乙女ゲー異世界転生者(♂)は悪役令嬢を救いたい その二百九十
元々は竜二の最初の案通り優花だけがビラを配っていく予定だったのだが、ビラを実際に作ってくれた楓が「絶対それじゃ足りませんよ灰島先輩」と言って予定の三倍の量のビラを作った結果、一人じゃとても配りきれなくなり、竜二も女装させてビラ配りに参加してもらうことになったのだ。
「心配しなくても似合ってるから、恥ずかしがってないでさっさと配りますよ」
「うぅ……今日の兄貴はいつもより怖いっす……」
優花としても無理やり女装させるような真似はしたくなかったのだが、文化祭も徐々に迫り使える時間も限られている今さっさとビラ配りを終えて参加者を集めたい状況。結局竜二に頭を下げてほとんど強引にビラ配りに参加してもらった。
自分の出した案というのもあって何とか竜二が折れてくれて、ようやくこうして二人でビラ配りができているわけだ。
「良いペースですね。これなら今日だけで終わりますよ」
「それは……良かったっす。明日もなんて言われたらどうしようかと思ったっすよ……」
本当は登校時間ぎりぎりまでビラを配りたいところだったけれど、着替えやメイクを取る時間もいる。遅刻するわけにもいかないので、早朝のビラ配りは早めに切り上げ、残りは放課後に回そうと優花達がビラ配りをやめようとした時だった。
「あははは! 白桜の竜が女装してるぜ!」
お金持ちの子供ばかりで、品の良いお嬢様、おぼっちゃまが多く通う白桜学院。これまでは竜二に気が付いてもビビッてしまってビラを素直に受け取って逃げていく生徒ばかりだったが、どの学校にも不良というものはいる。
『白桜の竜』というのはもしかしなくても竜二の異名だろう。女装をさせられている竜二を見て、指を刺して笑ってきた男子生徒が居た。竜二にビビらずにバカにしてきている男子は制服を着崩した見るからに不良といった感じで、体もでかい。
「あ?」
額に青筋を浮かべている竜二はどう見ても既にブチギレ状態。
凄まじい殺気を出している竜二に、すぐにでも殴り合いのケンカが始まりそうだと優花が内心で冷や汗をかいたが、優花の予想に反して竜二はすぐに大きく息を吐いて怒りを収めていた。
「だ、大丈夫?」
「うっす……ここでおれが暴れたら、兄貴の顔に泥を塗るようなもんっすからね。まあ、今すぐブチのめしたいっすけど……我慢するっす」
たしかに、ここで竜二がケンカをして相手を殴ってしまえば、男女混合ミスコンの企画自体が無しになってしまう可能性すらある。恥を忍び、怒りを抑えてそれでも優花のことを考えて協力してくれる竜二に、こんな状況にもかかわらず優花は温かい気持ちになった。
「な、なんだよ……びびらせやがって! そうだ! てめぇの写真撮って笑いものにしてやるぜ!」
竜二の本気の殺気にひるんでいた男子生徒が薄笑いを浮かべて自身のスマホを取り出し、竜二に向けてきた。
「てめぇ! この野郎!」
「待ちなさい」
さすがに堪忍袋の緒が切れた竜二が拳を握り男子生徒へと向かおうとするのを、優花は素早く間に入り込むことで止めた。
さっきの竜二の気づかいを無駄にはさせない。
「兄貴! 止めないでください!」
「落ち着いて。大丈夫、任せて」
体で竜二を隠し、男性生徒に竜二の女装の写真を撮られないようにしたのを男子生徒も気が付いたらしい。
「はっ! 白桜の竜と同じでお前も女装なんだろ? お前の写真も撮ってやるからな!」
「わたしの写真を撮るのは好きにしなさい。元々男女混合ミスコンに出る身、写真を撮られる覚悟ならできてます」
「っ……。き、気持ち悪いんだよ! くそっ!」
パシャリパシャリとスマホの写真を撮る音がする中、優花は余裕の笑みさえ浮かべてみせると、男子生徒は舌打ちをしながら今度は回り込んで竜二を撮ろうとし始めた。
「竜二、あなたはウィッグ取ってタオルで顔を拭って。それだけで女装してるようには見えないから」
「兄貴……すいません!」
竜二の格好はスカートではなくパンツスタイル。ウィッグとメイクさえ落としてしまえば写真を撮られたところで女装には見えなくなる。
男子生徒に竜二の写真を撮らせないように竜二を守る優花に、いよいよ男子生徒はしびれを切らして実力行使に出るつもりになったらしい。
男子生徒が手を伸ばしてきたのを見て、優花はあえてそれを避けず胸ぐらをつかませた。そのまま強引に優花をどけようとする男子生徒の力に抗うと、優花が着ていた服がビリッと大きく破けた。
「あら? 皆見てますけど……こんな写真を撮られてもいいのかしら?」
「……ちっ!」
元々女装をしてビラ配りをしていた優花達は注目を集めていた。こうして男子生徒が実力行使に出た結果ケンカの雰囲気が周囲に伝わり、遠巻きに見ているだけだった生徒がざわざわし始めたのを男子生徒も気が付いたらしい。
誰がどう見てもどちらが悪いのかは明白なこの状況。写真を撮られるのはまずいと思ったのか男子生徒は舌打ちをもう一度した後、逃げるように去っていった。




