまりはクラスメイトぐらいの距離感なわけで、そんな関係なのに「誤解しないで」も何もないだろう。


「……まあ、行こうか」

「うん!」


 仕方なく真央と一緒に廊下に出て早々、ぎろりと目つきの悪い男子生徒に睨まれた。しゅばっと素早く真央が優花の背に隠れる。


 こいつは……獅道竜二しどうりゅうじか。


 一年生の竜二は制服を着崩し、誰彼かまわず睨んで威嚇する不良系イケメン。灰色の髪をオールバックにしたまさに不良という見た目だが、実は動物大好きで、雨の日に猫に傘をあげちゃうエピソードなんかもあった。

 不良っぽいだけで、実は不良ではない竜二に、優花は思わず微笑ましいものを見る視線を向けてしまうと、竜二はちっ、と舌打ちをして行ってしまった。


「おお……ゆうかくん、すごいね……」


 感心するようにうなずく真央に、褒められてなんだか悪い気はしない。…………いけない、いけない! 真央に絆されていては凛香のハッピーエンドなんて夢のまた夢だ!


「いや、別にすごくはないかな……それより自動販売機とかってないかな?」

「自動販売機ならこっちだよ!」


 真央に自動販売機に連れて行ってもらい売っている物を確認すると、現実と変わらないラインナップだった……ただ一つを除いて。


「うわあ……スペシャル・ユニバース・ギガマックス・スペシャルが本当に売ってる……」


 スペシャルが二回あるとか突っ込んではいけない。

 スペシャル・ユニバース・ギガマックス・スペシャル、通称スぺスぺはマジハイのゲーム内に出てきた飲み物で、一個五百円と自動販売機の缶ジュースにしては高すぎる。ただ、買うと主人公の勇気のステータスが上がり、これを飲まないと、勇気のステータス上げはかなり厳しくなるという、ゲーム攻略に非常に役に立つアイテムだ。


 ごくりと自分のつばを飲み込むと、恐る恐る財布から五百円玉を取り出す。


「えっ! ゆうかくんスぺスぺ飲むの!」

「……男には引くに引けない戦いがあるんだ!」


 自動販売機に五百円玉を突っ込み、スぺスぺを購入。がこんという音と共に落ちたスぺスぺの缶を取り出す。知ってはいたが、量は缶コーヒーくらいで小さい。蓋を開けると、何とも言えない香りがただよってきた。明らかに飲んではいけない系の匂いだ。


「ほ、本当に飲むの? 前にそれ飲んだ人が保健室に直行してたよ」

「…………」


 ここまで来て『飲まない』なんて選択肢を取るのはあり得ない! ぐいっと一息に飲むと、口の中に甘さ、酸味、塩味に苦味、そしてうま味等、無数の味に変化し続け広がっていく。

 一瞬吐きそうになったもののすぐに引っ込んだ。


「……意外に美味しい」

「えっ! 嘘!」


 信じられないという表情をしていた真央だったが、興味が湧いたのだろうか「五百円か……」とつぶやきだした。


「まだ残ってるから、よかったら……」


 あげようかと、言おうとしたところで、真央の後ろから凛香の姿が見えた。

 誤解を生みそうなので、これは……やめたほうがいいな。


「えっ! くれるの!」


 優花が言おうとしたことを予測して、スぺスぺの缶を受け取ろうと手を伸ばす真央の前で、優花は一気にスぺスぺの缶を呷った。


「……やっぱりまずかったからあげられなかったわ。ごめんごめん」

「……そ、そうなんだ」


 しょんぼりする真央に申し訳なくなりながら、そう言えばと凛香の方を見てみると、凛香は目を丸くして硬直していた。なんだかよくわからないけど、めちゃくちゃびっくりしてる……。


「あっ! 凛香さん! 見て見て! ゆうかくんスぺスぺまるごと飲んじゃったの!」

「そっ、そのようですわね……あの……大丈夫ですの? それを飲んで倒れた生徒もいますのよ?」


 凛香も知っていたらしい。ちなみにマジハイではそんなエピソードは無かったはずだ。


「えっ、あー……まあ大丈夫です。心配してくれてありがとう」

「べっ、別に心配などしていませんわ! 勘違いしないでください!」


 ふんっと言って凛香はどこかに行ってしまった。


「あーあ……行っちゃった……やっぱり私、凛香さんに嫌われてるんだ……」


 ……これはチャンスか?


 主人公の真央は凛香から嫌われているとずっと誤解していて、誤解が解けぬままエンディングまで行ってしまう。つまり、その誤解を解くことができて、二人が仲良くなれば、あるいは凛香のハッピーエンドになるかもしれない。


「好かれてると思うけど?」

「あはは、そんなわけないじゃない! もー!」


 ばんばんと背中を叩かれむせる。ぜ、全然信じてない……。まあことあるごとに凛香は主人公の真央につっかかってくるので、嫌われていると思っても仕方がないのかもしれない。


 背中を叩かれながら、優花の脳裏にふと新たな疑問が湧いてきた。


 そう言えばこんなイベントゲーム内になかったぞ? スぺスぺを飲むイベントはたしかにあるが、その相手はゆうかではなく不良イケメンの竜二だったはずだ。主人公である真央がいる以上、今のだってイベントの一つになりそうなものだけど……。


 もしかしたらこの世界はゲーム内のイベント通りには進まないのかもしれない。


ブックマーク登録ありがとうございます!


不定期更新ですが、楽しんで読んでいただければ幸いです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ